國立國會図書館で開催された企画展示「ひろげて、まいて、あらわれる 絵巻の世界」を、三期通して觀る。
同図書館が所藏する展示の繪巻物約六十作品はすべて後世の模冩である點が特徴で、すでに原本が失はれてゐるため却って貴重なものであったり、原本には無い書き込みもあるなど、そこに模冩の筆をとった繪師の息遣ひまでも窺へるやうで、國寶級原本とは一味違った魅力を樂しむ。
第一期で觀た「平治物語繪巻」では、押し寄せる軍勢に混亂する多く貴人が井戸に避難しやうとして命を落とす様も描かれ、
(※展示物の撮影可、以下同)
『平治物語』本文には「多くの人を殺した井戸にこそ(戰功として)官位を與へるべきだらう」と人々が笑ふ件りがあり、“一人を殺せば殺人犯、大勢を殺せば英雄”と云ふ歪んだ戰争倫理にも通じる皮肉を見る。
第二期で觀た「十二類巻物」は、十二支の動物たちにイジメられてゐるそれ以外の動物たちが仕返しに戰さを仕掛けるお伽話で、
首から上は冩實的な動物の顔、首から下はその時代の着物をまとまった冩實的な人間の姿であるところに、却って動物の可愛らしさが強調されてゐて、微笑ましいものがあった。
第三期で展示の「伴大納言繪巻」は、有名な“應天門炎上事件”の場面を紹介、
一昔以上前に出光美術館であったか、この原本が特別展示されて、同じ目的で押しかけた大勢に揉まれながら僅かに見られた嬉しくない思ひ出があるが、今回は同じ場面を、模冩で心ゆくまで觀られる。
事件當時の風向きを、火事見物の群衆が頭に載せてゐる烏帽子の向きで表現してゐること、
場面の左端に描かれてゐる、火事を見つめてゐると覺しき後ろ姿の束帯の人物は、
事件の真犯人である伴善男と考へられてきたが、原本では束帯の裾(きょ)の先端が料紙の左端で途切れて、次(左)の料紙にその續きが描き繼がれてゐることから(展示の模冩では一枚の料紙に描かれてゐる)、右の料紙には本来ほかの人物が描かれてゐたのをなんらかの事情で切斷し、現存の繪に改めて繼ぎ替へた可能性もある──
あの時に聞いたそんな推測噺も思ひ出し、我ながらよく憶えてゐたナ、と感心したひととき。