静かに彼は息を引き取った、という。12日の朝、体に残されていたすべてのエネルギーを使い果たして、彼は逝った。
毎日往診に来る医者は、いつ亡くなられても不思議ではありません、といっていたという。それでも彼は、一日一日、生き続けた。ほぼ一ヶ月、彼はエネルギーの補給なしに、水分だけで生き通したのだ。
当たり前だ。彼には使命があったからだ。その一つ。人間は、最期の最期まで生ききることができなければならないということを示そうとしたのだ。
とにかく断固として、彼は生き続けた。顔のこめかみ部分が落ちこんでいき、首には骨と筋だけが浮かび上がった。今まで蓄えてきたエネルギーをとにかくすべて使い切るのだ、という決意が彼の全身に漲っていた。腕をおさえると骨の感触だけがあった。
ボクは彼に神々しささえ感じた。
仏の道を究めようとする者が、自ら即身成仏を果たそうと、地中にみずからを閉じ込め、水と空気だけで生き、そして死を迎え仏になる、それと同じような道筋を、彼は通過しようとしたのだと思ったのだ。
もう一つ。彼は、自らの死を、ボクらに、静かに受容させようとしたのだと思う。
呼びかけても何の反応もしてくれない状態、その先には死しか残されていないという彼の生に、「頑張れ」とも言えず、ただ見つめるだけ。それしかできないボクの無力を感じながら、ボクはつらさをこらえて彼のもとに通った。
彼は生きている、しかしその真逆の死に向かっている、そういう状態が続くなか、ボクらは、彼の死をこころのなかで静かに準備するようになった。彼の鼓動と呼吸が、近いうちに必ずとまる、それを心騒ぐことなく、静かに受けとめることができるように、彼はほぼ一ヶ月、ボクらを鍛えたのだ。
彼は、12日の朝、静かに去っていった。ろうそくが燃え尽きるときのように、呼吸がとまり、鼓動が途絶えた。彼に静謐が訪れた。
ボクは、彼に会いに行った。昨日のまだ生の中にあった彼と、今朝の彼とは、大きく変わっていた。彼のからだは、すでに時を刻むことのない永遠の時空の中にあった。彼の周辺だけ、時が流れていなかった。ボクが生きる世界と、彼の世界とは、もうまったく別なのだということがひしひしと感じられた。
涙はそんなに流れなかった。ボクは彼の肩をたたき、よく頑張ったなと心の中で語りかけた。
今日は14日。彼のところに行った。12日と同じ彼がいた。柩の中に、ボクとは異なった時空にある彼を見た。
彼の写真があった。
「チクショウ!」と、ボクはつぶやいた。
毎日往診に来る医者は、いつ亡くなられても不思議ではありません、といっていたという。それでも彼は、一日一日、生き続けた。ほぼ一ヶ月、彼はエネルギーの補給なしに、水分だけで生き通したのだ。
当たり前だ。彼には使命があったからだ。その一つ。人間は、最期の最期まで生ききることができなければならないということを示そうとしたのだ。
とにかく断固として、彼は生き続けた。顔のこめかみ部分が落ちこんでいき、首には骨と筋だけが浮かび上がった。今まで蓄えてきたエネルギーをとにかくすべて使い切るのだ、という決意が彼の全身に漲っていた。腕をおさえると骨の感触だけがあった。
ボクは彼に神々しささえ感じた。
仏の道を究めようとする者が、自ら即身成仏を果たそうと、地中にみずからを閉じ込め、水と空気だけで生き、そして死を迎え仏になる、それと同じような道筋を、彼は通過しようとしたのだと思ったのだ。
もう一つ。彼は、自らの死を、ボクらに、静かに受容させようとしたのだと思う。
呼びかけても何の反応もしてくれない状態、その先には死しか残されていないという彼の生に、「頑張れ」とも言えず、ただ見つめるだけ。それしかできないボクの無力を感じながら、ボクはつらさをこらえて彼のもとに通った。
彼は生きている、しかしその真逆の死に向かっている、そういう状態が続くなか、ボクらは、彼の死をこころのなかで静かに準備するようになった。彼の鼓動と呼吸が、近いうちに必ずとまる、それを心騒ぐことなく、静かに受けとめることができるように、彼はほぼ一ヶ月、ボクらを鍛えたのだ。
彼は、12日の朝、静かに去っていった。ろうそくが燃え尽きるときのように、呼吸がとまり、鼓動が途絶えた。彼に静謐が訪れた。
ボクは、彼に会いに行った。昨日のまだ生の中にあった彼と、今朝の彼とは、大きく変わっていた。彼のからだは、すでに時を刻むことのない永遠の時空の中にあった。彼の周辺だけ、時が流れていなかった。ボクが生きる世界と、彼の世界とは、もうまったく別なのだということがひしひしと感じられた。
涙はそんなに流れなかった。ボクは彼の肩をたたき、よく頑張ったなと心の中で語りかけた。
今日は14日。彼のところに行った。12日と同じ彼がいた。柩の中に、ボクとは異なった時空にある彼を見た。
彼の写真があった。
「チクショウ!」と、ボクはつぶやいた。