浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

雨でも・・・

2013-06-20 21:40:14 | 日記
 やっと梅雨らしくなった。雨が降り続く。雨が降ると、あまり外出はしたくない。でも、約束があれば行かざるを得ない。ボクは毎週金曜日夜、そして第三木曜日の午前中、歴史について話している。

 18日は「田中正造と静岡」というテーマで話した。ボクは、内容的には一切妥協せずに、現代との関わりから過去の事実をとりあげる。今を生きている人間に、過ぎ去った過去の事実は、様々な教訓を示しているからだ。

 足尾銅山の鉱毒被害における企業と政府の動きと、3・11の東電福島第一原発事故に関わる企業と政府の対応は、おそろしく似ている。企業は利益をかっさらっていき、事故が起きれば企業は無責任を貫き通し、政府がカネを出すと復旧のための公共工事に企業が利権を求めて群がってくる、という構図。

 日本は、変わっていない。いつも同じだ。

 ボクはなぜ同じなのかを考えてもらいたいと思う。そういう目的を持って、いろいろなことを話す。

 今までもボクは何度か歴史についての講座を頼まれているが、現在ほど聴講されている方の食いつきというか反応の鋭さ、といったものに感動することはない。

 いろいろな質問がだされて、なかなか終わらないのである。ボクが「この辺で今日は終わりにします」と言わない限り、終わらないような状況なのだ。

 ボクの話し方が変わったのだろうか。変わったかもしれない。ボクは今までのように最後まで一方的に話すのではなく、ボクが話している途中でも質問を受け付ける。だから、話しが対話型になっているのだろう。こういう話し方になると、難しい言い回しはしなくなる。

 ボクの話をいつも熱心に聞いてくれる卒業生がひとりいる。おそらくボクは、その卒業生の聞き方とそれに対応するボクの話し方を、講座で再現しているのではないかと思っている。

 18日講座修了後、ボクの話を聞いていた方が、価値観がどんどん変わってきた、と話された。その卒業生からも、同じことを聞いたことがある。

 ひょっとして、ボクは罪つくりのことをしているのかもしれないと思った。しかし、今、ボクの脳はたいへんクリアになっている。明後日土曜日も静岡で講演がある。卒業生に教えられた話し方で、ボクは講演に望もうと思う。



 
コメント
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