今日の『東京新聞』一面は、稲田防衛相の虚偽答弁の記事。共同通信が、政府関係者から得た情報のようだが、こうした情報が流されたということは、稲田にやめて欲しいと考える人々が、政府内に存在していることを示している。
その情報を、稲田は否定したそうだ。彼女も、首相と同様に厚顔無恥。それだけではなく、鶏冠でしか考えられないカル~イ人。人格と思考とがつながっていないから、平気で嘘もつける。その意味ではすごい人だ。
私の後輩が、キャンパスを派手な格好をし、チャラチャラしている彼女の姿を記憶している。ウルトラ右翼の思想を持つ、それだけで安倍に引きあげられた。
もう稲田の政治生命は絶たれるだろう。おそらくアメリカからの、もう稲田ではだめだからやめさせてくれ、という要請がきているはずだ。その一環が今度の政府関係者のリークにつながっている。
彼女の暴言その他を振り返ってみよう。
http://buzzap.jp/news/20170719-inada-hiding-and-false-answers/
その情報を、稲田は否定したそうだ。彼女も、首相と同様に厚顔無恥。それだけではなく、鶏冠でしか考えられないカル~イ人。人格と思考とがつながっていないから、平気で嘘もつける。その意味ではすごい人だ。
私の後輩が、キャンパスを派手な格好をし、チャラチャラしている彼女の姿を記憶している。ウルトラ右翼の思想を持つ、それだけで安倍に引きあげられた。
もう稲田の政治生命は絶たれるだろう。おそらくアメリカからの、もう稲田ではだめだからやめさせてくれ、という要請がきているはずだ。その一環が今度の政府関係者のリークにつながっている。
彼女の暴言その他を振り返ってみよう。
http://buzzap.jp/news/20170719-inada-hiding-and-false-answers/
イギリスの「地べた」からのみかこさんの報告は、なかなか刺激的である。彼女の本は、私はほとんど読むようになっているが、この本は2005年に出版されたもの。増補版がちくま文庫になったので購入した。
残念ながら、「解説」が栗原康。私は彼の、何を書いてもワンパターンの主張が好きではない。彼の結論はいつも同じ。「倫理もクソもありゃしねえ。やっちまいな」「なんでもやってやれ」・・・・。大杉栄を書いても、伊藤野枝を書いても、誰も皆、栗原の理想とする破壊的な生き方を増長させる人間としてしか描かれない。それがなぜか脚光を浴びている。今まで彼は、カネがない,カネがない、借金なんか踏み倒せなどと叫んでいたが、最近はカネが入ってきてどういう変化が生まれたのか知りたいものである。
彼の文章に、私は書き込みをしたり、傍線を引いたことは一度もない。ただあきれながら読んだだけだ。
しかしブレイディさんの文には、事実を事実として書きながら、そこから箴言めいたものが引き出される。たいへん参考になる。『ヨーロッパ・コーリング』、『THIS IS JAPAN』などは傍線や付箋がいっぱいである。
この『花の命は・・・』は少ないが、たとえば「ゴッドになったようなつもりで世界を変えようとするのは、クレイジーな人間のすることである」(25)。まさにトランプや、安倍晋三という輩が、そのような「人間」であることがわかる(ブッシュのことが記されているのだが、この記述に普遍性が感じられるのだ)。
また
「生きる甲斐ががなくても生きているからこそ、人間ってのは偉いんじゃないだろうか」(191)
なんて、なんて哲学的!と思う。
私はかつて障がい者問題に取り組んだとき、生きているそれだけで、人間は尊い、という感慨をもったことがあるが、それに近いことばである。
それから、イギリスの貧民層は、一時的に貧乏になったのではなく、自分も、親も、そのまた親も貧乏であったとし、その「プアには脈々と流れるヒストリーと伝統があ」り、「恒久的貧乏だけが「階級(クラス)」として確立される」、「由緒正しい貧乏人なのだ」(280~281)という指摘に、そうなのかと教えられる。そして彼らは、貧乏でない状態を知らない。だから生きていくために、政府の補助金をだまし取り、通行人に暴行を働いたり、窃盗やヤクをやる。
イギリスは階級によってことばが異なる、というが、そうした「ヒストリーと伝統」がことばの違いを生み出すのだ。
日本も、イギリスのような「ヒストリーと伝統」を作り始めている様な気がする。貧困の再生産。新自由主義に魅了された者たちによる政治には、「貧乏人」の存在がその視野に入らない。世界中がそうなっている。
貧しき者たちよ、団結せよ!、このことばは有効なのだろうか。
残念ながら、「解説」が栗原康。私は彼の、何を書いてもワンパターンの主張が好きではない。彼の結論はいつも同じ。「倫理もクソもありゃしねえ。やっちまいな」「なんでもやってやれ」・・・・。大杉栄を書いても、伊藤野枝を書いても、誰も皆、栗原の理想とする破壊的な生き方を増長させる人間としてしか描かれない。それがなぜか脚光を浴びている。今まで彼は、カネがない,カネがない、借金なんか踏み倒せなどと叫んでいたが、最近はカネが入ってきてどういう変化が生まれたのか知りたいものである。
彼の文章に、私は書き込みをしたり、傍線を引いたことは一度もない。ただあきれながら読んだだけだ。
しかしブレイディさんの文には、事実を事実として書きながら、そこから箴言めいたものが引き出される。たいへん参考になる。『ヨーロッパ・コーリング』、『THIS IS JAPAN』などは傍線や付箋がいっぱいである。
この『花の命は・・・』は少ないが、たとえば「ゴッドになったようなつもりで世界を変えようとするのは、クレイジーな人間のすることである」(25)。まさにトランプや、安倍晋三という輩が、そのような「人間」であることがわかる(ブッシュのことが記されているのだが、この記述に普遍性が感じられるのだ)。
また
「生きる甲斐ががなくても生きているからこそ、人間ってのは偉いんじゃないだろうか」(191)
なんて、なんて哲学的!と思う。
私はかつて障がい者問題に取り組んだとき、生きているそれだけで、人間は尊い、という感慨をもったことがあるが、それに近いことばである。
それから、イギリスの貧民層は、一時的に貧乏になったのではなく、自分も、親も、そのまた親も貧乏であったとし、その「プアには脈々と流れるヒストリーと伝統があ」り、「恒久的貧乏だけが「階級(クラス)」として確立される」、「由緒正しい貧乏人なのだ」(280~281)という指摘に、そうなのかと教えられる。そして彼らは、貧乏でない状態を知らない。だから生きていくために、政府の補助金をだまし取り、通行人に暴行を働いたり、窃盗やヤクをやる。
イギリスは階級によってことばが異なる、というが、そうした「ヒストリーと伝統」がことばの違いを生み出すのだ。
日本も、イギリスのような「ヒストリーと伝統」を作り始めている様な気がする。貧困の再生産。新自由主義に魅了された者たちによる政治には、「貧乏人」の存在がその視野に入らない。世界中がそうなっている。
貧しき者たちよ、団結せよ!、このことばは有効なのだろうか。
友人たちに便宜を図って公的なカネを湯水の如く提供し、戦前の治安維持法体制の復活に向けて「共謀罪」を成立させ、国民の年金の積立金を、どこの国家もしていないのに、危険な株式などの購入にあて、ウルトラ右翼が提案した改憲案を採用して改憲にのめり込み、対米従属を対米隷属に「深化」させ、沖縄では強引に辺野古への新基地建設に邁進し・・・・・・・というように、悪政ばかりを行っている。そうした安倍政権をなぜ人々が支持するかと言えば、
少子高齢化で労働人口が減るという自然の流れの中で求人が増え、といっても非正規中心、人手不足でも給料は低いまま、国民の年金資金を投入して株価を下げないようにして官製相場で投資家に笑顔を見せる。こうした表面的な数字により、「アベノミクス」なる経済施策により経済が好転しているかのように見せかけてきたからである。
しかし、GDPも、国民の消費や設備投資も伸びず、実際の経済統計は、日本経済が決してよくなっていないことを示し続けている。
国民は気づき始めている。安倍政権がウソと虚構の上に築かれ、テレビなどへの情報統制を強化し、一部のメディアを抱き込み、数字をよく見せるために統計の方法まで変え、それらをもとに念願の憲法改悪に突き進もうとしていることを。
安倍政権の政策の本質は、「我が亡き後に洪水は来たれ」である。ようするに日本という国の未来についてはどうでもよいのである。安倍にとっては、「大日本帝国」の時代に郷愁を抱き、そういう体制に持っていこうとする怨念だけが駆動力なのだ。
こういう安倍政権の命脈を絶つこと、これこそ今もっとも大切なことなのだ。
少子高齢化で労働人口が減るという自然の流れの中で求人が増え、といっても非正規中心、人手不足でも給料は低いまま、国民の年金資金を投入して株価を下げないようにして官製相場で投資家に笑顔を見せる。こうした表面的な数字により、「アベノミクス」なる経済施策により経済が好転しているかのように見せかけてきたからである。
しかし、GDPも、国民の消費や設備投資も伸びず、実際の経済統計は、日本経済が決してよくなっていないことを示し続けている。
国民は気づき始めている。安倍政権がウソと虚構の上に築かれ、テレビなどへの情報統制を強化し、一部のメディアを抱き込み、数字をよく見せるために統計の方法まで変え、それらをもとに念願の憲法改悪に突き進もうとしていることを。
安倍政権の政策の本質は、「我が亡き後に洪水は来たれ」である。ようするに日本という国の未来についてはどうでもよいのである。安倍にとっては、「大日本帝国」の時代に郷愁を抱き、そういう体制に持っていこうとする怨念だけが駆動力なのだ。
こういう安倍政権の命脈を絶つこと、これこそ今もっとも大切なことなのだ。