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NO-MA美術館は、昭和初期の町屋をリノベーションした美術館で、障がいのある人の括りにはとらわれないアールブリュット作品を紹介してくれる美術館です。
今回の『並行世界の歩き方』展では上土橋勇樹さんと戸谷誠さんの全く個性も手法も違う2人の作家が紹介されています。
上土橋 勇樹さんは2022年1月から3月に滋賀県立美術館で開催された『人間の才能 生みだすことと生きること』展で初めて紹介された方で、インパクトの強い美術展でしたので記憶に新しい。
片や戸谷誠さんは実際に作品を見るのは初めてだと記憶しますが、NKKの「no art, no life」という番組でも紹介されていたシュールな世界観の作家です。
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上土橋さんは手書きでの描画、PCのWordやPower Pointなどのデジタルツールを使って本の表紙・DCVのジャケット・映画のエンドロールやカリグラフィーを自由に創作されます。
タイポフェイスの面白さを巧みに使って創作される架空の本や映画からは西洋的なものの印象を受けますが、書かれた文字は上土橋さんだけが分かる言語で書かれています。
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上土橋 勇樹「カリグラフィー」
会場では上土橋さんの作品群が展示されたパネルに、「やまなみ工房」で上土橋さんが創作に使用しているPCとを結び、作品が生み出される瞬間をライブ配信(録画あり)されています。
作品としての面白さに合わせて、PC画面から伺える無機質にタイピングされていく創作光景がリンクしていくところは、現代アートのインスタレーションとしても斬新なアイデアだと思います。
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上土橋 勇樹「Bock Logo Paper」
PC画面では膨大な作品のデータが長いタイトルで次々と保存されていく様子が見えましたので、“この長いタイトルがどの作品のことか把握されているのでしょうか。”と会場の方に聞いてみる。
するとデータ自体はほぼ正確な英語で保存されていて、英語は理解しているようだがアフファベットを作品にする時は新しい言語に変わる、とのこと。
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上土橋 勇樹「Bock Logo Paper」
本の表紙などのデザインやエンドロールの興味深いところは、実際には本のストーリーや映画のストーリーは存在しないにも関わらず、既視感とまではいわないが存在するもののように思えてしまうこと。
本だったら書店の輸入本の専門コーナーに並べられていても違和感はないだろし、エンドロールも何かの洋画のエンディングとして違和感がない。
輸入本の並ぶような大きな書店や映画館で見流しながらもエンドロールを見ているような心地よさも感じます。
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上土橋 勇樹「Bock Logo Paper」
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上土橋 勇樹「Video(エンドロール)」
コラボのアーティストのもう一人は戸谷誠さんで、1944年生まれといいますから現在79歳になられる方です。
多摩美術大学を卒業された後、1970年に初の個展を開催されて以来、60年以上にわたって絵を描き続けてこられたといいます。
作品は女性を描いたものが多かったように感じましたが、エロティックな印象を受けるものや、背景には人なのか何かを象徴するものか得体の知れない生き物も描かれています。
作品は何年もかけて複製や加筆修正を繰り返しているといい、描いても描いてもやめられない、永遠に終わりのない絵には、描き続けることで生き続ける姿が写し出されているのでしょう。
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絵にはタイトルはなく、あるのは最初に描いた年と加筆した年、さらに加筆した年がタイトルとして、あるいは絵の履歴を表すかのように付けられている。
NO-MA美術館の2階の和室は全て戸谷さんの作品の展示会場となっており、壁や障子側・床の間などに絵が吊るされ、和室の中央には絵巻が広げられています。
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絵に描かれる女性はみな笑みを浮かべていて朗らかな感じの女性で、後方には奇妙な親父のような生き物。
もしかして戸谷さん本人のことを描いているのかと思うほどお茶らけているが、女性の視界には入ってはいないようです。
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「no art, no life」に戸田さんが取り上げられた時、過去の絵を複製したり加筆修正している理由のひとつについて以下のように述べられていました。
「自分が気に入りように過去を修正したり、自分の記憶そのものも修正したりするような作業をしているんじゃないかな。」と絵の中で人生を生き直すようにおっしゃっておられました。
自分が生きた人生を否定されてはいませんが、「絵を描いているから救われているという気持ちがある。書いてなかったら死んでますね。もう。」と描く事に救われているとのの想いは強いようです。
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絵巻物は、過去に描いた図柄を部分的にトレースすることを繰り返し、トレースした図柄と図柄の隙間を別の要素でつなぎ目なく馴染ませるという手法で描かれるという。
これまで61巻の絵巻物が制作されているといい、その絵は描いても描いても終わることのない絵となっているという。
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ところで、NO-MA美術館で今年の2月~5月にかけて開催された美術展「林田嶺一のポップ・ワールド」の図録が販売されていたのを見つけて購入。
社会的に粗末な扱いを受けたり、嘲笑されることがあったとしても、我関せずで好きな事に没頭していくことに意味を見出すことも大事かと思います。
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