吉和地区にある教龍寺の鐘楼に架かる梵鐘で寛政11年(1799)8月に海田鋳物師(安芸郡船越村住)植木源兵衛直昌が鋳造したもので、元広島の妙慶院のものであったが当寺に移った経緯は不明である。
鋳物師の植木直昌は芸備両国鋳物師筆頭を称し23ケ所の鋳造が判明しておりこれらのうち7ケ所の鋳造作品が残されている。鋳物師の植木氏については「安芸国鋳物師の鋳造活動」に詳述している。
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