藤沢周平著『春秋の檻 獄医 立花登控え1』(講談社文庫、1982年5月発行)を読んだ。
江戸小伝馬町の牢獄に勤める青年医師・立花登は、居候先の叔父・小牧玄庵の家で口うるさい叔母と驕慢な娘おちえ16歳にこき使われている。登は、島送りの船を待つ囚人からの頼みに耳を貸したことから思わぬ危機に陥った。また、無実を訴える男の正体や、御家人毒殺未遂の真相を探ったり、恋人を刺した女囚の愛憎に直面する。起倒流柔術の妙技と推理で、獄舎に持ちこまれるさまざまな事件を解く。時代連作集のその1。
登の事件解決を助けるのは、柔術仲間の新谷弥助、牢医師の矢作幸伯と引き継いだ土橋桂順、牢屋同心の平塚、さらに八名川町の岡っ引藤吉とその手下・直蔵。
獄医立花登手控えのシリーズ1で、4まで続く。1982年に登が中井貴一、ちえは宮崎美子でNHKでドラマ化された。
立花登は、羽後亀田藩の微禄の下士の次男。母の弟で江戸で開業している小牧玄庵にあこがれ、地元の医学舘で勉強後、叔父を頼って上京。しかし、江戸で彼が目にしたのは、叔母の尻に敷かれるふがいない叔父、登を下男同様に扱う気の強い叔母、驕慢な従妹のおちえ。叔父の代わりに獄医として働くようになり、さまざまな人のさまざまな人生を見る。
「雨上がり」
腹が痛いという勝蔵を獄中で診察すると、勝蔵はこっそりと登に、伊四郎から分け前の10両をもらっておみつに渡して欲しいと頼む。勝蔵はおみつに手を出した男を殺して島流しになるのだ。登はもめた末に、分け前を預かり、金を渡しに行くとおみつは・・・。
「善人長屋」
目が見えない娘・おみよがいる吉兵衛が人を殺したと捕まり、牢内で無実だと登に訴える。善人長屋で吉兵衛と仲が良かった与五郎と源六が今はおみよの面倒をみている。調べるうちに12年前に4人組で700両を奪った事件との関連が見えてくる。
「女牢」
女牢を見回った時知った女がいた。怪我の手当てに時次郎の家に行ったときの女房のおしのだった。おしのは理由を言わないまま夫殺しで死罪となった。彼女は昔、心魅かれた登に、死ぬ前に抱かれたいと願い、牢名主のおたつの力を借り、登を牢の中にひっぱり込む。
「返り花」
牢に妻が差し入れた餅菓子を食べた御家人の小沼庄五郎が死にかけた。登は妻の登和を調べるが、餅菓子は小沼の上役の松波佐十郎から渡されたものだった。登和は昔馴染みの井崎勝之進に松波に会って確かめるよう頼むが、井崎は松波を強請って・・・。
「風の道」
二人組で押し込み強盗を働いた鶴吉は石抱きの拷問にあっても口を割らなかった。登は、鶴吉に女房に逃げろと伝えてくれと頼む。牢内には監視している泥棒仲間がいるらしい。そして・・・
「落ち葉降る」
酔った男が落とした財布を拾った平助が捕まった。娘のおしんのために盗みぐせを治そうとしているのに、はめられたと登に訴える。清吉との祝言を控えたおしんが夜道で襲われた。清吉は・・・。
「牢破り」
登は叔母に頼まれ、最近夜も遅く帰ってくるおちえの遊び相手の芳次郎と会うが、彼女は最近、新助と遊び歩いているという。登は近づいてきた男から牢破りの道具を牢内の金蔵に渡すように脅される。男はおちえを預かっているという。凶悪な押し込み強盗団からおちえを救出するために登の味方達が総動員される。
著者自筆の年譜(昭和60年9月時点)が付いている。
初出:「小説現代」昭和54年(1979)新年号~昭和55年新年号
藤沢周平の立花登ものは『風雪の檻』、『愛憎の檻』、『人間の檻』と続く。
私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
主人公の登は良心的医師で囚人たちから信頼され、腕も立ち、見事に事件を解決するが、寄宿先では口うるさい叔母に下男なみにこき使われ、驕慢な16歳のおちえからは呼び捨てにされており、ありがちなパターンではあるが、親近感がもてる。
藤沢作品の中でもよりエンターテインメント性の高いシリーズで、面白いのはもちろんだが、そこは藤沢作品、江戸時代の牢関連の事情、市井の人の生活、人情も良く描けている。