数年前のメモ書きが出てきた。5月の連休開けの月曜日、もう人も少ないだろうと立川の昭和記念公園を夫婦で散策したときの話だ。
立川駅から15分ほど歩き「立川口」から入園する。午前11時前とはいえ、予想通り人影まばらだ。人込みはいやだが、ここまで人が少ないと、勝手なもので、寂しく元気がでない。
200mほど真っ直ぐ伸びる「カナール(運河)」の脇道を進む。イチョウ並木の萌える若葉が目の前を覆い尽くす。光を受けて透明感のある黄緑色の葉がまぶしい。
公園内のお花畑はまばらに咲く菜の花や、近所の道路脇でよく見かけるポピーがちらほらとあるだけだった。期待したチューリップも連休が終われば、球根保護のためだろう、首を切られた無残な姿を並べ痛々しい。北の端にある「花の丘」も今は数少ない赤いポピーが風に揺れているだけだ。ここは「コスモスの丘」の別名のとおりに、秋には一面のコスモスで覆われるのだろう。
萎れて枯れた花は摘み取られて次の花に植え替えられる。よく管理され、旬の花だけがいつも美しい公園も、終末期が近くなった身にはなにか虚しく感じられる。
帰り道、またイチョウの若葉のトンネルを通った。黄緑色の輝く葉から、若く疲れをしらない上り坂の勢いがたっぷり放射される。私達もいつかこんな時があったなあと思う。
妻と私で子供の両手をつないで歩いていて、水たまりにぶつかった。二人で子供を持ち上げ、ひょいと水たまりの向う側へ降ろす。息子は自分で飛んだ気分になって二人の顔をみて嬉しくてたまらないと身体をよじってケラケラと笑う。あの時が、私たちの若葉の時だったのだろう。息子の笑顔と笑い声がよみがえり、おもわず微笑んでしまう。
今は静かで穏やかな日和の晩秋の時なのだろう。歩みをゆるめ、振り返って妻を見た。