ク・ビョンモ著、小山内園子訳『破果』(2022年12月16日岩波書店発行)を読んだ。
稼業ひとすじ45年。かつて名を馳せた腕利きの女殺し屋・爪角も老いからは逃れられず、ある日致命的なミスを犯してしまう。守るべきものはつくらない、を信条にハードな現場を生き抜いてきた彼女が心身の揺らぎを受け入れるとき、人生最後の死闘がはじまる。韓国文学史上最高の「キラー小説」、待望の日本上陸!
冷蔵庫に腐った桃を発見し、扱いに困るものとなった命を前に呆然となったとき、著者の感覚は、「老人」で「女性」で「殺し屋」という主人公誕生につながった(訳者あとがき)。
タイトルの「破果」は、
韓国語で「傷んでしまった果実」と「女性年齢の16歳」の意味にとれる。たとえ肉体は劣化しても、16歳のみずみずしい心が消えるわけではない。‥‥老いへの偏見に向けられた強烈な一撃とも読める。
65歳の一見平凡で小柄な老女・爪角(チョガク)は、防疫(殺人)業界で誰にも知られたキャリヤ45年の殺し屋。40代までは「爪」(ソントプ)と呼ばれていた。迅速、正確に仕留める高い技術と、ひとかけらの逡巡も後悔もなしだった。老境に入って、身体はもちろん、心もいうことをきかなくなる。
自分の行動や装身具の一つまで人の目につかないことをすべての作業の第一歩と考えていて最低限の荷物しか置かなかった部屋で捨て犬・無用(ムヨン)を飼い、よろめく老人に手を貸し、ターゲットを苦しめずに殺す方法を考え、とうの昔に捨て去った恋慕感情がよみがえる。
そんな爪角になぜか敵意をむき出しにするのが若い殺し屋のトゥ。彼は彼女が情けを掛けたものを次々破壊しては挑発し、最後の死闘へ進む。
トゥ:33歳の爪角と同じエイジェンシーの防疫業者。爪角は彼の父親を殺したが、幼い彼は見逃された。
リュウ:爪角に殺人術を教えたエイジェンシーの創立者。
ソン室長:エイジェンシーの現室長。リュウの息子。創立メンバーの一人である爪角を「大おば様」と呼びながら、首を切る機会を伺っている。目をかけている防疫業者がトゥ。
へゥ:エイジェンシーの事務員。
カン博士:爪角が防疫を完了したとき、傷を負い、病院までたどり着いたが、失神し、博士の治療を受けた。彼は、他言はしないと誓う。36歳の彼には、市場で果物を売っている父親と、娘・ヘニがいる。
私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)
主人公が老人で女性という二重苦にも関わらず名うての殺し屋というロワール小説。
次々と襲い掛かる危機を、年齢による衰えで、満身創痍となりながらも絶望の中、冷静に切り抜ける。そして、圧倒的不利な最後の決闘へ。高倉健か?
ともかく面白い。前半の何の躊躇もなくあっさりと止めを刺す残酷な場面も、あっさりと描くので爽快感さえ感じてしまう。
殺し屋で、しかも老女であるが、亡くなった師匠への追慕、息子ほどの医師への淡い想い。いいじゃない!
266頁と大部だが、目まぐるしく展開が変わることもないわりに、次への興味が尽きることがないので、3日かけたが、年寄りにも読み切れた。
面白いことに、著者は「文章に関して心に決めているうちの一つは、<読みやすくしない>ことだと語っている(訳者あとがきp270)。他の作品に比べれば文は短いが、それでも例を挙げれば、p2の爪角の外観の説明の文章の中に10行に渡るものがある。一気に疾走はできないが、曲がり、曲がりながらも、流れに沿って頭に入っていく文章で、もちろん悪文ではない。
ク・ビョンモ
作家。ソウル生まれ。慶熙大学校国語国文学科卒業。
2008年に『ウィザード・ベーカリー』でチャンビ青少年文学賞を受賞し,文壇デビュー
2015年には短編集『それが私だけではないことを』(未邦訳)で今日の作家賞,ファン・スンウォン新進文学賞をダブル受賞
邦訳作品に『四隣人の食卓』(書肆侃侃房)などがある.
小山内園子(おさない・そのこ)
日韓翻訳者。NHK報道局ディレクターを経て,延世大学校などで韓国語を学ぶ。
訳書に『四隣人の食卓』,チョ・ナムジュ『彼女の名前は』(共訳,筑摩書房)、カン・ファギル『大丈夫な人』(白水社)、イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ』、『失われた賃金を求めて』(共訳,タバブックス)など.