私が逡巡していると、私の後方にいた、馬場ももこ似の女性が、千円札を差し出した。
そうか……そうなったか。
マスターはこの千円札と生卵を、袋の中に入れる。そう、いつものアレである。
マスターが生卵を割ると、白身の中から小さく丸められたお札のようなものが出てくる。そこでみなはもう驚いているのだが、拡げられたお札が、さっき馬場ももこさんの出したもので、さらにみなは驚いた。私が振り返ると、馬場ももこさんと目が合った。
ああ、やっぱり私が千円札を出しておけば……。……アレ? これとまったく同じシチュエーションで、私は去年も後悔した気がする。
結局私は、何年経っても成長していないのだ。
さらにマジックは進む。今年は若い女性が多いので、その歓声を聞いているだけで、私も楽しい。この状況は、いままでありそうでなかったことだ。
マスターが「π」の本をカウンターに載せた。これは文字通り、円周率だけがひたすら載っている本で、マスターはこれを読むのが好きだという。
「この円周率の数字が、人生の縮図を表しているようですよねえ」
私も鉄道旅行が好きなので、「時刻表は読み物です」という人の気持ちは分かる。よって、マスターの気持ちも分からなくはないが、それでも「人生の縮図」とは……。
ある女性が当てられた。そして、円周率の本は別の人に渡した。
「4ケタの好きな数字を言ってください」
「ハイ、0327」
「それは、なんでそう思いました?」
「何となく」
「はい。アナタ、○頁の上から○行目、左から○文字目を読んでください」
本を渡された人が答える。
「0、3、2、7…」
オオーッ、と、周りがどよめいた。
これはもうマジックというか、すべての数字を記憶してしまっているのではないか。
長く続いたマジックも、いよいよ最後である。カウンターの上に、20くらいの正方形の枠がついた、長方形の木枠が立てられた。
そして傍らには3つのカードが出された。前の女性が1枚をめくると、そこには「マリオ」と書かれてあった。
「きょうの人数なら全員ができるかな。最後は皆さんといっしょに大掛かりなマジックをしましょう」
私たちにはルービックキューブが配られ、それをガチャガチャやる。頃合いのいいところで私たちはそれを木枠に嵌めた。
全部埋まったところで、マスターがそれをこちら側に見せた。するとそれは、マリオの絵柄になっていたのだった。
ちょっと感動して、今回のマジックは終了となった。時刻は17時ちょうどだった。
私たちは去りがたく、マスターが用意した、ぐにゃぐにゃのスプーンとフォークを購入する。スプーンは例年どおり300円だったが、フォークは材質が変わったため(銅か?)、500円となった。私は両方とも買った。
ただ、いままでは購入者の名前を個別に書いてくれたが、今年はあらかじめマスターの名前が書かれたものが渡された。おカネもいつものオバサンにではなく、マスターに直接払った。
マスターには挨拶できたが、「気」は注入されず、あっさりお別れとなった。私もここ数年はロクな生活をしていないので、これでよかったのだと思う。そして2023年も、私はここに来られるだろうか。
川棚駅に戻ると、17時25分の長崎行きがあと7分で来る。私は佐世保方面に行ったから、今年は長崎方面に行くつもりだった。私はまで1,310円の切符(すなわち長崎まで)を買い、ホームに出た。しかし列車は来ない。私の見間違えで、実際は17時55分だった。私はこの類の間違いをよくやる。視力のせいではないと思う。おっちょこちょいなだけだ。
列車待ちの間、諫早での宿泊も考える。何度か入った諫早の町中華の、ちゃんぽんをまた食べたい。たが、長崎まで買ってしまったので、長崎まで行くしかない。
と、おっさんに挨拶された。あんでるせんで一緒だったようだ。私は言う。
「私は1999年から毎年ここに来ているのですが、一向に成長しません」
「……」
また私はいらぬことを言う。楽しかったですね、とだけ言っておけばいいのに……。
17時55分の長崎行き・快速シーサイドライナーが6分遅れで来た。列車に乗り、スマホで今宵の宿を探す。しかしクリスマスイブイブでは、なかなか空室がない。予算を上げても同様だった。
こうなったら裏ワザを使うしかない。ネットカフェだ。
だが長崎市はメジャーなそれがなく、私が見つけたのは、観光通電停近くにある、「フリースタイル」というネットカフェだった。ここが正常に営業していて、空席があれば、とりあえず今宵の宿は確保となる。
列車は後れを取り戻し、19時29分、定刻に長崎に着いた。
曲がりくねった通路を通り、表へ出る。……ん? なんだこれは!!
予想もしなかった光景に、呆然とした。
(つづく)
そうか……そうなったか。
マスターはこの千円札と生卵を、袋の中に入れる。そう、いつものアレである。
マスターが生卵を割ると、白身の中から小さく丸められたお札のようなものが出てくる。そこでみなはもう驚いているのだが、拡げられたお札が、さっき馬場ももこさんの出したもので、さらにみなは驚いた。私が振り返ると、馬場ももこさんと目が合った。
ああ、やっぱり私が千円札を出しておけば……。……アレ? これとまったく同じシチュエーションで、私は去年も後悔した気がする。
結局私は、何年経っても成長していないのだ。
さらにマジックは進む。今年は若い女性が多いので、その歓声を聞いているだけで、私も楽しい。この状況は、いままでありそうでなかったことだ。
マスターが「π」の本をカウンターに載せた。これは文字通り、円周率だけがひたすら載っている本で、マスターはこれを読むのが好きだという。
「この円周率の数字が、人生の縮図を表しているようですよねえ」
私も鉄道旅行が好きなので、「時刻表は読み物です」という人の気持ちは分かる。よって、マスターの気持ちも分からなくはないが、それでも「人生の縮図」とは……。
ある女性が当てられた。そして、円周率の本は別の人に渡した。
「4ケタの好きな数字を言ってください」
「ハイ、0327」
「それは、なんでそう思いました?」
「何となく」
「はい。アナタ、○頁の上から○行目、左から○文字目を読んでください」
本を渡された人が答える。
「0、3、2、7…」
オオーッ、と、周りがどよめいた。
これはもうマジックというか、すべての数字を記憶してしまっているのではないか。
長く続いたマジックも、いよいよ最後である。カウンターの上に、20くらいの正方形の枠がついた、長方形の木枠が立てられた。
そして傍らには3つのカードが出された。前の女性が1枚をめくると、そこには「マリオ」と書かれてあった。
「きょうの人数なら全員ができるかな。最後は皆さんといっしょに大掛かりなマジックをしましょう」
私たちにはルービックキューブが配られ、それをガチャガチャやる。頃合いのいいところで私たちはそれを木枠に嵌めた。
全部埋まったところで、マスターがそれをこちら側に見せた。するとそれは、マリオの絵柄になっていたのだった。
ちょっと感動して、今回のマジックは終了となった。時刻は17時ちょうどだった。
私たちは去りがたく、マスターが用意した、ぐにゃぐにゃのスプーンとフォークを購入する。スプーンは例年どおり300円だったが、フォークは材質が変わったため(銅か?)、500円となった。私は両方とも買った。
ただ、いままでは購入者の名前を個別に書いてくれたが、今年はあらかじめマスターの名前が書かれたものが渡された。おカネもいつものオバサンにではなく、マスターに直接払った。
マスターには挨拶できたが、「気」は注入されず、あっさりお別れとなった。私もここ数年はロクな生活をしていないので、これでよかったのだと思う。そして2023年も、私はここに来られるだろうか。
川棚駅に戻ると、17時25分の長崎行きがあと7分で来る。私は佐世保方面に行ったから、今年は長崎方面に行くつもりだった。私はまで1,310円の切符(すなわち長崎まで)を買い、ホームに出た。しかし列車は来ない。私の見間違えで、実際は17時55分だった。私はこの類の間違いをよくやる。視力のせいではないと思う。おっちょこちょいなだけだ。
列車待ちの間、諫早での宿泊も考える。何度か入った諫早の町中華の、ちゃんぽんをまた食べたい。たが、長崎まで買ってしまったので、長崎まで行くしかない。
と、おっさんに挨拶された。あんでるせんで一緒だったようだ。私は言う。
「私は1999年から毎年ここに来ているのですが、一向に成長しません」
「……」
また私はいらぬことを言う。楽しかったですね、とだけ言っておけばいいのに……。
17時55分の長崎行き・快速シーサイドライナーが6分遅れで来た。列車に乗り、スマホで今宵の宿を探す。しかしクリスマスイブイブでは、なかなか空室がない。予算を上げても同様だった。
こうなったら裏ワザを使うしかない。ネットカフェだ。
だが長崎市はメジャーなそれがなく、私が見つけたのは、観光通電停近くにある、「フリースタイル」というネットカフェだった。ここが正常に営業していて、空席があれば、とりあえず今宵の宿は確保となる。
列車は後れを取り戻し、19時29分、定刻に長崎に着いた。
曲がりくねった通路を通り、表へ出る。……ん? なんだこれは!!
予想もしなかった光景に、呆然とした。
(つづく)