おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外研修も)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルドの岩井俊憲です。
世間は今日から大型連休。
10日間連続の休みです。
しかし、私は8日間は仕事をし、うち7日間研修を担当します。
昨日(4月26日)は、そのための準備でかなり忙しい1日でした。
さて、270万部の大ベストセラー『国家の品格』(新潮新書)の著者の藤原正彦氏がテレビに出ていて、その内容にうなづいていたカミさんが買って読んで、それから私に回ってきたのが『国家と教養』(新潮新書、740円+税)です。
私たちが見ていない歴史の断片をあぶり出し、そこから文化論を展開する著者の教養がいかんなく発揮された本です。
第1章の「教養はなぜ必要なのか」に出てくるのは「グローバル・スタンダード」の背後にある、「アメリカの意図」を見抜けなかった日本の姿です。
アメリカ政府によって「年次改革要望書」や「日米投資イニシアティブ報告書」が白日にさらされます。
世界最長の20年余りのデフレ不況の背後には、「軍事上無二の盟友アメリカが、経済上では庇護者から敵に変わったことに、世界一お人好しの日本人が気づかなかったための悲劇、と言って過言ではありません」と語りながら教養の必要性を説き始めます。
第2章では、教養が守られてきた「教養の歴史」を概観し、第3章では、資本主義、世界のアメリカ化、グローバリズムの進展で、教養の地位は墜ちていったことを指摘。
第4章の「教養とヨーロッパ」では、教養主義のチャンピオンであるドイツがヒットラーを生んだ理由として、一般大衆を見下していた教養市民層には、政治意識と社会性が決定的に欠けていたのだ、と展開。
そして、最後には、教養の4本柱として(1)人文教育、(2)社会教育、(3)科学教養の他に、情緒とか形の修得によって生を吹き込む(4)「大衆文化教養」が存在するとしてまとめています。
私がこう書いても、多くの人たちは理解しがたいところがあることでしょう。
この本の真髄は、そう簡単にまとめられるものでないことは、私も十分承知しています。
だからこの書評でわかったつもりにならないで、是非この本を読み、考え、時に元に戻ったりして熟読していただきたいのです。
数学者である著者の幅広い教養に支えられて、著者が教養を次のように語るところが大いに腑に落ちました。
「教養という座標軸のない論理は自己正当化に過ぎず、座標軸のない判断は根無し草のように頼りないものです」
ただ、「座標軸」が分かりにくいので、こんなふうに補足しています。
「座標軸とは価値判断の土台となるものです。先に述べた無限の情報から本質的なものだけを選択する仕分け装置です」
教養を身につけるために読書を勧める著者は、こんな書き方をしています。
「良書を読むことで、人間はいくつになっても、あっという間に思考や感覚が鋭く、そして大きく変貌することが可能なのです」
私なりの結論です。
教養は、ハウツーで身につけられるものではありません。
教養というのは、読書をしながらふと立ち止まって、何かの情報を他の情報と結びつけて知識にしようとして、時にもどかしい思いをしながら座標軸を築き上げる営みだということを教えてくれたのが、『国家と教養』という、深い含蓄を伴うこの本でした。
話は変わりますが、大型連休前にいいことが2つありました。
あるビジネス雑誌からインタビュー依頼がありました。
もう1つは、ある大手コンサルタント会社から経営者向け雑誌の連載依頼を受けました。
私は、こういう案件があると、何かの情報を他の情報と結びつけて新しいものを創造する喜びに浸れます。
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