見もの・読みもの日記

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19世紀、パリ、読者大衆/本を読むデモクラシー(宮下志朗)

2008-04-08 23:56:20 | 読んだもの(書籍)
○宮下志朗『本を読むデモクラシー:”読者大衆”の出現』(世界史の鏡. 情報3) 刀水書房 2008.2

 19世紀のパリへようこそ。時代はまさに活字の世紀。識字率の向上とともに、「読書」のためのさまざまなインフラが成立し、ソフトウェアが刷新されていく。読者大衆が登場し、ジャーナリストや編集者という職業が成立した時代である。

 19世紀半ば、パリには500店舗に及ぶ「読書室(店内で閲覧できる資本屋)」が林立していた。各地に大小の公共図書館はあったけれど、いずれも「知識人や愛書家のための象牙の塔的な空間」だったので、学生や庶民は、会費制の読書室で、現代文芸や新聞・雑誌を読みまくったという。先ごろ、私はオランダに行って、「受益者負担」の徹底した図書館サービスにちょっと驚いたのだけど、ヨーロッパの公共図書館って、実はこの有料読書室の伝統に支えられているのではないかしら。

 かつての読書室で、現在も書店として存続しているのがガリニャーニ(Galignani)書店である。この老舗書店は、イギリス文学のベストセラーの廉価な海賊版を刊行して、人気を博していた。ヨーロッパで著作権に関する法整備が始まるのは19世紀後半の話であって、当時は(モラルは別として)法律的に問題とはならなかったそうだ。そして、著者の側も(たとえばバイロン)海賊版のメリットを十分に意識していたという。なんだか最近読んだ『中国動漫新人類』で語られていた「海賊版の役割」を髣髴とさせる。

 ちなみに隣国ベルギーでは「ベルギー印刷協会」など、もっともらしい名称の会社が、フランス文学の海賊版を出しており、フランス人旅行客は、これを恰好のお土産にしていたという。以上を読んで、試しにWebcatで、ガリニャーニ版の英語本とか、ベルギー印刷協会(?)版のフランス語本を探してみた。そうしたら、日本の大学図書館の蔵書にも、それらしいものが出てくるので、嬉しくなってしまった。

 当時、消えゆく運命にあった活字メディアが「青本(bibliotheque bleus 安価な貸本、イギリスのチャップブックに近い)」と「カナール(canard 片面刷りの絵入り新聞)」である。カナールって面白いなあ。この世紀には石版も発明されているが、カナールと相性がいいのは、やはり「素朴な木版画」だったそうだ。西洋絵画には珍しく、異時同図法(!)が用いられていたりする。今なお、風刺的な週刊新聞『カナール・アンシェネ(つながれたアヒル)』にその名を残しているのが嬉しい。公式サイトはこちら。フランス語、全く読めないのが悔しいなあ。

 代わって、台頭しつつあったのが新聞連載小説(代表格はデュマ)。そして、新聞小説→単行本→舞台という「メディアミックス状況」も既に成立していた。また、長編小説を分冊で配本するシステムのあったこと(日本の読本と似ている)、「第1回配本は無料」なんていう”撒き餌方式”がとられたことも興味深い。

 ほかにも初めて知ることばかりで、余すところなく楽しませてもらった。実は、出版元の刀水書房って、4年近く書いているこのブログで初めて取り上げる書店である。この「世界史の鏡」シリーズは、まだ刊行が始まって間もないようだが、今後の執筆予定者がかなりいい!! 期待をもって見守りたい。でも、大型書店でないと店頭に並ばない予感。

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