見もの・読みもの日記

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400年の戦争体験/好戦の共和国アメリカ(油井大三郎)

2008-10-06 20:05:58 | 読んだもの(書籍)
○油井大三郎『好戦の共和国アメリカ:戦争の記憶をたどる』(岩波新書) 岩波書店 2008.9

 植民地・建国時代から今日まで、400年にわたるアメリカの戦争体験を読み通すと、この国は、よくもまあ飽きずに戦争をし続けてきたものだなあ、と思う。

 始まりは、対先住民戦争と植民地(代理)戦争。対英独立戦争(1775-1783)に辛勝するが、犠牲者は開戦当時の人口の1%に達した。さらに米英戦争(1812-1814)、米墨(メキシコ)戦争(1846-1848)に勝利し、アメリカは西部へと膨張していく。なんだ、アジアやアフリカの分割に血道をあげていたヨーロッパ列強と変わりないじゃないか、と思った。領土の拡大に従って、新領土を奴隷州とするか自由州とするかの対立が激化し、南北戦争(1861-1865)が勃発する。総計62万人という、アメリカ史上最大の戦死者を出したが、「武器によって連邦制が守られた」実感は、「武装民主制=銃社会」への傾斜を強めた。

 米西戦争(1898)の勝利によって、国内的には南北融和が実現。続く米比戦争(1899)にも勝利し、キューバ、フィリピンという海外植民地を手に入れたアメリカは、「力の政治」を標榜するセオドア・ローズヴェルトのもと、海洋帝国化=軍事大国化の道を進む。第一次大戦で甚大な犠牲者を出したヨーロッパでは、連邦国家の建設によって戦争抑止を模索する動きが生まれ、第二次大戦後に結実する。そうか、ヨーロッパの統合は、むしろ第一次大戦からの連続した動きとして考えるべきなんだな。しかし、アメリカの場合は、国家主権の絶対性への信念が強固で、この一部といえども制限を受けることには、今なお強い抵抗感があるという。国連を無視したアメリカの単独行動は、強大な軍事力を背景にしていることももちろんだが、ここ(主権の絶対性に対する信念)に淵源があるんだな、と納得。

 第二次大戦は、アメリカにとっておおむね「よい戦争」だった。他の地域に比べれば、きわめて小さい犠牲で、「世界の中心」としての地位を手に入れた。このことは、グローバルな軍事介入を是とする考え方につながっていく。また、重要なのは「ミュンヘン症候群」と呼ばれる態度形成である。1938年のミュンヘン会談で、英仏首脳がヒトラーに宥和的な態度をとったことが、ナチス・ドイツの拡大を許したという体験に基づくもので、「独裁的政権の局地侵略を見過ごすと世界大戦を誘発しかねないので、どんな小さな侵略でも軍事的に阻止する」という態度をいう。ここでもまた、近年のイラクやアフガニスタンに対するアメリカの強硬姿勢の由来が分かったようで、納得。

 こうして、常に戦争の記憶が、次の戦争に対する態度を決めていくように思う。もちろん、それゆえに権力は戦争の記憶を操作しようとするわけだ。本書は、著者の論評を極力控えて、淡々とした事実の記述に多くの紙数を費やしている(ように見える)。アメリカ史に親しんでいない者には、ちょっと読むのがしんどく感じられるかもしれない。しかし、このような著作から学ぶことはとても多い。

 先だって、荒井信一著『空爆の歴史』(岩波新書、2008.8)を読んで、第二次世界大戦において空爆の応酬をし合ったヨーロッパの国々がEUをつくれたのは何故なのか、という疑問を書き付けたところ、「きの」さんから、ヨーロッパとアメリカの戦争体験を比較するコメントをいただいた。本書は、ちょうどその見解を敷衍するような内容であった。
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