平和な土地であったロードス島も、今は「呪われた島」と呼ばれるに至っている。暗黒の島マーモの侵略をきっかけに各地に妖魔が出没し始め、国同士の争いが起き始めていたのだ。
北東部アラニア王国領の寒村ザクソンの若者パーンは、幼なじみの神官エトと村の周囲に出没する魔物を退治しようとしているうちに次第に謎の魔女カーラの陰謀に巻き込まれ、途中知り合った魔術師のスレイン、ドワーフの戦士ギム、エルフのディードリット、そして盗賊ウッド・チャックらと結束して冒険を繰り広げていくこととなる……。
まだRPGなんてものが一般に知られていなかった1986年にテーブルトークRPGの紹介記事としてパソコン雑誌『コンプティーク』にグループSNEによる『Dungeons & Dragons』を使ったセッションの収録(誌上リプレイ)が掲載され、それが好評で専用のルールを新たに作成して連載記事に。さらにそれをきちんとした物語として再構成して書籍化されたものがこの作品。
日本のファンタジーのターニング・ポイントとなった作品の代表格。おおよそこれに『スレイヤーズ』を並べておけば文句が出ることはなく、あとはこれに好みの作品を1つ足して三本柱と主張すると良い塩梅になります。
ファンタジーといえば「森のこかげでドンジャラホイだろ?と言われた」と佐藤さとるが語ったように、60年代くらいまでは童話とかメルヘンとか御伽噺でひとくくりにされていました。
そんな中、『ロード・オブ・ザ・リング』の日本語版が「指輪物語」として翻訳されたのが1972年。
ハワードやフリッツ・ライバーなどの剣と魔法の世界の冒険を再現しようとデザインされて1974年にされた発売されたのが、世界初のテーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』。ブームに便乗しようとしたからトールキンっぽく見えるようになっちゃったとガイギャックスがぶっちゃけてます。
その合間にコンピュータも少し発展・普及して、パソコンでRPGが楽しめるようになった『ウィザードリィ』の日本語版が1985年。ただ迷路が延々と続くだけのダンジョンをパーティー編成して進むだけのやつですが、今のライトノベル系ファンタジーにおけるダンジョンのスタンダードな姿ですね。
その『ウィザードリィ』のライバルゲーム『ウルティマ』の影響を受けたファミコンRPG『ドラゴンクエスト』は1986年発売。シリーズで大ヒットして勇者+戦士+魔法使い+僧侶+ペット化したモンスターみたいなパーティー編成がスタンダードなものと認識されるようになります。職業に商人とか踊り子とか遊び人とか出てくるのは確実にここの影響です。同じ年に異世界に召喚された日本人の若者が聖戦士として戦わされるが、実は召喚したものの方が秩序を乱す野心家だったという小説『オーラバトラー戦記』が刊行。アニメのノベライズですが、中身はほぼ別物です。
そうした中で1988年『ロードス島戦記』の登場。
同じく88年にライトノベル雑誌「ドラゴンマガジン」創刊。イラストをマンガ家やアニメーターに依頼して、表紙はアイドルのコスプレ写真。内容はファンタジーからSFまで……という中で、『スレイヤーズ』が1989年に連載開始。『風の大陸』とか『雷の娘シェクティ』とか『フルメタル・パニック!』、そして誌上リプレイ「ソード・ワールドRPGアドベンチャー」を核に展開していきます。
その同じ年、1989年にはレベルアップ時にはぴろりろりんとベルが鳴って通知があるとか、コンピュータRPGの設定を逆輸入したほのぼのアドベンチャー『フォーチュンクエスト』が刊行開始。当時はまだライトノベルという言葉が生まれたばかりであったため、その売り出し文句は「RPGファンタジー」というものでした。RPG的なシステムがあたりまえの世界でのファンタジーなので、今のライトノベルの半分くらいはその範疇に含まれそうです。
だいたいこんな感じで、日本のジュブナイルにおけるファンタジーのバリエーションが出そろいますが、そのど真ん中にいたのが『ロードス島戦記』。出渕裕によるビジュアルの影響も大きく、以後、エルフの女性は胸が薄く華奢で、ダークエルフはグラマラスで胸が大きいというイメージが長く続きます。
【ロードス島戦記~灰色の魔女~】【水野良】【安田均】【出渕裕】【角川スニーカー文庫】【RPG感覚のファンタジー活劇小説】
北東部アラニア王国領の寒村ザクソンの若者パーンは、幼なじみの神官エトと村の周囲に出没する魔物を退治しようとしているうちに次第に謎の魔女カーラの陰謀に巻き込まれ、途中知り合った魔術師のスレイン、ドワーフの戦士ギム、エルフのディードリット、そして盗賊ウッド・チャックらと結束して冒険を繰り広げていくこととなる……。
まだRPGなんてものが一般に知られていなかった1986年にテーブルトークRPGの紹介記事としてパソコン雑誌『コンプティーク』にグループSNEによる『Dungeons & Dragons』を使ったセッションの収録(誌上リプレイ)が掲載され、それが好評で専用のルールを新たに作成して連載記事に。さらにそれをきちんとした物語として再構成して書籍化されたものがこの作品。
日本のファンタジーのターニング・ポイントとなった作品の代表格。おおよそこれに『スレイヤーズ』を並べておけば文句が出ることはなく、あとはこれに好みの作品を1つ足して三本柱と主張すると良い塩梅になります。
ファンタジーといえば「森のこかげでドンジャラホイだろ?と言われた」と佐藤さとるが語ったように、60年代くらいまでは童話とかメルヘンとか御伽噺でひとくくりにされていました。
そんな中、『ロード・オブ・ザ・リング』の日本語版が「指輪物語」として翻訳されたのが1972年。
ハワードやフリッツ・ライバーなどの剣と魔法の世界の冒険を再現しようとデザインされて1974年にされた発売されたのが、世界初のテーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』。ブームに便乗しようとしたからトールキンっぽく見えるようになっちゃったとガイギャックスがぶっちゃけてます。
その合間にコンピュータも少し発展・普及して、パソコンでRPGが楽しめるようになった『ウィザードリィ』の日本語版が1985年。ただ迷路が延々と続くだけのダンジョンをパーティー編成して進むだけのやつですが、今のライトノベル系ファンタジーにおけるダンジョンのスタンダードな姿ですね。
その『ウィザードリィ』のライバルゲーム『ウルティマ』の影響を受けたファミコンRPG『ドラゴンクエスト』は1986年発売。シリーズで大ヒットして勇者+戦士+魔法使い+僧侶+ペット化したモンスターみたいなパーティー編成がスタンダードなものと認識されるようになります。職業に商人とか踊り子とか遊び人とか出てくるのは確実にここの影響です。同じ年に異世界に召喚された日本人の若者が聖戦士として戦わされるが、実は召喚したものの方が秩序を乱す野心家だったという小説『オーラバトラー戦記』が刊行。アニメのノベライズですが、中身はほぼ別物です。
そうした中で1988年『ロードス島戦記』の登場。
同じく88年にライトノベル雑誌「ドラゴンマガジン」創刊。イラストをマンガ家やアニメーターに依頼して、表紙はアイドルのコスプレ写真。内容はファンタジーからSFまで……という中で、『スレイヤーズ』が1989年に連載開始。『風の大陸』とか『雷の娘シェクティ』とか『フルメタル・パニック!』、そして誌上リプレイ「ソード・ワールドRPGアドベンチャー」を核に展開していきます。
その同じ年、1989年にはレベルアップ時にはぴろりろりんとベルが鳴って通知があるとか、コンピュータRPGの設定を逆輸入したほのぼのアドベンチャー『フォーチュンクエスト』が刊行開始。当時はまだライトノベルという言葉が生まれたばかりであったため、その売り出し文句は「RPGファンタジー」というものでした。RPG的なシステムがあたりまえの世界でのファンタジーなので、今のライトノベルの半分くらいはその範疇に含まれそうです。
だいたいこんな感じで、日本のジュブナイルにおけるファンタジーのバリエーションが出そろいますが、そのど真ん中にいたのが『ロードス島戦記』。出渕裕によるビジュアルの影響も大きく、以後、エルフの女性は胸が薄く華奢で、ダークエルフはグラマラスで胸が大きいというイメージが長く続きます。
【ロードス島戦記~灰色の魔女~】【水野良】【安田均】【出渕裕】【角川スニーカー文庫】【RPG感覚のファンタジー活劇小説】
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