二日連続で乗馬に行く。
フラヴォンだあ
すっごい久しぶりな気がする。最近乗った記憶がない。
(さっき帰ってきてから調べたら、去年の11月8日が最後と思われる。)
ときどき、リンゴひとかけでもお裾分けするのは、忘れてないけどね。
3年前の秋は、私はフラヴォンにしか乗ってなかったのにねえ。
フラヴォンとは、もうじきお別れかもしれない。
いつも元気とはいえ、もう20歳なんだもん。
なにか新しい馬がきたら、代わりに誰かが出ていく。
トシからいったら、そろそろ順番である。(実はこれまで既に順番抜かされてはいるんだけど。)
もしかしたら、今日で乗るの最後かもしれない。そんなこと思いながら馬装する。
フラヴォンに教わったことは、多いよ。
っていうか、フラヴォンがいなかったら、いまの私は無いな。
2009年11月の新潟競馬場場長杯のクロス障害で勝たせてもらった、あれは大きかった。
(ちなみに私は競技当日まで、障害おわったら「飴食い」か何かする、遊びのイベントだとばっかり思ってたんだが。)
続いて出た80センチでは、もう3,4回走ってきたあとだからか、準備馬場では全然勢いがないんでやんの。
やっばいなーと思いつつ、試合会場入って、ベル鳴ったら、途端に走りだした。しかも、それがピッタリ分速315mなんだ
なんて頼もしい馬だと思った。(←騎乗者が馬のボスになんなきゃダメぢゃないか!?)
(↑これは同年12月7日美浦。)
あの前、もう乗馬やめる宣言してたし。あれがなかったら、その後も乗馬を続けよう、もういちど頑張ろうなんて思わなかったのは確か。
そのあとも、馬を前に出すとか、うけるとか、ただつかまってるだけから一歩進んだ乗り方になること、全部こいつに教わったようなもんだよ。
それから、こうしてこのブログなんぞに乗馬のこと書くようになったのも、3年前の秋にフラヴォンに乗ってからだ。
その前は、乗っても別にわざわざ書こうとしなかったり、たまに「きょうは馬に乗りました。楽しかった。おわり。」くらいしか書かなかったんだが。
練習のとき、ああ言われた、そうしようとした、こう思ったみたいなことを、クドクドと恥も外聞もなく書き始めたのは、あの後からだ。
どうしてか。私の取り組みようが変わったのはもちろんだけど、そんなこと誰にも見せない紙媒体の日誌に書きゃあいいので、公開してんのは、やっぱ、ちっとでも馬・乗馬のこと知りたいって人がいたら、役に立つまではいかんだろうが、こーんなに面白いんだぜーってことくらいは伝えたいからである。
それくらいしか、私がフラヴォンからもらった恩をかえす方法はないから。
なので、なんかネット上で馬のこと探してさまよってたら(?)、ここに行き当たったみなさん、この縁はフラヴォンがいなかったらありませんでした。
(きのうも「グッドリーズン 乗馬」で検索がされてた。いま岐阜に行ってんだよね、調子どうかな、本番は水曜日。)
(※ とか言ってて、さっき過去記事を探してたら、「馬のことについては、私がいま乗っている美浦の乗馬苑がもう少し開かれていたら(っていうのは、誰でもが通りがかりに見学とかできたらって意味。いま現在は気軽に立ち寄れる場所にない)、それ専用のものをガンガンやってるんぢゃないかと」と、自分で書いたのを発見してしまった。どうしよう? いまの乗馬苑が完成するまで美浦にいるつもりがなかったから、そんなこと言ってたんだろ、俺?)
きょうの練習については、まあ、いいや。
小さいほうの馬場で、人馬とも大汗かくまでやりました。最後は、人間のほうが先にバテちゃったな。
ずるいんだもん、フラヴォン、歩度を伸ばすと、素晴らしい反応して、最初の数歩はいいんだけど、そのあと元どおりで流そうとするから
マジメな反省すると、きょうの駈歩はヒザに力入れてたせいか、カカトあがってアブミ踏めなくて、ひどかった。
やれやれ、「3年前から進歩ねーな」って、フラヴォンには思われてんだろう。
鞍のうえでグラグラしても、気にもかけないパワフルさは、ぜんぜん衰えてないよ、フラヴォン。
練習のあと、放牧場につれてったら、砂浴びしないの、フラヴォンったら。
なんで? 喜んで寝っ転がらない、そんな馬がいるとは思わなかった。
「俺を寝ころばせたかったら、もうちょっと砂をキレイにしとけ」か、
「ここで俺が砂だらけになったら、おまえ洗うの大変だろうが」か、
顔色からは読めなかった。長い付き合いだが、馬にはわからないことのほうが多い。
練習おわったら、おやつ。これもフラヴォンに教わったこと。(←人が調教されててどうする?)
フラヴォンだあ
すっごい久しぶりな気がする。最近乗った記憶がない。
(さっき帰ってきてから調べたら、去年の11月8日が最後と思われる。)
ときどき、リンゴひとかけでもお裾分けするのは、忘れてないけどね。
3年前の秋は、私はフラヴォンにしか乗ってなかったのにねえ。
フラヴォンとは、もうじきお別れかもしれない。
いつも元気とはいえ、もう20歳なんだもん。
なにか新しい馬がきたら、代わりに誰かが出ていく。
トシからいったら、そろそろ順番である。(実はこれまで既に順番抜かされてはいるんだけど。)
もしかしたら、今日で乗るの最後かもしれない。そんなこと思いながら馬装する。
フラヴォンに教わったことは、多いよ。
っていうか、フラヴォンがいなかったら、いまの私は無いな。
2009年11月の新潟競馬場場長杯のクロス障害で勝たせてもらった、あれは大きかった。
(ちなみに私は競技当日まで、障害おわったら「飴食い」か何かする、遊びのイベントだとばっかり思ってたんだが。)
続いて出た80センチでは、もう3,4回走ってきたあとだからか、準備馬場では全然勢いがないんでやんの。
やっばいなーと思いつつ、試合会場入って、ベル鳴ったら、途端に走りだした。しかも、それがピッタリ分速315mなんだ
なんて頼もしい馬だと思った。(←騎乗者が馬のボスになんなきゃダメぢゃないか!?)
(↑これは同年12月7日美浦。)
あの前、もう乗馬やめる宣言してたし。あれがなかったら、その後も乗馬を続けよう、もういちど頑張ろうなんて思わなかったのは確か。
そのあとも、馬を前に出すとか、うけるとか、ただつかまってるだけから一歩進んだ乗り方になること、全部こいつに教わったようなもんだよ。
それから、こうしてこのブログなんぞに乗馬のこと書くようになったのも、3年前の秋にフラヴォンに乗ってからだ。
その前は、乗っても別にわざわざ書こうとしなかったり、たまに「きょうは馬に乗りました。楽しかった。おわり。」くらいしか書かなかったんだが。
練習のとき、ああ言われた、そうしようとした、こう思ったみたいなことを、クドクドと恥も外聞もなく書き始めたのは、あの後からだ。
どうしてか。私の取り組みようが変わったのはもちろんだけど、そんなこと誰にも見せない紙媒体の日誌に書きゃあいいので、公開してんのは、やっぱ、ちっとでも馬・乗馬のこと知りたいって人がいたら、役に立つまではいかんだろうが、こーんなに面白いんだぜーってことくらいは伝えたいからである。
それくらいしか、私がフラヴォンからもらった恩をかえす方法はないから。
なので、なんかネット上で馬のこと探してさまよってたら(?)、ここに行き当たったみなさん、この縁はフラヴォンがいなかったらありませんでした。
(きのうも「グッドリーズン 乗馬」で検索がされてた。いま岐阜に行ってんだよね、調子どうかな、本番は水曜日。)
(※ とか言ってて、さっき過去記事を探してたら、「馬のことについては、私がいま乗っている美浦の乗馬苑がもう少し開かれていたら(っていうのは、誰でもが通りがかりに見学とかできたらって意味。いま現在は気軽に立ち寄れる場所にない)、それ専用のものをガンガンやってるんぢゃないかと」と、自分で書いたのを発見してしまった。どうしよう? いまの乗馬苑が完成するまで美浦にいるつもりがなかったから、そんなこと言ってたんだろ、俺?)
きょうの練習については、まあ、いいや。
小さいほうの馬場で、人馬とも大汗かくまでやりました。最後は、人間のほうが先にバテちゃったな。
ずるいんだもん、フラヴォン、歩度を伸ばすと、素晴らしい反応して、最初の数歩はいいんだけど、そのあと元どおりで流そうとするから
マジメな反省すると、きょうの駈歩はヒザに力入れてたせいか、カカトあがってアブミ踏めなくて、ひどかった。
やれやれ、「3年前から進歩ねーな」って、フラヴォンには思われてんだろう。
鞍のうえでグラグラしても、気にもかけないパワフルさは、ぜんぜん衰えてないよ、フラヴォン。
練習のあと、放牧場につれてったら、砂浴びしないの、フラヴォンったら。
なんで? 喜んで寝っ転がらない、そんな馬がいるとは思わなかった。
「俺を寝ころばせたかったら、もうちょっと砂をキレイにしとけ」か、
「ここで俺が砂だらけになったら、おまえ洗うの大変だろうが」か、
顔色からは読めなかった。長い付き合いだが、馬にはわからないことのほうが多い。
練習おわったら、おやつ。これもフラヴォンに教わったこと。(←人が調教されててどうする?)