かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

巨大古墳ベスト10踏破の旅 その5 応神天皇陵古墳

2019年11月15日 | Kyoto・Osaka・Shiga ( Japan )


ロシア大使館前は、壮観。
今しか見れない?



いよいよ応神天皇陵古墳に近づいたが、その手前に大鳥塚古墳。



そして、応神天皇陵古墳。2番目の大きさと言われるが、容積では世界一とされる。
小山としか見えない。
古墳の近くまで民家が立ち並んでおり、近くから古墳を見れる場所が少ない。



その前にある譽田山八幡宮。
応神天皇は、八幡様の神様だから、ここが本家?
以前は、円墳部分の上にあったそうだ。
神社が昔から上にあったからといって、本陵が、応神天皇の陵と決まった訳でもないらしいが。



流石、立派な神社。



応神天皇陵のお堀は、はっきりせず、一部は、コスモスが植えられていた。



さらに北上すると古室山古墳。



高速の下にも古墳が。


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マリアカラスを紐解く

2019年11月14日 | Music

今日は、フランコ酒井さんの話。
会場が東京駅に近かったのでちょっとぶらぶら。



STAR WARS にちなんだツリーなのだが、ちょっといまいち?



KITTEビルは、忙しそう。
例の事件が影響?
ツリーは、まだだった。



オリンピックが近づいてきた。
ダメ元で、応募してみるか?

フランコ酒井さんの話の最初のテーマは、「私はマリア・カラス」の映画をチラ見しながらのマリアカラスの生涯の話。
感動的だった。
ミラノスカラ座に行った時に彼女の話は、一度聞いたのだが、ビジュアルに説明されるとぐっと理解度が上がる。
この映画は、いろんなフィルムを引っ張り出して、作成されているそうだが、酒井さんによると、完璧だという。
例えば、観客が映した白黒プライベートフィルムをカラー化して、別の男を被せたりして、臨場感を出している。
シカゴのリリックオペラ、ニューヨークのメトロポリタン、ローマ劇場、ミラノスカラ座、パリのオペラ座での様子、プライベートの様子、インタビューなど、様々なシーンが残されている。

ギリシャの移民だった彼女は、戦時中は、ギリシャへ行き不遇。しかし、音楽の勉強を続け、お金持ちの30歳年上の人と結婚、スターになる。しかし、その夫に愛想をつかし、大富豪のオナシスと恋仲に。しかし、オナシスがジャッキーを結婚することで破綻。
オペラも引退同様になり、最後は、リサイタルで世界を回るが、53歳で、謎の死を遂げる。
最後に残された映像は、札幌でのリサイタルというから何の偶然か。

DVDをゲットして、もう一度味わいたい。

もう一つ強調していたのが、当時は、劇場の支配人が知識と力を持っていて、全体で、いいオペラが作られていたが、今は、そのような人がおらず、結局、指揮者と演出家が力を持っていて、オペラ歌手が育っていないということ。
スカラ座の支配人は、素晴らしく、メトロポリタンの支配人は、粗製乱造で、カラスと対立した。
確かにそうだ。
その元凶はカラヤンというがどうか。

第二部は、筒美京平の話。
こちらは、時間切れで最初の部分だけになってしまったが、BSフジで2002年に放映された映像に沿った解説。
こちらは、ユーチューブで見れるそうだ。
これを見れば、日本の歌謡史がわかるという。
本人と関係者が筒美京平について語り尽くすプログラムで、独学で、ピアノを習得。洋楽担当で、ポリドールに入ったが、それでヒット曲のつくり方を体感。
涙君さよならを外国の歌手に歌ってもらい成功。
それから、作曲の道に入り、60年に渡って、ヒット曲を出し続ける。
これまた凄い話。
ただし、メディアにはほとんど出ないため、その実態はあまり知られていない。

本当に楽しい話だった。

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巨大古墳ベスト10踏破の旅 その4 白鳥陵など

2019年11月13日 | Kyoto・Osaka・Shiga ( Japan )


二日目は、古市駅からスタート。
京都から大阪、阿倍野橋経由。
遠くは、ない。
まずは、日本武尊の陵。



立派な御陵だ。



白鳥陵古墳と呼ばれているが、景行天皇の息子である日本武尊が東国遠征の後、亡くなって、伊勢に葬られた後、白鳥となって、最後にここに降り立ったとされる。
実在すら確かではないが、この古墳を見ると、史実ではないかと思いたくなる。



北上すると向墓山古墳(墓山古墳の向かいにあるの意)があった。



そして、目指した墓山古墳。前方後円墳だが、一般のお墓も。



北上したかったのだが、迷って南下したようで、翠鳥園遺跡公園に来てしまった。
有史以前の古墳。
とにかく、この辺、史跡だらけ。



仁賢天皇陵。



立派な古墳。
駅でもらった地図が略式で、行ったり来たり。



ノアの箱舟のようなアイセル・シェラホール。



施設の片隅に、小さな古墳が移築されていた。
中が、紅で装飾されている。



そして、仲哀天皇陵古墳。



住宅地のど真ん中。
悲運の天皇と思うが、古墳は立派。



古市古墳群最大の応神天皇陵古墳に向かうが途中にも古墳が。
これは蕃所山古墳?



犬も歩けば、古墳に当たる?
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巨大古墳ベスト10踏破の旅 その3 藤原京跡

2019年11月12日 | Nara ( Japan )
今日は、ゴルフ。
最高のコンディション。
調子もまあまあ。



そして、初日最後に訪れたのが、藤原京跡。
飛鳥から、平城京に遷都する前、一時的(16年間)に都となった。
ごく短期間だったが、初めての中国的な碁盤の目のような構造を持った都だった。
畝傍御陵前駅から歩いたが、結構距離がある。



コスモスが植えられていて綺麗。



地元民の憩いの場所になっているが、私のような観光客は少ないようだった。



従来の建物跡が発掘されており、その後に柱のみ再現されている。



当時としては、結構大きな都だったことがわかる(1辺約1km)。
藤原京の前までは、天皇宅の周りに建物を並べた程度のものだったのだから。
耳成山が正面に見える。
奈良三山のちょうど中心に位置する。



平城京もそうだが、捨てられた都の跡を千年以上も、何も建てずに保存してあるのは凄いことだ。
ここが中心的建物、大極殿跡。



隣に藤原京資料室があり、藤原京を見下ろすことができる。



藤原京の模型。
面積がちょっと小さかったか。



思いがけず、古代の道(下ツ道)を北上することになった。
意外とみっけもの。
山之辺の道ほど、見所はないが。



泊まりは、京都。
予約した時は、行くところを決めていなかったが、このスケジュールだったら、奈良宿泊にすればよかった。
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巨大古墳ベスト10踏破の旅 その2 五条野丸山古墳

2019年11月11日 | Nara ( Japan )
今日は、昨日の晴天から一転、降ったり止んだりの1日だった。
これも秋?

今回の旅のテーマは、巨大古墳ベスト10踏破。
堺市のH/Pによれば(基準がいろいろあるらしい)、ベスト10は以下。
1仁徳天皇陵古墳(大山古墳)
2応神天皇陵古墳(譽田山御陵山古墳)
3履中天皇陵古墳(石津ヶ山古墳)
4造山古墳
5河内大塚山古墳
6五条野丸山古墳
7二サンザイ古墳
8渋谷向山古墳(景行陵)
9仲姫命陵古墳(仲津山古墳)
10作山古墳
内、1、3、4、7、8、10は行ったので、残り4つの古墳を訪れるのが今回の目的。



そして、まずは、奈良地区の残り一つを。
五条野丸山古墳。
岡寺駅から歩いて行った。

その前に、植山古墳へ。
公園になっている。
方墳部分は、発掘の結果が残されているが、方墳部分に堀立柱列があり、再現されている。



そして、五条野丸山古墳へ。
奈良県最大の古墳。大きさランキングで、全国第6位になる。
この近辺には何度も訪れているのだが、本古墳は知らなかった。
方墳部分は、平らになっていて、円墳と考えられていたこともあるようだ。
天武持統陵と考えられていたが、別の古墳(こちらは訪れた)であることが、ほぼ確実になり、畝傍陵墓参考地とされた。その後、欽明天皇陵、宣化天皇陵、蘇我稲目陵などの説があり、定まらない。
大王墓としては、最後の前方後円墳になる。



こう見れば、前方後円墳らしく見える。



これは植山古墳から見下ろしたところ。
左が後円墳部、右が方墳部。
巨大であることがわかる。



方墳部分から、円墳部分を臨んだところ。
方墳から、円墳部分を拝んだろうなということが想像できる。

その後、牽牛子塚古墳に行こうと思っていたのだが、時間切れで断念。
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