「他よりよさそう」?で、政権を選んで果たしてよいのか。
諦め感を、打破するには、どうすれば、よいのだろうか。
永井愛さんが述べられておられますが、「知る」ことから、始まるのだと思います。
だからこそ、「知らせない」ように、公文書は、破棄されるようにする力が働きます。
***********朝日新聞20180824*******************
水道は、最も大切な公共事業のひとつであり、企業にまかせるべきものではないと考えます。
法改正の行方に注目していきたいと考えます。
首都大学東京准教授 山下祐介氏による、内閣総理大臣安倍晋三氏宛て公開書面。
社会学を専門としてもつかたの視点から、大切な内容が書かれていると思います。
私が大事だと思った箇所は、憲法を守れないかたが、新たな憲法も作れないという趣旨の部分。
********************
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53366
安倍総理、あなたの読みは正しい…だからこそ警告したいことがある
どうかこの公開書面を見てほしい
山下 祐介
首都大学東京准教授
社会学
10月22日、投票先を迷っているかたへ、
ひとつのよき指針を与えて下さるジャーナリスト江川紹子氏による論考です。
**********************************
江川紹子 ジャーナリスト
神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。
「リベラル」の逆は「保守」ではなく…歴史に耐えるものさしで、中島岳志さんと現代日本を読み解く政治学
江川紹子 | ジャーナリスト 10/20(金) 19:32
⇒ https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20171020-00077161/
いよいよ、「大義なき解散総選挙」の投票日となりました。
民主主義は、完璧ではないが、一番ましと言われる政治手法です。
当然ですが、完璧な人は存在しません。政治家もまた、完璧な人は、いません。完璧になろうと努力するひとがいるのみです。
議員の投票は、まず、憲法の枠組みを守れないかたがたを、消去したうえで(日本国憲法99条参照)、なんらかの自身の大切にしていることがらと合致しているかたを選ぶしかありません。
一番やってはいけないことは、どうせ無駄だからとか、誰を選んでも同じと思って、棄権をしてしまうこと。
日本の民主主義が、もう一段階、成長するには、どうしたらよいのだろうか?
私が抱く、命題のひとつです。
その命題を解く鍵であるように感じた書物が以下、レジス・ドゥブレ、『あなたは、デモクラットか、それとも共和主義者か』。
民主主義のもう一段階成長するには、誰もが、自律的市民となって行くことが必要で、そのためには、教育により、自律的市民を育てて行くことが求められます。
そのような自律的市民を育てる教育における学びの中で、特に重点を置かれるべきことのひとつが、哲学教育です。
****日本国憲法99条******
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
****レジス・ドゥブレ、『あなたは、デモクラットか、それとも共和主義者か』1989年11月 を読んで(2017.10.1)*******
http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/44313eccf6f03d7cf4786e694ca9612e
レジス・ドゥブレは、1989年11月の本稿において、デモクラット(デモクラシー)と共和主義者(共和制)を対比させた。どちらも、民意で物事を決める民主主義に基づく制度であるが、両者には、大きな違いがある。
ドゥブレが論考を書くきっかけとなるライシテ(非宗教性)は、フランス憲法では第一条にあり、国家の非宗教性、公共的空間からの宗教の排除が規定されている。宗教的象徴をまとい教室に入ることは許されない。デモクラットは憤慨するであろうが、不寛容とは別の次元の問題である。
デモクラシーは、自由主義にも通じ、国家すなわち君主制国家からの自由をいうイギリス型の制度である。
一方、共和国は、国家すなわち市民的公権力による自由でフランス型の制度であり、言い換えると、「国家による・社会からの・個人の自由」をいう。社会とは、大きく言って、宗教的権力と経済権力を指す。
日本は、デモクラシーのほうに入る。
デモクラシーでは、各人は、自分を自分が属している「コミュニティ」によって定義する。
共和制においては、各人はみずからを市民としてとらえ、すべての市民によって構成されているのが「ネーション」、すなわち「共通の法のもとで生き、同じ立法者によって代表される、仲間・同輩者たちの一団(シエース)である。
日本では、会社や町会・自治会、職業団体などどのような組織に属しているかでその人を見るし、行政が支援をするのも、まずは念頭にあるのはそれら組織である。
デモクラシーにおけるキーワードは、コミュニケーションであり、共和国では、制度である。
日本では、コミュニケーションとして酒の席が多用され、そこで物事が決められて行くと言って過言ではない。
デモクラシーでは、民間の財団が重要な役割を果たすが、共和制では行政府の省庁がその任にあたる。
日本では、自助・共助が公助より先に言われることが多くなってきている。
ベルリンの壁の崩壊、ソビエト連邦の消滅、中国の経済開放政策等に駆動されて、1990年代に急速に進んだ経済と金融の世界的統合、一元化を本流に持つグローバリゼーションがさらに増大しつつある。このグローバル化した資本主義による精神に対する攻撃の結果、自律的市民のいわば「死民化」と消費的個人の絶対的優位化が起きているという。
そして今や日本も、特別秘密保護法の成立、解釈改憲、安全保障関連法案の「成立」、武器輸出の解禁、原発再稼働と原発輸出、メディア支配、共謀罪「成立」と進んできており、とどめの一撃として日本国憲法の廃止が待ち受けている。
十五年戦争時の「天皇制絶対主義的軍事独裁国家」の妖怪が再び出現しかねず、日本の民主主義(デモクラシー)の危機である。
止めうるには、「政治」を真にその名に値するものに育て上げるしかなく、日本的共同体のあり方を「政治秩序形成原理」の深層にまで降り立って考え直し、それを解体しつつ、同時に自治的社会関係の構築をうながすような新たな実践をいたるところで粘り強く追求し、地道に積み上げて行くことである。
日本人が、共和制にいう「自律的市民」になることが必要と思われるが、現状においては、地域組織や職業団体などの一部は政党の下部組織のような運営になっており、かつ、日本の投票率は、よくて五割程度で低迷をしている。
日本国憲法の理念は、共和制であったのに、残念ながら、日本は、近代的成熟を欠いていると言わざるを得ない。
日本の危機的状況を救う手だては、教育しかない。それも、哲学教育。
ドゥブレは、ある国が共和国なのかデモクラシーなのかを区別するもっとも確かな方法は、哲学が大学入学以前に教えられているかどうかを調べることであると言う。
しかし、その大切な教育も、日本においては、自律的市民を育てるのとは逆の方向に向かっている。
教育基本法が改正され、哲学よりも、情操教育のほうに重きが置かれている。国が大学に責任をもつところから、独立行政法人化し、経済的理性にもっともなじまないはずの教育すらも市場の原理に委ねてよしとされている。そして、人文学的教養もまた、その学部が減らされてきている。
デモクラシーを立て直すのに、教育が必要で、その教育を立て直すには、デモクラシーで多数を取る必要があるという、難しい状況にある。
ここはあきらめることなく、自律的市民として日本人が目覚め、デモクラシーで多数をとり、教育から日本を立て直すということを地道に進めることしかないのではないかと考える。
政策のおかしさに気づいた者が、そのおかしいところを社会に発信し、訴えかけていくことで、自律的市民は立ち上がることであろう。
私達の身近にある大切なものが不合理に壊されていることや、もっと有効で迅速な手段を用いることで多くの人が救われることに気付いた者が、民主主義の学校というべき地方政治の場において問題提起をし、私達に気づきのきっかけとなる判断材料を提供する努力をし続けて行きたいものである。
学校における教育においても、哲学的な思考ができる場(道徳もまた大切であるとしても)が増えることに熱い期待をする。
風頼みではなく、政策で政権を選択する日が来るのを信じつつ…。
参考文献:
『思想としての〈共和国〉[増補新版]――日本のデモクラシーのために』2016/6/25
レジス・ドゥブレ、 樋口 陽一 みすず書房
あまりにも稚拙な大義なき解散をした内閣。
白けてしまっては、おしまいで、相手は、白けることもまた、狙っています。
私達国民ができることは、「配られたカードで勝負するっきゃない」。でも、少なくとも、大義なき者を選ばないことは、できます。
***************朝日新聞20171018***********************
http://digital.asahi.com/articles/DA3S13185042.html
白けず、流されず、私の一票 衆院選 編集委員・福島申二
2017年10月18日05時00分
その後に驚きは色々あったが、原点は9月25日である。安倍晋三首相の衆院解散表明をテレビで聞いて、いやはや政治家というのはたいしたものと、妙な感慨を新たにした。
これでもかの強弁の末に、会見が終われば「自己都合」という解散の本性は「国難突破」なる大義に化けていた。思い浮かんだのはイカの墨だ。
敗戦直後に流布した「一億総ざんげ」。それを「支配層の放ったイカの墨」と喝破したのは政治学者の丸山真男だった。イカが吐いた墨に紛れて逃げるように、「総ざんげ」に隠れて指導層の戦争責任をうやむやにしようとした、と。
この解散総選挙も、森友・加計疑惑を隠し、逃げるという本性において類似のものと言えるだろう。選挙費用は約600億円。高価なイカの墨である。直後の世論調査で、解散理由に納得しない人が7割を占めたのは当然だった。
ところが、希望の党の旗揚げから民進党の分裂を経た離合集散の醜状は、安倍政治の七難を白ペンキで塗り隠してしまったようだ。公示後の情勢調査では、与党が大きく翼を広げている数字が浮かび上がった。
しかし多くの人はまだ態度を決めかねている。そもそもこの選挙は何なのか。政治家のための選挙か国民のためか。どう投票すれば、どう政治に作用するのか。横紙破りの解散に始まり、保身と打算の右往左往を見せつけられた苦々しさが、膨大な票をさまよわせている。それが、投票まで4日となった今の光景のように思われる。
こんな政治のあり方に腹も立てず、どうでもいいさと白けてしまうには、選挙後の政治はあまりにも重大だ。たとえばトランプ政権との距離にしても、あの大統領と価値観をべったり共有して、対立と分断が進む世界に巻き込まれていってしまっていいものだろうか。
巨額の財政赤字をどうするかは、未来世代への私たちの大きな責任だ。理想の候補はいないにしても、投票所へ行って少しでもましと踏む名前を書く。かのスヌーピーの名言を借りるなら「配られたカードで勝負するっきゃない」のである。
収穫の秋である。稲の脱穀のとき、実入りの悪いものを風で飛ばし、良い粒を選別する方法を「風選(ふうせん)」という。選挙に風はつきものだが、世論とも呼ばれる大きな風に流されず、自分の吹かせる風で候補者と政党を風選したい。
何を求め、何を守る。ポケットの一票を握りしめて、私の意志を研ぎ澄ます。
恣意的に犯罪と解釈されてしまう余地を絶対に残してはなりません。
朝日新聞20170207
*******東京新聞20170217*******
その藤田氏が、最も難しい問題のひとつ生前退位について、考えを法律家として述べられています。
方向性を考えるにあたり、一読をすべき論説だと思います。
***********朝日新聞20170118 13頁*************************
(インタビュー)退位のルール 元最高裁判事、東北大学名誉教授・藤田宙靖さん
2017年1月18日05時00分
天皇陛下の退位をめぐり政府が設けた有識者会議は、23日の会合で「論点整理」を公表する見通しだ。いまの陛下に限って退位を可能にする特別法の制定が軸になるとみられるが、元最高裁判事の藤田宙靖さんは疑問を投げかける。陛下と接する機会もたびたびあった藤田さんに、憲法と天皇の関係や退位のあり方について聞いた。
――これまでの議論をどのように評価しますか。
「最初におことわりしておきますが、私は天皇制の専門家ではありません。ただ、公法学者や裁判官としての50年の経験に照らして、いま伝えられている政府および有識者会議の方向性には、大きな違和感を覚えています。法律家にとっての常識からすればこう考えるべきではないか、というところをお話ししたいと思います」
――大きな論点は立法の方式です。皇室典範を改正して退位に道を開くのか、それとも今の陛下限りの特別法によって行うか。
「憲法は『皇位は(略)国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する』と定めています。退位を認めるには典範改正が必要だという主張がありますが、私は特別法でも可能であろうと考えます。憲法がいう『皇室典範』とは一種のカテゴリーであって、特別法やそれ以外の付属法令を含めたものをさすとの理解は不可能ではありません。また、そもそも今の陛下の退位という個別事例に限った立法が許されるのかとの議論もありますが、この点についても、平等原則など憲法がほかに定める規範に抵触しない限り、対象が個別的であるからといって、そのことだけから違憲だとは言えないでしょう」
「ただ、私が強調したいのは、退位を特別法によって実現しようとするのであれば、その法律は必ず、今後の天皇にも適用されうる法的ルールを定めたものでなければならないということです」
――なぜでしょうか。
「憲法がわざわざ『皇室典範』と法律名を特定して書いている背景には、安定的な皇位継承のためには明確な法的ルールが必要であり、政治状況や社会状況に応じて、時の政権や多数派の主導による安易な代替わりがあってはならないという意味が込められていると考えるからです。皇位継承のあり方は政治にとって最もセンシティブな問題の一つです。かりに特別法が、『今上天皇は何年何月何日に退位する』といった内容の規定にとどまる場合、憲法の趣旨に反するものとして、違憲の疑いが生じると思います」
「退位に至る陛下固有の事情を説明した後に『よって退位する』という構成の特別法にするとの報道がありました。しかし、そのような『歴史の叙述』は『ルールの設定』ではあり得ません」
――どんな「ルールの設定」が考えられるでしょうか。
「欠かせないのは、(1)天皇の退位の意思(2)高齢・健康など象徴としての務めを果たすことが困難な客観的事情(3)その事情の存在を認めるための皇室会議などの手続きです。このほか、(4)皇嗣(跡継ぎ)の年齢など皇位継承の準備が十分に整っていることも考慮されるべきでしょう。典範改正に先立ち、これらを特別法で定めることが難しいとは思えません。定年のように『退位させる』ための要件ではなく、『退位を可能にする』ための要件設定なのですから」
――有識者会議では「要件を書くと強制退位や恣意(しい)的退位の根拠として硬直化し、象徴天皇制と政治のあり方を動揺させる」などの指摘があったようです。
「その意味が全く理解できません。常識から考えれば、むしろ、その逆ではないかと思います。公表されているのは議事の概要にとどまり、詳細はわかりませんが、ともかくルールは定めないという結論が先にあっての、ためにする議論ではないでしょうか」
■ ■
――最高裁判事のころ、長官代行として宮中の行事に出席し、天皇陛下や皇族方と話す機会もたびたびあったそうですね。
「直接お目にかかるようになって、天皇の公務とはこういうものなのかと初めて知りました。『高裁長官のお話と午餐(ごさん)』の会に同席した際は、天皇陛下が前もって準備され、鋭い質問をされることに驚きました。すべての会合に同じように対応しておられると聞き、公務に誠心誠意臨んでおられることがよくわかりました」
「最高裁判事を退任する際、ごあいさつする機会がありました。退官後何をするかについてご質問がありましたので、『どこにも勤めず、やりたいことをやろうと思います』とお話ししたところ、陛下が『あなたのような人がそれではいけないのではないですか』とおっしゃったのには恐縮しました。ご自身の一存では辞められない、天皇という地位の厳しさを垣間見たような気がいたします」
■ ■
――「天皇は存在するだけで価値がある」などとして、退位に反対する意見があります。
「日本国憲法下における『象徴』の意味についての理解の違いなのでしょうが、私の眼(め)からすれば、退位を認めないとは、職責を果たせなくなっても、また本人の意に反しても、象徴として世にあり続けるのを強いることです。人道的な問題が生じるのではないでしょうか。天皇は神ではなく、ひとりの人間なのですから」
――昔から天皇に人権はあるのかという議論がありますね。
「公務員がその地位に伴って活動に一定の制約を受けるように、天皇という地位にある方の基本的人権も制約されざるを得ません。しかし、最低限度の人権、つまり人間の尊厳、個人の尊厳まで奪われていいはずはありません。陛下の近くにうかがう経験を得て、天皇の地位を生身の人間が務めることの大変さを、いささかなりとも感じられた気がします」
――昨夏のお言葉でも、「個人として考えてきたことを話す」という箇所が印象に残りました。
「法的地位と、その地位にある個人とは分けて考えるべきです。お言葉は、憲法に定められた天皇という地位にある明仁という方が、象徴とはどのようなものかをご自身として考え、お気づきになった問題点について説明し、国民に理解を求めたものだった。そう受けとめています。天皇としての説明責任を果たされたと言うこともできるのではないでしょうか。お言葉に対し、憲法が禁じる天皇の国政への関与につながりかねないとの批判もありますが、そのようにとらえるのは法理論的には全くの筋違いというべきです」
「そして、『陛下の問題提起をきっかけに国民自身が考え、今後のために退位の法的ルールを定めた』ということであれば、お言葉と退位との間にワンクッション置かれたことになり、国政関与の問題も起きません。しかし『陛下が辞めたいとおっしゃるから、一代限りで退位を認める』という、いま政府や有識者会議がとろうとしているルール不在の議論では、クッションが外され、お言葉と政治が直接結びついてしまいます。その意味でも禍根を残すのではないでしょうか」
■ ■
――陛下が大切だという「象徴としての務め」に関しては、たとえば被災地訪問にしても、あそこまでやる必要はない、世襲である天皇制に能力主義を持ち込むことになるとの疑問もあります。
「憲法によって、天皇は国民統合の象徴と位置づけられました。しかし、象徴の地位にある者が具体的に何をすべきかの明確な定めはなく、陛下は自らそれを探り、判断し、実行しなければならなかったのです。ある法的地位にあることに伴う必然的な行動でした。それを、憲法は何も要請していないのに勝手に仕事を広げていったなどと批判はできません」
「そうして積み重ねられた陛下のおこないを、国民の多くは天皇の公的行為の一部として支持してきました。市井の人びとと直接、積極的に触れあい、戦災や震災で亡くなった人の慰霊・追悼をし、現地で被災者の手をとって寄り添う。その姿は、国民主権の下で民主制を採用する憲法にマッチするものでした。国家はさまざまな『罪』を抱えこんだうえに成り立っていますが、陛下は『象徴』として、それを自ら原罪として背負い、いわば贖罪(しょくざい)の旅を続けてこられたように、私には見えます」
――「全身全霊で公務に当たってこそ」という陛下の天皇観は、次代の天皇への過剰な期待と重圧を招かないでしょうか。
「最高裁の判例も、時代に応じ、世に応じて変遷するものです。裁判官はその時どきの具体的状況や事案を踏まえて判断します。先例は参考にするものの、金科玉条とすることはありません。それと同じです。むろん、いまできあがっている象徴天皇像がありますから、すぐに大きく変わることはないでしょう。しかし、たとえば国民のために祈ることが最も重要な務めであるという同じ前提に立ったとしても、その方法は天皇お一人お一人によって多様な形やスタイルがあり得ますし、おのずからそうなっていくだろうと思います」(聞き手 北野隆一、渡辺雅昭)
*
ふじたときやす 1940年生まれ。専門は行政法。東北大教授を経て2002~10年、最高裁判事を務める。著書に「行政法総論」「最高裁回想録」など。
取り急ぎ、短い法律ですので、「皇室典範」全文を掲載いたします。
*********************************
皇室典範
(昭和二十二年一月十六日法律第三号)
最終改正:昭和二四年五月三一日法律第一三四号
第一章 皇位継承
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
第二条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
一 皇長子
二 皇長孫
三 その他の皇長子の子孫
四 皇次子及びその子孫
五 その他の皇子孫
六 皇兄弟及びその子孫
七 皇伯叔父及びその子孫
○2 前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。
○3 前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。
第三条 皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる。
第四条 天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。
第二章 皇族
第五条 皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王を皇族とする。
第六条 嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の皇孫は、男を親王、女を内親王とし、三世以下の嫡男系嫡出の子孫は、男を王、女を女王とする。
第七条 王が皇位を継承したときは、その兄弟姉妹たる王及び女王は、特にこれを親王及び内親王とする。
第八条 皇嗣たる皇子を皇太子という。皇太子のないときは、皇嗣たる皇孫を皇太孫という。
第九条 天皇及び皇族は、養子をすることができない。
第十条 立后及び皇族男子の婚姻は、皇室会議の議を経ることを要する。
第十一条 年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。
○2 親王(皇太子及び皇太孫を除く。)、内親王、王及び女王は、前項の場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。
第十二条 皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。
第十三条 皇族の身分を離れる親王又は王の妃並びに直系卑属及びその妃は、他の皇族と婚姻した女子及びその直系卑属を除き、同時に皇族の身分を離れる。但し、直系卑属及びその妃については、皇室会議の議により、皇族の身分を離れないものとすることができる。
第十四条 皇族以外の女子で親王妃又は王妃となつた者が、その夫を失つたときは、その意思により、皇族の身分を離れることができる。
○2 前項の者が、その夫を失つたときは、同項による場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。
○3 第一項の者は、離婚したときは、皇族の身分を離れる。
○4 第一項及び前項の規定は、前条の他の皇族と婚姻した女子に、これを準用する。
第十五条 皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない。
第三章 摂政
第十六条 天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。
○2 天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。
第十七条 摂政は、左の順序により、成年に達した皇族が、これに就任する。
一 皇太子又は皇太孫
二 親王及び王
三 皇后
四 皇太后
五 太皇太后
六 内親王及び女王
○2 前項第二号の場合においては、皇位継承の順序に従い、同項第六号の場合においては、皇位継承の順序に準ずる。
第十八条 摂政又は摂政となる順位にあたる者に、精神若しくは身体の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、摂政又は摂政となる順序を変えることができる。
第十九条 摂政となる順位にあたる者が、成年に達しないため、又は前条の故障があるために、他の皇族が、摂政となつたときは、先順位にあたつていた皇族が、成年に達し、又は故障がなくなつたときでも、皇太子又は皇太孫に対する場合を除いては、摂政の任を譲ることがない。
第二十条 第十六条第二項の故障がなくなつたときは、皇室会議の議により、摂政を廃する。
第二十一条 摂政は、その在任中、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。
第四章 成年、敬称、即位の礼、大喪の礼、皇統譜及び陵墓
第二十二条 天皇、皇太子及び皇太孫の成年は、十八年とする。
第二十三条 天皇、皇后、太皇太后及び皇太后の敬称は、陛下とする。
○2 前項の皇族以外の皇族の敬称は、殿下とする。
第二十四条 皇位の継承があつたときは、即位の礼を行う。
第二十五条 天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う。
第二十六条 天皇及び皇族の身分に関する事項は、これを皇統譜に登録する。
第二十七条 天皇、皇后、太皇太后及び皇太后を葬る所を陵、その他の皇族を葬る所を墓とし、陵及び墓に関する事項は、これを陵籍及び墓籍に登録する。
第五章 皇室会議
第二十八条 皇室会議は、議員十人でこれを組織する。
○2 議員は、皇族二人、衆議院及び参議院の議長及び副議長、内閣総理大臣、宮内庁の長並びに最高裁判所の長たる裁判官及びその他の裁判官一人を以て、これに充てる。
○3 議員となる皇族及び最高裁判所の長たる裁判官以外の裁判官は、各々成年に達した皇族又は最高裁判所の長たる裁判官以外の裁判官の互選による。
第二十九条 内閣総理大臣たる議員は、皇室会議の議長となる。
第三十条 皇室会議に、予備議員十人を置く。
○2 皇族及び最高裁判所の裁判官たる議員の予備議員については、第二十八条第三項の規定を準用する。
○3 衆議院及び参議院の議長及び副議長たる議員の予備議員は、各々衆議院及び参議院の議員の互選による。
○4 前二項の予備議員の員数は、各々その議員の員数と同数とし、その職務を行う順序は、互選の際、これを定める。
○5 内閣総理大臣たる議員の予備議員は、内閣法 の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う者として指定された国務大臣を以て、これに充てる。
○6 宮内庁の長たる議員の予備議員は、内閣総理大臣の指定する宮内庁の官吏を以て、これに充てる。
○7 議員に事故のあるとき、又は議員が欠けたときは、その予備議員が、その職務を行う。
第三十一条 第二十八条及び前条において、衆議院の議長、副議長又は議員とあるのは、衆議院が解散されたときは、後任者の定まるまでは、各々解散の際衆議院の議長、副議長又は議員であつた者とする。
第三十二条 皇族及び最高裁判所の長たる裁判官以外の裁判官たる議員及び予備議員の任期は、四年とする。
第三十三条 皇室会議は、議長が、これを招集する。
○2 皇室会議は、第三条、第十六条第二項、第十八条及び第二十条の場合には、四人以上の議員の要求があるときは、これを招集することを要する。
第三十四条 皇室会議は、六人以上の議員の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
第三十五条 皇室会議の議事は、第三条、第十六条第二項、第十八条及び第二十条の場合には、出席した議員の三分の二以上の多数でこれを決し、その他の場合には、過半数でこれを決する。
○2 前項後段の場合において、可否同数のときは、議長の決するところによる。
第三十六条 議員は、自分の利害に特別の関係のある議事には、参与することができない。
第三十七条 皇室会議は、この法律及び他の法律に基く権限のみを行う。
附 則
○1 この法律は、日本国憲法施行の日から、これを施行する。
○2 現在の皇族は、この法律による皇族とし、第六条の規定の適用については、これを嫡男系嫡出の者とする。
○3 現在の陵及び墓は、これを第二十七条の陵及び墓とする。
附 則 (昭和二四年五月三一日法律第一三四号) 抄
1 この法律は、昭和二十四年六月一日から施行する。
********憲法 第1章 (皇室典範に委任をしています。)**********************
第一章 天皇
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
○2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
第五条 皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
○2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。
明日7月10日(日)は、日本の行く末を決するとても大切な参議院議員選挙の投票日です。
将来から過去を振り返った時に、日本という国の方向性が大きく誤ってしまった転換点が、昨年9月19日と本年7月10日と言われないためにも、また、私たち日本人が、真に積極的平和主義を、これからもなお一層、世界の中で貫いていくためにも、立憲主義を否定する今の政治を、絶対に正していかねばならないと思いを強くするところです。
立憲主義、それは、「多数決の誤りを、正す仕組みそのもの」であり、民主主義社会にとって、その枠組みとして最重要事項です。
残念ながら、この選挙ほど、有権者をないがしろにしたものはありません。
参院選立候補者掲示板を見て何か異様にお思いになられたかと思います。私も選挙管理委員会に尋ねましたが「違法でない。」ということのようです。
なにがなんでも3分の2をとっていこうとする姿勢にあきれかえります。
どうか、政治を他人まかせ(投票棄権)にしないで、大切なその一票を、熟慮のうえ行使願います。
私の一票は、立憲主義及び報道・表現の自由をしっかりと守り、子どもと生活者目線に立って、正々堂々と政治を行う姿勢のかたを選びたいと考えています。非立憲は論外です。
将来的には、政権交代が実施可能な、均衡・バランスがとれた強い政治基盤が生み出されて行くことを願っています。
何事にも万事、均衡が必要です。
司法・国会・内閣の三権分立や、区長と区議会の地方政治における二元代表制などの均衡とともに、政権交代が可能な強い野党の存在こそが、与党において緊張感を持たせた政治を行わしめます。
友人の弁護士大城聡氏が書かれた、投票に臨むにあたってのコラム「参院選を理解するための12のポイント」も、ぜひ、ご参考にしてください。
⇒ http://oshiro-satoru.com/415
参院選を、ぜひとも、「この道」引き返す好機に!
******************************************************
http://mainichi.jp/articles/20160708/org/00m/040/005000c
<記者の目>2016参院選 その1票、どこへ?=倉重篤郎(論説室)
2016年7月8日
毎日ジャーナリズム
「この道」引き返す好機に
安倍晋三首相は「この道しかない」と言う。「まだ道半ば」だとも言う。そのたびにうさん臭さを感じる。「この道」以外にも適切な道があると思うし、目標に到達できないことを「道半ば」と言い訳している。何よりも戦後歩んできた道とはあまりに異なる。あなた任せでリスクも高すぎる。この道を引き返そう。参院選はその好機にしたい。
外交・安保政策がいい例だ。日本は戦後2度、外交・安保環境の激変に遭遇したが、その度に穏当な道を選んできた。戦後世界を二分した米ソ冷戦では米側陣営に入り、日米安保条約による軍事抑止力と憲法9条による平和規範力によって国力を経済発展に集中、一人の戦死者も出さない経済大国をつくり上げた。
1989年の冷戦崩壊という激変にも、この基本路線を維持した。ただ、冷戦の枠組みが崩れて起こる地域紛争対応として国連平和維持活動(PKO)への参加は決め、国連の指揮権と非軍事活動という厳しいしばりをかけて自衛隊を海外派遣するようになった。
眉唾の経済政策、リスクも語らず
現在、3度目の力の変化が起きている。中国の台頭と米国の後退である。
安倍政権が選んだのは、日米安保体制による軍事抑止力強化の道である。すなわち、特定秘密保護法で軍事情報での日米一体化を図り、武器輸出解禁でアジア・太平洋諸国に米国主導の中国包囲網をつくり上げようとしている。
さらには、安保法制改編により自衛隊の対米支援機能を強化、集団的自衛権行使を一部容認し、後方支援(補給)活動についても弾薬の提供までOK、対象地域も北東アジアから全世界へと拡大した。
この道は、過去2回の道を踏み外している。解釈改憲で9条の規範力を弱めただけではない。日中国交回復、平和友好条約締結といった独自の外交的努力により両国関係を改善してきた先人の足跡を継承する姿勢がない。ひたすらの米国の軍事力頼みである。しかも、その対価ともいえる補給活動の拡大が実は高いリスクを伴う。国連ならぬ米国の事実上の指揮権下、世界のどこにでも自衛隊を派遣できるようになったからだ。
経済・財政政策における「この道」、つまりアベノミクスも眉唾物になってきた。
第一に政策破綻である。異次元金融緩和政策がスタートしたのは2013年4月。「2年間で物価上昇率を2%にする」という予定だったが、一向にその気配はなく、今では17年度中(18年3月まで)に目標年次は先送りされた。つまり、2年間が5年間に変更され、なおかつ達成見込みが疑われているのである。「道半ば」という状況ではない。「政策の失敗」を認めるべき時だ。
第二に公約違反である。あれだけ確約していた消費税増税を再延期した。社会保障や税制といった中長期的観点から構えられた政策が、景気に水を差すという短期的視野からいとも簡単に放棄された。それだけではない。民主党政権時に自公民3党が侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末到達した「税と社会保障の一体改革」合意もまた葬られてしまった。消費税をめぐる政争の激しさを見てきた政治記者としては、良質な政治資産が愚策の犠牲になった気がしてならない。
第三に政策の果実の誇大広告とリスク隠しである。
安倍首相が強調するのは、21兆円の税収増であり雇用の改善である。21兆円という数字はかさ上げが過ぎる。リーマン・ショックと東日本大震災によって谷底に落ち込んだ12年度比の増収で、第1次安倍政権の07年度比ではほぼ同じ税収である。とても胸を張るべき数字ではない。雇用改善は歓迎するが、これだけの人手不足の時代、当然のなりゆきでもある。問題はリスクを全く語らないことだ。異次元緩和により日銀が330兆円もの国債を抱え込み、政策の自由度を失っている。その出口をどうするか、どんな問題が生じるか。そろそろ国民に率直に語るべきである。
安倍政権への賛否表明に意義
ことほどさように、「この道」にはいずれもアラが見えてきた。しかも、それは戦後日本政治の基本(外交・安保では専守防衛、経済・財政では財政健全化)路線を大きく逸脱し、自主独立、自己責任とは全く裏腹に、恥じることもなく徹底的に他者(外交・安保では米国、経済・財政では次世代)に依存する道である。リスクについては先に述べた。
参院選は政権交代選挙ではない。だから、安倍政権の「この道」への賛否表明だけで、十分投票の意義はある。この道にブレーキをかけ、それに代わる道の議論が、与野党内で活性化することを期待する。それを政策として構築し、問うのは次の衆院選となる。
参院選投票日が近づき、各紙が危機感をもって、記事を記載しています。
なんとしても、この国とこの国に生きる国民を守ってくれる政治を、取り戻しましょう!
まだ、投票先をお決めになられていないかたがおられたら、こちらの論説も参考になります。
⇒憲法学者木村草太氏論説 各党改憲マニフェスト最も危惧するポイント
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49029