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築地市場移転問題2016 当不当の問題から、違法の問題へ〜今、築地再生を考えるべきとき〜

2016-10-19 06:24:56 | 築地重要
築地市場移転問題 当不当の問題から、違法の問題へ
〜今、築地再生を考えるべきとき〜

               中央区議、小児科医師 小坂和輝

                  
第1、築地市場移転問題は、2016年9月に当不当の問題から、違法の問題へ

1、現時点における築地市場移転に関する違法な問題点(順不同)

【問題点1】専門家会議・技術会議の検討の上、土壌汚染対策法の具現化として提言された盛り土の欠如

【問題点2】盛り土を行うことを前提にしているがゆえに「環境アセスメント」のやり直しの必要性

【問題点3】違法な「環境アセスメント」を元に市場開設の「都市計画決定」を行った以上、その「都市計画決定」の無効(参照;『環境影響評価書案のあらましー豊洲新市場建設事業—』東京都中央卸売市場新市場整備部 施設整備課 平成22年12月)

【問題点4】盛り土を行うことを前提とした卸売市場計画に沿わない市場建設。結果として、『卸売市場法(認可の基準)第10条第2号』及び『卸売市場整備方針(平成22年10月26日策定)第3、1 立地に関する事項 (4)』に適合しないが故に、卸売市場として認可されない
*卸売市場法
(認可の基準)
第10条 農林水産大臣は、第八条の認可の申請が次の各号に掲げる基準に適合する場合でなければ、同条の認可をしてはならない。
二号 当該真正に係る中央卸売市場がその開設区域における生鮮食料品等の卸売の中核拠点として適切な場所に開設され、かつ、相当の規模の施設を有するものであること。
*卸売市場整備方針(平成22年10月26日策定)
第3 近代的な卸売市場の立地並びに施設の種類、規模、配置及び構造に関する基本的指標
1 立地に関する事項 
(4)生鮮食料品等の安全・衛生上適切な環境にある地域であること。
【問題点5】市場を分断する315号線下の土壌汚染の残置(朝日新聞 2016年10月5日)


【問題点6】2年間の汚染の検出のないことの確認を要する水質モニタリング検査からの汚染の検出。結果として、再度2年間のモニタリング検査の必要性。

 「形質変更時要届出区域」(土壌汚染対策法11条1項)のままである場合、「生鮮食料品を取り扱う卸売市場用地との場合には想定し得ない」として市場認可をしない農林水産省の方針。(参照;農林水産省 食品産業部会(平成23年3月25日)配布資料 別添7)

【問題点7】技術会議から地下空洞案が出されたとする技術会議の会議録のHPの改ざん

【問題点8】建物の積載荷重の大幅な不足

【問題点9】豊洲建物の耐震性の問題

【問題点10】建物の機能面の問題 
仲卸ブースの狭さや、建物内のスロープ含め動線の問題

 など、問題が山積みであり、現在、豊洲移転は混迷している。(参照;『世界』2016年11月号 No.888 
「豊洲移転はファンタジーになりつつある 築地を再評価すべきとき」対談 森山高至×中澤誠)

2、東京都の移転延期決定
 東京都は、本年8月31日築地市場の豊洲移転を延期することを決定致しました。
 
 豊洲移転候補地は、土壌汚染対策法の「形質変更時要届出区域」(「土壌汚染対策法11条1項」)という“土壌汚染指定区域”のままでは、開設認可をしないことが卸売市場の認可権限を持つ農林水産省の確たる姿勢でありました。土壌汚染対策工事後、2年間の土壌汚染のないことのモニタリングは必須の条件であった状況において、東京都の移転延期の選択は、「法律による行政の原理」に基づく当然の帰結であったと考えます。
 
 ところが、その後、東京都の9月10日の発表で、豊洲市場の建物下の盛り土がなされていないことや、その建物内への汚染地下水の上昇が発覚しました。土壌汚染対策に於いては、「揮発性のベンゼンや猛毒のシアンが土壌にあった場合、盛り土をし、汚染地下水の上昇や汚染物質の揮発を防ぐ対策をとること」が土壌汚染対策法の趣旨であるところ、それら対策を、生鮮食料品を扱うべき肝心の建物下で怠ったことは、明白なる土壌汚染対策法違反であり、築地市場の豊洲移転は、決定的に破たんしたと言えます。

 
 このようなずさんな土壌汚染問題だけではなく、裁判が係属中である豊洲移転候補地の土壌汚染のない価格での土地購入問題をはじめ、築地市場移転問題に秘められた東京都の数々の矛盾がマグマのように一機に吹き出したのが、現在の状況であるととらえることができます。それら矛盾の多くは築地市場の仲卸のかたが中心に構成をする「市場を考える会」の皆様がかつて指摘して来た事柄が現実に起こっているとも私は感じています。

 
 豊洲移転候補地において、<疑問1:専門家会議及び技術会議で約束された土盛り工事が建物下でなされていないことは、明らかな土壌汚染対策法違反>であり、なおかつ、<疑問2:①汚染処理が有効である前提としての「不透水層」の連続性がないこと及び②市場を通過する315号線下の土壌汚染対策を行われていないことから、今後も継続される汚染地下水のモニタリングにおいて、汚染が将来検出される“具体的な”危険性があるため、豊洲市場の「形質変更時要届出区域」という“土壌汚染指定区域”の解除がなされないであろうこと>が考えられます。
 なお、「豊洲新市場の開場に当たっては、土壌汚染対策を着実に実施し、安心・安全な状態で行うこととし、リスクコミュニケーションなどの取組を通じて、都民や市場関係者の理解と信頼を得ていくこと。」 とした『平成24年度東京都中央卸売市場会計予算に付する付帯決議』が東京都には存在し、東京都は中央区の問い合わせに応じる義務があると考えます。
 
*都議会第20号議案 「平成22年度東京都中央卸売市場会計予算に付する付帯決議」
築地市場の老朽化を踏まえると、早期の新市場の開場が必要であるが、これを実現するためには、なお解決すべき課題が多いことから、予算の執行に当たっては、以下の諸点に留意すること。
1 議会として現在地再整備の可能性について、大方の事業者の合意形成に向け検討し、一定期間内に検討結果をまとめるものとする。知事は議会における検討結果を尊重すること。
2 土壌汚染対策について、効果確認実験結果を科学的に検証し有効性を確認するとともに、継続的にオープンな形で検証し、無害化された安全な状態での開場を可能とすること。
3 知事は、市場事業者それぞれの置かれている状況及び意見などを聴取し、合意形成など「新市場整備」が直面している様々な状況を打開するための有効な方策を検討すること。

3、中央区のとるべき道
 平成22年8月12日に区長議長連名で都知事宛てに提出した『豊洲新市場予定地の土壌汚染対策に係る要望について』などから分かる通り、中央区は、豊洲移転候補地の土壌汚染問題が解決されることを条件に、移転容認をしてきた経緯があります。
 2016/9/20の一般質問でも、区長は、「安全性を条件に決断をした」主旨を答弁しています。
 今、土壌汚染問題が解決されるという条件が満たされなくなった以上は、当然に、原点回帰をし、築地市場の築地の地での再整備を、区民と一丸となって再度、東京都に対して求めていくべきと考えます。
 そのために、築地市場の築地での再整備へ向けた補正予算、来年度予算を組むべきです。

4、東京五輪は、築地の食材を
 豊洲市場建物下の土壌汚染対策工事で必須な盛り土を怠っていたことで、卸売市場法の趣旨から見ても、豊洲移転は不可能となり、築地市場移転問題は状況が一変しました。
 今こそ、中央区の悲願であった築地市場の築地での再整備を実現し、東京五輪では、築地の食材でオリンピアン・パラリンピアンをもてなし、“世界のTsukiji”を一大観光拠点に発展させていくべきと考えます。

第2、築地市場移転候補地である豊洲5丁目東京ガス工場跡地の日本最大規模の土壌汚染状況について 
1、「国内最大規模の汚染区域である」ことについて
「豊洲新市場予定地における土壌汚染対策等に関する専門家会議」以下、「専門家会議」と略すことと致しますが、これが、2007年の5月19日から始まって、2008年5月31日の第七回まで開催されました。
 
 この「専門家会議」で明らかにされたことは、移転候補地の豊洲は、新聞報道でも取り上げられ、誰もが知る事実とはなりましたが、「国内最大規模の汚染区域である」ということです。
 
 発がん性のあるベンゼンが35箇所の土壌から最高で環境基準の4万3千倍、地下水は5 61箇所から最高1万倍の濃度で検出、シアン化合物も90箇所の土壌から最高で環境基準の860倍、検出されてはならないという地下水から966箇所(全調査地点の23.4%、約1/4)で検出されたと報告されました。基準を下回ると見られた水銀、六価クロム、カドミウムも基準を超え、ヒ素、鉛あわせて調査したすべての有害物質が検出、その数は、全調査地点4,122箇所中の1,475地点、調査地点の三分の一強の地点が環境基準を上回るという深刻な汚染の広がりが明らかになりました。シアンだけ見ましても、単純計算で豊洲の土地約40ヘクタールの1/4で、約10ヘクタールの汚染であります。
 
 ちなみに現状の日本の土壌汚染状況は、平成15年(2003年)土壌汚染対策法が施行以後、ベンゼンについては130倍の検出が最高値であります。指定区域の広さの最大は、岩手県の宮古市のケースで、4.5ヘクタールでした。

2、土壌汚染の原因について

 
 その土壌汚染の原因はなにか。
 
 豊洲移転候補地は、東京ガス豊洲工場が昭和63年(1988年)まで操業されていた土地で、特に昭和31年(1956年)から昭和51年(1976年)までの20年間、石炭を原料に都市ガスを製造していました。製造工程で、ベンゼン、シアン、ヒ素などの有害物質が複製され、敷地土壌と地下水を汚染しました。
 
 さらに衝撃的な話として、2008/6/18の『赤旗』の新聞記事では、昭和32年(57年)から昭和51年(76年)に同工場で勤務していた元社員の男性(69)は、「この場所では、土を盛って土手の囲いを作り、そのなかに石炭からガスを取り出した廃タールをリヤカーで運んで、ためていた。当時は、下にシートを敷く発想はなく、囲いの中にそのまま流し込んでいた」と証言しています。

3、健康被害と風評被害
 

 
 有害化学物質の健康被害も専門家会議で、議論されました。
 
 高濃度のベンゼンやシアンでは、RBCAを用いたリスク評価モデルで、ベンゼンにより発がんリスクがあったり、シアンによる急性障害が出ると専門家会議自体が認めています。
 
 文献的には、ベンゼンの慢性毒性(発がん性、催奇形性)、シアンの急性毒性が健康被害を及ぼす可能性(例えば、市場内に働く女性が多い中、妊娠中の胎児への催奇形性含め健康被害への懸念)は大いに考えられます。シアン化カリウム(青酸カリ)は、150~300mgが致死量となります。
 少なくとも、食の安心・安全、築地のブランドへ及ぼす悪影響も多大であります。

4、不十分な土壌汚染対策が計画されたこと
 専門家会議で、実施された調査や、考えられている対策は、きわめて不十分でありました。

 以下の、理由によります。

理由1)専門家会議メンバーには、地質学者、地震の専門家、有害化学物質の医学専門家がかけており、学際的でありません。


理由2)環境基準を上回った地点の深度方向の調査が不十分です。特にシアンについてです。豊洲移転候補地は、東京都の環境確保条例 第117条に定められる3000㎡以上の土地の改変であることから、東京都土壌汚染対策指針にそった土壌対策が必要になります。その場合、検出されてならないシアンが検出されるすべての土地で深度方向1mおきの土壌調査が必要になりますが、専門家会議においては、シアンが環境基準の10倍未満で検出されている場所を絞込調査の対象から外してあります。


理由3)軟透水層とも言われ、水を通しやすいといわれる有楽町層へ汚染が広がっている指摘があるのに、汚染が下層へ広がるという理由で一切調査が行われていません。すでに豊洲の土地は、「ゆりかもめ」の橋脚工事などで、有楽町層の破壊は起こっているのにかかわらずです。また、田町の東京ガス跡地では、ボーリングの結果、有楽層で汚染が見つかっているといいます。


理由4)専門家会議に提案された土壌改良後、有害化学物質がなくなったことを証明する調査が計画されていません。土壌改良工事が完璧だったとどうやってわかればいいのでしょうか。


理由5)豊洲では、地下水面は、現在、海水面から約4メートルの高さにあります。これを下げることができる技術を示していませんし、また下げたとしても、再度上がる可能性はないといえますでしょうか。台風や高潮、洪水の時は果たして大丈夫でしょうか?


理由6)専門家会議では、30年後に70%の確立でおきる首都直下型地震での液状化対策について、すでに東京都は調査しているという理由で、議論されませんでした。豊洲の地盤は大変弱いことが言われており、地震により有害化学物質が地上に噴出し、市場が閉鎖になる危険性が大いにあります。


 これらの理由から、第七回まで開催された専門家会議の調査内容や土壌汚染対策の技術的可能性の証明は、不十分であったと考えられます。



 専門家会議では、「シアン化合物で土壌や地下水は確かに汚染されている、この汚染された地下水が上昇して、揮発をして、市場内にシアンが浮遊。生鮮食料品に付着する可能性はあります。しかし微量だから健康被害はない」といっています。シアン化合物すなわち青酸カリが付着して、だれが、食べたいと思いますでしょうか。
 食の安心・安全、築地のブランドへ及ぼす悪影響も多大であり、そのような場所への移転計画は、白紙撤回する必要性があると考えます。
 





5、その計画された土壌汚染対策さえ完全になされたかったこと
 盛り土の欠如、地下空間への地下水の上昇、地下水モニタリング調査からの土壌汚染物質の検出、地下空間での大気中の水銀の検出など、第1で述べたこととあわせ、そもそも土壌汚染調査さえすべきところの298地点でなされていないことがあきらかになりました。(参照;TBS『NEWS23』2016.10.13)

6、環境基準に違反することについての理解(大城弁護士の文章「風評被害」ではなく「食の安全性と信頼」の問題 からの抜粋)
 以下、環境基準の考え方について、弁護士の大城先生が書かれています。引用させていただきます。
 「環境基準は、人の健康等を維持するための最低限度としてではなく、「維持されることが望ましい基準」であり、行政上の政策目標だとされます(環境基本法16条1項参照)。たしかに、環境基準をわずかに超えた汚染が存在しても直ちに人の健康に悪影響はないかもしれません。しかし、環境基準を超えた汚染の検出を問題視することが「風評被害」だとする見解には賛成できません。
 豊洲市場に対して、市場関係者や消費者が抱く不安や信頼の喪失は、汚染対策後も環境基準を超える汚染が確認されているという明確な根拠に基づくものだからです。
 技術会議が「土壌と地下水を環境基準以下に処理する」と提言した汚染対策工事後にもかかわらず、環境基準を超える汚染の存在が確認されたことは極めて重い意味を持ちます。
 858億円もの費用を投じて汚染対策工事を行った後でも、「環境基準=維持されることが望ましい基準」に到達していないことが明らかになった土地に、市場を移転することで「食の安全性や信頼が確保」できるのか、「市場関係者や消費者の理解」が得られるのかということが問題なのです。
 市場にとって食の安全・安心は最重要の課題です。食の安全性や信頼が確保できていない市場からは、誰も魚や野菜を買わないからです。
 豊洲市場への移転は、「食の安全性や信頼が確保」されること、「市場関係者や消費者の理解を得ること」という高いハードルを超えなければなりません。しかし、この高いハードルを越えることなく、食の安全・安心を守ることはできないのです。」(引用終わり)

*環境基本法 第十六条
第一項  政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。

第3、日本の食文化の拠点、築地市場地区を核とした活気とにぎわいづくりについて

1、築地という“金(きん)”の土地
 「市場には、その土地の凝縮した姿がある」といわれます。まさに、築地市場は、銀座の隣と言う一等地に位置し、日本橋の魚河岸から昭和10年(1935年)に引き継いで80年以上、5ヘクタールの場外市場とともに、日本の魚食文化の伝統を守り続けてまいりました。 

 いまや、築地市場は、都の魚の89%、全国の10%を賄う「東京都の台所、日本の台所」です。水産物の取扱量は、平成18年で一日当たり2090トン、17億9千万円。年間57万3千トン、4898億円であり、世界一の水産物の取扱高を誇っています。年間取引量は、十年前のピーク時の約七千五百億円からは、市場を通さない流通が拡大してきているため、二千五百億円減りましたが、年間約五千億円にのぼっています。場内の業者数は、水産578、青果100の合計678(2016年)、そして、築地市場の周りにある場外市場349店舗(2016年)とともに築地市場地区の街並みが形成されています。

2、かつての築地の現在地での再整備計画

 築地市場は、開場から50年経ったころから「老朽化、狭隘(きょうあい)化」などを理由に再整備の話が出始めました。
 
 2008/6/17都議会代表質問への回答の中で、主に教育庁など教育畑で経験を長くして平成18年(2006年)就任した比留間英人市場長は、「現在地再整備につきましては、敷地のほぼすべてが利用されており、①再整備工事に不可欠な種地が確保できないこと、②敷地が狭隘なため、品質管理の高度化や新たな顧客ニーズに対応する各種施設を整備する余地がないこと、③アスベスト対策を含め、営業しながらの長期間で困難な工事となるため、顧客離れなど市場業者の経営に深刻な影響を与えることなどから、築地市場の再整備は不可能でございます。」と答弁しております。
 
 果たしてそうでしょうか?
 
 比留間氏の言う課題を克服し、現在地での再整備を成し遂げた市場があります。昭和6年(1931年)開場の大阪市中央卸売市場(本場)です。私は2008/6/17現地視察に伺いこの目で、確かめて参りました。現在地再整備は、十分可能なのです。
 
 大阪市中央卸売市場では、昭和62年(1987年)9月に本場整備促進協議会が発足、昭和63年(1988年)に「本場整備基本計画」をまとめられました。これは、後で述べます築地市場の再整備計画と軌を一にしています。敷地面積12.6ヘクタール、現在18ヘクタールの土地で、平成元年(1989年)事業費644億円、工期9年で着工、その後完成の予定に見直しが入り事業費1027億円となりましたが、本場開設70周年記念にあわせて平成14年(2002年)11月、新市場施設はオープンとなりました。約15年間で再整備を成し遂げたのです。市場棟は、地下1階、地上5階の合計17万㎡、1階は水産売場、三階は青果売場、2階と4階はそれぞれ仲卸の事務所。工事は三期に分けて行われました。
 
 平成19年度(2007年度)の統計で、水産物一日平均647トン、5億円7千万円。年間17万7千トン、1557億円。規模は、築地市場の3割強の取扱量です。
(築地市場 水産物は、平成18年で一日当たり2090トン、17億9千万円。年間57万3千トン、4898億円。)
 
 大阪市中央卸売市場の再整備に関わった市場関係者にお話をお伺いいたしましたが、約15年間の工事でも、客足が遠のくことはなかったといいます。

 築地市場には、かつて再整備の計画がありました。なぜ、それが頓挫したのでしょうか。流れを追ってみたいと思います。
 
 昭和61年(1986年)に「築地市場再整備推進委員会」を設置して計画は具体的に始まり、昭和63年(1988年)に「築地市場再整備基本計画」がまとめられ、平成2年(1990年)基本設計へと進みました。その計画の「基本的な考え方」は、
1)築地市場は、現在地で営業を継続しながら再整備 
2)水産部を一階、青果部を二階とした立体的配置計画
3)物流円滑化のための十分な交通導線、
4)市場業務に影響を及ぼさない施行計画、
5)流通形態の変化、情報化社会に対応、
6)都民に親しまれる開かれた市場等でした。
 待望の再整備が始まったことを市場関係者は、だれもが大変喜び合ったと言うことです。
 
 平成5年(1993年)5月28日に築地市場全業界を挙げて行った「築地市場再整備起工祝賀会」の席上、当時の鈴木都知事は、「私は、さすがに世界の築地と言われるような、都民の皆様のご期待に応えられる卸売市場づくりに全力で取り組んでまいります。」とあります。
 総工費3000億円、工期12年の計画で平成3年(1991年)に着工しました。資金は、東京都の特別会計1000億円と神田市場売却による2000億円を原資とした計画でした。
 ところが、平成8年(1996年)380億円使った段階(立体駐車場、冷蔵庫棟など)で中止。予定通り進んでいれば、平成16年(2004年)、17年(2005年)には、完成のはずでありました。
 
 小山市場長までは仮設工事から本工事へと決められた方針通り続けられてきた現在地再整備事業が、番所市場長となって、推進協議会に諮問することもなく、工事にかかわる公式発表もないまま尻つぼみのように工事は休止状態になりました。それとは別に番所市場長自らが臨海副都心への移転話を各団体へ持ちかけてきたのであります。市場行政の最高責任者としての地位にある者が、都自身の定めたルールを踏み外して、勝手な行動をとることはあり得ないはずであるが、実際に、番所市場長の呼びかけによって、平成7年(1995年)9月29日、日暮里の某所で、一部業者との間に話し合いが持たれたといいます。そうした呼びかけは、水産の卸・仲卸・小売の団体に対しては、一切ありませんでした。そこでこれら三団体は連名で、10月19日付けで市場長宛に「築地市場再整備工事促進について」と題した要望書を出しましたが、市場長からの誠意ある回答は示されず、推進協議会も開かれず、水面下で移転話が進められたのでした。(参照;『築地よ!何処へゆくー時計を失った市場の悲劇』 千草秋夫(ペンネーム) 著)
 
 番所市場長の打ち出した移転問題は、同市場長の思いつきというようなものではなく、都の市場行政の財政的な面から、再整備費用の再検討により、その財源捻出をどうするかについての検討の結果として移転論ということが俎上にのぼったことが可能性として考えられます。
 
 次を引き継いだ大矢市場長は、業界から一致した要請があれば豊洲移転を検討することになるかもといい、平成10年(1998年)12月までに六団体(水産卸・水産仲卸・小売等の買出人団体・青果連合会・関連事業者団体)の一致した表明書を提出してほしいと求めたが、結果は、移転賛成四、反対二(水産仲卸・小売)となりました。水産仲卸である東京魚市場卸協同組合(東卸)がこの時に全組合員投票をやったが、現在地再整備賛成495、移転賛成376であり、東卸は、現在地再整備を機関決定しました。なお、投票前の意向調査時には、組合員に土壌汚染のことは、一切知らされませんでした。平成11年(99年)4月東卸の理事長選挙で、築地での再整備を目指していた理事長が解任され、移転推進の現理事長になり、理事会は機関決定に反して移転推進に動き、組合員と「ねじれ」ができました。
 
 平成11年(99年)9月、4月に就任した石原慎太郎都知事が市場を視察し「古く、狭く、危ない」と言い、11月9日第28回築地市場再整備推進協議会において移転整備の方向でまとめられました。
 平成13年(2001年)東京ガスは、豊洲土壌汚染について公表するも、同12月「第7次東京都卸売市場整備計画」で知事は豊洲に移転すると表明し、平成14年(2002年)「豊洲・晴海開発整備計画―再改定(豊洲)案」で築地市場の豊洲移転が計画として明記された。
 
 平成15年(2003年)5月「豊洲新市場基本構想」策定、平成16年7月(2004年)「豊洲新市場基本計画」策定、平成17年(2005年)9月「豊洲新市場実施計画のまとめ」策定、11月「第8次東京都卸売市場整備計画」において、豊洲市場を平成24年度(2012年度)開場を目途とすると明記するに至ります。
 
 平成19年(2007年)4月の東京都知事選挙では築地移転の是非が争点の一つになり、土壌汚染に関しては、翌月「専門家会議」が設置されました。

 
 この流れでもわかりますように、築地市場の現在地頓挫の理由は、財政的な部分が大きいと言うことです。それに端を発した行政の不手際により、骨肉相食む争いを業者間に生んでしまい、「百年河清を待つ」状態に置かれたのが現況だと思います。

3、市場再整備の費用試算について


 
 では、現状における、問題の財政的な部分、費用試算はどうなっているでしょうか。

 
 2008/6/20都議会経済港湾委員会では、現在地再整備と、豊洲移転の費用の試算が出されました。
 
 敷地面積約23ヘクタールの築地の再整備には、3000億円、これは、中央卸売市場会計の留保金1350億円、豊洲の都有地の売却益720億円、市場の建物整備への国庫補助300億円で合計2370億円、あと630億円足りないとのことです。再整備には約20年かかるとも試算しています。
 
 一方、敷地面積は築地の約1.6倍の37.5ヘクタール(防塩護岸を含めば約44ヘクタール)豊洲移転の総事業費は、4400億円。07年までに1000億円支出して用地取得や護岸整備を行っており、あと3400億円。留保金1350億円と国庫補助100億円、築地市場跡地の売却益を2000億円以上(平成20年1月1日現在の近傍地の公示地価等から試算すると4000億円強と東京都が資産)と見込んでおり、合計3450億円以上であり、財源不足は生じないとしています。ただし、土壌汚染対策費は、新たな汚染発覚前の670億円で試算。実際の対策費は1000億円とも1300億円超とも言われ、場合によっては、現在地再整備より多くかかる可能性もあります。(参照;『築地市場の移転整備 疑問解消BOOK なぜ移転が必要なの?』東京都中央卸売市場 22ページ)
 結局、実際に費やされた豊洲新市場整備費用は(平成28年3月時点)は、5884億円で、着工前の2011年に公表した3926億円、から2000億円増えた。土壌汚染対策費は、858億円と費やした。(朝日新聞2016.9.29『教えて!豊洲へ市場移転』)

4、移転断固反対の中央区から、移転容認へ
 

 
  
 平成11年(99年)11月9日移転整備が出された翌日、区長・議長連名で「築地市場再整備に関する抗議」を提出、29日「築地市場移転に断固反対する会」設立。同日から移転反対署名運動が展開され、12月10日までに10、6032人の署名が集まりました。
 
 中央区は、「7つの疑問(1.移転先の44ヘクタールの土地の確保問題、2.築地市場用地の売却方針のもとでの跡地利用について、3.交通アクセス問題として、豊洲地区における市場の発生集中交通への対応及び幹線道路の整備スケジュールについて、4.場外市場の問題、特に豊洲新市場へ移転を希望する場外市場業者への対応及び市場業者の築地市場移転に伴う負担増について、5.移転までの間の現市場の整備、特に築地市場における衛生対策及び防災対策について、6.豊洲地区における土壌汚染対策について、7.豊洲新市場建設や幹線道路整備の財源について)」など意見書を提出したりしましたが、東京都が粛々と移転に向けて進めて行きました。
 
 平成18年(2006年)2月17日「築地市場移転に断固反対する会」総会が開催され、その活動の終了と、「新しい築地をつくる会」の新たな出発が決議されました。 
 
 その総会の場では、「このままでは東京都が進めるままに決まってしまう。方針を転換するのは賛成だ。同じテーブルに着き、交渉をしていくべきだ。」「そろそろ反対の旗を降ろしてもいい時期ではないか。このままでは、地域も先の見通しが立たない。都と話し合いをすることが先決だ。」などの意見がでていたところです。

 そして、上述の通り、平成22年8月、豊洲土壌汚染が処理されることを条件に移転を容認しました。

第4、築地に纏わる不可解な点
○かつて、築地市場をオリンピックのプレスセンターにする計画があった。
 東京都は、2008年当時のオリンピック誘致計画の中で、築地市場をプレスセンター建設予定地としていた。

○「専門家会議」を開催している最中の強引な環状二号線地上化の都市計画変更
 築地市場移転を前提として、環状二号線は、地上化となりました。
 平成20年(2008年)6月、事業の住民説明会が開催されていました。そこでの住民との質疑応答の中で「環状二号線による大気汚染の悪化は、6万台の車両増加があったとしても大気汚染の悪化はない、その理由は、車の性能が上がるから」などと言い、住民の納得できる回答を得ていません。
 また、『環境影響評価書』の中で築地市場地区にできるトンネル換気塔は、汐留のビル風などによるダウンウォッシュの影響は想定外で食の街への悪影響は、否定し切れていません。同年7月から都は用地取得作業を強引に進めた。
 前提となる築地市場の移転がなくなる可能性は大いにある状況で、住民感情に配慮し、少なくとも、一時計画を中断すべきでありました。

○改正土壌汚染対策法と土壌汚染対策との関係及び旧土壌汚染対策法の附則3条
 専門家会議では、土壌汚染対策法に則らない方法で調査されていることは、既にはじめのところで述べました。その不十分な調査で、学校・公園とともに、土壌汚染があってはならないもののひとつ生鮮食料品を扱う市場を移転されたとすると、“悪しき前例”となり、日本全国で不十分な土壌汚染調査のままに開発が進められることに繋がると考えます。
 
 折りしも国会では、豊洲移転候補地が適応されなかった「土壌汚染対策法」の改正案が、土壌汚染対策強化の必要性に対する国民的関心の中、参議院で平成20年(2008年)5月23日に可決されました。
 改正案では、同法施行前に廃止された有害物質使用特定施設に関わる土地についても、公園等の公共施設や学校、卸売市場等の公益施設の用地となることで、不特定多数の者の健康被害が生じる恐れがある場合、「土壌汚染対策法」が適用することとなり、土壌汚染状況調査の徹底と結果に基づく措置を実施しなければならないと罰則付きで定められています。
 なお、附則3条をもつ従前の「旧 土壌汚染対策法」は、平成15年(2003年)施行については、たいへん不可解な点が見受けられます。
 細かく見ますと、平成13年12月「第7次東京都卸売市場整備計画」に豊洲移転を書いた、4ヵ月後、平成14年(2002年)「旧 土壌汚染対策法」公布、翌年15年(2003年)施行されました。この法律の中に附則第3条なるものが導入されています。この附則第3条では、「平成15年に施行された「土壌汚染対策法」以前に廃止された有害物質施設に係わる工場の敷地であった土地には適用しない」とわざわざ謳い、豊洲土壌汚染地を「土壌汚染対策法」から外す意図が感じられなくもありません。

○築地市場現在地再整備工事の平成8年(1996年)の突然の中止と再整備案の不自然な立ち消え、



○農林中金での消えた東卸の債務十億円、



○土壌汚染調査費や対策費を買い手である東京都が負担する点、

そしてその土地は、ブラウンフィールドであること
 「ブラウンフィールド(塩漬け土地)」という概念が、環境・土木分野でいわれています。汚染対策費が、土地購入費の20%を上回ればそのように定義され、豊洲の土壌汚染地は、土壌汚染対策費586億円、土地購入費1980億円(すでに購入720億円と今年度予算執行をするという1260億円の合計)であり、586億円÷1980億円=0.295 30%で、ブラウンフィールドの定義に合致します。なお、専門家会議が提言した当初の土壌汚染対策費は、973億円であったが、973億円÷1980億円=0.491 50%で、さらに不採算なブランフィールドと定義されることになっていました。
 そして、実際費やした土壌汚染対策費858億円で計算すると、858億円÷1980億円=0.433 43%でブラウンフィールドの定義に合致しています。
 ブラウンフィールドを、汚染がないものとして購入し、なおかつ、その汚染対策費は、買主の都が負担(結局は都民や市場内関係者が負担)するということが、なされようとしている事実をきちんと認識をし、審議していく必要があります。

第5、築地市場移転問題関連裁判
1、一つ目の裁判「コアサンプル廃棄差止め請求訴訟」
 都民、消費者、NPO法人「市場を考える会」を中心に市場関係者からは、土壌汚染の状況を示す唯一の証拠であるコアサンプルを破棄(証拠隠滅)しないように「コアサンプル廃棄差止め請求訴訟」が提起され、平成21年10月7日の第1回公判に始まり、最高裁までなされたが原告敗訴となった。公判では現在、都の土壌汚染対策の問題点や盛り土汚染問題が大きな争点となりました。
2、二つ目の裁判 初めの土地の購入に対する「豊洲市場用地購入費公金支出金返還訴訟」
 汚染を知りながら汚染が無いものとした価格で豊洲土地を平成18年(2006年)に一部購入した経緯が平成22年(2010年)1月5日の朝日新聞で報道されたのをきっかけに、余分にかけられる土壌汚染対策費分支出の公金返還を求める裁判「豊洲市場用地購入費公金支出金返還訴訟」が平成22年9月28日に初公判が行われ、最高裁まで争われた。
 この裁判では、築地市場移転候補地である土壌汚染の土地(全体で37.32ヘクタールのうちの10.18ヘクタール、27%)を不当に高い価格601億円(59万円/m2)で購入しており、余計にかかることになる土壌汚染対策費 全体で586億円のうち、27%分の158億8000万円(=586×10.18/37.32)を、都知事と当時の都幹部5人に返還を求めた。
 しかし、出訴期間の問題があり、却下された。
3、三つ目の裁判 残りの土地の購入に対する「豊洲市場用地購入費公金支出金返還訴訟」
 平成23年度執行予定の残りの土壌汚染の土地を東京ガスから汚染がないものとした価格(23.54ヘクタールを1260億円、53.5万円/m2)で購入することについて、住民監査請求がかけられていたが、都から請求不受理の通知が平成23年1月20日付で出された。
 この不受理を受け、都による豊洲土壌汚染地購入の予算執行の差し止めを求める築地市場移転問題関連で3つめの裁判であり、弁護団長梓澤和幸弁護士(『石に泳ぐ魚』事件でプライバシー侵害された女性を守った)や大城聡弁護士(参照;ハフポスト記事『豊洲市場—移転への高いハードル』)ら不偏不党の立場の志ある総勢14名の弁護士が、これら3つの裁判について、ほぼ手弁当で訴訟代理人を引き受けてくださり、現在も東京地方裁判所で係属中です。石原慎太郎元都知事を含め土地購入当時を知る証人を誰に選定するかの議論が現在の中心論点となっています。(参照;水谷和子氏の陳述書(甲第31号証)及びその根拠資料(甲第32号証、甲第33号証)/ 東京都側 小山利夫氏の陳述書(乙第29号証)、同 笹森竜太郎氏の陳述書(乙第30号証))

第6、原点回帰し、今こそ、築地再生へ
 そもそも、築地市場の土地から莫大な売却益を得ることができ、その土地に多くの利権が絡んでくることでしょう。それによりかけがえのない築地の食文化、魚河岸の文化を犠牲にしてはならないと考えます。


 終わりにあたり、
犬養道子さんという犬養首相のお孫さんに当たる方で、ユーゴスラビア国内の難民援助活動をされていて、ほとんど帰国されることが少ない方が、『中央公論』で築地市場のことを寄稿している文章を引用します。上述の築地市場移転問題を詳細に綴った千草秋夫(ペンネーム)著『築地よ!何処へゆくー時計を失った市場の悲劇』において、最後に引用されていました。 
 「日本へ帰るたびに、相当の無理をしても、必ず行く、行かなければならぬ、たったひとつの場所、それが魚河岸である。まだほんものがそこにはある。魚や野菜だけではない。魚河岸では人間もまっとうで裏おもてがなくて、気っぷうや心意気を持っている。つまり正真正銘ほんまものなのである。人間も、魚も、目玉が濁っていない。付焼刃や、ごまかしがない。これは大したことだ。ああ健在なり、健在なり、うれしくなる、たのしくなる、自分の国に帰って、うれしく、たのしくさせられる。というのは実によいものだ。」

 
 築地市場に最高の賛辞を贈っています。

 
 築地市場から創られる食文化、それを守るほんものの人たち、これらが無責任な政策のもとに、約束された土壌汚染対策もなされないまま土壌汚染地へ行くことを、今こそ白紙撤回し、築地の地での再生を絶対に実現しましょう。

 東京五輪では、築地の食材でオリンピアン・パラリンピアンをもてなし、“世界のTsukiji”を一大観光拠点にますます発展させていきましょう。  

 以上
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