ものすごく重要な法案が審議中です。
想定すべきものを想定せずに福島第一原発事故は起きました。
その事故被害の損害賠償が、法律で定められた「時効」という制度のため、東京電力が損害賠償をしなくても済む事態が生じる可能性があります。
そのための手当てが、時効特例法案として、現在、国会で審議中です。
真に求められる立法措置は、日弁連がいうところの、、「原発事故の賠償請求権については民法を適用せず、消滅しないとする特別の立法措置」ではないかと同感です。
時効が成立しても、それを使うか(援用する)かどうかは、東京電力側にあり、ぜひとも使わないで筋を通していただくことを期待します。
また、万が一、時効で争いが生じた場合は、裁判所が、原発事故の賠償請求権の時効を援用することは、信義則上許されないと、最後の防波堤になっていただきたいと思います。
ただ、そのような争いが生じることなく、原発事故の被害者をすべて満足のいく救済をできるように、十分な立法措置を国会がとることを求めたいと思います。
*****民法****
(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
(債権等の消滅時効)
第百六十七条 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。
*****東京新聞(2013/05/15)*****
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013051590072504.html
原発事故損害賠償 時効特例法案 不十分
2013年5月15日 07時25分
福島原発事故に伴う損害賠償請求で、民法上の請求権の時効(三年)を過ぎても東京電力に賠償を求められる政府提出の特例法案が衆議院で審議されているが、被災者たちから「実態にそぐわず、切り捨てにつながる」という懸念の声が上がっている。日本弁護士連合会(日弁連)も時効規定を適用しない特別立法の制定を訴えている。
法案は最短で来年三月に時効を迎えるケースが予想されるため、被災者救済を目的に浮上。国の「原子力損害賠償紛争解決センター」(原発ADR)での和解交渉が不調に終わった場合、打ち切り通知を受け取ってから一カ月以内であれば、時効にかかわらず、裁判所に賠償請求訴訟を起こせるとしている。
しかし、原発ADRに申し立てをしている人は一万六千五百四十四人(十三日現在)と避難区域の住民の一割程度。東電と直接交渉をしているか、まだ賠償請求をしていない人が大半を占めるが、こうした被災者の時効には触れていない。
さらに損害の全容が判明しておらず、ADRへの申し立て内容も損害の一部でしかないのが実情。事故がいまだ収束しておらず、潜在的な被害もありうるため、被災者が不安を募らせている。
福島県の被災者団体の一つ「原発事故被災者相双の会」の国分(こくぶん)富夫代表代行(68)は「特例法案の仕組みは極めて不十分。効果を疑問視している。むしろ、その中身をよく知らない被災者らの間で『これで時効が過ぎても大丈夫だ』という誤解が生まれており、心配している」と話した。
日弁連は先月十八日付の意見書で法案を批判しつつ、「原発事故の賠償請求権については民法を適用せず、消滅しないとする特別の立法措置を講じるべきだ」と指摘した。
東電広報部は「時効が完成しても一律に賠償請求を断ることは考えていない。個別の案件ごと柔軟に対応していく」としている。
<損害賠償請求権の時効> 民法724条は不法行為による時効を被害者らが損害を認識し、加害者を知った時から3年か、不法行為後20年を経過した時点と定めている。債権と財産権の時効については同法167条で前者を10年、後者を20年と規定。今回の福島原発事故では、両方の規定が適用される可能性がある。
(東京新聞)
*****日弁連ホームページ****
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2013/130418.html
本意見書について
日弁連は、2013年4月18日付けで「東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効について特別の立法措置を求める意見書」を取りまとめ、内閣総理大臣、文部科学大臣に提出しました。
本意見書の趣旨
1 平成23年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により生じた原子力損害(原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号)第2条第2項にいう「原子力損害」をいう。)の賠償請求権については、民法第724条前段を適用せず、短期消滅時効によって消滅しないものとする特別の立法措置を早急に講じるべきである。
2 前項の原子力損害の賠償請求権については、民法上の除斥期間及び消滅時効の規定(民法第724条及び同法第167条第1項)は適用されず、別途、一定の期間を経過した後に消滅するものとする特別の立法措置を講じることの検討に着手すべきである。ただし、その期間については、慎重に検討するべきである。
意見書全文
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2013/opinion_130418.pdf
東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効について特別の立法措置を求める意見書
2013年(平成25年)4月18日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
1 平成23年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により生じた原子力損害(原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号)第2条第2項にいう「原子力損害」をいう。)の賠償請求権については,民法第724条前段を適用せず,短期消滅時効によって消滅しないものとする特別の立法措置を早急に講じるべきである。
2 前項の原子力損害の賠償請求権については,民法上の除斥期間及び消滅時効の規定(民法第724条及び同法第167条第1項)は適用されず,別途,一定の期間を経過した後に消滅するものとする特別の立法措置を講じることの検討に着手すべきである。ただし,その期間については,慎重に検討するべきである。
第2 意見の理由
1 はじめに
2011年(平成23年)3月11日に東京電力福島第一原子力発電所事故が発生してから,既に2年1か月が経過した(以下「東京電力福島第一原子力発電所」を「本件原発」,その事故を「本件事故」という。)。
本件事故の被害者の東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)に対する損害賠償請求権は,その本質が不法行為に基づくものであるとして民法第709条に基づいて構成することができるところ,東京電力が後述の見解において前提としているように,消滅時効については民法第724条前段が適用され,「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」の消滅時効により請求権が失われると解釈される余地があることは否定し得ない。
しかし,本件事故による被害は,いまだその全容も明らかではなく,その収束の見通しも立たない状況にある。このような状況において,本件事故の損害賠償請求権につき,民法第724条前段が適用され,最短で2014年(平成26年)3月11日に同条前段の短期消滅時効が成立するとなれば,本件事故の被害者に残された時間はわずか11か月弱しかなく,多くの被害者が,先の
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見えない生活の最中に,損害賠償請求の法的手続をとらざるを得ない状況に追い込まれることになるが,このような損害賠償請求権の短期消滅時効が成立するのは著しく正義に反する。
かかる事態を回避するために,早急に,本件事故の損害賠償請求権が民法第724条前段の短期消滅時効によって消滅しないことを,特別の立法措置により明確にするべきである。
また,本件事故の被害の深刻さ,そしてチェルノブイリ原発事故による健康被害が同事故後25年を経過してもなお発生し続けていることからすれば,本件事故の損害賠償請求権につき,民法第724条後段が適用され,本件事故発生から20年経過後に除斥期間により確定的に消滅するということも,民法第167条第1項が適用され,権利を行使し得る時から10年経過後に時効により消滅するということも,同様に許されるべきことではない。
したがって,本件事故の損害賠償請求権の消滅期間については,別途,慎重に検討した上,特別の立法措置により規定するものとすべきである。
2 東京電力福島第一原子力発電所事故による被害の特徴
(1) 被害が深刻かつ広汎であり,継続性があること
本件事故は,我が国に原子力発電所が設置されて以来経験したことのない未曾有の大事故であり,福島県のみならず,その他の地域においても深刻な放射能汚染による被害を及ぼし続けており,福島県内外において依然として放射線量が高い地域も多い。
旧警戒区域から福島県内への避難者は約9万6千人,福島県内から県外への避難者は約5万5千人存在するとされ,これらの約15万人以上の被害者は,生活基盤を根こそぎ奪われ,地域コミュニティから隔絶された中で,経済的にも精神的にも困難な状況に置かれた状況が続いている。旧警戒区域内は,2012年(平成24年)4月から帰還困難区域・居住制限区域・避難指示解除準備区域に再編されつつあるが,長期間,人が住むことのなかった地域であるため,いまだ病院や学校,様々な事業所などの社会的インフラが機能しておらず,この地に戻り,生活を再開することが極めて困難な状況にある。他方,福島県内やその他の放射能汚染が懸念される地域にとどまった人々も,放射線被ばくの危険と向き合い,様々な損害や不自由な生活に苦しみながら生活している現状にある。
本件事故による被害は,地域的に広域にわたり,被害者の数が多数に上るということのみならず,避難しているか否かを始め,家族構成や職業等個々の状
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況ごとに様々な被害が混在しており,極めて深刻かつ広汎にわたるものである。
(2) 被害に潜在性があること
また,本件原発から大量に拡散された放射性物質が人体や環境に与える影響については,専門家の間でも意見が分かれており,とりわけ低線量被ばくについては,一致した科学的知見が確立していない状況にある(いわゆる「原発事故子ども・被災者支援法」第1条参照)。このような中で,本件事故当時いずれの地域に居住していた被害者の身体にどの程度の期間経過後に影響が現れるのか予測することは不可能であり,少なくとも現時点において,本件事故による被害の全容を把握することは全く不可能である。
3 東京電力及び政府の対応について
(1) 東京電力の見解による解決だけでは極めて不十分であること
東京電力は,本年2月4日に「原子力損害賠償債権の消滅時効に関する弊社の考え方について」と題する見解を公表し,①時効の起算点については,被害者が事実上請求することが可能となった時,具体的には東京電力がそれぞれの損害について賠償請求の受付を開始した時とし,②時効中断事由について,東京電力の被害者に対する請求書又はダイレクトメール(以下「ダイレクトメール等」という。)の送付は「債務の承認」に該当し,被害者がダイレクトメール等を受領した時点から新たな時効期間が進行するとしている。しかし,この見解は,いずれも解釈や運用によるもので不確実であるため,加害者である東京電力の判断によって被害者が不安定な地位に置かれることになりかねず,かかる見解による解決だけでは極めて不十分である。
第1に,ダイレクトメール等が送付されていない,又は受領したことを立証できない被害者については,東京電力が請求受付を開始してから3年間で消滅時効が完成する可能性を否定できない。特に,東京電力のダイレクトメール等は,東京電力が自社の基準により被害者であると判断した人にのみ送付されている。そのため,ダイレクトメール等の送付がなされていない被害者の損害賠償請求権については,東京電力が損害賠償請求の受付を開始した時から3年間で消滅時効が完成し得ることになる。すなわち,避難等対象地域以外で放射能汚染が懸念される地域に居住する住民の大多数が,わずか3年間で消滅時効の完成という問題に直面することになる。その他にも,転居に伴い住所不明でダイレクトメール等が届いていない,また,避難先を移動する際にダイレクトメール等を紛失したという例は多数存在しており,時効
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消滅の完成の可否をダイレクトメール等の送付にかからせることは妥当ではない。
第2に,東京電力の見解では,東京電力がダイレクトメール等を複数回発送している場合,ダイレクトメール等を発送する都度に自社の債務の承認をするものと認識しているかどうか,明らかではない。仮に,東京電力がダイレクトメール等を発送するたびに債務承認すると認識しているとしても,いわゆる包括請求方式の場合には,包括請求に対する賠償をもって全ての賠償が終了したものとし,東京電力が,その後ダイレクトメール等を発送しないことが想定される。この場合,包括請求方式に関するダイレクトメール等を受領した時から3年間で包括請求の対象以外の損害についても時効が完成してしまう可能性が否定できない。
以上から,東京電力の見解では,日を置かずに問題が再燃することは避けられず,抜本的解決には程遠いものといわざるを得ない。
(2) 政府提出予定法案では一部被害者の損害賠償請求権の時効消滅を妨げられないこと
政府は,原子力発電所事故の損害賠償請求権についての時効特例法案(「東日本大震災に係る原子力損害賠償紛争についての原子力損害賠償紛争審査会による和解仲介手続の利用に係る時効の中断の特例に関する法律案(仮称)」。以下「本法案」という。)を今国会に提出する方針であり,その内容は,原子力損害賠償紛争解決センター(以下「原紛センター」という。)への和解仲介申立てに時効中断効を付与し,和解が成立しなかった場合でも打ち切りの通知を受けた日から1か月以内に裁判所に訴訟提起すれば,和解仲介申立時に訴えを提起したものとみなすというものである。
本法案の内容は,原紛センターに和解仲介申立てをした被害者に関しては,時効中断効が維持されるという点では評価し得る。しかし本法案のみでは,相当数に及ぶ被害者は,以下に述べる問題点により不安定な地位に置かれることになり,被害者の救済としては不十分である。したがって,やはり本法案とは別途,立法的解決が不可欠である。
第1に,本法案は原紛センターへの和解仲介申立てを行うことを時効中断の要件としているが,同センターに和解仲介申立てをした被害者は,平成24年末時点でわずか1万3030名に過ぎない(同センター発表)。このように,被害者のうちごく限られた人数しか原紛センターへの和解仲介申立てを行うことができずにいる理由としては,①そもそも原紛センターや和解仲介手続の存在すら知らない被害者が数多くいるという実情のほか,②現状で
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は原紛センターにおける平均の審理期間が約8か月と解決に至るまでに相応の期間を要していること,不動産を始めとする財物賠償のように中間指針等で基準が明確に定められていない損害項目について,和解仲介手続内での解決を図ることを先送りしてきたなど,被害者が和解仲介手続の利用を躊躇せざるを得ない事情が存在していることが挙げられる。このような状況において,原紛センターへの和解仲介申立てを行わない限り,最短で後11か月弱の間に訴訟提起を行わなければ時効の完成を避けられないとすれば,実質的には,憲法が保障する裁判所による裁判を受け,自らの権利を主張する権利そのものを侵害しかねない。
第2に,現在,和解仲介手続は,損害項目ごとに,被害者に生じた損害の一部について請求が行われている場合がほとんどである。この場合,和解仲介手続において請求がなされていない損害項目については時効中断効を生じないおそれがある。すなわち,訴訟手続において損害の一部のみを明示して請求した場合には,その他の損害については時効が中断せず,消滅時効が完成するとされているのが一般的な解釈とされるためである。しかし,損害が明確になっている項目のみを先行して原紛センターに和解仲介申立てを行うことも多数あり,また,和解の段階において,和解仲介手続内での解決を図ることを先送りにした損害項目を和解合意の対象から一部外すということも一般的に行われている。このように現状では,必ずしも全ての損害についての和解仲介申立てが行われていない,又は全ての損害が和解仲介手続の対象となっていない場合がほとんどである。そのため、全ての損害についての和解仲介申立てを行わない限り,時効中断効を得られないという解釈の余地を否定し得ない本法案では,現状に即した被害者救済とはなり得ず,また,確実に時効中断効を生じさせるために,被害者が全ての損害についての和解仲介申立てを行うことを強いる結果となりかねず妥当でない。
第3に,そもそも,2014年(平成26年)3月11日までに,東京電力に対し損害賠償請求を行いたいと考えている全ての被害者が,自己の全ての損害について,原紛センターに和解仲介申立てをし,かつ,和解が成立しなかった場合に打ち切りの通知を受けた時から1か月以内に訴訟提起をすべきことを想定することは,原紛センターや裁判の実務上も無理があるといわざるを得ない。そのような申立てや提訴が短期間に一斉になされた場合に事実上処理が滞ることは必至であるし,被害者本人が代理人を付けずに和解仲介申立てをしていた場合に,打ち切り通知後1か月以内に,訴状を作成し,証拠を整理して裁判所に提出することは極めて困難である。
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4 民法第724条前段が適用されないものとする立法措置を講じるべきこと
(1) 「原子力損害の賠償に関する法律」に消滅時効が規定されていないこと
そもそも,原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という。)には,原子力発電所の事故により生じた原子力損害賠償請求権に関する消滅時効の規定は定められていない。この点,原賠法に別段の定めがなければ,民法第724条前段規定によるという考え方も成り立ち得るが,不法行為責任の特則を定めた他の特別法においては,民法の適用について規定を設けている(自動車損害賠償責任法第4条,製造物責任法第6条等)。一方,原賠法においては,そのような規定はない。
また,原賠法が制定された当時の国会等における議論では,原子力損害賠償請求権の消滅時効について民法の規定が適用されることが前提とされておらず,むしろ,原子力損害の特殊性に鑑みて別に考慮されるべきとの意見も出されていた。
(2) 民法第724条前段の趣旨が当てはまらず,適用の前提を欠くこと
我が国の民法上,消滅時効制度が設けられている趣旨は,種々の論議があるものの,①権利の上に眠る者は保護しない,②法的安定性,③立証の困難性,といった点にあるとされている。そして,民法第724条前段が,不法行為に基づく損害賠償請求権について,特に3年間の短期消滅時効を定めているのは,特に②の趣旨につき,現実に権利行使の可能性がある被害者といかなる責任を負うのか不安定な立場にある加害者との関係を勘案したものとされている。
しかし,本件事故の損害賠償請求権においては,上記①ないし③のいずれの趣旨にも当てはまらない。
まず,①については,本件事故の全容と被害がいまだ明らかでないことから,本件事故の被害者は,本件事故から2年1か月を経過した今も,先の見えない,生活の再建すらままならない過酷な環境に置かれ続けている。多額の費用をかけて除染や住居の補修を行っても実際に従前の住居に戻り,生活することができるのか,それとも新たな地においての生活を決意すべきなのかなど,本件事故の被害者は,置かれた立場や状況ごとに異なる,いい尽くすことのできない悩みを抱えて,日々増大する不安と戦いつつ生活している状況にある。そのような不安定な生活状況の下で,いかなる項目についてどのような根拠に基づいて賠償を求めるかといった方針を明確に見定め,賠償請求に向けた行動を行うことがいかに困難であるかということは,その現実
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を直視すれば,容易に想像し得るところである。そして,このような状況において,直ちに賠償請求権を行使することができないとしても,これを権利の上に眠っていると評価するべきではない。よって,①の権利の上に眠る者は保護しないとの趣旨が当てはまらないことはおのずと導き出される結論である。
何よりも,前述のとおり,本件事故発生から2年1か月が経過しても,いまだに約15万人以上の被害者が福島県内外に避難しており,自らの権利行使のための効率的な活動を期待することが到底できかねる現状に照らせば,全ての被害者が請求手続を開始し得るまでの期間として,3年という期間が余りに短いことは明白である。
さらに,②については,自ら引き起こした本件事故が深刻かつ広汎な被害をもたらし,現在もなお本件原発より放射性物質が放出され続け,被害が継続的に発生し,これが今後も継続することがほぼ確実である以上,本件事故の加害者である東京電力が本件事故の損害賠償債務を履行することは当然の責務である。したがって,短期の消滅時効により早期に損害賠償請求の範囲が確定され,被害者との間でいかなる責任を負うのかなどについて不安定な立場から解放されるであろうといった信頼は保護に値しない。むしろ,多数の被害者が,消滅時効によって賠償請求の権利行使の途を閉ざされ,被害を回復されることなく放置されることこそが正義に反するというべきである。また,民法第724条前段における消滅時効の起算点となる「損害を知った時」については,その判断に主観的な要素が加味され,個別に判断されるものであり,個々の被害者の置かれた状況や,また損害の項目ごとによって判断や見解が異なる可能性があり,一義的に明確ではなく,被害者間における格差を生じかねないおそれもある。このようなことからすれば,②の法的安定性という趣旨も本件事故の損害賠償請求権については当てはまらない。
③の立証の困難性については,時間が進行することにより証拠が散逸し,公平な解決を得ることに支障が生ずるということがその根拠とされているところ,本件事故による損害賠償請求については,多くの被害者が避難生活を強いられ,証拠が散逸するどころか,そもそも証拠や立証資料を確保・収集することができない状況が続いており,通常の消滅時効を考えることがかえって公平な解決にならない,という点が改めて強く認識されなければならない。
以上のとおり,本件事故の損害賠償請求権については,民法に規定されて
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いる消滅時効の趣旨はいずれも当てはまらず,民法第724条前段を適用する前提を欠くというべきである。
(3) まとめ
以上のとおり,本件事故の損害賠償請求権については,民法724条前段の趣旨は当てはまらず,その適用の前提を欠くというべきである。
5 本件事故の損害賠償請求権は,民法第724条後段の適用の前提も欠くこと
また,本件事故の損害賠償請求権に,民法第724条後段が適用され,「不法行為の時から20年を経過した時」前段と同様に消滅しないか否かも問題となるが,同条前段と同じく,適用の前提を欠くというべきである。
すなわち,民法第724条後段の規定は除斥期間を定めたものと解されているところ,本件の損害賠償請求権に適用されるとすれば,財産的損害については,不法行為時から20年で確定的に消滅することとなる。しかし,事故後2年を経過した現在においても,本件事故被害者への法的救済が遅々として進まない現状に照らせば,20年間の経過によって確定的に権利を消滅させることによる弊害は無視できない。一方,民法第724条後段の除斥期間は,通常,20年間の経過により証拠の散逸が進み,また加害者にとっても長期に賠償債務を負い続けることは酷であるとの価値判断により設定されているのであり,本件事故において加害者である東京電力がこのような制度的利益を享受すべきでないことは,既に述べたとおりである。
次に,健康被害との関係では,現時点では健康被害がいつの時点でどのように出現するか一致した科学的な知見も確立しておらず,2011年(平成23年)4月に公表されたウクライナ政府緊急事態省の「チェルノブイリ事故後25年」と題する報告書においても,チェルノブイリ原発事故発生後25年が経過した後,新たな被害が発生し続けている事実が報告されている。本件事故においては,チェルノブイリ原発事故を下回るものの大量の放射性物質が拡散しており,その被害は,広汎かつ多岐にわたるものであることから,2011年(平成23年)3月11日から20年が経過した時点でも,被害の全容が明らかになるものではなく,被害者が本件事故による損害の内容を全て把握し,賠償請求の権利を適切に行使することが可能とはいい難い状況にある。
この点,判例は,いわゆる三井鉱山じん肺訴訟(平成16年4月27日最高裁第三小法廷判決,民集58巻4号1032頁)において,「民法724条後段所定の除斥期間の起算点は,(中略)当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合
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には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。」と判示しており,本件事故における損害の起算点についても,除斥期間に対する同様の考え方で判断されるべきと考える。しかしながら,除斥期間の起算点について裁判上の争点とし,これにより判断を受けざるを得ないとすることは,被害者にとって権利行使期間の判断を不安定にさせることから,民法第724条後段の適用をあらかじめ立法措置により排除しておく必要がある。
6 本件事故の損害賠償請求権は民法第167条第1項の適用の前提も欠くこと
本件事故の損害賠償請求権に民法第724条前後段が適用されないとしても,一般債権の消滅時効の規定である民法第167条第1項が適用され得るかが問題となるが,前述のとおり,特に健康被害を含めた損害の全容について10年間では把握し得ないことから,同様に適用の前提を欠くというべきである。
7 本件事故の損害賠償請求権について,民法上の除斥期間及び消滅時効の規定(民法第724条及び同法第167条第1項)は適用されず,一定の期間を経過した後に消滅するものとする特別の立法措置を講じるべきこと
本件事故の損害賠償請求権については,民法第724条前段のみならず,同条後段及び民法第167条第1項をも適用すべきではないことは前述のとおりであるが,これが永久に消滅しない性質の権利とまではいい難い。したがって,この点についても,特別の立法措置を講ずることを検討すべきであるが,かかる立法措置については,民法724条前段を適用せず,短期消滅時効によって消滅しないものとする特別の立法措置とは別途,起算点も含めて本件事故の損害賠償請求権が消滅するまでの期間を慎重に検討した上で講ずるべきである。
8 結論
以上から,3年の短期消滅時効完成まで最短で11か月弱しかない現状において,本件事故の損害賠償請求権については,民法第724条前段を適用せず,短期消滅時効によって消滅しないものとする特別の立法措置を講ずる緊急の必要性があり,速やかにこれを講じるべきである。
その上で,本件事故の損害賠償請求権が消滅するまでの期間については,慎重に検討を行い,特別の立法措置を講ずるべきである。
想定すべきものを想定せずに福島第一原発事故は起きました。
その事故被害の損害賠償が、法律で定められた「時効」という制度のため、東京電力が損害賠償をしなくても済む事態が生じる可能性があります。
そのための手当てが、時効特例法案として、現在、国会で審議中です。
真に求められる立法措置は、日弁連がいうところの、、「原発事故の賠償請求権については民法を適用せず、消滅しないとする特別の立法措置」ではないかと同感です。
時効が成立しても、それを使うか(援用する)かどうかは、東京電力側にあり、ぜひとも使わないで筋を通していただくことを期待します。
また、万が一、時効で争いが生じた場合は、裁判所が、原発事故の賠償請求権の時効を援用することは、信義則上許されないと、最後の防波堤になっていただきたいと思います。
ただ、そのような争いが生じることなく、原発事故の被害者をすべて満足のいく救済をできるように、十分な立法措置を国会がとることを求めたいと思います。
*****民法****
(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
(債権等の消滅時効)
第百六十七条 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。
*****東京新聞(2013/05/15)*****
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013051590072504.html
原発事故損害賠償 時効特例法案 不十分
2013年5月15日 07時25分
福島原発事故に伴う損害賠償請求で、民法上の請求権の時効(三年)を過ぎても東京電力に賠償を求められる政府提出の特例法案が衆議院で審議されているが、被災者たちから「実態にそぐわず、切り捨てにつながる」という懸念の声が上がっている。日本弁護士連合会(日弁連)も時効規定を適用しない特別立法の制定を訴えている。
法案は最短で来年三月に時効を迎えるケースが予想されるため、被災者救済を目的に浮上。国の「原子力損害賠償紛争解決センター」(原発ADR)での和解交渉が不調に終わった場合、打ち切り通知を受け取ってから一カ月以内であれば、時効にかかわらず、裁判所に賠償請求訴訟を起こせるとしている。
しかし、原発ADRに申し立てをしている人は一万六千五百四十四人(十三日現在)と避難区域の住民の一割程度。東電と直接交渉をしているか、まだ賠償請求をしていない人が大半を占めるが、こうした被災者の時効には触れていない。
さらに損害の全容が判明しておらず、ADRへの申し立て内容も損害の一部でしかないのが実情。事故がいまだ収束しておらず、潜在的な被害もありうるため、被災者が不安を募らせている。
福島県の被災者団体の一つ「原発事故被災者相双の会」の国分(こくぶん)富夫代表代行(68)は「特例法案の仕組みは極めて不十分。効果を疑問視している。むしろ、その中身をよく知らない被災者らの間で『これで時効が過ぎても大丈夫だ』という誤解が生まれており、心配している」と話した。
日弁連は先月十八日付の意見書で法案を批判しつつ、「原発事故の賠償請求権については民法を適用せず、消滅しないとする特別の立法措置を講じるべきだ」と指摘した。
東電広報部は「時効が完成しても一律に賠償請求を断ることは考えていない。個別の案件ごと柔軟に対応していく」としている。
<損害賠償請求権の時効> 民法724条は不法行為による時効を被害者らが損害を認識し、加害者を知った時から3年か、不法行為後20年を経過した時点と定めている。債権と財産権の時効については同法167条で前者を10年、後者を20年と規定。今回の福島原発事故では、両方の規定が適用される可能性がある。
(東京新聞)
*****日弁連ホームページ****
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2013/130418.html
本意見書について
日弁連は、2013年4月18日付けで「東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効について特別の立法措置を求める意見書」を取りまとめ、内閣総理大臣、文部科学大臣に提出しました。
本意見書の趣旨
1 平成23年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により生じた原子力損害(原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号)第2条第2項にいう「原子力損害」をいう。)の賠償請求権については、民法第724条前段を適用せず、短期消滅時効によって消滅しないものとする特別の立法措置を早急に講じるべきである。
2 前項の原子力損害の賠償請求権については、民法上の除斥期間及び消滅時効の規定(民法第724条及び同法第167条第1項)は適用されず、別途、一定の期間を経過した後に消滅するものとする特別の立法措置を講じることの検討に着手すべきである。ただし、その期間については、慎重に検討するべきである。
意見書全文
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2013/opinion_130418.pdf
東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効について特別の立法措置を求める意見書
2013年(平成25年)4月18日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
1 平成23年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により生じた原子力損害(原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号)第2条第2項にいう「原子力損害」をいう。)の賠償請求権については,民法第724条前段を適用せず,短期消滅時効によって消滅しないものとする特別の立法措置を早急に講じるべきである。
2 前項の原子力損害の賠償請求権については,民法上の除斥期間及び消滅時効の規定(民法第724条及び同法第167条第1項)は適用されず,別途,一定の期間を経過した後に消滅するものとする特別の立法措置を講じることの検討に着手すべきである。ただし,その期間については,慎重に検討するべきである。
第2 意見の理由
1 はじめに
2011年(平成23年)3月11日に東京電力福島第一原子力発電所事故が発生してから,既に2年1か月が経過した(以下「東京電力福島第一原子力発電所」を「本件原発」,その事故を「本件事故」という。)。
本件事故の被害者の東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)に対する損害賠償請求権は,その本質が不法行為に基づくものであるとして民法第709条に基づいて構成することができるところ,東京電力が後述の見解において前提としているように,消滅時効については民法第724条前段が適用され,「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」の消滅時効により請求権が失われると解釈される余地があることは否定し得ない。
しかし,本件事故による被害は,いまだその全容も明らかではなく,その収束の見通しも立たない状況にある。このような状況において,本件事故の損害賠償請求権につき,民法第724条前段が適用され,最短で2014年(平成26年)3月11日に同条前段の短期消滅時効が成立するとなれば,本件事故の被害者に残された時間はわずか11か月弱しかなく,多くの被害者が,先の
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見えない生活の最中に,損害賠償請求の法的手続をとらざるを得ない状況に追い込まれることになるが,このような損害賠償請求権の短期消滅時効が成立するのは著しく正義に反する。
かかる事態を回避するために,早急に,本件事故の損害賠償請求権が民法第724条前段の短期消滅時効によって消滅しないことを,特別の立法措置により明確にするべきである。
また,本件事故の被害の深刻さ,そしてチェルノブイリ原発事故による健康被害が同事故後25年を経過してもなお発生し続けていることからすれば,本件事故の損害賠償請求権につき,民法第724条後段が適用され,本件事故発生から20年経過後に除斥期間により確定的に消滅するということも,民法第167条第1項が適用され,権利を行使し得る時から10年経過後に時効により消滅するということも,同様に許されるべきことではない。
したがって,本件事故の損害賠償請求権の消滅期間については,別途,慎重に検討した上,特別の立法措置により規定するものとすべきである。
2 東京電力福島第一原子力発電所事故による被害の特徴
(1) 被害が深刻かつ広汎であり,継続性があること
本件事故は,我が国に原子力発電所が設置されて以来経験したことのない未曾有の大事故であり,福島県のみならず,その他の地域においても深刻な放射能汚染による被害を及ぼし続けており,福島県内外において依然として放射線量が高い地域も多い。
旧警戒区域から福島県内への避難者は約9万6千人,福島県内から県外への避難者は約5万5千人存在するとされ,これらの約15万人以上の被害者は,生活基盤を根こそぎ奪われ,地域コミュニティから隔絶された中で,経済的にも精神的にも困難な状況に置かれた状況が続いている。旧警戒区域内は,2012年(平成24年)4月から帰還困難区域・居住制限区域・避難指示解除準備区域に再編されつつあるが,長期間,人が住むことのなかった地域であるため,いまだ病院や学校,様々な事業所などの社会的インフラが機能しておらず,この地に戻り,生活を再開することが極めて困難な状況にある。他方,福島県内やその他の放射能汚染が懸念される地域にとどまった人々も,放射線被ばくの危険と向き合い,様々な損害や不自由な生活に苦しみながら生活している現状にある。
本件事故による被害は,地域的に広域にわたり,被害者の数が多数に上るということのみならず,避難しているか否かを始め,家族構成や職業等個々の状
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況ごとに様々な被害が混在しており,極めて深刻かつ広汎にわたるものである。
(2) 被害に潜在性があること
また,本件原発から大量に拡散された放射性物質が人体や環境に与える影響については,専門家の間でも意見が分かれており,とりわけ低線量被ばくについては,一致した科学的知見が確立していない状況にある(いわゆる「原発事故子ども・被災者支援法」第1条参照)。このような中で,本件事故当時いずれの地域に居住していた被害者の身体にどの程度の期間経過後に影響が現れるのか予測することは不可能であり,少なくとも現時点において,本件事故による被害の全容を把握することは全く不可能である。
3 東京電力及び政府の対応について
(1) 東京電力の見解による解決だけでは極めて不十分であること
東京電力は,本年2月4日に「原子力損害賠償債権の消滅時効に関する弊社の考え方について」と題する見解を公表し,①時効の起算点については,被害者が事実上請求することが可能となった時,具体的には東京電力がそれぞれの損害について賠償請求の受付を開始した時とし,②時効中断事由について,東京電力の被害者に対する請求書又はダイレクトメール(以下「ダイレクトメール等」という。)の送付は「債務の承認」に該当し,被害者がダイレクトメール等を受領した時点から新たな時効期間が進行するとしている。しかし,この見解は,いずれも解釈や運用によるもので不確実であるため,加害者である東京電力の判断によって被害者が不安定な地位に置かれることになりかねず,かかる見解による解決だけでは極めて不十分である。
第1に,ダイレクトメール等が送付されていない,又は受領したことを立証できない被害者については,東京電力が請求受付を開始してから3年間で消滅時効が完成する可能性を否定できない。特に,東京電力のダイレクトメール等は,東京電力が自社の基準により被害者であると判断した人にのみ送付されている。そのため,ダイレクトメール等の送付がなされていない被害者の損害賠償請求権については,東京電力が損害賠償請求の受付を開始した時から3年間で消滅時効が完成し得ることになる。すなわち,避難等対象地域以外で放射能汚染が懸念される地域に居住する住民の大多数が,わずか3年間で消滅時効の完成という問題に直面することになる。その他にも,転居に伴い住所不明でダイレクトメール等が届いていない,また,避難先を移動する際にダイレクトメール等を紛失したという例は多数存在しており,時効
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消滅の完成の可否をダイレクトメール等の送付にかからせることは妥当ではない。
第2に,東京電力の見解では,東京電力がダイレクトメール等を複数回発送している場合,ダイレクトメール等を発送する都度に自社の債務の承認をするものと認識しているかどうか,明らかではない。仮に,東京電力がダイレクトメール等を発送するたびに債務承認すると認識しているとしても,いわゆる包括請求方式の場合には,包括請求に対する賠償をもって全ての賠償が終了したものとし,東京電力が,その後ダイレクトメール等を発送しないことが想定される。この場合,包括請求方式に関するダイレクトメール等を受領した時から3年間で包括請求の対象以外の損害についても時効が完成してしまう可能性が否定できない。
以上から,東京電力の見解では,日を置かずに問題が再燃することは避けられず,抜本的解決には程遠いものといわざるを得ない。
(2) 政府提出予定法案では一部被害者の損害賠償請求権の時効消滅を妨げられないこと
政府は,原子力発電所事故の損害賠償請求権についての時効特例法案(「東日本大震災に係る原子力損害賠償紛争についての原子力損害賠償紛争審査会による和解仲介手続の利用に係る時効の中断の特例に関する法律案(仮称)」。以下「本法案」という。)を今国会に提出する方針であり,その内容は,原子力損害賠償紛争解決センター(以下「原紛センター」という。)への和解仲介申立てに時効中断効を付与し,和解が成立しなかった場合でも打ち切りの通知を受けた日から1か月以内に裁判所に訴訟提起すれば,和解仲介申立時に訴えを提起したものとみなすというものである。
本法案の内容は,原紛センターに和解仲介申立てをした被害者に関しては,時効中断効が維持されるという点では評価し得る。しかし本法案のみでは,相当数に及ぶ被害者は,以下に述べる問題点により不安定な地位に置かれることになり,被害者の救済としては不十分である。したがって,やはり本法案とは別途,立法的解決が不可欠である。
第1に,本法案は原紛センターへの和解仲介申立てを行うことを時効中断の要件としているが,同センターに和解仲介申立てをした被害者は,平成24年末時点でわずか1万3030名に過ぎない(同センター発表)。このように,被害者のうちごく限られた人数しか原紛センターへの和解仲介申立てを行うことができずにいる理由としては,①そもそも原紛センターや和解仲介手続の存在すら知らない被害者が数多くいるという実情のほか,②現状で
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は原紛センターにおける平均の審理期間が約8か月と解決に至るまでに相応の期間を要していること,不動産を始めとする財物賠償のように中間指針等で基準が明確に定められていない損害項目について,和解仲介手続内での解決を図ることを先送りしてきたなど,被害者が和解仲介手続の利用を躊躇せざるを得ない事情が存在していることが挙げられる。このような状況において,原紛センターへの和解仲介申立てを行わない限り,最短で後11か月弱の間に訴訟提起を行わなければ時効の完成を避けられないとすれば,実質的には,憲法が保障する裁判所による裁判を受け,自らの権利を主張する権利そのものを侵害しかねない。
第2に,現在,和解仲介手続は,損害項目ごとに,被害者に生じた損害の一部について請求が行われている場合がほとんどである。この場合,和解仲介手続において請求がなされていない損害項目については時効中断効を生じないおそれがある。すなわち,訴訟手続において損害の一部のみを明示して請求した場合には,その他の損害については時効が中断せず,消滅時効が完成するとされているのが一般的な解釈とされるためである。しかし,損害が明確になっている項目のみを先行して原紛センターに和解仲介申立てを行うことも多数あり,また,和解の段階において,和解仲介手続内での解決を図ることを先送りにした損害項目を和解合意の対象から一部外すということも一般的に行われている。このように現状では,必ずしも全ての損害についての和解仲介申立てが行われていない,又は全ての損害が和解仲介手続の対象となっていない場合がほとんどである。そのため、全ての損害についての和解仲介申立てを行わない限り,時効中断効を得られないという解釈の余地を否定し得ない本法案では,現状に即した被害者救済とはなり得ず,また,確実に時効中断効を生じさせるために,被害者が全ての損害についての和解仲介申立てを行うことを強いる結果となりかねず妥当でない。
第3に,そもそも,2014年(平成26年)3月11日までに,東京電力に対し損害賠償請求を行いたいと考えている全ての被害者が,自己の全ての損害について,原紛センターに和解仲介申立てをし,かつ,和解が成立しなかった場合に打ち切りの通知を受けた時から1か月以内に訴訟提起をすべきことを想定することは,原紛センターや裁判の実務上も無理があるといわざるを得ない。そのような申立てや提訴が短期間に一斉になされた場合に事実上処理が滞ることは必至であるし,被害者本人が代理人を付けずに和解仲介申立てをしていた場合に,打ち切り通知後1か月以内に,訴状を作成し,証拠を整理して裁判所に提出することは極めて困難である。
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4 民法第724条前段が適用されないものとする立法措置を講じるべきこと
(1) 「原子力損害の賠償に関する法律」に消滅時効が規定されていないこと
そもそも,原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という。)には,原子力発電所の事故により生じた原子力損害賠償請求権に関する消滅時効の規定は定められていない。この点,原賠法に別段の定めがなければ,民法第724条前段規定によるという考え方も成り立ち得るが,不法行為責任の特則を定めた他の特別法においては,民法の適用について規定を設けている(自動車損害賠償責任法第4条,製造物責任法第6条等)。一方,原賠法においては,そのような規定はない。
また,原賠法が制定された当時の国会等における議論では,原子力損害賠償請求権の消滅時効について民法の規定が適用されることが前提とされておらず,むしろ,原子力損害の特殊性に鑑みて別に考慮されるべきとの意見も出されていた。
(2) 民法第724条前段の趣旨が当てはまらず,適用の前提を欠くこと
我が国の民法上,消滅時効制度が設けられている趣旨は,種々の論議があるものの,①権利の上に眠る者は保護しない,②法的安定性,③立証の困難性,といった点にあるとされている。そして,民法第724条前段が,不法行為に基づく損害賠償請求権について,特に3年間の短期消滅時効を定めているのは,特に②の趣旨につき,現実に権利行使の可能性がある被害者といかなる責任を負うのか不安定な立場にある加害者との関係を勘案したものとされている。
しかし,本件事故の損害賠償請求権においては,上記①ないし③のいずれの趣旨にも当てはまらない。
まず,①については,本件事故の全容と被害がいまだ明らかでないことから,本件事故の被害者は,本件事故から2年1か月を経過した今も,先の見えない,生活の再建すらままならない過酷な環境に置かれ続けている。多額の費用をかけて除染や住居の補修を行っても実際に従前の住居に戻り,生活することができるのか,それとも新たな地においての生活を決意すべきなのかなど,本件事故の被害者は,置かれた立場や状況ごとに異なる,いい尽くすことのできない悩みを抱えて,日々増大する不安と戦いつつ生活している状況にある。そのような不安定な生活状況の下で,いかなる項目についてどのような根拠に基づいて賠償を求めるかといった方針を明確に見定め,賠償請求に向けた行動を行うことがいかに困難であるかということは,その現実
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を直視すれば,容易に想像し得るところである。そして,このような状況において,直ちに賠償請求権を行使することができないとしても,これを権利の上に眠っていると評価するべきではない。よって,①の権利の上に眠る者は保護しないとの趣旨が当てはまらないことはおのずと導き出される結論である。
何よりも,前述のとおり,本件事故発生から2年1か月が経過しても,いまだに約15万人以上の被害者が福島県内外に避難しており,自らの権利行使のための効率的な活動を期待することが到底できかねる現状に照らせば,全ての被害者が請求手続を開始し得るまでの期間として,3年という期間が余りに短いことは明白である。
さらに,②については,自ら引き起こした本件事故が深刻かつ広汎な被害をもたらし,現在もなお本件原発より放射性物質が放出され続け,被害が継続的に発生し,これが今後も継続することがほぼ確実である以上,本件事故の加害者である東京電力が本件事故の損害賠償債務を履行することは当然の責務である。したがって,短期の消滅時効により早期に損害賠償請求の範囲が確定され,被害者との間でいかなる責任を負うのかなどについて不安定な立場から解放されるであろうといった信頼は保護に値しない。むしろ,多数の被害者が,消滅時効によって賠償請求の権利行使の途を閉ざされ,被害を回復されることなく放置されることこそが正義に反するというべきである。また,民法第724条前段における消滅時効の起算点となる「損害を知った時」については,その判断に主観的な要素が加味され,個別に判断されるものであり,個々の被害者の置かれた状況や,また損害の項目ごとによって判断や見解が異なる可能性があり,一義的に明確ではなく,被害者間における格差を生じかねないおそれもある。このようなことからすれば,②の法的安定性という趣旨も本件事故の損害賠償請求権については当てはまらない。
③の立証の困難性については,時間が進行することにより証拠が散逸し,公平な解決を得ることに支障が生ずるということがその根拠とされているところ,本件事故による損害賠償請求については,多くの被害者が避難生活を強いられ,証拠が散逸するどころか,そもそも証拠や立証資料を確保・収集することができない状況が続いており,通常の消滅時効を考えることがかえって公平な解決にならない,という点が改めて強く認識されなければならない。
以上のとおり,本件事故の損害賠償請求権については,民法に規定されて
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いる消滅時効の趣旨はいずれも当てはまらず,民法第724条前段を適用する前提を欠くというべきである。
(3) まとめ
以上のとおり,本件事故の損害賠償請求権については,民法724条前段の趣旨は当てはまらず,その適用の前提を欠くというべきである。
5 本件事故の損害賠償請求権は,民法第724条後段の適用の前提も欠くこと
また,本件事故の損害賠償請求権に,民法第724条後段が適用され,「不法行為の時から20年を経過した時」前段と同様に消滅しないか否かも問題となるが,同条前段と同じく,適用の前提を欠くというべきである。
すなわち,民法第724条後段の規定は除斥期間を定めたものと解されているところ,本件の損害賠償請求権に適用されるとすれば,財産的損害については,不法行為時から20年で確定的に消滅することとなる。しかし,事故後2年を経過した現在においても,本件事故被害者への法的救済が遅々として進まない現状に照らせば,20年間の経過によって確定的に権利を消滅させることによる弊害は無視できない。一方,民法第724条後段の除斥期間は,通常,20年間の経過により証拠の散逸が進み,また加害者にとっても長期に賠償債務を負い続けることは酷であるとの価値判断により設定されているのであり,本件事故において加害者である東京電力がこのような制度的利益を享受すべきでないことは,既に述べたとおりである。
次に,健康被害との関係では,現時点では健康被害がいつの時点でどのように出現するか一致した科学的な知見も確立しておらず,2011年(平成23年)4月に公表されたウクライナ政府緊急事態省の「チェルノブイリ事故後25年」と題する報告書においても,チェルノブイリ原発事故発生後25年が経過した後,新たな被害が発生し続けている事実が報告されている。本件事故においては,チェルノブイリ原発事故を下回るものの大量の放射性物質が拡散しており,その被害は,広汎かつ多岐にわたるものであることから,2011年(平成23年)3月11日から20年が経過した時点でも,被害の全容が明らかになるものではなく,被害者が本件事故による損害の内容を全て把握し,賠償請求の権利を適切に行使することが可能とはいい難い状況にある。
この点,判例は,いわゆる三井鉱山じん肺訴訟(平成16年4月27日最高裁第三小法廷判決,民集58巻4号1032頁)において,「民法724条後段所定の除斥期間の起算点は,(中略)当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合
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には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。」と判示しており,本件事故における損害の起算点についても,除斥期間に対する同様の考え方で判断されるべきと考える。しかしながら,除斥期間の起算点について裁判上の争点とし,これにより判断を受けざるを得ないとすることは,被害者にとって権利行使期間の判断を不安定にさせることから,民法第724条後段の適用をあらかじめ立法措置により排除しておく必要がある。
6 本件事故の損害賠償請求権は民法第167条第1項の適用の前提も欠くこと
本件事故の損害賠償請求権に民法第724条前後段が適用されないとしても,一般債権の消滅時効の規定である民法第167条第1項が適用され得るかが問題となるが,前述のとおり,特に健康被害を含めた損害の全容について10年間では把握し得ないことから,同様に適用の前提を欠くというべきである。
7 本件事故の損害賠償請求権について,民法上の除斥期間及び消滅時効の規定(民法第724条及び同法第167条第1項)は適用されず,一定の期間を経過した後に消滅するものとする特別の立法措置を講じるべきこと
本件事故の損害賠償請求権については,民法第724条前段のみならず,同条後段及び民法第167条第1項をも適用すべきではないことは前述のとおりであるが,これが永久に消滅しない性質の権利とまではいい難い。したがって,この点についても,特別の立法措置を講ずることを検討すべきであるが,かかる立法措置については,民法724条前段を適用せず,短期消滅時効によって消滅しないものとする特別の立法措置とは別途,起算点も含めて本件事故の損害賠償請求権が消滅するまでの期間を慎重に検討した上で講ずるべきである。
8 結論
以上から,3年の短期消滅時効完成まで最短で11か月弱しかない現状において,本件事故の損害賠償請求権については,民法第724条前段を適用せず,短期消滅時効によって消滅しないものとする特別の立法措置を講ずる緊急の必要性があり,速やかにこれを講じるべきである。
その上で,本件事故の損害賠償請求権が消滅するまでの期間については,慎重に検討を行い,特別の立法措置を講ずるべきである。
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