医療費の現実についてはなかなか理解されません。お医者さんは高額所得者として儲かっているのではないか、という印象と、その一方で勤務医は連続30時間以上も働かされる苛烈な職場環境だという印象の両方があります。
お医者さんが儲かっているという印象からは、もっと費用を安くすべきだ、効率化して医療費を削減すべきだという論調が生まれます。
小泉政権下では医療費を抑制しなければ財政が破綻するという論理で毎年2千億円ずつの医療費削減が行われました。
ところが最近は日本の医療水準を活かして海外から医療旅行を招こうなどという話しも出始めています。そんな動きに対するお医者さんからの声がありました。
---------- 【ここから引用】 ----------
「医療を成長産業に」なんて夢のまた夢
武蔵浦和メディカルセンター ただともひろ胃腸科肛門科 多田智裕
2010年3月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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中医協(中央社会保険協議会)での今年の診療報酬改定の議論が終了した翌日の2月11日、長妻昭厚生労働大臣は「医療政策サミット」(日本医療政策機構主催)で講演を行いました。
長妻大臣は講演の中で次のようなことを語りました。
「今回の新型インフルエンザにしても、死亡率が世界で最も低い国の1つが日本です。あるいは皆保険で、日本の寿命は世界一。日本の医療水準は世界に冠たるものがあります。
民主党が掲げる成長戦略の中で、海外のお金持ちを日本の人間ドックにどんどん呼び寄せよう、などの議論ができるのも、日本の医療の質の高さがあるからだと思います」
そして、こう続けました。
「少子高齢化の社会を迎えて、これからは医療の経費をコストではなく未来への投資に振り向ける発想転換が必要。そこで省内では、医療・介護・保育『未来への投資』プロジェクトチームを作りまして、政府全体として6月に成長戦略を最終的に取りまとめる予定です」
他の閣僚も、民主党の成長戦略として「グリーンイノベーション(環境革新)」と並んで「ライフイノベーション(医療・健康革新)」を挙げる発言をしています。
補助金なしに持続発展することができ、なおかつ外貨を稼げるのであれば、医療を日本の成長戦略のカギと位置づけることは可能でしょう。
でも、果たして日本は世界から患者を呼べるほどの医療技術をこれまで育ててきたのでしょうか? また、世界水準の高い付加価値をもたらす医療サービスを現状で提供できているのでしょうか?
【今まで減らす一方だった日本の医療費政策】
現時点で世界に対抗できる日本の医療技術というと、その1つに内視鏡検査(胃内視鏡検査/大腸内視鏡検査)が挙げられます。内視鏡メーカーであるオリンパスの世界シェアは75%に達します。
しかし、この内視鏡検査は、700円ほどの診察料に比して高額なことから、保険点数改正のたびに点数削減のターゲットにされ続けてきました。今回の保険点数改正でも、大腸内視鏡的ポリープ切除手術(大腸腫瘍を内視鏡で切除する手術)は5万3600円から5万円への7%の大幅ダウンです。
この「5万円」でカバーしなければならないのは、看護師、看護助手、医師の人件費だけではありません。内視鏡室の設備投資費用、1000万近くする内視鏡機器の減価償却費用、年間数百万の機器メインテナンス費用、1回ごとの消毒衛生管理費用、手術に使用する消耗機材(1回につき約1万~1万 5000円)などを人件費に加えて全て含んだ金額が50000円なのです。
かつては9万8000円だった頃から比べると、目を覆うばかりの削減ぶりです。これでは、施設によっては人件費すら捻出できません。機器の購入費用やメインテナンス費用をまかなうだけで赤字になってしまうでしょう。
これはあくまで一例です。国民皆保険のもとでは、「高い技術にお金を投資してさらに育てて伸ばそう」という発想よりも、「検査数が増えたならば、医療費が増えないように点数を減らそう」という発想で値段が決められてきているのです。
(…中略…)
【全体的な底上げが先、「成長産業」なんて夢のまた夢】
日本の医療政策は、これまで国民皆保険のもと、医療の値段をできる限り安く設定して広くみんなに提供することを主眼に行なわれてきました。それが評価されて、世界保健機関(WHO)に世界一位と認められるようになったのです。
ですから、「世界一位」というのは、あくまで「医療を安く、平等にみんなに提供している」という意味においてです。「世界から見て最高水準の医療技術をしっかり育ててきた」ということではありません。また、「国際基準に見合う高度な付加価値を提供している」ということとも、また別物なのです。
「広く安く」という点で確かに日本の医療は世界一と認められました。しかし、それを再生維持するのに必要なコストがまったくかけられていないのが現状です。
ましてや、その先の「成長産業への投資」「外貨を稼ぐ」ところまで話が進むと、「そんなことは夢のまた夢。赤字にしないだけで精一杯だよ・・・」というのが、多くの医療従事者の本音なのではないでしょうか。
ビジョンとして夢を語るのは大いにけっこうです。でも、まずは現状をきっちり認識して、医療を日本の国力に見合ったレベルまで、つまり、OECD 平均レベルまで(今の1.5倍程度と予測されます)医療費を増額し、全体的なレベルの底上げを図ることが優先されるべきです。「成長産業としての医療」は、その先にある話なのではないでしょうか。
このコラムはThe hottest OPINION site in Japan JBpress http://jbpress.ismedia.jp/ よりの転載です
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配信・解除依頼は info@medg.jp までメールをお送りください。手続きに数日要することがありますので、ご了承ください。
今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。
MRIC by 医療ガバナンス学会
http://medg.jp
---------- 【引用ここまで】 ----------
以前に、心臓マッサージ一時間の医療費が2,900円と書きました。駅前の肩もみより安いなんてどんな経済観念なんでしょう。
社会には様々な政策分野がありますが、国単位で見た時にある分野にどれだけ注力しているかを比較するには、その国全体の稼ぎに対する支出の割合で比べるのが妥当でしょう。
探してみると、OECD先進諸国どうしで医療費をどれくらいかけているのか、という表がありました。
《OECD諸国の医療費対GDP比率》
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1890.html
日本はやはりあまり高くありません。対GDPで8.1%とのこと。
公的な保障が充実していないアメリカは以上に突出しているとして、もう少し高いフランスやスイスだったら10%の後半、デンマークやオランダでも約10%です。その差が2%とすると、日本のGDP(国内総生産)は約500兆円として金額では約10兆円です。
消費税1%は約2.5兆円の税収増となりますので、年間10兆円のフローを投入するためには消費税相当で約4%ほどの投入が必要だと言うことになります。
ところで医療費は高齢化とも関係するので、高齢化率との関係も見ておかなくては。
《高齢化と医療費》
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1900.html
これを見てもやはり日本の医療費は少ないレベルにとどまっています。医療費というのは実は決して自動的に増えるものではなくて、増やすまいと言う政策的意図が大きく関わってきます。
つまり日本は、高齢化という増額要素を前にして、医療費を増やさないという政策を貫いてきたわけで、従って個別の医療単価を下げることで対応してきたのです。
今日の多田先生の叫びは、単価の減少に困惑する医療従事者の切なる叫びでしょう。
医療を始めとする社会保障の領域を充実させるために必要なことは、改革のためのアイディアなどというレベルではなく、財源なのです。
国がお金を集めて正しく再配分する機能を果たしてくれなくては医療の我慢も限界に近づいています。10兆円がオーバーだとしても毎年数兆円をという支出は財政を組み替えて出せる桁ではありません。
どうするんでしょう。自分たちの国の姿を勉強してみなくては。
お医者さんが儲かっているという印象からは、もっと費用を安くすべきだ、効率化して医療費を削減すべきだという論調が生まれます。
小泉政権下では医療費を抑制しなければ財政が破綻するという論理で毎年2千億円ずつの医療費削減が行われました。
ところが最近は日本の医療水準を活かして海外から医療旅行を招こうなどという話しも出始めています。そんな動きに対するお医者さんからの声がありました。
---------- 【ここから引用】 ----------
「医療を成長産業に」なんて夢のまた夢
武蔵浦和メディカルセンター ただともひろ胃腸科肛門科 多田智裕
2010年3月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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中医協(中央社会保険協議会)での今年の診療報酬改定の議論が終了した翌日の2月11日、長妻昭厚生労働大臣は「医療政策サミット」(日本医療政策機構主催)で講演を行いました。
長妻大臣は講演の中で次のようなことを語りました。
「今回の新型インフルエンザにしても、死亡率が世界で最も低い国の1つが日本です。あるいは皆保険で、日本の寿命は世界一。日本の医療水準は世界に冠たるものがあります。
民主党が掲げる成長戦略の中で、海外のお金持ちを日本の人間ドックにどんどん呼び寄せよう、などの議論ができるのも、日本の医療の質の高さがあるからだと思います」
そして、こう続けました。
「少子高齢化の社会を迎えて、これからは医療の経費をコストではなく未来への投資に振り向ける発想転換が必要。そこで省内では、医療・介護・保育『未来への投資』プロジェクトチームを作りまして、政府全体として6月に成長戦略を最終的に取りまとめる予定です」
他の閣僚も、民主党の成長戦略として「グリーンイノベーション(環境革新)」と並んで「ライフイノベーション(医療・健康革新)」を挙げる発言をしています。
補助金なしに持続発展することができ、なおかつ外貨を稼げるのであれば、医療を日本の成長戦略のカギと位置づけることは可能でしょう。
でも、果たして日本は世界から患者を呼べるほどの医療技術をこれまで育ててきたのでしょうか? また、世界水準の高い付加価値をもたらす医療サービスを現状で提供できているのでしょうか?
【今まで減らす一方だった日本の医療費政策】
現時点で世界に対抗できる日本の医療技術というと、その1つに内視鏡検査(胃内視鏡検査/大腸内視鏡検査)が挙げられます。内視鏡メーカーであるオリンパスの世界シェアは75%に達します。
しかし、この内視鏡検査は、700円ほどの診察料に比して高額なことから、保険点数改正のたびに点数削減のターゲットにされ続けてきました。今回の保険点数改正でも、大腸内視鏡的ポリープ切除手術(大腸腫瘍を内視鏡で切除する手術)は5万3600円から5万円への7%の大幅ダウンです。
この「5万円」でカバーしなければならないのは、看護師、看護助手、医師の人件費だけではありません。内視鏡室の設備投資費用、1000万近くする内視鏡機器の減価償却費用、年間数百万の機器メインテナンス費用、1回ごとの消毒衛生管理費用、手術に使用する消耗機材(1回につき約1万~1万 5000円)などを人件費に加えて全て含んだ金額が50000円なのです。
かつては9万8000円だった頃から比べると、目を覆うばかりの削減ぶりです。これでは、施設によっては人件費すら捻出できません。機器の購入費用やメインテナンス費用をまかなうだけで赤字になってしまうでしょう。
これはあくまで一例です。国民皆保険のもとでは、「高い技術にお金を投資してさらに育てて伸ばそう」という発想よりも、「検査数が増えたならば、医療費が増えないように点数を減らそう」という発想で値段が決められてきているのです。
(…中略…)
【全体的な底上げが先、「成長産業」なんて夢のまた夢】
日本の医療政策は、これまで国民皆保険のもと、医療の値段をできる限り安く設定して広くみんなに提供することを主眼に行なわれてきました。それが評価されて、世界保健機関(WHO)に世界一位と認められるようになったのです。
ですから、「世界一位」というのは、あくまで「医療を安く、平等にみんなに提供している」という意味においてです。「世界から見て最高水準の医療技術をしっかり育ててきた」ということではありません。また、「国際基準に見合う高度な付加価値を提供している」ということとも、また別物なのです。
「広く安く」という点で確かに日本の医療は世界一と認められました。しかし、それを再生維持するのに必要なコストがまったくかけられていないのが現状です。
ましてや、その先の「成長産業への投資」「外貨を稼ぐ」ところまで話が進むと、「そんなことは夢のまた夢。赤字にしないだけで精一杯だよ・・・」というのが、多くの医療従事者の本音なのではないでしょうか。
ビジョンとして夢を語るのは大いにけっこうです。でも、まずは現状をきっちり認識して、医療を日本の国力に見合ったレベルまで、つまり、OECD 平均レベルまで(今の1.5倍程度と予測されます)医療費を増額し、全体的なレベルの底上げを図ることが優先されるべきです。「成長産業としての医療」は、その先にある話なのではないでしょうか。
このコラムはThe hottest OPINION site in Japan JBpress http://jbpress.ismedia.jp/ よりの転載です
------------------------------------------------------------
配信・解除依頼は info@medg.jp までメールをお送りください。手続きに数日要することがありますので、ご了承ください。
今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。
MRIC by 医療ガバナンス学会
http://medg.jp
---------- 【引用ここまで】 ----------
以前に、心臓マッサージ一時間の医療費が2,900円と書きました。駅前の肩もみより安いなんてどんな経済観念なんでしょう。
社会には様々な政策分野がありますが、国単位で見た時にある分野にどれだけ注力しているかを比較するには、その国全体の稼ぎに対する支出の割合で比べるのが妥当でしょう。
探してみると、OECD先進諸国どうしで医療費をどれくらいかけているのか、という表がありました。
《OECD諸国の医療費対GDP比率》
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1890.html
日本はやはりあまり高くありません。対GDPで8.1%とのこと。
公的な保障が充実していないアメリカは以上に突出しているとして、もう少し高いフランスやスイスだったら10%の後半、デンマークやオランダでも約10%です。その差が2%とすると、日本のGDP(国内総生産)は約500兆円として金額では約10兆円です。
消費税1%は約2.5兆円の税収増となりますので、年間10兆円のフローを投入するためには消費税相当で約4%ほどの投入が必要だと言うことになります。
ところで医療費は高齢化とも関係するので、高齢化率との関係も見ておかなくては。
《高齢化と医療費》
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1900.html
これを見てもやはり日本の医療費は少ないレベルにとどまっています。医療費というのは実は決して自動的に増えるものではなくて、増やすまいと言う政策的意図が大きく関わってきます。
つまり日本は、高齢化という増額要素を前にして、医療費を増やさないという政策を貫いてきたわけで、従って個別の医療単価を下げることで対応してきたのです。
今日の多田先生の叫びは、単価の減少に困惑する医療従事者の切なる叫びでしょう。
医療を始めとする社会保障の領域を充実させるために必要なことは、改革のためのアイディアなどというレベルではなく、財源なのです。
国がお金を集めて正しく再配分する機能を果たしてくれなくては医療の我慢も限界に近づいています。10兆円がオーバーだとしても毎年数兆円をという支出は財政を組み替えて出せる桁ではありません。
どうするんでしょう。自分たちの国の姿を勉強してみなくては。