prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「アパルーサの決闘」

2009年12月17日 | 映画


エド・ハリスの監督・主演・共同脚本・製作の西部劇。
相棒役がヴィゴ・モーテンセン。女に血迷う主役をはらはらしながらサポートするルパン三世に対する次元大介的役回りで、やたら格好いい。

西部劇の女というと娼婦か主婦でなければレディ(荒野の決闘のクレメンタインとかね)というのが相場なのだが、へちゃむくれのレニー・ゼルヴィガーはそれなりに教養ありげ(ピアノは弾けるけどヘタクソ、というあたり、芸が細かい)な割に、そのときどきの一番強い男にくっついて生きのびる、しかもボスが代わった時に備えて他の有力な男にもあらかじめコナをかけてすぐ仲良くなってしまう、というのがリアルでおかしい。
モーテンセンだけひっかからず、娼婦と仲良くしているのがポイント。

舞台になる街の名のアルパーサ、というのは馬の種類なのだが、白地に青っぽい班が入っているのが肌から静脈が浮き立っているくらい極端に色の白い女性がそう喩えられることがあって、エロチックなニュアンスもあるらしい。

タフでやたら乱暴で、もっともらしい顔して本読んでいるくせに、しばしば失語症的にボキャブラリーが出てこないというハリスの保安官のキャラクターがおもしろい。

後半の展開のあれよあれよ的意外性の連続が楽しめるが、ラストはちょっと短兵急な感じ。

居留地を出て新天地を目指しているインディアン(わざとこの政治的に正しくない言い方をしています)が出てくるが、ちっとも哀れっぽくなくおそろしく気が立っているのが新しいところ。ニューシネマ風西部劇の辛気臭さはなく、野趣がかったユーモアが随所に散りばめられているのが魅力。裁判官どころか大統領までが相当にいいかげんというあたりもそれらしい。

便所で用を足している敵を押さえるのは「許されざる者」調。
西部の朝日がおそろしく早く上がってきて、あっという間に明るくなるショットは「荒野の決闘」を思わせる。

銃撃戦はやたらどかどか弾数を使わず、あっという間に終わるのが昔の西部劇的で切れ味がいい。
蒸気機関車が水の補給所で止まる定石を出してくるのもクラシック。
撮影は「ダンス・ウィズ・ウルブス」のディーン・セムラー。
(☆☆☆★★)

「ディファイアンス」

2009年12月16日 | 映画
ナチに追われたユダヤ人が森に集まって隠れ住んでしのいだ実話もので、農家から食料を略奪したり敵を容赦なく殺したりと、被害者としての面ばかりでなく加害者としての面にも配慮した描き方なのが、終盤「出エジプト記」的なエピックのスケールを出そうとしているのとともにエドワード・ズウィック監督(「ラスト・サムライ」「ブラッド・ダイヤモンド」)らしい。
ダニエル・クレイグが相変わらずこわもてだがボンドより自然な感じ。
(☆☆☆★)


本ホームページ


ディファイアンス - goo 映画

ディファイアンス プレミアム・エディション [DVD]

ポニーキャニオン

このアイテムの詳細を見る

「悪魔の追跡」

2009年12月15日 | 映画

これ、公開当時の今はなき映画雑誌「ロードショー」の対談記事で、渥美清がほめてたんだよね。もう一本ほめてたのが「悪魔の赤ちゃん」。色んな映画をマメに見ていた人だなあ。

「悪魔の追跡」といっても、悪魔そのものではなくて悪魔崇拝の集団が追ってくる話。アメリカのいろいろな面が知らされた今の方が公開当時よりむしろ怖さがわかるようになったのではないか。
非クリスチャンにとっては、アメリカのキリスト教原理主義と悪魔崇拝とは一枚のコインの裏表みたいなものに思える。

それと、アメリカみたいに都会と田舎の隔絶がすごい国での、田舎町の人間たちがよそもの、町の人間を見る目の怖さね。同じピーター・フォンダ主演の「イージー・ライダー」の主人公たちが南部で迎えられる「南部の目」だ。
アメリカの国土の一種バカげた広さが、逃げても逃げても追ってくる感じを出すのに効果的。
キャンピングカーなんて、私たちは中産階級(これが激減しているのだが)ですと宣伝してまわっているような車を使っているのも、どこか怒りを買ったのではないか。

最大の見せ場はカーアクションで、アナログ感たっぷり。女がきゃあきゃあ言ってばかりで、全然役にたたないのも昔っぽい。


「トワイライト~初恋~」

2009年12月14日 | 映画
セックス抜きの純愛おとぎ話となると、男が吸血鬼という一種荒唐無稽な縛りをつけないと成り立たないらしい。
昔の吸血鬼だと明らかに血を吸うのがセックス表現の代償だったわけだが、ここでは血を吸うにしても頸に噛み付かず、手首を噛み、無理やり女を吸血鬼にするどころか、いかに血を吸わないで人間のままにしておけるかどうかで葛藤するという清潔ぶり。
誰も彼もセックスか金か、あるいは猫のことしか考えてないと心を読む場面があるけれど、いいかげんうんざりしているところにうまくはまったのが大ヒットにつながったのかなという気もする。

主演二人が白人としても驚くほど色白で、明らかにインディアン系の青年がちょっと恋敵みたいに出てきて相手にされないあたり、なんか微妙。続編で何か展開あるのかと思わせる。
アメリカの田舎町のシケた日常と吸血鬼ものとを同居させたのにスティーブン・キングの「呪われた町」があるけれど、キングの作品に「シャイニング」「ペットセメタリー」などインディアンの墓地とかがアメリカの原罪みたいな感じで出てくることありますからね。
(☆☆☆)



「歩いても 歩いても」

2009年12月13日 | 映画

冠婚葬祭をきっかけに人が集まる日本映画の得意とした淡々とした調子のドラマだけれど、意外とわざとらしい。
表面はとりすまして、裏に葛藤がはりついている、というのならいいのだけれど、両者の距離が開きすぎていて、細かいニュアンスと大きな設定がすれ違い気味。
(☆☆☆)


「夢のまにまに」

2009年12月07日 | 映画

主演が長門弘之で、足の悪い妻の介護をしているのだから、当然先日亡くなった南田洋子との関係がだぶってくる。

幻想的なところとリアリズムとが混ざっていて、映画学校での授業風景など、監督の木村威夫のふだんの生活を思わせる。

リアリズムの部分が、現実の「情報」にだぶっているのが、リアリティにつながっているようで、それにおんぶしていて表現にまでいっていないともいえる。
(☆☆★★★)


「厨房で逢いましょう」

2009年12月06日 | 映画
体重137キロ(自己申告)の超肥満体(ハゲも兼ねているが、チビではない)の料理人に、エデン(原題)という名の美女がその素晴らしい料理にすっかりぞっこんになりついでにその作り手にもぞっこんになり、いろいろあったあげく美女のダンナの嫉妬を買って、さあどうなるという話。

料理映画というのはほとんど必ずブラックな方にいくのだが、これも例外ではない。
イケメンで年配者に水泳を教える場面でシェイプアップされた身体を見せるダンナの扱いが心なしか悪意たっぷりで、言葉がドイツ語なのでどこの映画かと思ったらドイツ=スイスの合作。料理をおいしそうに見せるより、それに夢中になる女の忘我としたリアクションの方に焦点をあわせている。おいしそうに見せる気がどれほどあるのかと思わせる。

ワインセラーには財産としての価値があるが、料理人の腕には認められないというあたりの世間的価値観のバカらしさの描き方がなんでもないようだが辛辣。
(☆☆☆★)



「コレラの時代の愛」

2009年12月05日 | 映画
リアルであるとともにリアリズムを離れなくてはいけないのがガルシア=マルケスの世界で、どうも平板なリアリズムと時代考証が勝って、いっこうに離陸しないのが困ります。

「コレラの時代」の近代以前のニュアンスや熱にうかされた感じもあまり出ていないし。
(☆☆☆)


本ホームページ


コレラの時代の愛@映画生活

コレラの時代の愛 [DVD]

ギャガ・コミュニケーションズ

このアイテムの詳細を見る

「路上のソリスト」

2009年12月04日 | 映画
統合失調症にして天才音楽家というのは役者としては腕のみせどころなのだれど、ドラマとすると当人のキャラクターがそうそう変わるわけがなくて、周囲の扱いがいくらか変わるだけなので、だんだん展開が手詰まりになってくる。
実際の音楽家も別に病気が治ったわけではないし。
コンサートのリハーサルを聴いて音楽の世界のイリュージョンに浸るのがひとつのクライマックスというのは、かなり苦しい。

ロサンゼルスのホームレスの生活と支援がどうなっているのかの一端はわかる。

ジェイミー・フォックスとロバート・ダウニー.Jrの組み合わせは魅力的だけれど、若干すれ違い気味。
(☆☆☆)



「マンデラの名もなき看守」

2009年12月03日 | 映画

調べてみると、下の写真に見るように実際にマンデラが収監されていたロベン島とその独房でロケしているらしい。

南アフリカでアパルトヘイトがとにかく廃止されてなお、白人と黒人との格差や、治安の悪さといった問題は残っているので、単純に廃止バンザイでは済まない。解放される側ではなく差別する側の人間性が次第に開かれていくドラマにしたのは、無難な線でまとめた観もある。

マンデラ役のデニス・ヘイスバードは「24」の黒人初という設定のデヴィッド・パーマー米大統領をやっていた人。パーマー大統領のイメージの良さがオバマ大統領の誕生に寄与したのではないかという説もあるが、このキャスティングも同様だろう。

監督のビレ・アウグストは同じデンマーク出身のキ××イ監督ラース・フォン・トリアーにものすごく嫌われている、つまり常識派なのだけれど、常識的なのがどうもだんだん凡庸な作りに傾いている気がする。
(☆☆☆★)

ロベン島全景。「ゴルゴ13」では切り立った崖に囲まれた「モンテ・クリスト伯」の牢獄島みたいなイメージだったが、実際はこういう見晴らしのいい島。

マンデラが入れられていた独房。


「石内尋常高等小学校 花は散れども」

2009年12月02日 | 映画
新藤兼人監督の独特のデフォルメは「鉄輪」のことから目立ってきたが、95歳ともなると、もう天衣無縫。何やってもいい感じ。

先生が身体がきかなくなってオムツ丸出しで生徒たちに担がれて運ばれる一種の露悪趣味も健在。
小学校の場面から特にためを作らずに「三十年後」にぽんと飛ぶのにびっくり。

先生と生徒そして戦争の関係を描く、もうひとつの「二十四の瞳」ではあるけれど、タッチは見事に違う。

新藤先生の自伝的作品だけれど、いちど二番目の奥さんとの関係を見てみたい気はする。最初の夫人との生活は「愛妻物語」になったし、三番目の乙羽信子とは公私ともにパートナーシップを見せていたけれど、二番の人はエッセイにも絶対に出てこないものね。
(☆☆☆)

「黄金花 -秘すれば花 死すれば蝶-」

2009年12月01日 | 映画
爆音とともに星条旗がばさっと落ちてゴミ袋で作られた廃墟(?)が現れるシーンなど、原爆とともにもたらされた戦後日本のシュールの表現になっているなど、これだけ大胆に好き勝手に作れるのは偉い。歳の功っていう気もするし、若々しいともいえる。
もっとも、技術や資金のバックアップが弱いから画面の質が発想に追いつかないでちゃちに見えるし、見ていておもしろくはない。
(☆☆★★★)


本ホームページ


黄金花 -秘すれば花 死すれば蝶- - goo 映画