晴、9度、80%
我が家のは「脇差」が1本ありました。父が生きている頃はその刀を出して来て、ポンポンと丸い粉袋を叩いては眺めていました。薄暗い電気の明かりの中、キラリと光る刀を怖いと思いました。小さい頃のこの家の座敷でのことです。父が逝ってすでに半世紀が経ちます。最後に父が刀を持っている姿を見たのは本当に昔のことです。
母は不用心だと言い、この刀を銀行の貸金庫に預けたままでした。金属製の貸金庫が取り出されてくると中には赤い金糸の布の袋に入った刀が目を引きます。母は刀には目もくれませんでした。母亡き後、貸金庫を解約してからは家に保管していました。帰国してすぐに一度、鞘から刀を抜こうとしましたがビクとも動きませんでした。50年以上、鞘から抜けたことのない刀です。いつも心のどこかに刀のことが引っかかっていました。刀剣保持許可書はやっと文字が読めるくらいに古びています。鮮やかだった布袋も色が冷め、布自体が朽ちて来ました。
昨日、この「父の刀」を刀剣専門に扱う店に引き取ってもらうために持って行きました。売るのではありません。捨てるわけにもいかず、それなりのことを弁えていると思った刀剣屋さんを選びました。
店は私の不慣れな街の一角にありました。男性が3人、刀を研いでいる姿が見られます。最近「日本刀ブーム」なのだそうです。年配の方が道具を使って「父の刀」を抜いてくださいました。子供の頃見た美しい光は放っていません。どんよりと曇って錆びついた刀になっていました。「お願いいたします。と」頭を下げ、役にも立たない布袋を添えて店を後にしました。
港に近いその街、空はどこまでも青く晴れていました。最後に見た「父の刀」の哀れな姿が心から離れません。家に戻り父の写真に向かって「ごめんね。」と一言。
父母の遺品を整理して来て申し訳ないと思ったことが一度もありませんでした。残した物を見て主人が「よくここまで捨てたね。」と言ったほどでした。なのに必要もない「父の刀」を始末した後の私の心は済まない気持ちでいっぱいです。錆びついて曇った「父の刀」の姿は心から離れそうにありません。