
『アニマルズ・ピープル』
インドラ・シンハ著(1950年インド、ムンバイ生れ、父はインド人、母はイギリス人)
谷崎由依訳 2011 早川書房 (コモンウェルス賞受賞作、ブッカ―賞最終候補作)
またまた面白い本に出会った。
面白いというのは言葉通りで、ユーモアがこの本の特徴なのだけれど、
実は実際にインドで起こった恐ろしい事故が下敷きになっている。
事故の起こった所、事故を起こしたアメリカの会社の名前などなど、
固有名詞がなまった程度でほとんどそのまま使われている。
しかしもちろんこの小説はそのことを告発する為とか何何の「為」にかかれたものではない。
オリジナリティ溢れる小説だ。
ただ、事故の大まかな経緯は思い出して確かめておきたい。
アメリカのユニオンカーバイト社がインド、ボーパールに殺虫剤の生産工場を作ったのは1969年。
スラムの人口密集地の風上だった。
1984年12月2日の深夜、事故は起こり、猛毒ガスがもれ、夜明けまでに2000人以上が死亡した。
最終的には1,5万人~3万人が死亡し、何十万人もの人が被害を受けたといわれている。
1989年にユニオンカーバイト社は遺族一家にに平均2200ドル払うということで和解したとされているが、
ほんの一部の遺族の手にしか渡らなかった。
事故の責任者は出廷命令を無視し続け、アメリカのどこかに隠れている。
何トンもの廃棄物は手つかずのままで放置され、
ヘキサクロロベンゼンや水銀などの汚染で、
今も現場に10分以上いると意識を失うと言われ、
付近の井戸は汚染され地域の人々の健康が損なわれいのちが脅かされている。
以上が事実。
物語は「カンパニ」の毒で背骨が曲がって、
四足で暮らす青年、自称「動物」の独白で進められる。
2本足で歩けない自分は人間ではない、肉親もいない、
名もない、だから、動物だ、と言い、みんなに「動物」と呼ばせる。
孤独で貧しくて信じられないくらい悲惨な状況なのに
ひねくれてるけどまっすぐで、タフで賢い。
「動物」にはホルマリン漬けの瓶の中の奇形の胎児らの声が聴こえる。
辛い話だが、読むほどに、物語の中に引きこまれる。
アメリカの「カンパニ」の悪行の底知れなさと同時に
カンパニや政府の役人の頭の軽さ、精神の貧しさが曝される。
一方、踏みつけられても踏みつけられても息を吹き返すインドの大地とそこに生きる人々のユーモアたっぷりの独特の哲学?知恵、そして、強く深い愛。
すがすがしい読後感の、命のドラマだ。
去年の3月11日、あり得ないことが起こることがある、ということを知った。
いったいどうしたらいいのか、
途方にくれたままで日々を過ごしている。
この本はそんな苦しみの真っただ中で暮らす人々を正面からとらえ「生きる」意味を問いかける。
素晴らしい本だった。