世の中に仲良し夫婦というものは、どれぐらいいるのだろうか。
あまり、仲が良すぎると、この世に置いてきぼりにされた時のショックが大きい。
依存度が高すぎて、立ち直れない。
逆に、仲が悪いと、指折り数えて、あの世に行ってくれるのを待ち望む。
なかには、待ちきれずに、犯罪に手を染める人もいるようだ。
奥さんを亡くすと夫の皆さんは、がっくりうなだれ、後を追うかのように亡くなってしまう人もいる。
女性の場合は、最初は悲しみの渦、憔悴しきって、私もいっしょに死にたい・・・(と思う人もあるらしいけれど)
1年もすると、けろっと第3の人生を楽しんでいる。
女性たちの夫への憎悪はすごい。
ストレスを外でぶちまける。
夫たちが聞いたら、目を回すことだろう。
「こっち向いて笑うんよ、キモチ悪い。笑うんなら、向こう向いて笑ってほしいわ」
と、ある奥さん。
夫は、家で微笑むことも出来ない。
「お土産なんか買ってきて。そんなもん、いらんのに」
と、いつも世話になっている妻に機嫌を取ろうと、買ってきたお土産にも、全面否定される。
もちろん、妻たちは声に出して胸の内を言わない。
女性どうし、愚痴りあって、発散しあう。
ある日、ある人がスポーツジムで耳にした、
夫がそこそこ経済力がある方々の、妻たちの会話。ご年配の皆様。
夫が病気で亡くなった妻A、現在、重い病気で闘病中の夫を持つ妻B、普通の夫を持つ妻C。
C「ああ、嫌やわ、帰ったら夫の顔見ないとあかん。気が滅入る~」
B「(Aに)あんたは、ええよ、もういないんやから」
A「(Bに)まあ、ええやん。あんたも、あとちょっとの辛抱やん」
C「Bさんは、あと少しでいいけど、うちは、まだまだなかなか死なへんわ」
A「うちも鬱陶しかったけど、死んだら、ほんま、すっとしたわ」
まあ、えげつない、えげつない。
口にしていいことと、悪いことがあると思うのだが、ストレートに口に出す。
このオババたち、家では夫に、面と向ってそこまでは言えないからって、そりゃあないやろ~という、恐ろしい会話。
ぽんぽんと口から飛び出す。
よほど、辛抱して抑圧されていると思われる。
ひと昔前の夫婦は、亭主関白、夫唱婦随、夫は仕事、妻は家事、・・・だったんだろうが、
ちょうど今は過渡期なので、年配の夫たちの行動、意識は昔のまま、妻たちの意識は現代風。
そのギャップが、「死んだら、すっきり」発言につながるのだろう。
「誰に食べさせてもらっているんだ」はモラル・ハラスメント、あるいは、パワー・ハラスメントになるらしい。
そんなこと、当たり前で常識で、口に出して言うまでもない、
「誰に食べさせてもらってるんだ? オレにだろ?」
という、若い夫はいなくても、年配のジ・オールドには、いるかも知れない。
忍の一字で、死を待ち望まれるなんて、ちょっと寂しく、コワイけれど。
さほど経済的余裕のない家庭ではどうなのだろう?
遺族年金が入る?
それよりも、いなくなることが一番の幸せ?
ああ、そう言えば、ある女性が言っていたそうだ。
「なんにもしてくれなくていいから、1秒も早く死んで欲しい。同じ空気を吸っていることが、耐えられない」
と。
おお、薄ら寒い、恐ろしい話である。
毎日、一緒に暮らしている相手に、そんなことを思い続けられ、一方は、思い続け・・・・・
なにが、そこまでの悲劇的・捻じ曲がり事態を生んだのだろう。
が・・・
先述の、大阪のおばちゃん。
ガハハと笑い飛ばすエネルギー、バイタリティ。欝になるよりは、いいか。
でも、相手(夫)が、欝になったりしそうだ。
笑い話では、済まないような・・・。
もはや魔物(化け物)に成長してしまっている奥方をお持ちのご主人様方は、
決して知らないほうが、精神衛生上、よろしいかと、姥心。
もはや手遅れの場合は、枕を高くして寝るためには、「知らないこと」が一番の対策だと思うのである。