別SNSで、よく日記をアップされる80代後半の元大学教授。
奥さんが重度の圧迫骨折で家事が出来なくなり、代わりに家事を始めたのが84歳。
ご自身も8年前?に癌を発症。
それまでは洗濯機のスイッチ一つ、触ったことがなかったという、この年代には普通の方。
しかし、今まで当たり前と思っていた家事労働の提供がぴたりと止み、初めて家事をしてくれていた奥さんの有り難みを知り、感謝しておられる。
と、ここまではよくある話。
特筆すべき点は、生まれてこのかた、84年間、家事を全くしたことがない、心身共にカチンコチンの高齢男性が、家事に取り組み、悪戦苦闘されている。
泣き事どころか、今までの感謝と、前向きな家事への実践。
わたしは、この方の柔軟性を尊敬している。
コメント欄では、男子厨房に入らずはもちろん、「戦争に駆り出され戦地で国家を支える男性が、家の中で家事? なにを吐かす? でも先生は偉いです。ワシは金儲けはたっぷりしたので家内は不満はないはず」ともおっしゃる、鼻息の荒い、おじいちゃんもおられる。
日本が戦争をしていたのは、何年前?
そんなことを言い出す男性は、、、?
もうとっくにリタイアし、自由人でしょ?
お金は必要条件ではあるが、今の時代、それを振りかざす神経たるや、、、。
団塊の世代より一世代上の戦中派と、戦後生まれの団塊の世代では、大きく違う。
戦中派女性は、早々とご主人を亡くし、今を謳歌されている。(経済的に問題のない人は)
アタマの中身が丸々戦中派のご主人が、いまだお元気でご存命のオクサマは、ご苦労さまである。
時代は流れ、時代の価値観についていけない人は、どうすればよい?
わたしが尊敬する、上述の元教授は素晴らしい。感謝だけではなく、実践が伴っている。
身近な例で蘇るトラウマ氏は、感謝、感謝と口で、免罪符のように唱えるだけで、自分は何もしない。
それなら、口に出すな、と言いたい。
しかも子育て真っ最中の息子の嫁の手伝いに行く妻を見て、年寄りを使うとはけしからん、と不満たらたら。
手伝わせてもらえるうちがハナ。
妻に自分のことをかまってもらう分が減るのが嫌なら、自分で自分のことぐらいすればいい。
一番良くないのは、感謝もせず、実行もしない人。家族にとっては、、、(書かない)
二番目に良くないのは、感謝を口にし、やろうと思えば出来るが、やらない人。
まあまあなのは、文句を言いながら、自分で渋々実践する人。
ベストは、感謝もしつつ、出来る限り積極的に望まれることを前向きに実践する人。
微妙なのは、求められていることと微妙にズレたことを頑張って実践し、感謝を求めること。困った押し付け。
元教授は、感謝し、尚、前向きに実践という「理想のおじいちゃん」ゴールデン賞に輝く。
してもらうと、かえって二度手間で余計面倒、という「微妙なおじいちゃん」は、どうすればいい?
じっくり観察して、求められる中で、出来ることを実践、出来ないことは、練習するなり助けを乞うなりして、それなりにやる。
そんなかんじでどうだろう?
あるいは、感謝のかたまりになり、神様のように神々しく、神格化するかのごとく、
(馬から落ちて落馬した表現。トリプル神、使いすぎ)
他の全てにおいても包みこむ、居てくれるだけで周りを幸せにしてくれる、まあるいおじいちゃんになる?
息はしているのか、していないのか、気になるところだが。
ちなみに、わたしは、自分の分ぐらいの家事は(最低限度)出来るので、普通のおばあちゃんである。
奥さんが重度の圧迫骨折で家事が出来なくなり、代わりに家事を始めたのが84歳。
ご自身も8年前?に癌を発症。
それまでは洗濯機のスイッチ一つ、触ったことがなかったという、この年代には普通の方。
しかし、今まで当たり前と思っていた家事労働の提供がぴたりと止み、初めて家事をしてくれていた奥さんの有り難みを知り、感謝しておられる。
と、ここまではよくある話。
特筆すべき点は、生まれてこのかた、84年間、家事を全くしたことがない、心身共にカチンコチンの高齢男性が、家事に取り組み、悪戦苦闘されている。
泣き事どころか、今までの感謝と、前向きな家事への実践。
わたしは、この方の柔軟性を尊敬している。
コメント欄では、男子厨房に入らずはもちろん、「戦争に駆り出され戦地で国家を支える男性が、家の中で家事? なにを吐かす? でも先生は偉いです。ワシは金儲けはたっぷりしたので家内は不満はないはず」ともおっしゃる、鼻息の荒い、おじいちゃんもおられる。
日本が戦争をしていたのは、何年前?
そんなことを言い出す男性は、、、?
もうとっくにリタイアし、自由人でしょ?
お金は必要条件ではあるが、今の時代、それを振りかざす神経たるや、、、。
団塊の世代より一世代上の戦中派と、戦後生まれの団塊の世代では、大きく違う。
戦中派女性は、早々とご主人を亡くし、今を謳歌されている。(経済的に問題のない人は)
アタマの中身が丸々戦中派のご主人が、いまだお元気でご存命のオクサマは、ご苦労さまである。
時代は流れ、時代の価値観についていけない人は、どうすればよい?
わたしが尊敬する、上述の元教授は素晴らしい。感謝だけではなく、実践が伴っている。
身近な例で蘇るトラウマ氏は、感謝、感謝と口で、免罪符のように唱えるだけで、自分は何もしない。
それなら、口に出すな、と言いたい。
しかも子育て真っ最中の息子の嫁の手伝いに行く妻を見て、年寄りを使うとはけしからん、と不満たらたら。
手伝わせてもらえるうちがハナ。
妻に自分のことをかまってもらう分が減るのが嫌なら、自分で自分のことぐらいすればいい。
一番良くないのは、感謝もせず、実行もしない人。家族にとっては、、、(書かない)
二番目に良くないのは、感謝を口にし、やろうと思えば出来るが、やらない人。
まあまあなのは、文句を言いながら、自分で渋々実践する人。
ベストは、感謝もしつつ、出来る限り積極的に望まれることを前向きに実践する人。
微妙なのは、求められていることと微妙にズレたことを頑張って実践し、感謝を求めること。困った押し付け。
元教授は、感謝し、尚、前向きに実践という「理想のおじいちゃん」ゴールデン賞に輝く。
してもらうと、かえって二度手間で余計面倒、という「微妙なおじいちゃん」は、どうすればいい?
じっくり観察して、求められる中で、出来ることを実践、出来ないことは、練習するなり助けを乞うなりして、それなりにやる。
そんなかんじでどうだろう?
あるいは、感謝のかたまりになり、神様のように神々しく、神格化するかのごとく、
(馬から落ちて落馬した表現。トリプル神、使いすぎ)
他の全てにおいても包みこむ、居てくれるだけで周りを幸せにしてくれる、まあるいおじいちゃんになる?
息はしているのか、していないのか、気になるところだが。
ちなみに、わたしは、自分の分ぐらいの家事は(最低限度)出来るので、普通のおばあちゃんである。