蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

近大マグロと、ナマケモノ

2018-05-24 | 暮らし
ミニコミ誌の求人広告を見る。
年齢でアウト。
ただし、おそらく、やる気やキャリアで、どうにかなる場合もある。
以前、同じバスに乗っていた人が、たぶん70歳を超えていると思うのだが、求人面接に行く前に落とされてしまう、と嘆いていた。
見るからによく働きそうなおばあさん。
私と真逆の性格、能力だろう。
じっとしてるのが嫌いなんだそうだ。
バスの中での他人同士の会話だが、声も大きいから聞く気がなくても聞こえる。

ダンスも、参加女性から「家に居てもしゃーないから」という声をよく聞く。
でもしかダンスか。
(ダンス「でも」するか、ダンス「しか」することない)
わたしは、そんなことは全然ない。
わりと家に居るのは好きである。
まるまる自由時間。
何をしても自由。
自由を謳歌している。

「退屈じゃない?」と聞かれるが、とんでもない。
すぐに時間が来てしまう。
なんにもしないことの贅沢、有り難みをこころの底から満喫している。
たんに、性格の違いだろうか。

近大のマグロのように、泳いでいないと死んでしまう魚もいれば、生きているのか死んでいるのか、置物なのか、わからないような生物もいる。
動物園で「ナマケモノ」という名前の動物を見て、これ、わたし!と思った。
前世は、蛇でもカエルでもなく、「ナマケモノ」だったに違いない。

パートに出ている、同世代の既婚女性。
偉いと思う。
前述のような求人に応募し、採用され働く。
わたしは、絶対に無理。
わたしの貴重な時間を削るなら、お金は要らない。
全く要らないわけではないが、大きな額のお金は要らない。
決して多くはないパート代にしても、たいして使わなければ、働きに行くよりお金が残る場合もある。
収入を増やさなくても、支出を抑えればよい。

わたしの(ドケチな)目から見ると、みなさん、ぱーぱーとお金を使いすぎ。
もっともっと抑えられるはずだ。
わたしがもし、姑になって嫁の家計に口出ししたとすると(息子は独身だが)、夜な夜なワラ人と五寸釘で嫁に呪われそうだ。

パートに行くための服、交際費、時間がないための既製品購入や外食による食費加算、、、時間をお金で買って、収入はプラマイゼロ。
少しお金が残っても、心身がしんどい。

※同居家族と折り合いが悪く、家に居るのが苦痛だとか、働かなければ収入がなく生活できないとか、そういう類はこの話の限りではない。

居眠りしたい時に居眠りして、お茶を飲みたい時に好きなお茶を飲み、食べたいものを食べたい時に食べる。
楽園、お花畑の世界。
どんどん天国に近づいて行っていると感じる。
もう入り口は過ぎているかも知れない。
第一ゲート、通過。

まだ平均寿命まであと残り四半世紀もあるのに、大丈夫かしら、であるが、大丈夫だろう。
自分で言うのだから本当だ。
たんなる根拠のない楽観的希望だが。

それを何もせずに時間がもったいない、というのか、はたまた至上の幸せか。
ただし、これを書いていながら眠くなって来ている。
少なくとも、安らぎはあっても、アドレナリンは放出されないようだ。

ネジが緩みすぎ、時として、はっとする自分もいる。
その時だけは瞬時、アドレナリンが出ている。
眠気とボケと安らぎと幸せが、同じテーブルに乗っている。
混在する場合もあるが、たまたま大事故やアクシデントには至っていない。

と、作文、佳境に入ってきたところで、母から電話。
ちょっと長い。
またまた何回もかかってきたらどうしよう、と思ったが、今日の母はいたって正常だった。
話の流れから、「なんにもしないのも苦痛やろ? 今日は何をしよう?と空ばっから眺めていても、しんどいだけや。
好きなことをしたいようにするのが、ええよ」と言われ、話が落ち着いた。

さすが、わたしの母だけあり、わたしと同じ考え方をしていると感心。
しかし、わたしのほうが28歳も若い。
母の今の年齢の境地を28年も早くに味わい、達しているのか。

空ばかりは見て過ごさないが、これから、わたし、ボケちゃうんじゃないかしらん?
と、ナマケモノは少し心配になる。