「潮時」って余韻がある言葉である。
わたしが「潮時」という言葉に抱くイメージは、、、
人工的、無理矢理的、MAX頑張り系ではないニュアンスを感じる。
自然体で自然に諦める、衰退する、やめる、、、
時の流れや摂理に逆らわず、自然消滅。
気持ちはやや残るが、執着心はない。
消極的に諦める時の手法?
お付き合いや、事業、ビジネスなんかも、こういうかんじか。
赤字続きだったり、病気したり、資材調達困難が続いたり、、、
持ちこたえようと頑張るものの、そろそろ限界か、、、
やめたいが、やめられない。
やめるキッカケを探している。
それがずっと続いている。
そんなかんじかと。
ちなみに、わたしにも潮時がいずれ来るだろうと感じることはある。
が、まだその時は来ていない。
予感、予想はするが、局面は迎えていない。
ブログに関しては、書くのは楽しみの一つ。
というか、エネルギー発散、ガス抜き、ストレス解消。
生きていくには必要。(→相変わらず大袈裟)
書かないと、何日も髪を洗ってないような、そんなムズムズ感に襲われる。
普通にお箸を持って毎日、何かを食べるかのように、目を瞑って書いている。(→またまた誇張)
お箸がわりに、人差し指くるくる。
なので、まだまだ食欲旺盛で、潮時感覚はない。
多分、気が狂うほど退屈でも、退屈だ退屈だ退屈だ退屈だと書くんだろう。
退屈はしのげると思う。
ただ、気持ちよくスカッと空気が抜けるかというと、そんなツマラナイ内容では自己嫌悪に陥いるだけだけれど。
退屈だから書くのではない。
なので、退屈な時は、それなりに何かしていると想像する。
・・・
潮時、、、それは自分で決めるのではなく、状況がそうさせるように感じる。
自分は潮に身をまかせるのみ。
抵抗はしない。
抵抗したい時は潮時ではない。
ちなみに、今日の記事、そろそろ潮時。
書きたいことをみんな書いて、もうなくなってきた。