蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

モディリアーニとの出会い

2008-09-05 | 展覧
国際美術館は、大阪・中之島にある。
私の事務所とは、目と鼻の先なので、ちょいちょい、出かける。

今回は、モディリアーニ展。
もうすぐ会期も終わるということで、会場は、多くの人がいた。

塾の知人に、ばったりお会いした。
奇遇だ。
軽く挨拶をして、足早に会場内へと向かった。

同時開催の現代アートで、舞踏家、大野一雄氏(当時90歳)を撮影した
作品群が展示されていた。
大野氏は、1906年生まれ、100歳を迎える生涯現役の舞踏家であるが、
一度、仕事でお目にかかったことがある。
凡人の私には、はるか彼方の、宇宙的な方だった。

55歳ぐらいの御婦人2~3人連れの方々・・・
「わぁ~・・いややね~・・・老人って」
と感想を一言。
決して老人の醜さを表現しているのではない、と私は思ったのだが、
彼女にはそう捉えられた。
感じ方、人それぞれ。
しかし、感想は、いちいち大きな声で、口に出さなくてもいいのでは?

目に付いたのは、60歳を軽く越えた御婦人たち。
あちこちで、熱心に鑑賞されていた。
ただ、これまた、ひとつひとつ、感想やら、世間話やらを挟んで
鑑賞(干渉?)されていた方々もいた。
はっきり言って、耳障り。

以前、元友人と美術館に行っていた時期があったが、彼女もそうだ。
熱心に見入っていた、まわりの方々が気になった。
私たち、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、うるさくないかな~と。
なので、美術鑑賞は、ひとりマイペースで観るのが、私流だ。


さてさて、肝心のモディリアーニ・・・
モディリアーニ自身は35歳で早死にしたが、ルックスはカッコよかった。
こんな人が、近くにいたら、めろめろだ。
パリの前衛的な時代を生きた芸術家。
伝統的な価値観から、殻を破ろうと、芸術家たちはパリに集まり、
自由闊達な交流を持ち、自分の世界を築き上げた。

モディリアーニもその一人だが、
成功を収めた展覧会の翌年、短い生涯を閉じた。
二人目の子供を宿っていた妻も、幼い娘を残し
モディリアーニの死の二日後、あとを追った。
悲劇的な生涯。
芸術家一家の不遇の人生を越えて、作品は息を吹き返している。
当時の芸術パトロンがいてこそ、今日に残る作品。
全く理解されない芸術家を支援するのは、
よほどの理解と情熱がないと、できないことだろう。(モチロン、お金も)

褐色に近い肌色が、とても印象的だ。
アフリカやアジアの民族芸術に影響を受け、
彫刻家でもあった特徴を色濃く打ち出した作風。
目の形、色、背景の独特の色に魅せられた。
モディリアーニが、表現したかったもの、追求していたもの・・・・
なにかわからない力に、惹きこまれていく。
芸術家の魂、生きる力と引き換えに、芸術は確立されていく。


いつものごとく、お気に入りの作品のポストカードを数枚買って、
美術館を出た頃は、
空は暗雲立ち込め、夕立の雨に見舞われた。

はるか悠久の東大寺

2008-09-04 | お出かけ
前に来たのは、いつだろう・・・・
12年ほど前だろうか。

あの頃と同じ風景。
全く変わらない。
変わったのは、自分とそのまわり、時間が過ぎ去ったことだけだ。

一口に12年と言っても、なにもないようでも、いろいろある。
いろんなことを思い出しながら、
鹿の大群に驚いたり、
奈良の鄙びた空気に、癒されたり。

目の前に、最近、付き合い始めたばかりの、かわいいカップル。
大仏殿の前で、はいっ、ポーズ! シャッター、パチリ!
「わーーっ。それって、絶対、私、変な顔になってない??」
「なってない、なってないってぇ」
「なってる、なってるってぇ」
真っ黒だけど、かわいい、イマドキの女の子だった。

お線香を焚く二人。
頭に煙をかけながら
「お線香って、無料なん?」と女の子。
私が、お線香を取って、お線香代をお賽銭箱に放り込むと、
「こういうのは、気持ちの問題やからな」と男の子。
お賽銭箱に、ちゃりーん、と彼はいいところを見せる。

若いっていいなぁ。


大仏殿の中では、中学生達が課外授業か、おじさんに案内され
おとなしく見学していた。
まだまだ幼さの残る、あどけない顔,顔、顔・・・
中学1年生かな?
ああいう、毒されていない中学生の集団を見ると、ほっとする。

西洋人の観光客も、ちらほら。
若い男性(学生?)連れもいる。カップルは少ない。
東大寺は、カップルには渋すぎる?

奈良時代の中頃、聖武天皇の発願によって創建された東大寺。
今の建物は江戸時代に建て直された、3度目のものだ。

部屋のお香として楽しむために、お線香を買い求めた。
東大寺にしか売っていない、限定もののお線香らしい。
自宅に戻って、焚いてみると
はるか千年、時空を超えたような、
ほのかに甘い、残り香がした。


静かに落ち込んでます

2008-09-02 | わたし
私は、愛されないキャラだ。
こうだったら、いいな・・・の正反対である。

面倒くさがりが致命的、
究極のお付き合いベタ
気合を入れた時しか、動かない
愛する子供たちには、そっぽを向かれ、片想い
夫は、家族に対しては、なんか、やたら甘々だけど・・・

仕事・・・まるで手抜きの、給料泥棒。

掃除・・・大の掃除嫌い。(いざという時は、プロまかせ)
     うちに毎週、来られる方に、
     「お片付け、お上手ですね」、と言われるが
     実はそこは、使っていない部屋。

食事・・・料理は苦手。創意工夫というものを全くしない。
     料理のセンスがない。
     レパートリーは、独身男性並み。(息子に負けている)
     例えば、栗をいただいた時は、
     作り方をネットで調べ、悪戦苦闘。
     栗ご飯を作って「栗」を消費しようと頑張るものの、
     失敗ぎみで、一人で延々と食べる破目に。
     栗甘露煮も、見事失敗。これも、一人で完食。
     いただき物で、生きつなぐ。
     好きなモノを、好きな時に、好きな量、食べたいな~

親孝行・・・愛を受けるばかりで、こっちから、しない
      いまだに、この年になっても、親に叱られている。

いただきもの・・・いただく一方で、持て余しぎみ。
     (もちろん、お返しはしているが、
      それ以上にいただく、物々交換スパイラル)

要は、一方通行ぎみなのだ。
なににつけ、風通しが悪い。
人、モノ、カネの流通が、よろしくない。

何もしない、なまけもの。
有事に備えて、パワー充電中と、自己弁明している。
有事ねぇ・・・はぁ~っ・・・憂鬱だ。
考えたくない。


クールで、はじけない、沸点の低い自分が、
時として嫌(いや)になる。