雅工房 作品集

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帝の受けた報い ・ 今昔物語 ( 9 - 27 )

2023-07-25 09:39:04 | 今昔物語拾い読み ・ その2

       『 帝の受けた報い ・ 今昔物語 ( 9 - 27 ) 』


今は昔、
震旦の周の武帝(在位期間 560 - 578 )は、鶏の卵を好んでお食べになっていた。食事の度に多くの卵をお食べになるので、その数は、長年積み上がり大変多い数であった。

当時、監膳の儀同(カンゼンのギドウ・宮廷の宴膳を担当する準大臣。)で抜彪(バツヒュウ・伝不詳)という人がいた。国王に、鶏の卵をそつなく膳に供したので、たいそう寵愛を受けていた。
その後、随の文帝が即位( 581 )したが、抜彪はなお監膳として、王への飲食物を同じように差し上げた。

その後、開皇の代( 581 - 600 )に、この監膳は突然死んでしまった。ただ、胸のあたりはなお温かかった。
その為、家の人は不思議に思って、葬儀を行わなかった。すると、三日を経て、監膳は活(ヨミガエ)って語った。「わしは、国王に申し上げることがある。わしを乗り物に乗せて王に会わせてくれ。周の武帝のために冥途のことを伝えたい」と。
家人は、この由を国王に申し上げると、国王は監膳を召し出してお訊ねになった。
監膳は、お答えして申し上げた。「私が死んだ時、最初に見ましたのは、誰かが私を呼んでいました。私はその人に従って、ある所に行きました。そこには穴がありました。私はその穴に入りました。すぐに穴の出口に着きましたが、遙か西の方を見ますと、百余騎の人がいました。その人たちがやってくる様子は、まるで国王を守っているようでした。そして、穴の出口の所まで来ましたのを見ますと、やはり、周の武帝を警護していたのです。私は、『やはり、わが国王だったのだ』と思って、拝礼しました。

すると、武帝が仰せになりました。『お前を呼んだのは、我の事を証言させるためである。お前には、決して罪は無い』と。そして、言い終わるとすぐに穴の中にお入りになりました。わしを連れてきた使者は、わしを引き連れて穴の中に入りました。穴の中には、城があり城門がある。引き連れられて、門を入って庭に出ました。
武帝を見てみますと、一人の気高い人と共に同じように座っていました。ただ、武帝の方が横の人をたいそう尊敬されている様子でした。使者は、わしを引き連れて、武帝と共にいる王(閻魔王)を礼拝させました。王はわしに対して、『お前は、この武帝のために食膳を用意して、前後に差し上げた白団は、どれほどの数か』と詰問なさった。わしは、白団が何のことか分からず、左右を見渡しました。すると、そばにいた人が「鶏の卵のことを白団というのだよ」と教えてくれました。

そこで、わしは思い出しながらお答えした。『武帝が白団をお食べになられましたが、その正しい数は記録しておりません』と。
王は、武帝に対して、『監膳は、白団の数を記録していない。されば、速やかに帝自身が、その数を出されよ』と申されると、武帝は、悲しげで、情けなさそうな顔をなさって立ち上がりました。
見てみますと、庭前に、一つの鉄の床がありました。獄卒も十数人やって来ました。全員が頭は牛で身体は人間という姿です。これを見ると身が震えるほど怖ろしかった。
武帝は、すぐにその所に連れて行かれ、床の上に寝かされました。獄卒は、前後に立って、鉄の梁のような物で武帝の身体を押しました。すると、押された武帝の両脇が裂けました。そして、その避けた所から鶏の卵がこぼれ出てきました。その数は、十余石ほどでした。

その時、王は冥官に命じて、これを数えさせ、それが終ると、鉄の床並びに獄卒は見えなくなりました。
武帝は、また立ち上がって、本のように王がいる座にお登りになられました。
王はわしに、『お前は、速やかに還れ』と仰せられました。すると、役人がやって来て、わしをその場から引き出して、前の穴の口に連れて行きました。そこに武帝がやって来て、『お前は還って、速やかに我のこの苦しみを聞かせよ。大随の天子は、昔、我と共に倉庫を管理していた時に、玉や絹を我も我が物にした。我はいま、皇帝の身となり、仏法を滅ぼしたため、大いなる苦しみを受けている。我のために、善根を修めるように』と仰せになりました」
と申し終わると、文帝は、これを聞いて、慈悲の心が生れ、天下の人に命じて、人ごとに一枚の銭を布施させて、かの武帝のために、追福の善根を修しされた。

されば、世を治めるほどの人は、心に任せて殺生を行ってはならない。後世の苦しみは、極めて耐えがたいものである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆       


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