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正雄くんは、少し緊張していました。
家族全員でお出かけすることはよくあるのですが、展覧会に行くことなどあまりなかったからです。それも、自分の絵が張り出されている展覧会なので、いつものように、はしゃいだ気持ちにはなれないのです。
夏休みの宿題で描いた絵を、先生がとてもほめてくれて、学校の代表者の一人として出品してくれたのですが、それが優秀作品に選ばれたのです。
正雄くんは、小さいころから絵を描くのが好きだったのですが、お姉ちゃんの方がずっとうまいので、自分の絵が上手に描けているとは思っていなかったのです。
今度の展覧会には、お姉ちゃんも学校の代表に選ばれたのですが、入選したのは正雄くんの作品だけでした。それで、ほんとうは、ちょっと自慢なのですが、やはり恥ずかしい気持ちもあって、落ちつかないのです。
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商工会館という大きな建物の中にある会場には、部屋いっぱいに絵が張り出されていて、たくさんの人が来ていました。ほとんどが親子連れで、たぶん正雄くんたちと同じように、入選した子供の絵を見に来ているようです。
学年ごとの入選作品が並んでいる奥に優秀作品が張られていて、さらにその奥には最優秀作品が張り出されています。
最優秀作品は、中学三年生の人と小学五年生の人が選ばれていましたが、中学三年生の人の絵は、「まるでプロの作品みたいだ」と、お父さんは感心していました。
そして、その次の優秀作品の中に正雄くんの絵がありました。学年ごとに二人ずつくらいが選ばれているようで、最優秀作品よりずっとうまいと思われる絵や、小学一年生の子の画用紙からはみ出しそうに描かれている絵もあります。
「マーくん、すごいねぇ」
お姉ちゃんが、頬を真っ赤に染めて正雄くんの顔をのぞきこみました。
正雄くんは、お姉ちゃんがあまりに顔を近づけるので恥ずかしくなりましたが、同時に、とてもうれしかったのです。それは、正雄君だけが優秀賞をもらうことになり、もっと上手なお姉ちゃんが駄目だったので、きっとお姉ちゃんは怒っていると思っていたからです。
でも、お姉ちゃんは、自分のことのように喜んでくれているのです。
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会場を出たあと、正雄くんたちはレストランに入りました。家族でときどき行くファミリーレストランですが、いつもとは別のお店です。
正雄くんの家族は、お父さんとお母さん、それにお姉ちゃんと正雄くんの四人です。お姉ちゃんは道子という名前で、正雄くんより二つ上で小学五年生です。
四人はメニューを見ながら注文するものを考えました。正雄くんは、いつもハンバーグか海老フライを選ぶのですが、お姉ちゃんは、いつも注文するものが違います。これまで食べたことがないものを見つけると、必ずそれを注文します。どこのお店ででもそうするのです。ときどきは、辛すぎたり気味が悪いものがあったりするので、その時はお母さんかお父さんに交換してもらうことになります。
正雄くんは、変わったものは食べないことにしています。
この日も、お姉ちゃんが注文するものを決めるのに、一番時間がかかりました。
ようやくお店の人に注文することが出来たあとは、話題は正雄くんの絵のことについての話になりました。この時も、お姉ちゃんは、しきりに正雄くんの絵をほめるのです。
「正雄の絵は確かにすばらしいけれど、他にも良い絵がたくさんあったよ。優秀賞になっていない作品にも、実によく描けている作品があったよ」
お父さんが、お姉ちゃんに逆らうような言い方でお姉ちゃんの顔を見ました。
「ええ、でも、マーくんのが一番よかったよ」
「ミッちゃんは、マーくんの絵がよほど気に入ったのね。でも、ほめすぎじゃない?」
今度はお母さんがうれしそうな顔で、話に加わりました。
「そうじゃないわ。他にも良い絵はたくさんあったけれど、マーくんの絵にはかなわないわ。マーくんが絵が上手なことは知ってたけれど、みんなのと比べると、あんなに目立つなんて考えことがなかったわ。
だって、マーくんの絵、画用紙からあふれ出てくるみたいだったわ。色がすごいのよ。ねえ、そうだったでしょう」
お姉ちゃんは、お父さんとお母さんの顔を交互に見ながら熱心に話しています。正雄くんは、何だか変な気持ちです。うれしいのと恥ずかしいのとが入り交じったような気持ちです。お姉ちゃんにほめられることなど、これまであまりなかったからです。
「なんたって、色の使い方がすごいのよ。激しくって、それでいて、とても優しいの。畑いちめんの野菜の色や、空の色や、遠くの山の色が、画用紙からあふれてくるみたいに膨らんでいるの・・・。上手な絵はたくさんあったけれど、マーくんみたいにすごい絵は他にはなかったわ」
お姉ちゃんは、ますます力を込めて正雄くんの絵をほめるのです。
食事中ずっと話題は正雄くんの絵のことでした。正雄くんは、うれしい気持ちと恥ずかしい気持ちを半分ずつ感じながら、食事の間とっても幸せな気持ちでした。