雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

今昔物語 巻二十六 ご案内

2016-02-02 14:36:57 | 今昔物語拾い読み ・ その7

           今昔物語 巻二十六 ご案内
 

巻二十六は、全体の中の位置付けとしては、「本朝世俗部」の一部に当たり、諸国の奇談異聞を収録しており、全二十四話から成っています。
本朝世俗部は、巻二十一から始まっているとされますが、巻二十一が欠巻のため実質的には巻二十二が始まりとなり、以後巻を重ねるにつれて地方色、民間色が強くなっていますが、全体としては、やはり仏教的な考えが色濃く反映されていることに変わりはありません。
本巻は、読み物として興味深いものが多いと思われます。

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鷲にさらわれた赤子 ・ 今昔物語 ( 巻 26-1 )

2016-02-02 14:35:35 | 今昔物語拾い読み ・ その7
        鷲にさらわれた赤子 ・ 今昔物語 ( 巻 26-1 )

今は昔、
但馬国七味郡川山の郷(サト)に住んでいる人がいた。
その家に一人の赤子がいて、庭ではいはいをして遊んでいた。
ちょうどその時、鷲が空を舞っていたが、庭で遊んでいる赤子を見つけて、急降下してきて赤子をつかみ取って大空に舞い上がり、そのまま遥か東に向かって飛び去って行った。
父母はこれを見て、泣き悲しんで、追いかけて取り戻そうとしたが、遥か遠くに飛んで行ってしまったため、どうすることも出来なかった。

その後、十余年ほど過ぎた頃、この鷲にさらわれた赤子の父親が用事があって、丹後国加佐郡に行き、その郷のある人の家に宿を取った。
その家に幼い女の子が一人いた。年は、十二、三歳ほどである。
その女の子が大路にある井戸に行き水を汲もうとしていたが、この宿を借りた但馬国の者も足を洗おうとしてその井戸へ行った。
そこでは、この郷の幼い女の子たちがたくさん集まって水を汲んでいたが、この宿を取った家から来た女の子が持っていたつるべを奪い取ろうとした。女の子はそれを拒み奪われまいとして争いになったが、郷の女の子たちは一緒になって宿の女の子をののしり、「お前は、鷲の喰い残しのくせに」とさかんにはやし立て、ぶったりした。
女の子は、ぶたれて泣いて帰った。但馬の者も宿に帰った。

その宿の主人が帰ってきた女の子に、「なぜ泣いているのか」と尋ねたが、女の子はただ泣くばかりでその理由を語ろうとしない。
それで、但馬の者は自分が見ていた様子を話し、「どうして、この女の子のことを『鷲の喰い残し』などというのですか」と尋ねた。
主人は、「実は、いついつの年のいついつの月のいついつの日に、鷲が鳩の巣に何か落としましたが、やがて赤子の泣く声が聞こえてきましたので、その巣に近付いて見たところ、赤子がいて泣いていたのです。さっそく取り下ろして、養ってきましたのがあの子なのです。郷の小娘たちがそれを伝え聞いて、ああ言っていじめるのです」と答えた。

但馬の者はこれを聞き、「自分が先年、わが子を鷲にさられたこと」を思い出し、思いめぐらしてみると、宿の主人が語る「いついつの年のいついつの月のいついつの日」というのが、但馬国で鷲にさらわれた日とぴったり当たるので、「それでは、わが子なのではないか」と思い、「それで、その子の親だという者のことを聞いたことがありますか」と尋ねた。
「これまで、そのようなことは全くありません」と宿の主人が答えた。
「実は、そのことでございますが、あなたのお話を聞いて思い当たることがございます」と但馬の者は、鷲にわが子をさらわれたことを話し、「この子は、私の子に違いありません」と言った。
宿の主は、大変驚き、女の子と見比べてみると、その女の子と但馬の者は全くよく似ていた。

「なるほど、ほんとうのことらしい」と宿の主人は但馬の者の話すことを信じ、その哀れな出来事に感じ入った。
但馬の者も、然るべき因縁があって、ここに来ることになったのだと繰り返し話して泣き続けた。
宿の主人は、深い因縁があってこそ、このように廻り合うことが出来たのだと感動し、惜しむことなくその子を返してやった。
しかしながら、「私もまた、この子を長年育ててきたからには、実の親と同じです。ですから、二人がこの子の親となって育てるべきです」と宿の主人は述べ、共に了承し合った。
それから後は、この女の子は但馬にも行き来して、共に親ということになった。

これは、実に稀に見る不思議なことである。
鷲が即座に食い殺してしまいそうなのに、生きたまま鳩の巣に落としたというのは、稀有のことと言える。これも、前世の宿報(シュクホウ・前世から定められた宿命)によるものであろう。
父子の宿命というものはこういうものなのだ、
と語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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蕪にまつわる奇談 ・ 今昔物語 ( 巻 26-2 )

2016-02-02 14:34:19 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          蕪にまつわる奇談 ・ 今昔物語 ( 巻 26-2 )

今は昔、
京より東国に下る男がいた。
いずれの国かいずれの郡かは知らないが、ある郷に通りかかったところ、にわかに激しい淫欲に襲われ、女のことが気が狂わんばかりに頭に浮かび我慢出来ない状態になっていたが、大路の辺りにある垣根の内を見ると、青菜というものが今が盛りとばかりに生い茂っていた。十月の頃なので、蕪(カブラ)の根は大きくなっていた。
この男、急いで馬から下りるとその垣根の中に入り、蕪の根の大きなものを一つ引き抜いて、刀で細工を為し、それで事を清ませた。そして、それを垣根の中に放り込んで、行ってしまった。

さて、その後、その畑の持ち主が青菜を収穫するために下女どもを大勢連れて、また幼い自分の娘などを連れて畑に行き 青菜を引き抜いていたが、年の頃十四、五歳ばかりのまだ男も知らぬ娘が、一人で垣根の辺りを遊び歩いているうちに、例の男が投げ込んだ蕪を見つけた。
「ここに穴を彫った蕪があるわ。何かしら」などと言って、しばらくもてあそんでいたが、ひからびたこの蕪をかき裂いて食べてしまった。
そのうち、主人は下女どもを引き連れて帰って行った。

その後、この娘は気分がすぐれないようで、食欲もなく、病気らしく思われたので、父母は「どうしたのだろう」と心配していたが、月日が経ってみると、何と懐妊していたのである。
父母は大変驚き、「一体どういうわけだ」と娘を問い詰めたが、「私は、男のそばに寄ったこともありません。ただ、おかしなことと言えば、これこれの日にこんな蕪を見つけて食べたことがあるの。その日から体の調子が変で、このようになってしまったの」と娘は答えた。
両親は納得がいかず、一体どういうことなのだと、いろいろ尋ねてみたりしたが、家の使用人たちも「お嬢さんが男のそばに寄っているのを見たこともありません」と言う。
両親は不思議に思いながらも、日は過ぎて行き、いつしか月満ちて、娘はとても穏やかに玉のような男の子を産んだのである。

こうなればどうしようもなく、両親は生まれた子を養い育てていたが、かの東国に下った男は、その国で数年過ごして帰京することになり、大勢の供を引き連れて帰ってくる途中、その畑の所を過ぎようとしたが、この娘の両親も前の時のように、ちょうど十月の頃であり青菜を収穫しようと、使用人どもと共に畑にいた。
すると、かの男は垣根の辺りを通りながら、他の者と大きな声で話していたが、「そう言えば、先年、東国に下った時にもここを通ったが、やたらに女が欲しくなり、とても我慢が出来ず、この垣根の中に入り大きな蕪を一つ取って、穴を彫って思いを遂げて、それを垣根の中に投げ込んだことがあった」と話したのである。

娘の母は垣根の内でこの話をはっきりと耳にすると、かつて娘が言ったことを思い出し、そうなのかと思い当り、垣根から走り出し、「もうし、もうし」と呼びかけた。
男は、自分が蕪を盗んだと言ったことを咎められたのだと思い、「いや、今のは冗談だ」と言って逃げ出そうとしたが、母は「とっても大事なことがあります。ぜひとも聞かせてほしい事があります。どうぞお話しください」と泣かんばかりに言う。
その様子に男は、「何かわけでもあるのだろう」と思い、「別に隠さなければならないほどのことでもありません。また、私自身、それほど重い罪を犯したとも思えません。ただ、凡夫の身でございますので、これこれの事をしてしまったのです。それを話しのはずみで口にしてしまったのです」と言うと、これを聞くと母は涙を流し、泣く泣く男の手を取り家に連れて行った。
男は不審に思いながらも、母の強い意志に引かれて、家へ行った。

そこで、母は、「実は然々の事(シカジカノコト)がありましたので、その生まれた子とあなたとを見比べようと思うのです」と言い、子を連れてきて見てみると、男と露ほどの違いもないほど似ていたのである。
男も、深く心に打たれ、「なるほど、このような宿世もあるものなのですねぇ。さて、どのようにしたらいいでしょうか」と言うと、母は、「もはや、どのようにでも、あなたのお心次第に」と答え、その子の母を呼び出して対面させた。
その女性は、身分は低いながらまことに清らかで美しい。年は二十歳ばかり、子も五、六歳ほどでとても可愛らしい男の子である。
二人の姿を見て男は、「私は京に帰ったところで、これといった父母も親戚もいない。それに、このような深い因縁があるのだ。この人を妻にして、此処に留まることにしよう」と固く決意した。
そして、そのままその娘を妻にして、そこに住むことにした。これは、まことに珍しいことである。

されば、男女はたとえ交わることがなくとも、かかるようなことがあれば子供が生まれるものだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆
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大水に流された少年 ・ 今昔物語 ( 巻 26-3 )

2016-02-02 14:32:33 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          大水に流された少年 ・ 今昔物語 ( 巻 26-3 )

今は昔、
美濃国に因幡河(イナバノカワ・長良川の古称)という大きな川がある。雨が降って水があふれる時には、はかり知れないほどの大洪水を起こす川である。
そこで、その川の近くに住む人々は、洪水の時に備えて、家の天井を丈夫に造り、板敷の床のように固く板を張っており、洪水になるとその上に登り、そこで作業や食事などもしていたと言う。
男は船に乗ったり泳いだりして用を足しに出かけるが、幼い者や女たちはその天井に残したままである。下々の者は、その天上の事を**(欠字。「ツシ」とも)と呼んでいた。

さて、二十年ほど経った。(何から二十年経ったのか、説明されていない)
その因幡河が大洪水を起こした時、ある家の天井の上に女二、三人、子供四、五人を登らせておいた。家に入ってきた水がまだ少ない間は、柱の土台も浮き上がらなかったが、水が天井を越え、さらに水かさが増えてくると、どの家も残らず流されてしまい、多くの人が亡くなってしまった。
ところが、この女と子供が登っていた家の天井は、他の家よりも特に頑丈に造っていたので、柱は土台とともに残り、屋根と天井とだけは壊れもしないで船のように流れて行った。
高い山に逃げ延びて見ていた者たちは、「あの流されて行く者たちは助かるだろうか。一体どうなるのだろう」と言いあっていた。

そのうち、天井で煮炊きをしていたが、その火が強風にあおられて屋根の板に吹き付け、勢いよく燃え上がった。天井にいた者たちはわめき叫ぶが、どうすることも出来ない。
それまで、水に流されて溺死してしまうだろうと思っていた者たちが、この様子を見ていたが助けに行く者もなく、瞬く間に火は燃え尽きて、全員焼け死んでしまった。

「水に流されながら焼け死ぬなんて、何とも不思議で珍しいことだ」と、なす術もなく見ていると、天井にいた十四、五歳ほどの子供が一人、火を逃れて水に飛び込んだ。しかし、流れは早く流されて行く。
「あの子は、火の難からは逃れたが、とうてい助かりそうもない。結局、水に溺れて死ぬ宿命を持っていたのだろう」などと言いあっているうちにも少年は流されて行ったが、草よりも短くて青い木の葉が水面に出ているのに手が触れたので、それを掴むと、それに引っ張られて流されなくなった。
その木の葉はしっかりしているようなので、少年はその手ごたえに力を得て探ってみると、「木の枝だ」と感じられたので、その枝をしっかりと掴んでいた。

この川は、大水が出るかと思うと、すぐに水が引く川なので、少しずつ水が引いていくにつれて捕まえていた木が次第に姿を現してきた。
そして、枝の股が現れたので、そこにきちんとまたがり、「水がすっかり引けば、こうしていれば助かるに違いない」と思っているうちに、日が暮れて夜になった。辺りは真っ暗になり何も見えなくなったが、その夜はこのまま明かし、「水が引いたら木から降りよう」と思ったが、夜はなかなか明けず待ち遠しく思っているうちに、やがて夜は明け日が昇ってきた。
そこで下を見ると、目も届かない雲の上に居るような心地がするので、「どうしたことだろう」と目を凝らして見下ろすと、遥かな高い峰の上から深い谷に向かって傾いて生えている木のてっぺんに居たのである。その木は、高さは十丈(約三十メートル)ほどもあり、幹には枝もなく、てっぺん近くに僅かに小枝があるばかりで、少年はその小枝にしがみついていたのである。

少しでも体を動かせると、小枝はゆらゆらと揺れるので、「この枝が折れると自分は落ちてしまってこの身は砕けてしまうだろう」と思うと、どうしようもなく心細く、幼心ながら観音を念じ奉って、「なにとぞ私を助けてください」と声をあげて叫んだが、すぐに聞きつけてくれる人もいない。
「水の難を逃れようとすると、火の難に合った。火の難を逃れようとすると、このような遥かに高い木から落ちてこの身は砕けて死んでしまう。何と悲しいことか」と思っていると、少年の叫ぶ声をかすかに聞きつけた人が、「あの声は何だ」と捜し求め、木の枝にしがみついている少年を見つけた。
「あそこにいる子は、昨日川の中で焼けた家の中にいた者のうち、天井より落ちて川に流された子のようだ。どうして助けてやればよいだろうか」と人々は言い合ったが、手段が見つからない。

木の幹を見ると、枝はなく手をかける所もない。十丈ほどもある大木のてっぺんであるし、足場を組んで降ろすことも出来ない峰なので、思い悩んでいるうちに、これを聞きつけた人も多く集まってきた。
ああだこうだと意見を交わしてみたところで、これといった方法は出て来ない。
すると、木の上から少年が叫んだ。
「もう少しで、いやでも落ちてしまう。どうせ死ぬのなら、網をたくさん集めて、それを張って受けてくれ。『もしかすると助かるかもしれない』ので、それに向かって飛び降りるから」と。
集まっている人たちは、「それはいい思いつきだ」と言って、その近くにある網をたくさん持ち寄ってきて、重ねて強くした網を高く張り、さらにそれを支えるために幾重にも網を重ねて張った。

少年は、観音を念じ奉り、足を離して網に向かって飛び降りると、その体はふりふりと舞いながら落ちて行ったが、その時間の長かったこと。
仏の御利益なのであろうか、うまく網の上に落ちたのである。人々がそばに駆け寄ってみると、気を失って動かないので、そっと下に降ろして手当を施すと、一時(ヒトトキ・二時間ほど)ほどで息を吹き返したのである。
まことに、九死に一生を得た者といえる。次々と堪えがたい目に遭いながら命を全うしたのには、きっと前生の宿報が強かったからであろう。このことを聞いた人は、隣国の者までが不思議なことだと思った。
これを思うに、「人の命は、どのようなことでも、すべて宿報によるものなのだ」と人々は言いあった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆





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指貫のくくり紐 ・ 今昔物語 ( 巻 26-4 )

2016-02-02 14:31:37 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          指貫のくくり紐 ・ 今昔物語 ( 巻 26-4 ) 

今は昔、
大学頭藤原明衡(ダイガクノカミ フジワラノアキヒラ・1066年七十八歳で没。出雲守、文章博士など務めたが、従四位下が最高位と藤原氏としてはあまり恵まれていなかった)という博士がいた。その人がまだ若い頃、しかるべき所に宮仕えしていたある女房と深い仲になり、ひそかに通っていた。

ある夜、その女房のもとを訪れ、局に入り込んで寝るつもりであったが都合が悪くなり、その屋敷の近くの下賤の者に、「お前の家に女房を呼び出し、そこで寝させてほしい」と頼み込んだ。
たまたま家の主人の男は留守をしており、妻が一人でいたが、「お安いことです」と了承したが、何分狭くて小さな家なので、自分が寝る所以外に寝る場所などなかったので、自分の寝場所を提供した。
そこで、この女に女房の局の畳(ござの上等の物)を取って来させ、それを敷いて、そこで明衡と女房は共寝した。

ところで、その家の主人の男は、かねてから、「自分の妻がほかの男とひそかに通じている」と聞いていたが、「その間男は、今夜きっとやってくるはずだ」と告げる者があったので、「何としてもその現場を押さえて、その男を殺してしまおう」と思い、妻には遠くに出掛けて四、五日は帰らないと言っておき、出かけたふりをして様子を窺っているところだったのである。

そのような事とはつゆとも知らず、明衡は女房と共にすっかり打ち解けて寝ていると、真夜中頃になって、この主人の男がひそかにやって来て家の中の様子を立ち聞きすると、男と女がひそひそと話し合っている気配が伝わってきた。
「やっぱりそうであったか。聞いていた通り本当だったのだ」と思い、足音を忍ばせて家の中に入り、聞き耳を立てると、自分の寝所の辺りで男と女が寝ている様子である。
暗いのではっきりとは見えないが、主人の男はいびきのする方にそっと近寄り、刀を抜いて逆手に持ち、腹の上と思しき所を探り当て、「突き刺そう」と腕を振り上げたちょうどその時、屋根板の間から差しこんだ月の光が、指貫のくくり紐が長く垂れ下がっているのが目に入った。
「わしの妻のもとに、このような指貫を着た人が間男として来るはずがない。もし人違いなら、とんでもないことになる」とためらっていると、たいそう良い香りが漂ってきたので、「やはり、人違いだ」と手を引っ込め、着ている衣をそっと探ってみると、手触りも柔らかである。

その時、女房が目を覚まし、「そこに誰かいるようですが、どなたなのですか」と忍びやかに言う声は柔らかで、自分の妻の声ではなかった。
「やっぱりそうだった」と主人の男が後退りすると、明衡も目を覚まし、「誰だ」と誰何すると、隅の小部屋で寝ていた男の妻もその声を聞きつけて、「昼間、夫の様子がどこかおかしくて、それでもどこかへ出かけて行ったのだが・・。もしかすると、そっと帰って来て人違いでもしたのだろうか」とも思ったが、飛び起きると「お前は何者か。泥棒か」などと喚き立てた。
その声が妻の声であることに気付いた男は、「さっきの女はわしの妻ではない。他の人たちが寝ていたのだ」と確信すると、その場から逃げ出し、妻が寝ている小部屋に入り、妻の髪を引き寄せ、小声で、「これはどうしたことか」と尋ねた。
妻は、「思っていた通りだった」と思いながら、「あそこは、高貴なお方が今夜だけと言って借りに来られたのでお貸しして、私はここに寝ていたのよ。とんでもない過ちをするところだっね」と答えた。

この頃には明衡も騒ぎに気付いて、「いったい何事だ」と声をかけた。
その声で主人の男は声の主が誰であるかに気付き、「私めは、甲斐殿の雑色(下働き)何々丸と申す者です。御一門の殿がおいでになられているのを知らず、あやうくとんでもない過ちをしてしまうところでございました」と謝った。
そして、「実は、しかじかの事がありまして、ひそかに様子を窺っていましたところ、寝室のあたりで男女の気配がしましたので、『案の常だ』と思いまして、そっと近づき、刀を抜いて腕を振り上げましたところ、幸いなことに差しこんだ月の光に御指貫のくくり紐を見つけ、『私らごときの妻のもとに、間男とはいえこのような指貫をつけた人が来るはずがない。人違いだと大変なことになる」と思い止まりました。もし、御指貫のくくり紐を見つけませんでしたら、とんでもない大事を引き起こしていました」と話した。
これを聞いて明衡は、肝も心も抜けたようになり、ただあきれるばかりであった。

この甲斐殿というのは、明衡の妹の夫で、藤原公業という人であった。
この家の主人の男は、甲斐殿の雑色なので、よく明衡の屋敷に使いに来ていたので、しじゅう顔を合わせていた男であった。まことに思いがけないことに、指貫のくくり紐のおかげで、実に危い命を全うしたものである。
「人は、忍ぶこととはいいながら、下賤な者の家などに立ち寄ってはならぬものだ」と、これを聞いた人々は言いあった。
但し、これもまた前世からの報いである。死なぬ報いがあったからこそ、身分の低い下郎であったが、あのような思慮をめぐらしたのである。もし、死ぬべき報いがあったなら、思慮をめぐらすことなどなく、突き殺してしまっていたであろう。
されば、すべてのことはみな宿報によるものと知るべきだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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継子と継母(1) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

2016-02-02 14:30:33 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          継子と継母(1) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

今は昔、
陸奥の国に権勢と財力を有している家に兄弟がいた。
兄は弟より何事につけ勝っていた。彼はその国の介(スケ・国府の次官)として政務を執り行っていたので、国府の館に常駐していて、自宅にいることは稀であった。自宅は館より百町(10kmほど)ばかり離れていた。通称は太夫介(タイフノスケ)と呼ばれていた。

その大夫介が若い頃、子供がいなかったので自分の財産を譲る者がいないことを残念に思い、ひたすら子供を願っているうちにいつしか年老いてしまった。妻の年も四十を過ぎてしまったことから子供を諦めかけていたが、思いがけず妻が懐妊したのである。
夫婦ともども大喜びしているうちに、月満ちて端正美麗な男の子が生まれた。父母はこの子をとても大切にして、目を離すことなく養育していたが、その母は間もなく死んでしまった。
嘆き悲しむことたいへんなものであったが、どうすることも出来ない。

父の大夫介は、「この子が物心がつき一人前になるまでは、継母は迎えまい」と言って、後妻を娶ろうとしなかった。
また、この大夫介の弟にも子供がいなかったうえ、甥にあたるこの子がとても可愛かったので、「わしもこの子を我が子と思おう」と言うので、兄も、「母がなく、わし一人でこの子を育てているが、多忙のためいつもそばにいてやれないことが気になっていた。お前がわしと同じように可愛がってくれればとてもありがたい」と言って面倒を見させたので、弟はその子を自分の家に引き取って大切に養育した。
こうしているうちに、その子は十一、二歳にもなった。成長するにつれて、容姿が美しい上に性格も良く、わがままは言わず、学問の理解力にも優れていたので、実父の兄も養育している弟も寵愛するうえに、使用人たちもこの子を可愛がりかしずいていた。

さて、そのような日が過ぎていたが、この国のちょっとした家柄の者で、夫に先立たれた女がいた。大夫介が妻を亡くしていることを聞いて、「お子様のお世話がしたい」と仲介人を立てて熱心に申し入れてきた。
大夫介は、女の熱心過ぎる心があさましく怖ろしく感じられたうえに、自分も多忙でほとんど家に居ないので、「妻の必要はない」と聞き入れなかった。しかし女は、「『ぜひとも妻にしていただきたい』と申しますのは、私にも娘が一人おりますが、男の子がいないので、老い先の頼りの為にそのお子様のお世話をしたいと思うからです」と言って、押しかけてきた。
そして、一心にこの子を可愛がったので、大夫介は「怪しいものだ」と思い、しばらくは女を寄せ付けなかったが、独り身の男のもとに夫を喪った女が入り込んで、強引に家事いっさいを取り仕切ったので、いつしか諦めて夫婦の契りを結んだ。
その後は、いっそうこの子を可愛がり、とても良い継母のように見えたので、大夫介も「これなら、もっと早く後妻に迎えればよかった」と思うようになり、家事全般を任せるようになった。
女には、十四、五歳ほどの娘がいたが、女が我が子をたいそう可愛がるので、大夫介もその娘を我が子同様に可愛がるようになった。

こうして、この子が十三歳になった年、継母となった女は夫の財産をすべて自由にできるようになっていたが、同時に、「夫はすでに七十歳になり、今日明日とも知れぬ命だ。この男の子がいなければ、莫大な財産すべてが我が物になるのに」と思う気持ちが強くなっていった。(この辺り、欠文があり、個人的な文章を加えた)
そして、「この男の子を亡き者にしよう」との思いを固めたが、なかなかいい方法が思いつかなかったが、新参の郎等の中に、思慮が浅く、人の言いなりになりそうな男が目についた。そこで、この男を特別に可愛がり、良い物があれば与えたりしたので、男はすっかり喜び、「生きるも死ぬも仰せに従います」と言うようになった。

その男をさらに手なずけているうちに、大夫介が公務で国府の館に詰め切りになり、家に帰らない日が続いた。
継母は、その男を呼び寄せて、「ここには多くの郎等がいるが、思うことがあって、お前に特に目をかけてやっているのを承知しているか」と言うと、その男は、「犬や馬でさえ可愛がってくれる人には尾を振ります。まして人であれば、ありがたいご恩には嬉しく思い、つれない仕打ちには恨めしく思うのが当たり前です。私めへのご恩情の代わりには、生きるも死ぬも仰せに従う覚悟です。その他のことは申すまでもなく、どんなことでも仰せに従い、背くことなどございません」と言った。
継母はこれを聞いて喜び、「私が思っていた通りの頼れる男であった。これからも頼りにしているので、そう心得ておいてほしい」などと念を押し、「今日は吉日だから」と言って、娘の乳母の子にあたる女を娶せた。
この男には本妻がいたが、「出世の手蔓が出来た」と大喜びをした。
                                            ( 以下、(2)に続く)

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継子と継母(2) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

2016-02-02 14:29:43 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          継子と継母(2) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

 ( (1)より続く )

大夫介の後妻に入り男の子の継母となった女は、目を付けていた郎等の男を完全に手なずけた後で、その男に娶せた女からその男に、「今はすっかりあなたを頼りにしているので、思ってい事を何もかも打ち明けなければなりません」と言わせた。
男は「それこそわしが望むところだ」と答えたので、妻となった女は夫の心を十分に引き付けておいて、「実は、私がお育てしている姫様は、性質も良く物の道理をわきまえておられ、とても情け深い方なので、この先も幸せに恵まれることでしょう。実の父上に先立たれてからは、とても心細い日を送られましたが、ここの大夫介殿が母上を迎えられてからは、然るべき前世からの契りがあったのでしょうか、姫様をとても大切にされていて、『わしが生きているうちに夫を持たせよう』と申されていて、それも今日か明日かに迫っています。そこで、『この大夫介殿の財産を、分けることなく姫様に渡るようにしてあげれば、お前様の世となるだろう』と思うのですが、どうすれば良いのでしょうか」と言った。

夫は、妻の話を聞くと不敵な笑みを浮かべて、「お前は、たいそう難しいことのように、そして大事かのように言うものだ。そんなことは、わしの決心次第だ。奥様さえお許しくだされば、誰がやった事とは分からぬように片づけてやるが、そうなれば、あの莫大な財産はどうされるのかな」と答えた。
妻は、「ほんとにねぇ。奥様もその事を考えておられることでしょう」と言うので、夫は、「それでは、うまく奥様に伝えてくれ」と言うと、妻は承知した。

翌朝早くに二人は継母のもとに行き、話があるような素振りをした。継母は、もともと自分が画策したことなので、すぐに察して人気のない所に呼び寄せて、雑談でもするかのようにして話を聞く。
男は、いかにも自分が思いついたことのように話した。「ふつうにお仕えしていた時でさえ、深いご恩情をいただきましたことをとてもありがたく思っていましたのに、この女人まで頂戴しましたので、『何とか奥様のお役に立ちたいもとだ』と前々から考えておりましたところ、『あの若君さえ居られなければ、姫様の御為にきっと都合が良いだろう』と思い至りました。お許しをいただければ、今日などはお屋敷の人も少ないので、実行に移りたいと思うのですが、いかがでしょうか」
継母は、「これほどまで親身に思ってくれていたとは、思いもよりませんでした。本当に頼りになる方です」と言って、上に着ていた衣を脱いで与え、「では思うようにしてください。だが、どのようにやるのか」と聞くと、男は、「これほどよく考えた上で申し上げていますので、失敗などいたしません。ただお任せいただいて、ご覧になっていてください」と言って、その場を離れていった。

継母はうまくいったと思うものの、胸騒ぎを押さえられないでいたが、男が外に出てみると、ちょうど若君は一緒に遊ぶ仲間がおらず、小弓と胡録(ヤナグイ・矢を入れる武具)を持って一人でやって来た。男はその姿を見つけてひざまずくと、若君は駆け寄ってきて、「某々丸を見かけなかったか」と、いつも一緒に遊ぶ子供のことを尋ねた。
男は「その子は親と一緒に遠くに行ったと聞いています。若君は、なぜ寂しそうに一人で歩いているのですか」と言うと、若君は「仲間を捜しているのだが、一人もいないのだ」と答えた。
男は「それでは一緒においでなさい。叔父様(大夫介の弟)の所へ連れて行ってあげましょう」と言った。若君は無邪気にうなずいて、「母上に申し上げてくる」と言うのを、「他の人には言わないで、そっと参りましょう」と男は言う。

若君が嬉しそうに走って行く後ろ姿は、髪がふさふさと揺れて可愛げなのを見ると、可哀そうで害することをためらったが、奥様に頼もしく思ってもらう爲だと心を鬼にして、馬に鞍を置いて引き出してきた。
男は「この子に刀を突き立てたり、矢を射て殺すのはあまりに可哀そうだ。野原に連れて行って、穴を掘って埋めてしまおう」と思って、弓矢を持って、下人も連れず、白い馬の手綱を引いて待っていると、若君は小さな胡録を背負って走り出てきて、「母上は、『早く行きなさい』と言っておられたよ」と言って、馬に乗った。
                                          (以下 (3)に続く)

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継子と継母(3) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

2016-02-02 14:28:50 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          継子と継母(3) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

( (2)より続く )

叔父(大夫介の弟)の家は、五町(500mほど)ばかり離れていたが、人に出会わないで、遥か四、五十町も連れ出して野原に入った。うまくいったと思いながら、道もない野原をさらに進むと、若君が「何か変だよ。いつもの道と違うよ。どこへ行くの」と尋ねたが、「これも同じ道でございますよ」と二、三十町ほど連れ込んで、「しばらく待っていてくださいな。ここに山芋があるのです。掘ってお見せしましょう」と答えた。
若君は何とはなく心細さを感じて、「どうして山芋なんかを掘るの。早く行こうよ」という顔が何とも美しく可愛いのを見るにつけ、さすがに男も、「さて、どうしたものか。いくら奥様が大事だといっても、この若君も無縁というわけではない。大夫介殿はどれほど嘆かれることだろう」と空恐ろしくなったが、その心を振り払って土を掘り進めると、若君は「懸命に山芋を掘っているのだ」と思い、「どこにあるの、山芋、山芋」とはしゃいでいるので、男は「自分がこの若君の味方であれば、哀しさに堪えられないだろう」と思って涙が出たが、「気の弱いことよ」と自らを励まし、目を閉じるようにして若君を馬から引き落とした。
若君が驚き、おびえて泣くのを、男は顔をそむけて着物を剥ぎ取り、穴に押し入れると、若君は「何をするのだ。私を殺そうとしていたのだな」と叫ぶのを、問答無用とばかりに土をどんどん投げ込み踏み固めたが、さすがに動転していて、よく踏み固めずにあわてて帰って行った。

これらの計画については何くわぬ顔をしていた継母だが、若君が継母の首にぶら下がって、「叔父上の家へ行くよ」と嬉しそうに言った顔が目に浮かび、「私は、何に狂ってこのような事を思いついたのだろう。あの子には実の母がいないから、私が可愛がってやれば孝行してくれたであろうに。私には娘のほかに男の子はいない。もしこのことが知れたなら、きっと私の将来も閉ざされ、この子のためにと思ってやった事だがかえって娘にとって困ったことになるのではないだろうか。考えてみれば、あの男もずいぶん幼稚に見えるではないか。少しでも手違いがあれば、あっさり白状してしまうかもしれない」と思うと、すぐに取り消してしまいたいと思ったが、すでに殺して帰ってきたので、今更どうすることも出来ず、ふさぎ込み、寝室に籠って泣いていた。

一方、その叔父は、急に甥に会いたくなった。従者どもが皆出払っていたが、それを呼びにやるのももどかしいほど早く会いたくなったので、ただ一人残っていた馬の口取り役の舎人男に、「馬に鞍を置け」と命じて、胡録(ヤナグイ)を背負うと馬に飛び乗って走り出していった。
ところが、その途中で、道端から兎が飛び出してきたのを見ると、あれほど急いで早く会いたいと思っていたことを忘れてしまって、矢をつがえて追いつめて射止めることにしか頭が働かず、野原の中に乗り入れた。
草深い中に入り込んだので、何度か矢を射たが、いつもは矢の名手と言われており、この程度の的を外すはずがないのに、とうとう兎を逃してしまった。
「珍しい失敗をしてしまった」と思い、せめて射損じた矢だけでも拾おうと思って、馬首を廻らし廻らし捜しているうちに、犬か何かがうめくような声が聞こえた。

「あの声は、どちらから聞こえているのだ。もしか病人でもいるのか」と思って、見回すがそれらしいものは見当たらない。怪しく思って耳を澄ますと、地上からではなく、物に籠ったような声で、土の底から聞こえてくるようであった。
そのうち、舎人男は射損じた矢をすべて見つけ出した。しかし、この声が何かを確かめようと思い、舎人男に、「あのうめいているのは何の声だ」と尋ねると、舎人男もひどく怪しがり、「何の声でしょうか。はて、何でしょうか」と言い、走り回って捜しているうちに、たった今土を埋めた穴らしい所を見つけた。
「ここに怪しい所があります。怪しい声は確かにここから聞こえてきます」と舎人男が言うので、主人(叔父)が近寄って聞くと、本当にそこから聞こえてくる。

「誰かが死人などを埋めたのが、生き返ってうめいているのだろう」と思い、「何はともあれ、人の声のようだ。さあ、此処を掘り出してみよう」と言うと、舎人男は「怖ろしいことを」と尻込みする。
主人は「そのようなことを言うな。もし人であれば、人の命を助けるのは大変な功徳なのだぞ」と言って、馬から下りて、自ら土を掻きはじめた。たった今、大慌てで埋めたばかりなので、とても柔らかく、主人は弓の本を持って掻き出すので、舎人男は手でもって土を掻き除けていったが、うめき声が次第に近くなってきた。
「やっぱりそうだ」と思い、さらに急いで掘っていくと、十分埋めていなかったから、穴の底には隙間があるらしく、声はその底からだと分かったので、さらに掘ると、大きな菜や草や枝で塞いであったので、それらを注意深く引き上げるにつれてうめき声は大きくなり、そこには、幼い子を裸に剥いて押し込んであったのである。
                                         ( 以下 (4)に続く )

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継子と継母(4) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

2016-02-02 14:27:55 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          継子と継母(4) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

( (3)より続く)

「なんとむごいことをするのだ」と、大夫介の弟とその舎人男の主従は、掘った穴の中に埋められていた子を引き上げてみると、何とそれは、主人(大符介の弟)が会いに行こうとしていた甥っ子だったのである。

「あの子だ」と気付くと、主人は驚きのあまり目がくらみ動悸が激しくなったが、「これはどういうことだ」とうなるように言いながらその子をかき抱いた。
体は冷え果てていたが胸のあたりが少しだけ暖かかった。
「まず水を飲まさなければ」と思ったが、広々とした野原の中なので水もない。舎人男に「水を求めてこい」とだけ命じると、自分は大急ぎで装束を解き、その子を懐にかき入れて肌に押し当てて、「仏よ助けたまえ。この子を生き返らせてください」と流れる涙をぬぐいつつ子の顔を見ると、唇の色はなく、眠っているようだ。

しかし、強く抱きしめ仏に念じ奉った甲斐があったのか、「唇の色が少し出てきた」と見えた時、舎人男が帷(カタビラ・一重の衣)を水に浸して、息も絶え絶えに走ってきた。その帷を受け取り、口の中に絞り入れると、しばらくはこぼれ出るだけであったが、心に願を立てたお蔭があったのか、絞り入れた水が少し入っているように見えてきたので、いっそう仏に念じ奉って絞り込むと、なめるような仕草をした。
どうやらのどは少し潤ったらしいので、強く抱き寄せると、肌も少し暖かくなったような気がする。どうやら助かったらしいと嬉しくなったが、なお心配で堪えられない状態の気持ちを鎮めて見てみると、目を細目に見開いているので、さらに嬉しさが込み上げてきた。

帷に浸み込ませた水は汚いとは思ったが、他に水は全くないので、さらに絞って飲ませると、すっかり飲み込み、やがて目から涙が出てきたので、どうやら生き返ったのだと思った。そして、さらに一心に祈願を続けていると、すっかり生き返ったのである。
そこで、その子を座らせてみると、まだ息も絶え絶えに苦しそうであったが、日も暮れそうなので、注意深く馬に乗せて、主人も鞍の後ろに乗って、ゆっくりと馬を進ませ、暗くなる頃に主人の家に行き着いた。

人に見られないようにして、人目のない入口からそっと入り、舎人男にも固く口止めして、自分の居間の脇の部屋に連れ込んだ。
妻は「何があったのですか」と主人の後を追って入ってくるとこの子がいるので、「いったいどういうわけで、こんなに具合が悪そうにしているのですか」と尋ねる。
「いやはや、全く呆れたことだ。この子が此処にいるのは、こういうわけなのだ」と、急に会いたくなって出掛けたことからの事を詳しく語って聞かせると、妻は驚いて、そして子供に向かい、「いったい、どういうことなの」と尋ねたが、その子はけだるそうに見上げるだけで、何も言わない。
主人は「今少し、気持ちが普通に戻ったなら話すだろう」と言って、しばらくは人には知らせず、夫婦だけで手厚く看護した。

すっかり暮れてしまったので灯をともし、どうにか粥を食べられるようになったので一安心していたが、夜半過ぎ頃、その子は突然目を覚まし、「いったいどうしたの」と言った。
「どうやら正気が戻ったらしい」と思い、主人は「ここは叔父さんの家だよ。お前は一体どうしたのだ。実は、こうこうこういうことだったのだよ」と話して聞かせると、その子は「父上は?」と尋ねる。「父上はまだこの事を知らない。国府においでのままだから」と答えると、「お知らせしなくては」と言う。
「すぐにお知らせするよ。それにしても、どういう事があったのか。こんなことをした奴のことは覚えているのか。これは早く聞いておかなくてはならないのだ」と言うと、その子は「さあ、よくは覚えていません。何とか丸という男が、『さあ行きましょう。叔父様の所へ』と誘われたので、母上にお話してから、その男と共に来たのですが、途中でその男が『山芋を掘る』と言って穴を掘り、私を引き落としたまでは覚えています。その後のことは覚えていません」と答えたので、「その男が一人でやったことではあるまい。誰かがそそのかした事だろう。継母のたくらみだろう」と判断した。

夜が明けるのを待ちかねて、少し明るくなると兄の大夫介のもとに向かうべく、妻に留守中の事を繰り返し言い置いて、子に食事をさせると、従者どもを呼び集めて兄の家に出かけた。
着いてみると、家の中はひっそりとしていて、人影も少ない。
「兄上は」と尋ねると、「国府に行かれています」と答える。
「申し上げねばならないことがあって参ったのだ。子供は、それも国府に行っているのか」と尋ねると、これを継母が聞いて、「何のことでしょうか。あの子は昨日から見かけないので、お宅に参っていると思っていました。どうしたことでしょう。もしかすると、私を驚かそうとして嘘を言っているのではないでしょうね」と言って大泣きするので、駆けつけた弟は「この憎々しい女め」と思ったが、「しばらくは隠しておこう」と思って、「おかしなことを言いますなあ。嘘をつくといっても、限度があるでしょう。長らく会っていないので、気がかりで会いに来たのですよ」と言うと、「それでは、これはどういう事なのでしょう」と大騒ぎになる。
「ともかく早く捜し出せ」というのを聞いて、若君を穴に埋めた男が出てきて、人一倍大きな声で泣きわめき、捜しまわる。
                                                ( 以下 (5)に続く )
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継子と継母(5) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

2016-02-02 14:26:52 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          継子と継母(5) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )

( (4)より続く)

子供の叔父である大夫介の弟は、「まずは、大夫介殿に急いで知らさねばならぬ」と言って使者を出すことにしたが、「手紙を差し上げよう」ということで、「申し上げる事があって参上いたしましたところ、『子供の姿が見えない』と承り、驚いています。急いでお帰り下さい。申し上げるべき事があります」と書いて持たせた。
使者は、馬に乗り急行したのですぐに到着し、息も絶え絶えに「若君がいなくなりました」と大夫介に言上した。

大夫介は、使者の言葉に驚き立ち上がったが、何分年老いていることもあり、そのままふらふらと気を失わんばかりになってしまった。
上司である守(カミ)に伝える余裕もなく、目代(モクダイ・国司の代官。大夫介の部下)にのみ事の次第を言い残して国府を出たが、途中馬から落ちそうになるのを従者どもが皆で抱きかかえ、ようやく家に帰り着いた。

帰り着くなり大夫介が「どういう事なのだ」と訊ねると、継母が出てきて足もとにひれ伏して、「あなたはお年を召され、これから末永く添うことはかないますまい。私は今少し後に残されますでしょうから、あの子をこの世の宝と思っておりました。それなのに、一体どういうわけで居なくなってしまったのでしょう。まだ幼いあの子を、敵と思って殺す者があるでしょうか。ただ、あの子はとても可愛い子供でしたから、京に上る人などが、稚児として法師に売ろうなどと考えて、さらって逃げたのかもしれません。ああ、悲しや、悲しや」と言い続けて、泣き止まない。
父である大夫介は、泣くにも泣けず、ただ大きなため息をつく様子で座り込んでいた。

弟は「哀れなことよ。本当は生きているのに」と思ったが、あの子がひどい目に遭ったこと思うと継母が憎くてならない。しかし、その気持ちを抑えて素知らぬ顔で、「今更どうしようもありません。これも何かの定めなのでしょう。さあ、私の家へ参りましょう。お心をお慰めいたしましょう」と誘った。
大夫介は「事の次第をよく調べて、生死のほどを確かめてから法師にでもなろう。この年まで生きてきて、このような目に遭うとはなあ」と言って、声をあげて泣くのも無理のないことであった。
弟は、そんな兄をあれこれとなだめ、策を講じて連れ出すことが出来たが、郎等たちはいる限り皆が付き従った。その中には、あの子供を埋めた男も加わっていた。
弟は「あの男は何としても連れて行こう」と考えていたが、自分から付き従ってきたので、「よしよし」と思いながら、さりげなく動向に注意しながら家に帰り着いた。

大夫介は、そこでも倒れ込んで泣き続けた。
弟はそんな兄をなだめて家の中に入れようとし、同時に腹心の郎等一人を呼び寄せて、例の男を気づかれないように監視させた。そして、「二、三人ほどで監視して、わしが『捕えよ』と言ったら、しっかりと縛り上げよ」と命じた。
そして、兄を家に入れ、あの子をかくまっている部屋に入って子供を見せた。
子供の姿を見た兄は「さては、子供を隠しておいて、わしを担ごうとしたのか」と烈火のごとく怒りだした。「冗談にもほどがある。縁起でもないこのような事をして人を馬鹿にするとは」となおも怒鳴りつけると、弟は「どうぞ、お静まりください。実は、このような次第なのです」と、事の次第を泣きながら話した。
兄はこれを聞いて、愕然とし、我が子に問うと、ありのままに語った。

大夫介はあきれ果てて、「さて、その男は先ほどまで居たはずだが、逃げはしないかな」と言うと、弟は「見張らせています」と言って、連れ出して捕縛させると、例の男は「いったい、どういう事か」と言いながらも、「ああ、やはりこんなことだと思っていた通りだ」と言ったが、大夫介は太刀を抜いて男の首を切ろうとしたが、弟はそれを押し止めて、「事の次第をすべて問い質したうえで、いかようにも処断なさいませ」と言って、場所を移して尋問すると、しばらくは口を閉ざしていたが、厳しく責められると、ついにありのままを白状した。

「継母め、何とあきれ果てた根性だ」と大夫介は思い、郎等を向かわせて家を厳重に堅めさせた。
事の真相は隠そうとしても皆の知るところとなり、従者たちも長年「奥様」と敬い仕えていたが、遠慮会釈なく口々に非難したが、継母は動じることもなく、「これは一体どういう事なのです。全く心外なことです。あの子が出てきて『私の仕業だ』などと言ったなんて。全くばかばかしい」と強く言ったが、それは、「殺したのだから、まさか子供が出てくることなどあるまい」と思っていたからであろう。

大夫介は、弟の家に四、五日留まり、子供の体調を回復させるために祈祷などして、その後に帰宅することになったが、「あの女が家に居るのであれば、顔を合わせることになる」ということで、先に弟を自宅に行かせて、継母を追い出させ、乳母を捕縛させ、継母の娘も追い出し、これらと親しくしていた者をすべて追い出してから、子供を連れて家に帰った。
このことを聞き知った者は、この継母を憎み、近くに寄せ付けようとしなかったので、母も娘も落ちぶれた姿であちらこちらとさ迷い歩いた。
あの子供を埋めた男は首を刎ね、その妻は口を裂こうとしたが、弟が「それはあの子の為に良くないことです」と制して、ただ追放することとした。

ところで、この子を穴に埋めた時に、男が慌てて菜や草や小枝を投げ込んだが、この子に生き残るべき宿報があったので、投げ込んだ物が穴の途中に引っ掛かって、子供と土との間に隙間を生じさせたため息が出来て助かったのである。これも、前世からの宿報である。
その後、子供は成長し元服した。やがて父も叔父も亡くなったが、その二人の財産を合わせて引き継ぎ、この人も大夫介となり親にもまして尊敬される人物となった。
この話は、その大夫介に会った人が本人から聞いたものである。

これらのことを思うに、継母の心根は実に愚かである。我が子のように思って養育していたら、路頭に迷うようなことはなく、その子も孝養を尽くしたはずである。
つまり、継母は、現世も後生も、自ら台無しにしてしまったのだ、
となむ語り伝へたるとや。
                                        ( 巻26-5 完 )

     ☆   ☆   ☆


* 本話は、今昔物語中屈指の長編です。

     ☆   ☆   ☆
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