二条の姫君 ご案内
時は鎌倉時代、鎌倉政権下の宮廷において、公卿の姫君として生まれ、上皇と結ばれながらも波乱の生涯を送った女性・・・
古典をベースにさせていただいた作品です。
少々長い作品ですが、ご一読いただきたくご案内申し上げます。
『 二 条 の 姫 君 』
序の章 懸命に生きた女性からの贈り物
これは、混乱の鎌倉末期を懸命に生きた女性の記録でございます。
物語の中心となる舞台は後深草院の御所であり、絢爛豪華な王朝文化のまっただ中であります。
しかし、時代は混乱の時期にさしかかっておりました。鎌倉幕府といえども、源氏直系の将軍は途絶えて久しく、その実権を握った北条政権も綻びが目立ち始めておりました。
国外からは、元寇の役と呼ばれることになる元の大軍が最初に襲来しましたのは、主人公が十七歳の頃でした。
世情は不安定さを増してゆき、日蓮上人や一遍上人が登場してきましたのもこの頃のことでございます。
主人公である二条の姫君が側近く接した皇室もまた同じでございました。
後嵯峨天皇の母を同じくする皇子であられます後深草・亀山の両天皇は、やがて持明院統と大覚寺統に分かれ、両統迭立の時代へと入っていくです。
この激しい時代に、数奇な運命にもてあそばれながらも、懸命に生きた証として書き残された物語を、姫さまのお気持ちをほんの少しばかり書き加え、時には省かせていただいた部分もありますが、姫さまが残されようとしたものを、可能な限りそのままに伝えさせていただくつもりでございます。
* * *
序の章 懸命に生きた女性からの贈り物
これは、混乱の鎌倉末期を懸命に生きた女性の記録でございます。
物語の中心となる舞台は後深草院の御所であり、絢爛豪華な王朝文化のまっただ中であります。
しかし、時代は混乱の時期にさしかかっておりました。鎌倉幕府といえども、源氏直系の将軍は途絶えて久しく、その実権を握った北条政権も綻びが目立ち始めておりました。
国外からは、元寇の役と呼ばれることになる元の大軍が最初に襲来しましたのは、主人公が十七歳の頃でした。
世情は不安定さを増してゆき、日蓮上人や一遍上人が登場してきましたのもこの頃のことでございます。
主人公である二条の姫君が側近く接した皇室もまた同じでございました。
後嵯峨天皇の母を同じくする皇子であられます後深草・亀山の両天皇は、やがて持明院統と大覚寺統に分かれ、両統迭立の時代へと入っていくです。
この激しい時代に、数奇な運命にもてあそばれながらも、懸命に生きた証として書き残された物語を、姫さまのお気持ちをほんの少しばかり書き加え、時には省かせていただいた部分もありますが、姫さまが残されようとしたものを、可能な限りそのままに伝えさせていただくつもりでございます。
* * *
第一章 十四歳の春
第一章 ( 一 )
霞立つ初春の朝(アシタ)が、物語の始まりでございます。
新年の朝、まだ明けやらぬうちから、後深草院の御所には女房たちが数多出仕されてきています。
いずれも、今朝の晴着は何日も前から選びぬいたものなのでしょう、いずれも華やかで姸(ケン)を競い合うように居並んでいます。
その咲き乱れたかのような女房たちの間を、わが二条の姫君も姿をお見せになられ、上段へと進まれています。
その御装束と申しますと、蕾紅梅でしょうか、表は紅梅・裏は蘇芳といった実に愛らしい七つ襲(ガサネ)に紅の袿(ウチギ)、萌黄の表着(ウワギ)、その上には赤色の唐衣をお召しになられています。さらには、梅唐草を浮き織にした二つ小袖に、唐垣に梅を縫ってあるものを着ておられます。
艶やかな女房たちの中にあって、ひときわ輝いていて匂い立つようでございます。
二条の姫君、十四歳の初春でございます。
さて、正月元日から三日までの間は、上皇であられる後深草院は屠蘇などを服されます。
邪気を払うための恒例行事で、今朝の御給仕役には久我大納言殿が伺候されておられます。村上源氏の血筋であられるこの御方は、二条の姫君の実の父親でございます。
公式の儀式が終わりますと、御所さまは内の部屋に移られ、大納言殿や台盤所の女房たちをお召しになって、いつもの通りの酒宴となります。
大納言殿が、表での儀式で三三九と申しまして九度の献盃をなされていましたので、
「内々の御事でも、その数だけ頂戴致しましょう」
と、申し上げられましたが、
「いやいや、この度は、九三であるべし」
と、御所さまは仰せになられます。九三とは、九盃を三回、つまり二十七盃ということになります。
このような調子でございますから、御所さまも大納言殿も、伺候する女房たちまでもが酔いつぶれんばかりの宴となっていきます。
宴もたけなわの頃、御所さまは自らの御土器(カワラケ)を大納言殿に与えられながら、
「この春より、たのむの雁もわが方(カタ)によ」
と申されました。古歌を引用されて、そなたの娘もわが方に与えよ、との仰せなのでございましょう。
大納言殿はたいそう畏まった様子になり、九三の返しも終えて退出されていきました。
何かしら、御所さまと密やかなお話があったやにお見受けしましたが、それが何であったかなど、二条の姫君には想像することさえできませんでした。
* * *
第一章 ( 一 )
霞立つ初春の朝(アシタ)が、物語の始まりでございます。
新年の朝、まだ明けやらぬうちから、後深草院の御所には女房たちが数多出仕されてきています。
いずれも、今朝の晴着は何日も前から選びぬいたものなのでしょう、いずれも華やかで姸(ケン)を競い合うように居並んでいます。
その咲き乱れたかのような女房たちの間を、わが二条の姫君も姿をお見せになられ、上段へと進まれています。
その御装束と申しますと、蕾紅梅でしょうか、表は紅梅・裏は蘇芳といった実に愛らしい七つ襲(ガサネ)に紅の袿(ウチギ)、萌黄の表着(ウワギ)、その上には赤色の唐衣をお召しになられています。さらには、梅唐草を浮き織にした二つ小袖に、唐垣に梅を縫ってあるものを着ておられます。
艶やかな女房たちの中にあって、ひときわ輝いていて匂い立つようでございます。
二条の姫君、十四歳の初春でございます。
さて、正月元日から三日までの間は、上皇であられる後深草院は屠蘇などを服されます。
邪気を払うための恒例行事で、今朝の御給仕役には久我大納言殿が伺候されておられます。村上源氏の血筋であられるこの御方は、二条の姫君の実の父親でございます。
公式の儀式が終わりますと、御所さまは内の部屋に移られ、大納言殿や台盤所の女房たちをお召しになって、いつもの通りの酒宴となります。
大納言殿が、表での儀式で三三九と申しまして九度の献盃をなされていましたので、
「内々の御事でも、その数だけ頂戴致しましょう」
と、申し上げられましたが、
「いやいや、この度は、九三であるべし」
と、御所さまは仰せになられます。九三とは、九盃を三回、つまり二十七盃ということになります。
このような調子でございますから、御所さまも大納言殿も、伺候する女房たちまでもが酔いつぶれんばかりの宴となっていきます。
宴もたけなわの頃、御所さまは自らの御土器(カワラケ)を大納言殿に与えられながら、
「この春より、たのむの雁もわが方(カタ)によ」
と申されました。古歌を引用されて、そなたの娘もわが方に与えよ、との仰せなのでございましょう。
大納言殿はたいそう畏まった様子になり、九三の返しも終えて退出されていきました。
何かしら、御所さまと密やかなお話があったやにお見受けしましたが、それが何であったかなど、二条の姫君には想像することさえできませんでした。
* * *
第一章 ( 二 )
拝礼などの公式の儀式が終り、二条の姫君は自室にお下がりになられました。
すると,程なくして、あの御方からのお手紙が届きました。
「昨日の雪も今日よりは跡踏みつけむ、行く末」などと書かれています。
つまり、「昨日降り積もった雪にも、今日からは足跡を付けましょう、これから先いついつまでも」と、親しいお付き合いを伝えてきているのです。
紅の薄様の上質紙八枚に、濃い紅の単衣(ヒトエ)、萌黄の表着、唐衣、袴、三つ小袖、二つ小袖などが、衣類を包む布に美しく包まれて届けられています。
あの御方と申しますのは、姫さまの母方の御縁筋に当たられる西園寺実兼殿のことです。御歳二十三歳ですが、すでに家督を相続されている当主であられます。
この御方を、姫さまは密かに雪の曙さまとお呼びになって、お慕い申し上げているのです。
そうとは申しましても、新年とはいえあまりにも大仰な贈り物なので、そのままお返しするように言われましたが、ふと見ましたところ、その着物の袖の上に添えられた薄様の紙に歌が書かれております。
『 つばさこそ重ぬることのかなはずと 着てだになれよ鶴の毛衣 』
と、ありました。
つばさを重ねるなどと姫さまを思う気持ちが込められていますのに、むげにお返しすることなどなさらない方がよろしいかと申し上げますと、
姫さまは、「『 よそながらなれてはよしや小夜衣 いとど袂(タモト)の朽ちもこそすれ 』思う心の末空しからずは」とお手紙をお書きになり、それを添えて折角の贈り物をお返ししてしまいました。
「まだ本当に親しくなったわけでもないのに、この着物を肌身に着慣れてしまったりすれば、これまで以上に涙を流すことになり、わたしの夜着の袂は濡れて朽ち果ててしまうでしょう」と実にいじらしいご返歌なのです。
そして、あなたのお気持が将来も心変わりしないのであれば、いつかはつばさを重ねることが出来ますでしょう、と書き添えているのです。
姫さまのお気持が、いじらしくもあり、じれったくもあるのです。
その夜は宿直のお勤めでしたので、姫さまは出仕されました。
すると、その夜中頃に、裏口の戸を叩く人がありました。幼い女童が見に行きましたが、
「これを差し入れて、使いの人はさっさと帰ってしまいました」
と、一旦お返しした贈り物を手にしているのです。そして、新たに歌が添えられているのです。
『 契りおきし心の末の変わらずは ひとり片敷け夜半の狭衣(サゴロモ) 』
「愛を誓い合った二人の心が将来も変わらないのであれば、一人寝の衣として使って下さい」といった愛情のこもった御歌に、戸惑い気味の姫さまは、「いずれ、また、お返しせねば」と呟かれながらも、これ以上突き返すようなことは出来ないご様子でした。
一月三日、後深草院の御父上であられる後嵯峨法皇がお見えになられましたが、この時姫さまは、雪の曙殿より贈られた衣をお召しになっていました。
随行されておられました姫さまの御父上の大納言殿は、新しいお召物に気付かれ、
「なかなかに色も光沢も素晴らしい衣のようだが、御所さまより賜ったものなのか」
とお尋ねになられました。
姫さまは、僅かに頬を染めながらも、
「常磐井の准后さまより頂戴いたしました」
とお答えになりました。
常磐井の准后さまと申されるは、雪の曙殿の祖母であり、姫さまとも縁続きの御方であります。
まだまだ幼いと思っておりました二条の姫君でございますが、いつの間にか恋する女の嘘がつけるようになっていたのですねぇ。
* * *
拝礼などの公式の儀式が終り、二条の姫君は自室にお下がりになられました。
すると,程なくして、あの御方からのお手紙が届きました。
「昨日の雪も今日よりは跡踏みつけむ、行く末」などと書かれています。
つまり、「昨日降り積もった雪にも、今日からは足跡を付けましょう、これから先いついつまでも」と、親しいお付き合いを伝えてきているのです。
紅の薄様の上質紙八枚に、濃い紅の単衣(ヒトエ)、萌黄の表着、唐衣、袴、三つ小袖、二つ小袖などが、衣類を包む布に美しく包まれて届けられています。
あの御方と申しますのは、姫さまの母方の御縁筋に当たられる西園寺実兼殿のことです。御歳二十三歳ですが、すでに家督を相続されている当主であられます。
この御方を、姫さまは密かに雪の曙さまとお呼びになって、お慕い申し上げているのです。
そうとは申しましても、新年とはいえあまりにも大仰な贈り物なので、そのままお返しするように言われましたが、ふと見ましたところ、その着物の袖の上に添えられた薄様の紙に歌が書かれております。
『 つばさこそ重ぬることのかなはずと 着てだになれよ鶴の毛衣 』
と、ありました。
つばさを重ねるなどと姫さまを思う気持ちが込められていますのに、むげにお返しすることなどなさらない方がよろしいかと申し上げますと、
姫さまは、「『 よそながらなれてはよしや小夜衣 いとど袂(タモト)の朽ちもこそすれ 』思う心の末空しからずは」とお手紙をお書きになり、それを添えて折角の贈り物をお返ししてしまいました。
「まだ本当に親しくなったわけでもないのに、この着物を肌身に着慣れてしまったりすれば、これまで以上に涙を流すことになり、わたしの夜着の袂は濡れて朽ち果ててしまうでしょう」と実にいじらしいご返歌なのです。
そして、あなたのお気持が将来も心変わりしないのであれば、いつかはつばさを重ねることが出来ますでしょう、と書き添えているのです。
姫さまのお気持が、いじらしくもあり、じれったくもあるのです。
その夜は宿直のお勤めでしたので、姫さまは出仕されました。
すると、その夜中頃に、裏口の戸を叩く人がありました。幼い女童が見に行きましたが、
「これを差し入れて、使いの人はさっさと帰ってしまいました」
と、一旦お返しした贈り物を手にしているのです。そして、新たに歌が添えられているのです。
『 契りおきし心の末の変わらずは ひとり片敷け夜半の狭衣(サゴロモ) 』
「愛を誓い合った二人の心が将来も変わらないのであれば、一人寝の衣として使って下さい」といった愛情のこもった御歌に、戸惑い気味の姫さまは、「いずれ、また、お返しせねば」と呟かれながらも、これ以上突き返すようなことは出来ないご様子でした。
一月三日、後深草院の御父上であられる後嵯峨法皇がお見えになられましたが、この時姫さまは、雪の曙殿より贈られた衣をお召しになっていました。
随行されておられました姫さまの御父上の大納言殿は、新しいお召物に気付かれ、
「なかなかに色も光沢も素晴らしい衣のようだが、御所さまより賜ったものなのか」
とお尋ねになられました。
姫さまは、僅かに頬を染めながらも、
「常磐井の准后さまより頂戴いたしました」
とお答えになりました。
常磐井の准后さまと申されるは、雪の曙殿の祖母であり、姫さまとも縁続きの御方であります。
まだまだ幼いと思っておりました二条の姫君でございますが、いつの間にか恋する女の嘘がつけるようになっていたのですねぇ。
* * *
第一章 ( 三 )
一月十五日の夕方、「河崎よりお迎えに」と使者がお見えになりました。姫さまのご実家からのお迎えです。
いつもより早いようで、姫さまは少しご不満のようでしたが、待たせるわけにもいかず急いで御所を退出いたしました。
ご実家に帰ってみますと、どうしたことでしょうか、いつもの年より立派な様子で、屏風や、畳や、几帳や引物の布までもが、特別に気配りされているように思われます。
姫さまも、少し不審げな表情をお見せになりましたが、正月のことなので特別に設えたと思われたのか、それ以上気にする様子はありませんでした。
そして、その夜は何事もなく過ぎました。
翌日になりますと、「お食事の用意はどうなっている?、あれはどうなっている?」など大勢集まって騒いでいます。
「殿上人の馬はここに繋ごう。公卿の牛車はどこにする」などと言い合っています。
姫さまの祖母である久我の尼上さままで顔を見せられていて、何だか騒がしげです。
「一体どうしたのですか」
と、姫さまもお部屋を出られてお尋ねになりますと、大納言殿は笑いながら、
「いや、なに、『御所さまが、今宵御方違えで御幸なさる』と仰せられたので、正月のことでもあり、特別に整えているのだよ。その時の御給仕のためにそなたを迎えたのだ」
と仰せられます。
「節分でもないのに、何の御方違えなのかしら」
と、姫さまが小首をかしげるようにして尋ねますと、
「ああ、何と甲斐のないことよ」
などと言って、集まっている人たちが笑うのです。
やはり、姫さまには、集まってきている方々のお気持ちは察せられない様子なのです。
姫さまがいつもお使いの部屋にも、とても立派な屏風を立て、いつもはない小几帳なども置かれていますので、
「何故これほどまでにして、御幸をお迎えするのですか。こんなに準備をするなんて」
などと、まだ納得されていない様子に、わざわざお集まりの人たちも笑うだけで、その理由を話そうとする方はいらっしゃらないのです。
夕方になりますと、白い三つ重ねの単衣と、紅の袴が届けられて、着替えるようにとの仰せがありました。
部屋には微かな香の香りが漂ってくるのも、いつもと違って仰々しく、姫さまも普段とは違う様子を感じとられているようです。
灯がともされた後、大納言殿の北の方さまが、この御方は姫さまの継母になるわけですが、色鮮やかな小袖をお持ちになって、
「これを着なさいな」
と仰る。
またしばらくすると、大納言殿自らお出でになられまして、衣桁に御所さまのお召物などをお掛けになって、
「御所さまの御幸まで寝入らないで待っていて、お仕えするのだよ。女性は何事にせよ強情ではなく、相手の男性のままに素直に従うのが良いのだよ」
などと姫さまに仰られます。
ただ事ではないものが感じられるのですが、姫さまは何のための御教示なのか、腑に落ちないご様子です。
「何だか、とても煩わしいお話・・・」
などと呟きながら、炭櫃の側で横におなりになって、やがて、眠っておしまいになられました。
それからかなりの時間が経って、御所さまがお着きになられましたが、姫さまは、もうぐっすりとおやすみになっていました。
大納言殿は、お出迎えのあと御食事となっても姫さまがご挨拶にも出てこないことをとがめられ、すでにおやすみになっていると聞きますと、
「何ということだ、すぐに起こして参れ」
などとご立腹の様子ですが、お耳にされた御所さまは、
「まあ、よいではないか。そのまま寝かせておくがよい」
と仰せになられましたので、どなたも姫さまのお部屋には出向きませんでした。
* * *
一月十五日の夕方、「河崎よりお迎えに」と使者がお見えになりました。姫さまのご実家からのお迎えです。
いつもより早いようで、姫さまは少しご不満のようでしたが、待たせるわけにもいかず急いで御所を退出いたしました。
ご実家に帰ってみますと、どうしたことでしょうか、いつもの年より立派な様子で、屏風や、畳や、几帳や引物の布までもが、特別に気配りされているように思われます。
姫さまも、少し不審げな表情をお見せになりましたが、正月のことなので特別に設えたと思われたのか、それ以上気にする様子はありませんでした。
そして、その夜は何事もなく過ぎました。
翌日になりますと、「お食事の用意はどうなっている?、あれはどうなっている?」など大勢集まって騒いでいます。
「殿上人の馬はここに繋ごう。公卿の牛車はどこにする」などと言い合っています。
姫さまの祖母である久我の尼上さままで顔を見せられていて、何だか騒がしげです。
「一体どうしたのですか」
と、姫さまもお部屋を出られてお尋ねになりますと、大納言殿は笑いながら、
「いや、なに、『御所さまが、今宵御方違えで御幸なさる』と仰せられたので、正月のことでもあり、特別に整えているのだよ。その時の御給仕のためにそなたを迎えたのだ」
と仰せられます。
「節分でもないのに、何の御方違えなのかしら」
と、姫さまが小首をかしげるようにして尋ねますと、
「ああ、何と甲斐のないことよ」
などと言って、集まっている人たちが笑うのです。
やはり、姫さまには、集まってきている方々のお気持ちは察せられない様子なのです。
姫さまがいつもお使いの部屋にも、とても立派な屏風を立て、いつもはない小几帳なども置かれていますので、
「何故これほどまでにして、御幸をお迎えするのですか。こんなに準備をするなんて」
などと、まだ納得されていない様子に、わざわざお集まりの人たちも笑うだけで、その理由を話そうとする方はいらっしゃらないのです。
夕方になりますと、白い三つ重ねの単衣と、紅の袴が届けられて、着替えるようにとの仰せがありました。
部屋には微かな香の香りが漂ってくるのも、いつもと違って仰々しく、姫さまも普段とは違う様子を感じとられているようです。
灯がともされた後、大納言殿の北の方さまが、この御方は姫さまの継母になるわけですが、色鮮やかな小袖をお持ちになって、
「これを着なさいな」
と仰る。
またしばらくすると、大納言殿自らお出でになられまして、衣桁に御所さまのお召物などをお掛けになって、
「御所さまの御幸まで寝入らないで待っていて、お仕えするのだよ。女性は何事にせよ強情ではなく、相手の男性のままに素直に従うのが良いのだよ」
などと姫さまに仰られます。
ただ事ではないものが感じられるのですが、姫さまは何のための御教示なのか、腑に落ちないご様子です。
「何だか、とても煩わしいお話・・・」
などと呟きながら、炭櫃の側で横におなりになって、やがて、眠っておしまいになられました。
それからかなりの時間が経って、御所さまがお着きになられましたが、姫さまは、もうぐっすりとおやすみになっていました。
大納言殿は、お出迎えのあと御食事となっても姫さまがご挨拶にも出てこないことをとがめられ、すでにおやすみになっていると聞きますと、
「何ということだ、すぐに起こして参れ」
などとご立腹の様子ですが、お耳にされた御所さまは、
「まあ、よいではないか。そのまま寝かせておくがよい」
と仰せになられましたので、どなたも姫さまのお部屋には出向きませんでした。
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第一章 ( 四 )
御所さまの到着や御父上のご心配など、姫さまは露知らず、襖(フスマ)近くに置かれている炭櫃に寄りかかっておられましたが、もう一枚衣を被って横たわると、ほどなく眠ってしまわれておりました。
姫さまのいつも通りの寝姿でございます。
しばらく経って、さすがにいつもと違う様子が伝わったのでしょうか、突然目を覚まされて辺りを見渡しておられました。
灯し火は薄暗くなっていて、目隠しの帳も下されていて、しかも、すぐ横に当然のように寝ている人がいたのです。
姫さまには、その状態がよく分からず、起き出して部屋を出ようとしましたが、その御方が姫さまの手を取り抱きしめたのです。驚きのあまり声も出ない姫さまを、更にしっかりと抱き寄せられたのです。
その時になってはじめてその御方が御所さまであることに気付いた姫さまは、その手を振り払うことも出来ず、かといっても恥ずかしさに全身を震わせておられました。
御所さまは、姫さまをしっかりと抱き寄せられますと、幼かった頃から愛おしく思っていたことや、十四歳の今日までどれほど待ち焦がれていたかを切々とお話になられました。
なおも優しく姫さまにささやきかけながら、手を衣の下に差し入れようとされましたが、姫さまはただ泣きじゃくり、さすがに逃げ出しはされませんでしたが、御所さまに縋りつきその袖をぐっしょりと涙で濡らしてしまったのです。
「そなたは余りにもつれないままに年を重ねてきたが、私の想いは募るばかりだ。十四歳の春を迎えたこの時こそと、やってきたのだ。今夜のことは、他の人々も当然承知していることなのに、なぜにそれほどつれなく振舞うのだ」
と、なおも姫さまを抱き伏せようとなさいましたが、姫さまは相変わらずいやいやを繰り返し、身を震わせて泣くばかりでした。
「ああ、そうだったのか。御父上のお言葉は、この夜のことを言っていたのか。この夢の中のような出来事は、周りの人々は皆知っているというのか。皆に知られてしまっては、これからずっと思い悩まなくてはならないのか・・・」
と、姫さまは事の成り行きをおぼろげに理解しながらも、御所さまを受け入れる気持ちにはなれなかったのです。
「そうであれば、どうしてこのようになるのだと、父ともよく相談させてくれなかったのですか」
と、姫さまは激しく泣きじゃくり、
「もう、人に顔を見せることも出来ません」
と、身を震わせるものですから、さすがに御所さまも、差し入れようとしていた手を引いて、
「何と、幼き振る舞いかな」
と嘆息し、苦笑いされるのでした。
一晩中お二人は添い寝をされていましたが、姫さまはそれ以上心も身体も開こうとはなさらないまま、朝の気配が訪れました。
「還御は今朝ではないのだろうか」
などと言う声が聞こえてきますと、
「いかにもわけありげな朝帰りだな」
と御所さまは独りごとを呟きながら起き上られました。
「思いもしなかったほど冷たいもてなしを受けたものだ。幼い振分け髪の昔から親しんできたのに、何とも甲斐のないことよ。人から見てごく普通のもてなしがあっても、良いはずだ。
まあ、それはともかく、このあと余り引き籠っていては、人はおかしく思うよ」
と、治天の君とも申し上げるべき御方が、姫さまに怨みごとを言い、そして、心配をなさっているのです。
しかし、姫さまは何も答えられず、泣くばかりなのです。
「ああ、どうにもならぬ」
と言いながら御所さまは立ち上がり、御直衣などをお召しになり部屋をお出になると、
「御車を寄せよ」
などと言う御供の声や、
「御粥をご用意申し上げましょうか」
と尋ねている大納言殿の声が聞こえてきますと、姫さまはますます身をすくめられて、もう御父上にも誰にも顔を合わせることなど出来ない、昨日までの自分が恋しい、などと思っているのが伝わってきて、いじらしくてなりません。
* * *
御所さまの到着や御父上のご心配など、姫さまは露知らず、襖(フスマ)近くに置かれている炭櫃に寄りかかっておられましたが、もう一枚衣を被って横たわると、ほどなく眠ってしまわれておりました。
姫さまのいつも通りの寝姿でございます。
しばらく経って、さすがにいつもと違う様子が伝わったのでしょうか、突然目を覚まされて辺りを見渡しておられました。
灯し火は薄暗くなっていて、目隠しの帳も下されていて、しかも、すぐ横に当然のように寝ている人がいたのです。
姫さまには、その状態がよく分からず、起き出して部屋を出ようとしましたが、その御方が姫さまの手を取り抱きしめたのです。驚きのあまり声も出ない姫さまを、更にしっかりと抱き寄せられたのです。
その時になってはじめてその御方が御所さまであることに気付いた姫さまは、その手を振り払うことも出来ず、かといっても恥ずかしさに全身を震わせておられました。
御所さまは、姫さまをしっかりと抱き寄せられますと、幼かった頃から愛おしく思っていたことや、十四歳の今日までどれほど待ち焦がれていたかを切々とお話になられました。
なおも優しく姫さまにささやきかけながら、手を衣の下に差し入れようとされましたが、姫さまはただ泣きじゃくり、さすがに逃げ出しはされませんでしたが、御所さまに縋りつきその袖をぐっしょりと涙で濡らしてしまったのです。
「そなたは余りにもつれないままに年を重ねてきたが、私の想いは募るばかりだ。十四歳の春を迎えたこの時こそと、やってきたのだ。今夜のことは、他の人々も当然承知していることなのに、なぜにそれほどつれなく振舞うのだ」
と、なおも姫さまを抱き伏せようとなさいましたが、姫さまは相変わらずいやいやを繰り返し、身を震わせて泣くばかりでした。
「ああ、そうだったのか。御父上のお言葉は、この夜のことを言っていたのか。この夢の中のような出来事は、周りの人々は皆知っているというのか。皆に知られてしまっては、これからずっと思い悩まなくてはならないのか・・・」
と、姫さまは事の成り行きをおぼろげに理解しながらも、御所さまを受け入れる気持ちにはなれなかったのです。
「そうであれば、どうしてこのようになるのだと、父ともよく相談させてくれなかったのですか」
と、姫さまは激しく泣きじゃくり、
「もう、人に顔を見せることも出来ません」
と、身を震わせるものですから、さすがに御所さまも、差し入れようとしていた手を引いて、
「何と、幼き振る舞いかな」
と嘆息し、苦笑いされるのでした。
一晩中お二人は添い寝をされていましたが、姫さまはそれ以上心も身体も開こうとはなさらないまま、朝の気配が訪れました。
「還御は今朝ではないのだろうか」
などと言う声が聞こえてきますと、
「いかにもわけありげな朝帰りだな」
と御所さまは独りごとを呟きながら起き上られました。
「思いもしなかったほど冷たいもてなしを受けたものだ。幼い振分け髪の昔から親しんできたのに、何とも甲斐のないことよ。人から見てごく普通のもてなしがあっても、良いはずだ。
まあ、それはともかく、このあと余り引き籠っていては、人はおかしく思うよ」
と、治天の君とも申し上げるべき御方が、姫さまに怨みごとを言い、そして、心配をなさっているのです。
しかし、姫さまは何も答えられず、泣くばかりなのです。
「ああ、どうにもならぬ」
と言いながら御所さまは立ち上がり、御直衣などをお召しになり部屋をお出になると、
「御車を寄せよ」
などと言う御供の声や、
「御粥をご用意申し上げましょうか」
と尋ねている大納言殿の声が聞こえてきますと、姫さまはますます身をすくめられて、もう御父上にも誰にも顔を合わせることなど出来ない、昨日までの自分が恋しい、などと思っているのが伝わってきて、いじらしくてなりません。
* * *
第一章 ( 五 )
御所さまはお帰りになられたとお知らせしましたが、姫さまは御衣を引き被った同じ姿のままで起き上がろうとなさいません。
しばらく経った頃、誰かが「お手紙が届きました」とお声をかけましたが、どうもご機嫌はよろしくないようです。
大納言殿の奥方、尼上さまなどもやってきて、
「どうしたの? なぜ起きないの?」
などとお声を掛けますと、
「昨夜から気分が悪いの・・・」
と、心細げな声が聞こえてきました。
姫さまにすれば、集まってきている人たちが、御所さまとのことを承知しているのですから、「新枕(ニイマクラ)を交わした後の恥ずかしさのせいなのだ」と思っていると察せられるだけに、たとえ御所さまからのお手紙だとしても、とても見る気になどなれないのでしょう。
「御使者の方が待ち疲れていますよ。ご返事はどうするのですか」
などと声をかけても姫さまが起き上がらないものですから、「大納言さまに申し上げて下さい」などと大騒ぎになっているところに、大納言殿がおいでになられました。
「気分が悪いのか。しかし、みなが御手紙を持って騒いでいるのに、起き上がることもしないとはどういうつもりか。ご返事は差し上げないというつもりなのか」
と、叱責なさいました。
さすがに姫さまも身を起こされて、御手紙をお受け取りになりました。
紫色の薄様の紙に書かれている御歌は、
『 あまた年さすがに馴れし夜衣 重ねぬ袖に残る移り香 』
とありました。
集まっている人たちは、この御歌を見て、「『重ねぬ袖』だなんて、どうなっているのでしょう」などと、いぶかしげです。そんな雰囲気に姫さまは余計気分を害されてしまったのでしょうか、またまた御衣を引き寄せて、身を伏せてしまわれました。
「そうそう代筆ばかりというわけにはいかないだろう」
と、大納言殿も困り果てられて、御使者には贈り物だけを差し上げて、「娘は起き上がれないので、いまだ御手紙を拝見しておりません」と言い訳なさったようです。
お昼頃、姫さまに思いがけない御方から手紙が届きました。雪の曙殿からです。
「『 今よりや思ひ消えなむひとかたに 煙の末のなびきはてなば 』
これまでは平気を装って生きながらえてきたが、これからは何を頼りに生きて行けばよいのか」
などと、切々と綴っておられます。御所さまの御幸を知った上での恨みごとなのでしょう。
姫さまは、
『 知られじな思ひ乱れて夕煙 なびきもやらぬ下の心は 』
と、ご返歌されたようです。
御所さまのお心に従わず思い悩んでいるあたしの心に、お気づきにならないのですね、とのご返事なのでしょうが、姫さまも恋する人には一人前の女性になるのでしょうか。
御所さま二十九歳、雪の曙殿二十三歳、そして、二条の姫君十四歳の、切ない恋が渦巻く初春でございます。
* * *
御所さまはお帰りになられたとお知らせしましたが、姫さまは御衣を引き被った同じ姿のままで起き上がろうとなさいません。
しばらく経った頃、誰かが「お手紙が届きました」とお声をかけましたが、どうもご機嫌はよろしくないようです。
大納言殿の奥方、尼上さまなどもやってきて、
「どうしたの? なぜ起きないの?」
などとお声を掛けますと、
「昨夜から気分が悪いの・・・」
と、心細げな声が聞こえてきました。
姫さまにすれば、集まってきている人たちが、御所さまとのことを承知しているのですから、「新枕(ニイマクラ)を交わした後の恥ずかしさのせいなのだ」と思っていると察せられるだけに、たとえ御所さまからのお手紙だとしても、とても見る気になどなれないのでしょう。
「御使者の方が待ち疲れていますよ。ご返事はどうするのですか」
などと声をかけても姫さまが起き上がらないものですから、「大納言さまに申し上げて下さい」などと大騒ぎになっているところに、大納言殿がおいでになられました。
「気分が悪いのか。しかし、みなが御手紙を持って騒いでいるのに、起き上がることもしないとはどういうつもりか。ご返事は差し上げないというつもりなのか」
と、叱責なさいました。
さすがに姫さまも身を起こされて、御手紙をお受け取りになりました。
紫色の薄様の紙に書かれている御歌は、
『 あまた年さすがに馴れし夜衣 重ねぬ袖に残る移り香 』
とありました。
集まっている人たちは、この御歌を見て、「『重ねぬ袖』だなんて、どうなっているのでしょう」などと、いぶかしげです。そんな雰囲気に姫さまは余計気分を害されてしまったのでしょうか、またまた御衣を引き寄せて、身を伏せてしまわれました。
「そうそう代筆ばかりというわけにはいかないだろう」
と、大納言殿も困り果てられて、御使者には贈り物だけを差し上げて、「娘は起き上がれないので、いまだ御手紙を拝見しておりません」と言い訳なさったようです。
お昼頃、姫さまに思いがけない御方から手紙が届きました。雪の曙殿からです。
「『 今よりや思ひ消えなむひとかたに 煙の末のなびきはてなば 』
これまでは平気を装って生きながらえてきたが、これからは何を頼りに生きて行けばよいのか」
などと、切々と綴っておられます。御所さまの御幸を知った上での恨みごとなのでしょう。
姫さまは、
『 知られじな思ひ乱れて夕煙 なびきもやらぬ下の心は 』
と、ご返歌されたようです。
御所さまのお心に従わず思い悩んでいるあたしの心に、お気づきにならないのですね、とのご返事なのでしょうが、姫さまも恋する人には一人前の女性になるのでしょうか。
御所さま二十九歳、雪の曙殿二十三歳、そして、二条の姫君十四歳の、切ない恋が渦巻く初春でございます。
* * *
第一章 ( 六 )
その日姫さまは一日中部屋から出ようともせず、お湯などにさえ見向きもされませんので、大納言家の方々は「これは、別の病気ではないだろうか」などと心配されておられました。
そして、その夕方頃、「御幸」という声が聞こえてきました。
御所さまのご到着を告げる声です。
姫さまの耳にもその声が聞こえたのでしょう、とても不安げな様子をされていましたが、何らかの心構えをする間もなくお部屋の襖を引き開けられ、とても馴れたご様子で御所さまが入ってこられました。
「気分が悪いとか。いかがされたのだ」
とお尋ねになられましたが、姫さまは何もお答えにならず、そのまま横になったまま被っている衣をさらに引き寄せました。
御所さまは、姫さまに添う形で横になり、そのお身体を抱き寄せて、
「そなたの成長を待ちかねていた、わたしの気持ちを少しは察してくれ」
などと、さまざまに掻き口説かれます。それは、まだ幼さの残る姫さまにはあまりに直截過ぎる言葉で、姫さまは耳まで赤く染められながらも、ただ身体を固くして御所さまの手の動きから逃れようとされていました。
「この世の中に嘘や偽りが無いのであれば・・・」などという古歌を思い浮かべたりしながら、姫さまは御所さまのお心の静まるのをひたすら待ちますが、今宵の御所さまには相当の決意があったのでしょうか、姫さまの被っている衣をはぎ取り、さらに着ている物にも手をかけられました。
胸に手が差し入れられ、身もだえされる姫さまを押さえつけ、さらに耳元に甘い言葉をかけ続けています。
胸元は大きく引き開けられ、さらに御所さまの片手は下紐を荒々しく解きほぐし、やがて、姫さまのまだ幼さの残るお身体のほとんどが薄明かりの中に浮かび上がりました。
姫さまは両手で顔を覆う他にはなす術もないながらも、『思ひ消えなむ夕煙』と言い送ってきた御方のこと思い浮かべ、このまま御所さまのご寵愛を受ける我が身の情の薄さを考えたりしていました。
姫さまのそのような心のうちが御所さまに伝わるわけもなく、姫さまの両手を顔から荒々しく離させると唇を合わせ、無防備となった姫さまの身体に御身を重ねられました。
『 心よりほかに解けぬる下紐(シタヒバ)の いかなる節に憂き名流さむ 』
心ならずも解けてしまった下紐の結び目の節、その節のようにどのような節目ごとにあたしは憂き名を流すことになるのでしょう、といった意味なのでしょうが、これはその時のお気持ちを表した姫さまの歌なのです。
「輪廻転生というが、次の世、さらには次の世でも、姿形がどのように変わるとしても、こうして契り合った絆は無くなることなどない。こののちたとえ逢えない夜があるとしても、互いの心に隔たりなど決してないのだよ」
などと、御所さまは姫さまに甘い言葉をささやき続け、その身体を離すことはありませんでした。
やがて、夢さえ結ぶ間もない短い夜は明けて、暁の鐘の音が聞こえてきますと、
「いつまでもこのままで、みなをそうそう待たせるわけにもいくまい」
と、御所さまは身を起こされました。
「そなたにとっては、まだまだこのまま居て欲しいという気持ちではないかもしれないが、せめて見送りくらいはしておくれ」
と、姫さまの手を取るようにして催促されました。
さすがに姫さまも、恥ずかしさが先立つとはいえ、常日頃から大切にされてきた御方であれば、たとえこのようなことになったとしても素直に従われました。
ひと晩中泣き濡らした袖を掻き合わせ、その上に薄い単衣だけを羽織って部屋を出ますと、十七夜の月が西に傾き、東の空には横雲がたなびいておりました。
御所さまは、すでに桜萌黄の甘(カン・上皇の着る狩衣直衣)の御衣に薄紫の御衣、固文の御指貫をお召しになっていて、姫さまには、いつものお姿より一層ご立派に見えたことに、何故そうなのかと内心戸惑われておられました。
* * *
その日姫さまは一日中部屋から出ようともせず、お湯などにさえ見向きもされませんので、大納言家の方々は「これは、別の病気ではないだろうか」などと心配されておられました。
そして、その夕方頃、「御幸」という声が聞こえてきました。
御所さまのご到着を告げる声です。
姫さまの耳にもその声が聞こえたのでしょう、とても不安げな様子をされていましたが、何らかの心構えをする間もなくお部屋の襖を引き開けられ、とても馴れたご様子で御所さまが入ってこられました。
「気分が悪いとか。いかがされたのだ」
とお尋ねになられましたが、姫さまは何もお答えにならず、そのまま横になったまま被っている衣をさらに引き寄せました。
御所さまは、姫さまに添う形で横になり、そのお身体を抱き寄せて、
「そなたの成長を待ちかねていた、わたしの気持ちを少しは察してくれ」
などと、さまざまに掻き口説かれます。それは、まだ幼さの残る姫さまにはあまりに直截過ぎる言葉で、姫さまは耳まで赤く染められながらも、ただ身体を固くして御所さまの手の動きから逃れようとされていました。
「この世の中に嘘や偽りが無いのであれば・・・」などという古歌を思い浮かべたりしながら、姫さまは御所さまのお心の静まるのをひたすら待ちますが、今宵の御所さまには相当の決意があったのでしょうか、姫さまの被っている衣をはぎ取り、さらに着ている物にも手をかけられました。
胸に手が差し入れられ、身もだえされる姫さまを押さえつけ、さらに耳元に甘い言葉をかけ続けています。
胸元は大きく引き開けられ、さらに御所さまの片手は下紐を荒々しく解きほぐし、やがて、姫さまのまだ幼さの残るお身体のほとんどが薄明かりの中に浮かび上がりました。
姫さまは両手で顔を覆う他にはなす術もないながらも、『思ひ消えなむ夕煙』と言い送ってきた御方のこと思い浮かべ、このまま御所さまのご寵愛を受ける我が身の情の薄さを考えたりしていました。
姫さまのそのような心のうちが御所さまに伝わるわけもなく、姫さまの両手を顔から荒々しく離させると唇を合わせ、無防備となった姫さまの身体に御身を重ねられました。
『 心よりほかに解けぬる下紐(シタヒバ)の いかなる節に憂き名流さむ 』
心ならずも解けてしまった下紐の結び目の節、その節のようにどのような節目ごとにあたしは憂き名を流すことになるのでしょう、といった意味なのでしょうが、これはその時のお気持ちを表した姫さまの歌なのです。
「輪廻転生というが、次の世、さらには次の世でも、姿形がどのように変わるとしても、こうして契り合った絆は無くなることなどない。こののちたとえ逢えない夜があるとしても、互いの心に隔たりなど決してないのだよ」
などと、御所さまは姫さまに甘い言葉をささやき続け、その身体を離すことはありませんでした。
やがて、夢さえ結ぶ間もない短い夜は明けて、暁の鐘の音が聞こえてきますと、
「いつまでもこのままで、みなをそうそう待たせるわけにもいくまい」
と、御所さまは身を起こされました。
「そなたにとっては、まだまだこのまま居て欲しいという気持ちではないかもしれないが、せめて見送りくらいはしておくれ」
と、姫さまの手を取るようにして催促されました。
さすがに姫さまも、恥ずかしさが先立つとはいえ、常日頃から大切にされてきた御方であれば、たとえこのようなことになったとしても素直に従われました。
ひと晩中泣き濡らした袖を掻き合わせ、その上に薄い単衣だけを羽織って部屋を出ますと、十七夜の月が西に傾き、東の空には横雲がたなびいておりました。
御所さまは、すでに桜萌黄の甘(カン・上皇の着る狩衣直衣)の御衣に薄紫の御衣、固文の御指貫をお召しになっていて、姫さまには、いつものお姿より一層ご立派に見えたことに、何故そうなのかと内心戸惑われておられました。
* * *
第一章 ( 七 )
姫さまの母方の叔父にあたられる善勝寺の大納言殿が、縹色(ハナダイロ・薄いあい色)の狩衣といったお姿で牛車を横付けされました。
殿上人は、中御門為方殿がただ一人伺候されていました。他には、北面の武者二、三人、召使いなどで、御車を付けたちょうどその時、いかにも時刻を知っているかのような鶏の声が、寝ている人を起こそうとばかりにしきりに鳴く上に、河崎の観音堂の鐘の音は、ただもう姫さまの濡れた袖に語りかけるかのように響いてくるのです。
御所さまは、姫さまの御父上とでもお話をなさっているのでしょうか、なかなかお姿を見せません。
御車の近くで御見送りするため控えている姫さまは、とても盛装とはほど遠く、しかも新枕のあとの気恥ずかしさを人目にさらしている状態で、実に儚げに見えます。
西の空の有明の月もすっかり白みかけていて、御所さまとのこと、御所さまのさまざまな御言葉のそのまま受け取ってよいものかなどと、思い悩んでいる様子がありありと伝わってきます。
「おお、何といじらしい姿よ」
ようやく姿をお見せになった御所さまは、姫さまに声をかけ愛おしげに手を取りました。
そして、そのまま御車に引っ張り込むようにして乗せると、すぐに御車を出させました。
御所さまと一緒に行くなどとは御父上にも申し上げておりませんし、その上寝乱れた姿に薄い単衣を羽織っているだけなのです。
『 鐘の音におどろくとしもなき夢の なごりも悲し有明の空 』 (「おどろく」は目覚めるの意)
姫さまは、まるで昔物語にでもあるように、さらわれていくような心細さをこのように歌っています。
御所さまも、たった今盗み出してきた女にするように、姫さまを抱きしめて甘いお言葉をかけ続けていましたが、姫さまは、心細さと辛さがまさる心地で、涙の他はお答えできない様子でございました。
やがて、御車は後深草院御所に着き、角の御所の中門に乗り入れて、お降りになった御所さまは善勝寺の大納言殿に指示を出されました。
「この子は、あまりにも頼りなく、おさなごのような有様なので、放っておくわけにもゆかず連れて参ったのだ。しばらくは人には知らさないつもりなので、お前が世話をするように」
と言い置いて、常の御所にお入りになられました。
残された姫さまは、幼い頃から仕えている御所だと感じられず、とても恥ずかしい気持ちになり、実家を出てきてしまったことが悔やまれ、「これから先、あたしはどうなっていくのか」と、またも涙をあふれさせておりました。
すると、御父上の声が聞こえてきましたが、姫さまの身の上を案じられて後を追ってきたのでしょう。善勝寺の大納言殿が御所さまが命じられたことなどをお伝えになっています。
「今となっては、このように妃でもなく女房でもないという中途半端なことはよろしくない。今までと同様の状態で召し置かれるのがよいでしょう。隠しておいて噂が漏れるのは、かえってよくないのでは」
などと言われて、御父上は退出されました。
「ほんとうに、これからのあたしはどうなるのか」
と、御父上の声が去っていくと、姫さまの不安はさらに増し、この身をどうすればよいのかと悲しみは増すばかりでした。
やがて、御所さまがお見えになり、昨夜来の甘い言葉や御車の中での愛を誓う言葉などを繰り返されましたので、姫さまも次第に慰められて、これが逃れることのできない御縁なのかと思われ始めたようでございます。
* * *
姫さまの母方の叔父にあたられる善勝寺の大納言殿が、縹色(ハナダイロ・薄いあい色)の狩衣といったお姿で牛車を横付けされました。
殿上人は、中御門為方殿がただ一人伺候されていました。他には、北面の武者二、三人、召使いなどで、御車を付けたちょうどその時、いかにも時刻を知っているかのような鶏の声が、寝ている人を起こそうとばかりにしきりに鳴く上に、河崎の観音堂の鐘の音は、ただもう姫さまの濡れた袖に語りかけるかのように響いてくるのです。
御所さまは、姫さまの御父上とでもお話をなさっているのでしょうか、なかなかお姿を見せません。
御車の近くで御見送りするため控えている姫さまは、とても盛装とはほど遠く、しかも新枕のあとの気恥ずかしさを人目にさらしている状態で、実に儚げに見えます。
西の空の有明の月もすっかり白みかけていて、御所さまとのこと、御所さまのさまざまな御言葉のそのまま受け取ってよいものかなどと、思い悩んでいる様子がありありと伝わってきます。
「おお、何といじらしい姿よ」
ようやく姿をお見せになった御所さまは、姫さまに声をかけ愛おしげに手を取りました。
そして、そのまま御車に引っ張り込むようにして乗せると、すぐに御車を出させました。
御所さまと一緒に行くなどとは御父上にも申し上げておりませんし、その上寝乱れた姿に薄い単衣を羽織っているだけなのです。
『 鐘の音におどろくとしもなき夢の なごりも悲し有明の空 』 (「おどろく」は目覚めるの意)
姫さまは、まるで昔物語にでもあるように、さらわれていくような心細さをこのように歌っています。
御所さまも、たった今盗み出してきた女にするように、姫さまを抱きしめて甘いお言葉をかけ続けていましたが、姫さまは、心細さと辛さがまさる心地で、涙の他はお答えできない様子でございました。
やがて、御車は後深草院御所に着き、角の御所の中門に乗り入れて、お降りになった御所さまは善勝寺の大納言殿に指示を出されました。
「この子は、あまりにも頼りなく、おさなごのような有様なので、放っておくわけにもゆかず連れて参ったのだ。しばらくは人には知らさないつもりなので、お前が世話をするように」
と言い置いて、常の御所にお入りになられました。
残された姫さまは、幼い頃から仕えている御所だと感じられず、とても恥ずかしい気持ちになり、実家を出てきてしまったことが悔やまれ、「これから先、あたしはどうなっていくのか」と、またも涙をあふれさせておりました。
すると、御父上の声が聞こえてきましたが、姫さまの身の上を案じられて後を追ってきたのでしょう。善勝寺の大納言殿が御所さまが命じられたことなどをお伝えになっています。
「今となっては、このように妃でもなく女房でもないという中途半端なことはよろしくない。今までと同様の状態で召し置かれるのがよいでしょう。隠しておいて噂が漏れるのは、かえってよくないのでは」
などと言われて、御父上は退出されました。
「ほんとうに、これからのあたしはどうなるのか」
と、御父上の声が去っていくと、姫さまの不安はさらに増し、この身をどうすればよいのかと悲しみは増すばかりでした。
やがて、御所さまがお見えになり、昨夜来の甘い言葉や御車の中での愛を誓う言葉などを繰り返されましたので、姫さまも次第に慰められて、これが逃れることのできない御縁なのかと思われ始めたようでございます。
* * *
第一章 ( 八 )
二条の姫君は、以前と同じように出仕することとなりました。
すなわち、身分は上臈女房ですが、四歳の頃から御所さまから可愛がられており、まるで御所さまの姫さまと思われるような他の女房方とは少し違うお立場だったのです。そのことは、周りの女房方みんなが認めていることでありました。
以前と同じようなお立場に戻られはしましたが、御所さまは毎夜姫さまを寝所にお召しになられました。
それは十日ばかりも欠けることなく続きました。
ご実家では涙ばかりの新枕でありましたが、姫さまのお心も、そしてお身体も少しずつ和らぎ始め、御所さまをますます夢中にさせていったのでしょう。
姫さまのお心の中には、なお『煙の末』と詠われた御方のことがありましたが、さすがにそのお気持ちを消し去ろうと務めておりました。
しかし、御所さまには何人もの御寵妃がおられ、女房方も数多伺候されているのですから、御所さまが毎夜毎夜姫さまをお召しになれば、噂が立つようになるのは当然のことでございます。
この噂は、姫さまの御父上の大納言殿にも達することとなり、もちろん姫さまのお身を心配してのことではありますが、御所さまにとっても芳しくない噂でもあり、姫さまの宿下がりを強く申し出られました。
お二人の間で幾度かのご相談があったようですが、なかなかに難しい問題もありまして、結局姫さまは御所を退出することとなりました。
いざ、実家に戻られますと、やはり家の方々や家人たちの目も何かと煩わしく、姫さまはお部屋に籠ってしまうようになりました。
ところが、さほどの日も経たないうちに、御所さまからの御手紙が届きました。
「この間からの日々が懐かしく、逢わない日がつもり積った気がしている。すぐに戻って参れ」と書かれていて、御歌は、
『 かくまでは思ひおこせじ人しれず 見せばや袖にかかる涙を 』
とあります。「これほどわたしがそなたのことを想っているなどと、そなたは思ってもいないだろう。わたしの袖にかかる涙を、そっと見せたいよ」といった内容の御歌で、姫さまを一人前の女として見ている内容のものでした。
姫さまも、最初の時はあれほどうとましく感じていましたのに、今回の御手紙は心待ちしていたようで、上気した表情を隠そうともなさらず、ご自分でさえ少しばかり行き過ぎかしらと思われるほどの内容のご返事をお書きになられました。そのご返歌は、
『 我ゆゑの思ひならねど小夜衣 なみだと聞けば濡るる袖かな 』
それから幾日も経たないうちに、姫さまは以前と同じような立場で出仕されました。
けれども、すでにさまざまな噂が立っているらしく、何となく落ち着かないうえ、「あの人は久我大納言の秘蔵っ子で、女御として入内する形式を取って、御所さまに差し上げたそうよ」と悪意に満ちた噂もあって、はや正妃である東二条院さまのお耳にまで達していて、たいそう不快なご様子ということも聞こえてきておりました。
姫さまにとっては、とても居心地の悪い状況の中、依然女房とも御所さまの思われ人とも明らかにされないままの出仕が続きました。
御所さまからお召しのある夜は、人目を気にしながらも、御所さまを受け入れることに辛さがなくなり、変わらぬ優しいお振舞いに夢のようなひとときを送ることが出来るようになりましたが、最初のように毎夜毎夜ということではなくなりました。
いつもは女房として伺候されている姫さまですから、他の女性が御所さまの夜伽に参る時には、その案内役を務めることもあり、世の習わしとはいえ辛いお役目でございました。
その辛さを堪えれば良いことと出合う日も来るのかと思い患い、また時には、御所さまに抱き締められて一夜の夢を見ながら、いつしか季節は秋を迎えようとしておりました。
* * *
二条の姫君は、以前と同じように出仕することとなりました。
すなわち、身分は上臈女房ですが、四歳の頃から御所さまから可愛がられており、まるで御所さまの姫さまと思われるような他の女房方とは少し違うお立場だったのです。そのことは、周りの女房方みんなが認めていることでありました。
以前と同じようなお立場に戻られはしましたが、御所さまは毎夜姫さまを寝所にお召しになられました。
それは十日ばかりも欠けることなく続きました。
ご実家では涙ばかりの新枕でありましたが、姫さまのお心も、そしてお身体も少しずつ和らぎ始め、御所さまをますます夢中にさせていったのでしょう。
姫さまのお心の中には、なお『煙の末』と詠われた御方のことがありましたが、さすがにそのお気持ちを消し去ろうと務めておりました。
しかし、御所さまには何人もの御寵妃がおられ、女房方も数多伺候されているのですから、御所さまが毎夜毎夜姫さまをお召しになれば、噂が立つようになるのは当然のことでございます。
この噂は、姫さまの御父上の大納言殿にも達することとなり、もちろん姫さまのお身を心配してのことではありますが、御所さまにとっても芳しくない噂でもあり、姫さまの宿下がりを強く申し出られました。
お二人の間で幾度かのご相談があったようですが、なかなかに難しい問題もありまして、結局姫さまは御所を退出することとなりました。
いざ、実家に戻られますと、やはり家の方々や家人たちの目も何かと煩わしく、姫さまはお部屋に籠ってしまうようになりました。
ところが、さほどの日も経たないうちに、御所さまからの御手紙が届きました。
「この間からの日々が懐かしく、逢わない日がつもり積った気がしている。すぐに戻って参れ」と書かれていて、御歌は、
『 かくまでは思ひおこせじ人しれず 見せばや袖にかかる涙を 』
とあります。「これほどわたしがそなたのことを想っているなどと、そなたは思ってもいないだろう。わたしの袖にかかる涙を、そっと見せたいよ」といった内容の御歌で、姫さまを一人前の女として見ている内容のものでした。
姫さまも、最初の時はあれほどうとましく感じていましたのに、今回の御手紙は心待ちしていたようで、上気した表情を隠そうともなさらず、ご自分でさえ少しばかり行き過ぎかしらと思われるほどの内容のご返事をお書きになられました。そのご返歌は、
『 我ゆゑの思ひならねど小夜衣 なみだと聞けば濡るる袖かな 』
それから幾日も経たないうちに、姫さまは以前と同じような立場で出仕されました。
けれども、すでにさまざまな噂が立っているらしく、何となく落ち着かないうえ、「あの人は久我大納言の秘蔵っ子で、女御として入内する形式を取って、御所さまに差し上げたそうよ」と悪意に満ちた噂もあって、はや正妃である東二条院さまのお耳にまで達していて、たいそう不快なご様子ということも聞こえてきておりました。
姫さまにとっては、とても居心地の悪い状況の中、依然女房とも御所さまの思われ人とも明らかにされないままの出仕が続きました。
御所さまからお召しのある夜は、人目を気にしながらも、御所さまを受け入れることに辛さがなくなり、変わらぬ優しいお振舞いに夢のようなひとときを送ることが出来るようになりましたが、最初のように毎夜毎夜ということではなくなりました。
いつもは女房として伺候されている姫さまですから、他の女性が御所さまの夜伽に参る時には、その案内役を務めることもあり、世の習わしとはいえ辛いお役目でございました。
その辛さを堪えれば良いことと出合う日も来るのかと思い患い、また時には、御所さまに抱き締められて一夜の夢を見ながら、いつしか季節は秋を迎えようとしておりました。
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