雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

卯月の晦がたに

2014-10-31 11:00:10 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百九段  卯月の晦がたに

卯月の晦がたに、泊瀬に詣でて、「淀の渡り」といふものをせしかば、船に車を舁(カ)き据ゑていくに、菖蒲・菰などの、末短く見えしを取らせたれば、いと長かりけり。
菰積みたる船のありくこそ、いみじうをかしかりしか。
「『高瀬の淀に』とは、これを詠みけるなめり」と見えて・・・。

三日、帰りしに、雨のすこし降りしほど、「菖蒲刈る」とて、笠のいと小さき着つつ、膝いと高き男童などのあるも、屏風の絵に似て、いとをかし。


四月の末頃に、長谷寺に詣でて、「淀の渡り」ということをしましたが、船に車を乗せて行くと、菖蒲、菰などの葉の先が少し見えたので、従者にそれを取らせたところ、とても長いのものでした。
菰を積んでいる船が通って行くのがとても趣がありました。
「『高瀬の淀に』という歌は、こういう風景を詠んだのだろうと」と思われました・・・。

五月三日に帰りましたが、雨が少し降っている時に、「菖蒲を刈る」ということで、笠のとても小さなものを被って、衣をかかげて脛を長々と出している男や、子供などがいるのも、屏風の絵によく似て、とても風情があります。



珍しく、目の前の情景が素直に描かれています。
いえいえ、決して少納言さまが素直ではないということではございません。

それにしても、少納言さまはフェリーボートに乗っていたのですねぇ。
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常よりことにきこゆるもの

2014-10-30 11:00:10 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百十段  常よりことにきこゆるもの

常よりことにきこゆるもの。
正月の車の音、また、鶏の声。
暁の咳き、物の音はさらなり。


ふだんより特別な感じに聞こえるもの。
元日の車の音、また、にわとりの声。
暁のせきばらい、暁の音色は言うまでもありません。


いつもと違う感じで聞くものは、現在の私たちにもよく理解できるテーマです。
それにしても、挙げられている例が少なく、「暁の咳」はどういうことを意味しているのかよく理解できません。
最後の「物の音」とは、横笛などを指すのでしょうが、暁に女性の家から帰る時に聞く男性の気持ちらしく、少納言さまらしい表現だと思われませんか。
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時代の流れ

2014-10-29 11:00:38 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子  ちょっと一息 

時代の流れ

清少納言が生まれたのは、西暦でいえば、965年と考えられています。没年ははっきりしていませんが、60歳頃の死去と考えられています。
ざっと言いますと、西暦1000年の前後を生きた女性ということになります。つまり、平安時代の真ん真ん中、藤原氏の絶頂期を経験したということになります。

枕草子は、清少納言が中宮定子に仕えていた頃を中心に描かれています。
中宮定子に仕えたのは、清少納言が28歳の頃から35歳の頃まで、定子が17歳の頃から24歳で亡くなるまでのことです。そして、定子が亡くなった少し後に宮仕えを辞したようです。

枕草子を読んでいきますと、平安中期の王朝文化の全盛期の一端を垣間見ることが出来ると思うのですが、清少納言と中宮定子の交わりを時系列的に見ることが出来るかということになりますと、なかなかそうもいきません。
枕草子は、定子に仕える前のことも描かれていますし、何よりも、章段そのものが全く時系列ではないからです。

時間の流れなど関係なく、宮中の描写が続いたかと思えば、突然「何々は・・・」と来るのですから、時間的な流れは全く無視されているように感じられます。
そして、それが枕草子の特徴であり魅力の一つになっているのでしょうね、きっと。
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絵に描き劣りするもの

2014-10-28 11:00:44 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百十一段 絵に描き劣りするもの

絵に、描き劣りするもの。
瞿麦、菖蒲、桜。
物語に、「めでたし」といひたる、男・女の容貌。


絵に描くと、実物より見劣りするもの。
なでしこ、しょうぶ、さくら。
物語のなかで、「すばらしい」と述べられている、男女の容貌。



ごく分かりやすい章段です。現代人の感覚と大差ないように思われますが、今少し事例をあげて、少納言さま独特の感性を伝えて欲しかった気もします。
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描きまさりするもの

2014-10-27 11:00:35 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百十二段  描きまさりするもの

描きまさりするもの。
松の木、秋の野。
山里、山道。


絵に描いて実物よりまさって見えるもの。
松の木、秋の野。
山里、山道。



前段と対をなしています。
前段には書き出しの部分に、「絵に」とありますが、この章段では省略されています。その点から考えますと、前段と本段は対を成すというより、一体のように思われます。

ただ、前段より本段の方が少納言さまの美意識のようなものが伝わって来ると感じるのは、少々オーバーでしょうか。
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冬はいみじう寒き

2014-10-26 11:00:49 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百十三段  冬はいみじう寒き

冬は、いみじう寒き。
夏は、世に知らず暑き。


冬は、うんと寒いのがよろしい。
夏は、たまらないほど暑いのがいいのですよ。


短く、極めて率直な文章です。
「それが、どうしたんですか」と言いたい気持ちもありますが、いかにも少納言さまらしく、個人的にはとても好きな章段です。
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あはれなるもの

2014-10-25 11:00:03 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百十四段  あはれなるもの

あはれなるもの。
孝ある人の子。
よき男の若きが、御嶽精進したる。閉て隔てゐて、うち行ひたる暁の額、いみじうあはれなり。むつまじき人などの、目覚ましてきくらむ、思ひやる。
「詣づるほどのありさま、いかならむ」など、つつしみ怖ぢたるに、たひらかに詣で着きたるこそ、いとめでたけれ。烏帽子のさまなどぞ、すこし人わろき。
なほ、いみじき人ときこゆれど、こよなくやつれてこそ詣づと知りたれ。
     (以下割愛)


しみじみと感動させられるもの。
親孝行な子供。(孝ある、人の子、と切る。また、親への孝とは、ここでは喪に服している意味とも)
身分の高い若い男性が、御嶽精進(吉野の金峰山に詣でるための精進)をしている姿。障子をしめ切った部屋に籠り、勤行した上での明け方の礼拝(明け方には庭に出て、金峰山の方に向かって五体投地の礼拝を百回繰り返す定めであったとか)など、まことに気の毒なほどです。特別親しい女性などが、寝もやらず聞いていることだろうと、想像されます。
「(準備でもこれほど大変なので)いよいよ参詣する時は、どれほど大変なのだろうか」などと、身を慎み畏れていたのですが、無事に御嶽に参着したということは、大変結構なことです。
烏帽子の様子などは少々みっともない格好です。どんなに偉い方だといっても、格別粗末な身なりでお参りするものだと、誰でも心得ていることなのです。

ところが、右衛門の佐宣孝(ウエモンノスケノブタカ・藤原宣孝、紫式部の夫)という人は、
「つまらないことだ。普通に清浄な着物を着て参詣したって、何の悪いことがあろうか。まさか必ず『粗末な身なりで参詣せよ』と御嶽の蔵王権現様は決しておっしゃるまい」と言って、三月の末に、紫のとても濃い指貫に白い襖(アオ・武官の礼服。ここでは仕立てが似ている、狩衣のことらしい)、山吹色のとても大げさで派手な色の衣などを着て、息子の主殿亮隆光には、青色の襖、紅の袿、手のこんだ摺り模様の水干という袴を着せて、連れ立って参詣したのを、御嶽から帰る人も、これから参詣する人も、珍妙で奇態なことだとして、
「全く、昔からこのお山で、こんな身なりの人は見たことがない」と、あきれかえったのですが、四月の初めに下山してきて、六月十日の頃に、筑前の守が辞任した後任として任官してしまったのですから、
「なるほど、言っていたことに、間違いはなかったとはねえ」と評判になったものです。
これは、本題の「あはれなるもの」ではありませんが、御嶽の話のついでです。

男性でも、女性でも、若くて美しい人が、とても黒い喪服を着ているのは、あわれなことです。

九月の末、十月の初めの頃に、かすかに、聞えたか聞えないくらいに耳にした、きりぎりす(現在のコオロギ)の声。(現在と同じキリギリスという説もあるようですが、時期から無理な感じがします)
鶏が卵を抱いて伏している姿。
秋が深い庭の雑草に、露がさまざまな宝玉のように光っているさま。

夕方や明け方に河竹(真竹のことか)が風に吹かれて鳴っているのを、目覚めて聴いているの。
また、夜などは、何かにつけあわれを感じるものです。
山里の雪。
愛し合っている若い人の仲が、邪魔だてする者があって、思い通りにならないもの。



枕草子を指して「をかし」の文学と言われますが、この章段は「あはれ」がテーマです。
あげられている事例はともかくとして、この章段は大変大きな意味を持っています。それは、紫式部の夫が登場しているということです。

宣孝の世間の常識を逸脱したような振る舞いを、少納言さまは自己宣伝として受け取っているようです。
この一文は、宣孝没後に公表したようですが、その内容が紫式部は気に入らなかったらしく、紫式部日記などで少納言さまを責める一因になったようです。
まあ、才女同士、仕える中宮は別、作品の性格も全く別、どう考えても二人が仲良しだったら変ですよね。
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寺に籠りたるは・・その1

2014-10-24 11:02:52 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百十五段  寺に籠りたるは
  
正月に寺に籠りたるは、いみじう寒く、雪がちに凍りたるこそ、をかしけれ。雨うち降りぬる気色なるは、いとわるし。

清水などに詣でて、局するほどに、呉橋のもとに車引き寄せて立てたるに、覆肩衣ばかりうちしたる若き法師ばらの、足駄といふものをはきて、いささかつつみもなく、降り昇るとて、何ともなき経のはしうち読み、倶舎の頌など誦しつつありくこそ、ところにつけては、をかしけれ。
わが昇るは、いとあやふくおぼえて、かたはらに寄りて、高欄おさへなどしていくものを、ただ板敷などのやうに思ひたるも、をかし。
     (以下割愛)


正月に寺に籠っている時は、大変寒く、雪がちで冷え込んでいるのが、とりわけよろしい。雨が降り出しそうな空模様は、全くよくありません。

清水寺などに参詣して、お籠りの部屋の準備が出来る間、呉橋のそばに牛車を引き寄せてとめていると、覆肩衣(オホイ・左肩だけを覆うもの)だけを付けた若い坊さんたちが、足駄というものを履いて、全然恐れる様子もなく、その呉橋(反り橋になっている)を降り昇りしながら、別にわけもない経文の一部分を読んだり、倶舎の頌(クサノズ・経典の一つ)などを唱えながら歩き回るのは、場所が場所だけにいいものです。
その反り橋を、私たちが昇るとなると、とてもあぶなく感じられて、脇の方によって、高欄につかまりなどして渡るのに、あの若い坊さんたちは、まるで板の間か何かのように平気でいるのも、感心してしまいます。

「お籠りの部屋の用意ができました。お早くどうぞ」と案内の法師が言えば、従者が沓などを持ってきて、参詣人を車からおろす。
反り橋を渡るので、着物の裾を上の方にはしょりなどしている者もいれば、その一方で、裳や唐衣など、大げさな装束の者もおり、深沓や半靴などをはいて、廊下のあたりを沓を引きずりながらお堂に入って行くのは、宮中にでもいるような感じがして、それもまた面白い。(この辺りの廊下は、紫宸殿から移したもので宮中の雰囲気に似ていた)

奥向きの出入りも許されている若い男たちや、一族の子弟たちが、後に大勢付き従って、
「そこの辺りは低くなっている所がございます」
「一段高くなっています」などと注意しながら行く。どのような身分の人なのでしょうか、女主人にぴったりと付き添っている従者は、追い越して行く者などに、
「しばらくお待ちを。高貴なお方がいらっしゃるのに、そのようなことはしないものですよ」などと咎めるのを、
「なるほど」と思って、多少遠慮する者もあるし、また、全く聞きも入れもしないで、「ともかく、自分が先に仏の御前に」と思って行く者もいます。

お籠りの部屋に入る時も、参詣人がずらりと並んで座っている前を通って行くのは、とても嫌なものですが、それでも犬防ぎ(仏堂の内陣と外陣を仕切る格子)の内側の内陣を覗いたときの気持ちは、本当にありがたく、「どうして、ここ何か月もお参りしないで過ごしてしまったのかしら」と、何より先に信心の気持ちがわいてきます。

仏前の御灯明が、それもふだんの御灯明ではなくて、内陣に別に、参詣の人が奉納したものが、恐ろしいほどに燃えさかっている焔で、御本尊の仏像がきらきらと輝いていらっしゃるのが大変ありがたく、お坊さん方がそれぞれ手にした参詣人たちの願文をささげ持って、礼拝の座でかすかに身体を揺すりながら祈願する声が、それはそれは堂内が大勢の張り上げる祈願の声が響き渡るので、どれが自分の願文だか、区別して聴き取れそうもないのに、一段と張り上げた声に一つ一つは、不思議なことに、紛れないで耳につくものなのです。
「千灯奉納のご趣旨は、誰々の御為」などは、ちらっと聞こえる。

私が掛け帯をした姿で、謹んで御本尊を礼拝していますと、
「もしもし、塗香でございます」と言って、樒の枝を折って持って来たのなどは、枝の香りなどがとてもありがたく、趣きがあるものです。
(塗香・ヅコウ・身を清めるために香を手に塗ったりする。現在の焼香のような意味か? 但し、この部分は別の説もある)

犬防ぎの方から、私が祈願をお願いしたお坊さんが近づいて来て、
「ご立願のことは、しっかりお祈りいたしました。幾日ほどお籠りのご予定ですか」
「これこれのお方がお籠りになっておいでです」などと話して下さって、立ち去ったかと思うとすぐに、火鉢や果物など次々と持って来て、半挿(ハンゾウ・湯や水を注ぐのに用いる器)に手洗いの水を入れて、その水を受ける手なしのたらいなどもあります。
「お供の方は、あちらの宿坊でお休み下さい」などと、あちらこちらに声をかけながら行くので、供の者は交替で宿坊へ行く。
誦経の鉦(カネ)の音などを、「あれは自分のためらしい」と聞くのも、頼もしく感じられます。

隣の部屋に、それなりの身分らしい男性が、ごくひっそりと額ずいたり、立ち居の様子も「思慮ある人だろう」と聞き分けられるのですが、その人が、いかにも思いつめた様子で、一睡もしないでお勤めしているのは、とてもしみじみと心に伝わってきます。こちらがひと眠りする時は、声を落として読経しているのも、いかにもありがたい感じがします。
こちらからお声をかけたいほどなのに、まして鼻などを、大きな音で不愉快な感じではなく、遠慮がちにかんでいるのは、「何を祈願しているのだろう。その願いを成就させてやりたい」と思いました。

幾日も続いて籠っていますと、昼間は少しのんびりと、以前はしていたものです。導師の宿坊に、供の男たちや、下仕えの女、童女たちなどがみな行って、私一人がお堂で退屈していますと、すぐそばで、法螺貝を急に吹きだしたのには、たいそう驚かされました。(時刻を知らせるものらしい)

きれいな立て文を供の者に持たせた男性などが、誦経のお布施の品をその辺りに置いて、堂童子(堂内の雑用を勤める者)などを呼ぶ声は、山がこだましあって、派手やかに聞こえる。
誦経の鉦の音が一段と高く響いて、「どなたの誦経なのかしら」と思ううちに、お坊さんが高貴な方の名を言って、
「ご出産が平安でありますように」など、いかにも効験がありそうに祈祷しているのなどは、ついつい「結果はどうだろう」などと気がかりで、こちらまでがお祈りしたくなるものですよ。

こうした様子は、ふだんの空いている時ののことでしょう。正月などは、ただもう何とも物騒がしいのです。官位昇進を願う人たちが、次から次へと絶え間なく参詣するのを見ているので、肝心のお勤めもろくに出来ません。


      (その2に続く)
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寺に籠りたるは・・その2

2014-10-24 11:00:33 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
     (その1からの続き)

日が暮れる頃になって参詣するのは、これからお籠りする人のようです。
小坊主たちが、とても持ち運びできそうもない鬼屏風の丈の高いのを、ほんとうに上手に前うしろに動かして、畳など置いたかと思うと、次々と仕切っていって、犬防ぎに簾をさらさらと掛けて部屋を作っていく手順は、すっかり手慣れていて楽々とこなしているように見えます。
衣ずれの音もそよそよと、大勢の人が部屋から出てきて、そのうちの年配の老女めいた人が、上品な声であたりに遠慮した口ぶりで、送ってきただけで帰る人たちがいるのでしょうか、その人たちに、
「これこれのことが心配だ」
「火の用心をしなさい」などと、言いつけたりしているようです。

七、八歳ぐらいの男の子が、可愛い声で、えらそうな口ぶりで家来の男たちを呼びつけ、何か言い付けているのが、とても可笑しい。
また、三歳くらいの幼児が、寝ぼけて、急に咳き込んでいるのも、ほんとに可愛い。その子が、乳母の名前や、「「お母さま」などと寝言を言っているのも、「その母親は誰なのだろう」と、知りたくなります。

一晩中、勤行の騒がしさの中で夜を明かすので、私はおちおち寝ることも出来ませんでしたが、後夜の勤行などが終わって、少しうとうとしかけている耳に、その寺の御本尊の御経(観音経か)を、とても荒々しい声で勿体ぶって、いきなり唱えはじめた声に、「それほどとり立ててありがたい坊さんでもない、山伏のような法師で、外陣のまだ外で、蓑を敷いて座ったりしているのが読経しているらしい」と、ふと目を覚まして、憐れな気がします。

また、夜などは籠らないで、相当身分のあるらしい人が、青鈍の指貫の綿の入っているのに、白い着物をたくさん着こんで、「その人の子息らしい」と見受けられる若いしゃれた男性や、着飾った少年などを連れて、さらに侍らしい者たちを大勢侍らせて、座って祈念している姿も興味深い。
ごく略式に、屏風ぐらいを立てて、ちょっとばかり拝礼などしているらしい。
顔を知らない人の場合は、「一体誰だろう」と、好奇心がわきます。知っている場合は、「ああ、あの人だわ」と見てとるのも面白い。

若い男の人たちは、とかく女性が籠ってい部屋のあたりをうろつきまわって、御本尊の方を見向きも申し上げないで、寺の別当などを呼び出して、小声で耳打ちしたり、世間話をして行ってしまうのは、並の身分の人とは思えません。

二月の末、三月の初めの頃、桜の花盛りに籠るのもいいものです。
すっきりとした若い男たちで、それぞれ一家の主と見えるのが二、三人は、桜襲の狩襖や柳襲の狩衣などを、実に見事に着こなして、くくりあげてある指貫の裾も、いかにも上品に見える。
その主人に似つかわしい感じがする従者に、飾りたてた餌袋(エブクロ・もとは鷹狩の餌を入れたが、弁当を入れるのにも用いられた)を抱え持たせて、小舎人童たち、それには紅梅や萌黄の狩衣に、いろいろな色の衣、手のこんだ摺り紋様の袴などを着せている。桜の花を折り持たせたり、贅沢な格好で・・・。侍風のやせ形の従者などを引き連れて、お堂の前で金鼓を打つ様子は、なかなかのものです。
「きっと、あの人に違いない」と私の籠る部屋から見分ける人もありますが、先方はどうして気付きましょう。
このまま通り過ぎていってしまうのも物足りないので、「私たちに挨拶させたいわね」などと言い合うのも可笑しい。

こんなわけで、お寺に籠ったり、その他ふだんと違った所では、自分が召し使う者だけを連れて行くのは、つまらないと思われます。
やはり同じくらいの身分で、気が合って、楽しいことも憎らしいことも、言いたいように話しあえるような友人を、必ず一人二人、出来ればもっとたくさんでも、誘いたいものです。自分の身の回りの中にも、気のきいた者もいるのですが、変わり映えしないのです。
男性だって、同じように思うに違いありません。同行者を、探したり誘いまわったりしていますもの。



清水寺参籠の様子が細やかに描かれています。
清水寺は、現在でも京都屈指の寺院として有名ですが、少納言さまの時代にも、すでに大勢の人たちがお参りされていたようです。
当時の風俗を知る上でも貴重な章段ではないでしょうか。
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心づきなきもの

2014-10-23 11:00:05 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百十六段  心づきなきもの

いみじう心づきなきもの。
祭り・禊など、すべて男の物見るに、ただひとり乗りて、みるこそあれ。いかなる心にかあらむ。やむごとなからずとも、若き郎等などの、ゆかしかるをも、ひき乗せよかし。
透影に、ただ一人ただよひて、心一つにまぼり居たらむよ。「いかばかり心狭く、けにくきならむ」とぞ、おぼゆる。

物へいき、寺へも詣づる日の雨。
使ふ人などの、
「われをばおぼさず。なにがしこそ、ただ今の時の人」などいふを、ほののきたる。
「人よりは少しにくし」と思ふ人の、おしはかり言うちし、すずろなるもの怨みし、わがかしこなる。


全く気にいらないもの。
賀茂祭りや禊など、すべての男性が見物に行くのに、牛車にたった一人乗って見るなんてとんでもありません。いったいどういう料簡なのでしょう。身分の高い人でなくても、若い従者で、気のきいた者でも、一緒に乗せればいいのですよ。
牛車の御簾を通して見える人影が、たった一人でしょんぼりと、黙りこくって見つめている姿といったら。
「何て料簡の狭い、憎々しい男だろう」と、思うのです。

物見に行ったり、参詣したりする日の雨は、全く気にいらない。。
召し使っている者などが、
「ご主人は、私をちっともかまってくれない。だれそれさんが、きっと一番のお気に入りなんだ」などと言うのを、小耳にはさむのは、ほんとに気に入らない。
「他の人より少々ましだ」と好意を持っている人が、当て推量のうわさをしたり、根も葉もない逆恨みをしたりして、自分だけ良い子になっているのは、全く気に入りません。


最初の部分ですが、少々理解しにくいのですが、
「皆が賑やかに楽しむ行事に一人ぽつねんと見ていること」
「身分が高い人でなくても、誰かと一緒に乗って行くべき」
「気のきいた郎等を同乗させてもいいではないか」
この三点が、少納言さまはお気にいらないようです。

私自身よく理解できていないのですが、どうやら、「身分の低い者は、牛車に何人かで乗るのは差し障りがある」「郎等(従者)を同乗させるのは、本当はよくない」らしいと、理解しました。正しいのかどうか自信がありません。頼りなくて申し訳ありません。

「人よりは少しにくし」の意味ですが、「人より少し憎らしい」とする解説書もありますが、それでは『心づきなきもの』という主題に合致しませんので、「にくし」を「心憎し」のこととして現代訳しました。
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