麗しの枕草子物語
栄華の御時
叔景舎の君がお輿入れされてから中宮さまと初めてご対面された時のすばらしいご様子は、すでにお話申し上げましたが、その時私は、大変恥ずかしい思いをしたのですよ。
その時のことをお話いたしましょう。
ご対面の前に、中宮さまの御髪の世話などさせていただいておりました時、
「そなたは、叔景舎をお見かけしたことはあるのか」
と、お尋ねになられました。
「いえ、まだございません。以前、御車にお乗りにる後姿をほんの少し拝見させていただいたばかりでございます」
と申し上げますと、
「それでは、対面の時に、私の後ろの柱と屏風の間から、そうっと御覧なさい。とてもおきれいな方よ」
と申されましたので、私は嬉しくて、御屏風にくっつくようにして、すばらしいご対面の様子を拝見することが出来ましたのです。
他の女房たちは、「失礼にあたる」とか「はらはらする」などと囁きあっておりましたが、私は中宮さまの御許しを得ているものですから、気に掛けることもなく一部始終を覗き見しておりました。
ところが、御膳の頃となりますと、その準備のために女蔵人が私が身を隠している御屏風を取り払ってしまったものですから、隠れ蓑を取られてしまったような心地で、慌てて御簾と几帳の間に身を隠しました。
しかし、衣の裾や裳などが御簾の外にはみ出しているものですから、関白殿がそれをお見つけになったのです。
「あれは誰だ。あの御簾の間より見えるのは」
と、お咎めになられましたので、
「少納言が、珍しいもの見たさに覗いているのでしょう」
と中宮さまがお助け下さいますと、
「何と、恥ずかしいことよ。少納言とは古い馴染なのだ。『 随分と不細工な娘たちを持ったものだ 』と思って見ているに違いない」
などと仰られるのですよ。
私は身の縮む思いでしたが、冗談を述べられる関白殿の御顔は、いかにもご自慢の様子でございました。
ご繁栄の頂点にあった関白藤原道隆殿が薨去されましたのは、これからふた月も経たない後のことでございます。
(第九十九段・叔景舎、春宮にまゐりたまふ・・、より)