枕草子 第八十一段 左衛門の陣などに
さて、その左衛門の陣などにいきて後、里に出でて、しばしあるほどに、
「疾くまゐりね」
などある仰せ言の端に、
「左衛門の陣へいきしうしろなむ、常に思しめし出でらるる。いかでか、さつれなく、うち旧りてありしならむ。いみじうめでたからむとこそ思ひたりしか」
など仰せられたる御返りに、畏まりの由申して、私には、
「いかでかは、『めでたし』と思ひはべらざらむ。『御前にも、「中なる乙女」とは、御覧じおはしましけむ』となむ、思うたまへし」
と、きこえさせたれば、たちかへり、
「いみじく思へるなる仲忠が面伏せなることは、いかで啓したるぞ。ただ、今夜のうちに、万づのことを捨てて、まゐれ。さらずば、いみじう憎ませたまはむ」
となむ、仰せ言あれば、
「よろしからむにてだに忌々し。まいて、『いみじう』とある文字には、命も身もさながら捨ててなむ」
とて、まゐりにき。
さて、その左衛門の陣などに行った(第七十三段に書かれている)後で、宿下がりをしましたが、しばらく経ってから、
「早く帰参せよ」
などとある中宮様からの公式のお手紙の端に、私信として、
「左衛門の陣に行った時のそなたの後ろ姿が、いつも思い出されるのです。どうして、そなたはあんなに平気で年寄りじみた恰好をしていられたのかしら。自分では、たいそうすばらしく見えるとでも思っていたのですか」
などと書いておられましたので、公式の仰せには恐縮の旨を申し上げて、私信に対しましては、
「どうして『すばらしい』と思わぬことがございましょうか。『御前(中宮様)におかれても、あの朝ぼらけの情景を、『中なる乙女』として御覧になっていらっしゃった』とばかり、思っておりました」
と、ご返事申し上げておきましたところ、すぐに折り返して、
「そなたが夢中になっている仲忠の面目をつぶすようなことを、どうして言うのですか。ともかく、今夜のうちに、万事を捨てて、帰参しなさい。でなければ、そなたをすっかり嫌いになってしまいますよ」
という、中宮様のお言葉がありますので、
「並一通りのお憎しみでさえ大変なことです。まして『いみじう』とあります文字には、命も身もそっくり放り出して帰参いたします」
と申しあげて、帰参してしまいました。
『中なる乙女』とありますのは、「宇津保物語」からの引用で、『中なる乙女』が朝ぼらけの中を去って行ったという歌があり、少納言さまが朝ぼらけの中を左衛門の陣の方へ行く姿を、中宮様も天女の姿のように見てくれていたのではないのですか、といった受け答えです。
それにしましても、このあたりの応答は、少納言さまもなかなか頑固で、中宮とお付きの女官という関係は意外に親密なものなのか、少納言さまが特別であったのか、判断に迷うところです。
さて、その左衛門の陣などにいきて後、里に出でて、しばしあるほどに、
「疾くまゐりね」
などある仰せ言の端に、
「左衛門の陣へいきしうしろなむ、常に思しめし出でらるる。いかでか、さつれなく、うち旧りてありしならむ。いみじうめでたからむとこそ思ひたりしか」
など仰せられたる御返りに、畏まりの由申して、私には、
「いかでかは、『めでたし』と思ひはべらざらむ。『御前にも、「中なる乙女」とは、御覧じおはしましけむ』となむ、思うたまへし」
と、きこえさせたれば、たちかへり、
「いみじく思へるなる仲忠が面伏せなることは、いかで啓したるぞ。ただ、今夜のうちに、万づのことを捨てて、まゐれ。さらずば、いみじう憎ませたまはむ」
となむ、仰せ言あれば、
「よろしからむにてだに忌々し。まいて、『いみじう』とある文字には、命も身もさながら捨ててなむ」
とて、まゐりにき。
さて、その左衛門の陣などに行った(第七十三段に書かれている)後で、宿下がりをしましたが、しばらく経ってから、
「早く帰参せよ」
などとある中宮様からの公式のお手紙の端に、私信として、
「左衛門の陣に行った時のそなたの後ろ姿が、いつも思い出されるのです。どうして、そなたはあんなに平気で年寄りじみた恰好をしていられたのかしら。自分では、たいそうすばらしく見えるとでも思っていたのですか」
などと書いておられましたので、公式の仰せには恐縮の旨を申し上げて、私信に対しましては、
「どうして『すばらしい』と思わぬことがございましょうか。『御前(中宮様)におかれても、あの朝ぼらけの情景を、『中なる乙女』として御覧になっていらっしゃった』とばかり、思っておりました」
と、ご返事申し上げておきましたところ、すぐに折り返して、
「そなたが夢中になっている仲忠の面目をつぶすようなことを、どうして言うのですか。ともかく、今夜のうちに、万事を捨てて、帰参しなさい。でなければ、そなたをすっかり嫌いになってしまいますよ」
という、中宮様のお言葉がありますので、
「並一通りのお憎しみでさえ大変なことです。まして『いみじう』とあります文字には、命も身もそっくり放り出して帰参いたします」
と申しあげて、帰参してしまいました。
『中なる乙女』とありますのは、「宇津保物語」からの引用で、『中なる乙女』が朝ぼらけの中を去って行ったという歌があり、少納言さまが朝ぼらけの中を左衛門の陣の方へ行く姿を、中宮様も天女の姿のように見てくれていたのではないのですか、といった受け答えです。
それにしましても、このあたりの応答は、少納言さまもなかなか頑固で、中宮とお付きの女官という関係は意外に親密なものなのか、少納言さまが特別であったのか、判断に迷うところです。