テスバウ共和国 入国体験記
序 章
テスバウ共和国は、花と緑に包まれている。
国土の北側には、なだらかな山並みを背負い、東と西側は野菜を中心とした農業地帯、南面は僅かな傾斜になっていて、やはりいくつかの集落と田園が広がるのどかな風景が続いている。
南面の斜面は、幾つかのうねりを描きながら遥か遠くまで広がっていて、この辺りの中心都市である母国の街並みもかすんで見える。その先は瀬戸内海に続いているが、国土内から遠望することは出来ない。
かつては大規模な運動公園として開発された国土も、今はその面影は殆ど残しておらず、山林の形で残されている部分を除けば、果樹園と田畑、そして草花を中心とした緑地がその多くを占めている。
その豊かな花と緑に囲まれた一画に建物群は集中して配置されているが、建物は機能性が優先されていて、周囲の花や緑との調和を拒絶しているようにさえ見える。
しかし、この花や緑と人工物との組み合わせは、何故か不思議なバランスが感じられ、ここに住む市民たちを温かく見守っているように見える。
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母国の人口が一億人を切ってからすでに久しい。
母国の人口が減少に転じたのは、二千年代に入って間もない頃のことである。その傾向は現在に至っても変化はなく、最近のあるシンクタンクの見通しでは、五千万人の声を聞くのもそう遠い日のことではないともいう。人口減に伴う労働力不足は、最近ではそれほど大きな問題として話題に上ることは少ないが、六十五歳人口の比率の増加からくる諸問題は、未だ解決されているとはいえない。
人口の減少と高齢化人口の増大に対して、母国政府が全く無策であったわけではない。
特に人口の減少に対しては、当初の、人口の減少が国家の滅亡につながっているかのような無見識は比較的早い段階で克服し、幾つかの先進諸国の豊かな社会づくりを参考にしながら、量から質への転換が進められた。
また、当時の大きな課題の一つであった年金の問題も、その水準はともかく、国家の補償と個人の自己責任の分担を明確にすることで解決が図られてきた。
しかし、高齢化社会に対する対応ということになれば、まだまだ道半ばと言わざるを得ない。
繰り返すが、この問題に対しても、母国政府が全く無策であったわけではない。しかし、克服できる手段を構築することが出来ていないことも事実であろう。
実施された施策の中には、相当思い切ったものが含まれてはいる。先に述べた年金問題しかり、高齢化層とする年齢の見直し、医療と介護という全く無意味な区分けの見直し、治療から予防と保全への重点の移行、等々である。その中でも、最も画期的なものが、共和国制度の設置といえる。
テスバウ共和国は、この制度により出現した市民国家である。
母国の経済力は、その規模の大きさにおいてアメリカに次ぐ位置にあり、さらに増大が続くと多くの人たちが本気で考えていた時代があった。国家を指導する立場にある多くの人たちもまた、同じような考えをもとに国家運営を続けていたが、そのようなことがあり得ないことは、少し冷静に分析すればごく初歩的な経済学を学んでいれば読み取れることであるが、その渦中にある人たちにとっては決してそうではなかったのかもしれない。
いずれにしても、もう旧来路線の延長線上には、国家の存続が困難だと認めざるを得なくなった段階で、母国の指導者たちは大胆な施策を打ち出していった。その中の重要な施策である共和国制度というものも、当時は賛否が相半ばした政策ではあった。
反対論者の唱える一番の理由は、この制度は、高齢者の切り捨てであるということであった。そして、推進論者の言い分は、この制度は切り捨てではなく、文字通り高齢者の自立推進であると主張したが、その本音は、増大し続ける高齢者比率の抑制にあることは隠すことは出来なかった。
結局、当初、推進論者が目論んだ、全高齢者の共和国への移民という荒技は実現に至らず、希望者だけの移行ということでこの制度は日の目を見ることになった。
しかし、制度が実施されると、当時の知識層といわれる人たちの予想に反して、次々と共和国が設立されていった。
共和国設立にあたって、国家からの手厚い支援や、出資金に対する入手経緯の追及を甘くしたこと、地方自治体がスポンサーになる形のものが予想外に多くなったこと、あるいは、有力な高齢者施設が続々と共和国体制に移ったことなどがその理由に挙げられるだろう。
制度実施後の二年間で三千に達した共和国は、その後の十年で過半のものが姿を消し、現在母国全土に点在している共和国の数は千を少し切っている。
現在存続している共和国の半数余りは、州政府をはじめとした行政機関が経営の主導権を握っているもので、それらの規模は比較的大きい。次に宗教法人が経営母体となっているものが続き、医療法人を経営母体とするものも同数程度あるが、こちらの方の規模は小さいものが多く、共和国制度実施以前の特養ホームに類似しているものが過半である。
そして、これらに属さない独立系の共和国も百近く存続している。これらの共和国には他とは違う特徴を持ったものが多く、規模も比較的小さいものが多い。
以上述べてきたように、この制度の設立には賛否の対立があり、現在に至っても高齢者対策として本当に優れたものであったのかということに対しては、異論も少なくない。しかし、母国の人口ピラミッドの形成において、本来四十%にも近いはずの六十五歳以上人口が、三十%余りで押さえられていることは評価できる現実である。各共和国に対する支援資金は必要であり、経営が行き詰まる共和国へのリスクもあるにはあるが、母国の経済面の運営が平穏に推移していることに寄与していることは明らかである。
ここに紹介するテスバウ共和国は、独立系の共和国としては最大で、しかも豊かな国家として知られている。この国が実施している、入国体験講座を通してその実態を探ってみよう。