マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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石川八坂神社古基座の神幸祭

2009年10月31日 07時49分18秒 | 大和郡山市へ
大御膳のお供え作りを済ませた古基座の衆は紋付き袴に着替えて頭屋の家に集まる。

頭屋は白衣に着替える。

支度が調えば神職を迎えておうちの神さんにお参りをする。

そのあとは座敷に上がって直会の場となる。

肴がカマボコとゴボウの酒宴が質素に行われた。



本来は神事のあとで直会となるがこれは逆だと神職は言った。

直会を終えた一行は烏帽子を被り、大御幣持ちの次頭屋を先頭に、神職、稲穂と酒樽を担ぐ弁当持ち、頭屋、座衆の順で八坂神社を目指してお渡りをする。



道中では先頭の次頭屋が「トージ(ニ)ン、トージ(ニ)ン ホヘェー(ワハハイー)」と発声すると頭屋が「モヒトツ、オーライオネガイシマス」と声をだす。

すると全員が声を揃えて「ホェー(ワハハイー)、ホェー(ワハハイー)」という。(※注 括弧書きは当日の発声状況)

これは辻ごとに発声される。

神社に到着しても三社の周囲を時計回りに三回廻るときも発声される。



その後は祓え、祝詞奏上、洗米の散米、玉串奉奠など厳かに神事が行われる。



アタゴサン、オイナリサンや西、東のハツホサンが境内にあるのはわざわざそこに行かなくとも神社で参ることができるようにしたからだという。



ちなみにアタゴサンは京都の愛宕さんと思われるが、オイナリサンや西、東のハツホサンの三カ所は集落の北にある社ですぐ近くだ。

頭屋のN家だけが西の千束(せんぞく)地区に住んでいる。

かつては集落内だったが引っ越しされた。

千束は東が石川町で西は白土町。

境界の道は橘街道といい明治天皇が行幸で通った道。

狭い道だといわれたそうだ。

橘街道は古来からある道で下ッ道である。

(H21.10.11 Kiss Digtal N撮影)