正月行事の在り方もさまざま。県内各地を渡り歩いて調査していたが、午前中いっぱいの時間まで。
「うちの家の正月は何時になったら始めるんや」の声が取材地まで届きそうな気配がする。
できる限りのことだが、同行する写真家のKさんに観ていただきたい民俗事例がある。
山添村松尾のイタダキから天理市福住や室生小原のカンマツリもそうであるが、室生に来たなら下笠間と思って足を伸ばす。
下笠間にはこれまで幾度となくお家の民俗を撮らせてもらったお家がある。
その家は正月の膳はあるし、竃にもお供えをする。
エビスダイコクさんにはカケダイも吊るしている。
もう一つは県内事例で他所には見られないオンボさんの門松立てがある。
元日の朝から突然の訪問に驚かれることだろう。
お年賀も準備した表敬訪問である。
実は気になっていたのがご夫婦のお身体だ。
前年の平成28年5月21日に訪問したときの奥さんは腰痛で難儀しておられた。
その後の状態は克服されているかもしれない。
ご主人はお元気な様子だったが気になる年齢である。
今年もオンボさんの門松を立てておられたのでほっと安心した。
I家のオンボさんを拝見したのは平成25年の12月31日。
慌ただしい大晦日の日に取材させてもらった。
オンボさんの存在を初めて知ったのはその年の1月11日だった。
オン松、メン松にカシの木の三本を立てる。
注連縄を張って、カシの木には長くなった注連縄をぐるぐる巻き。
ウラジロにユズリハもあれば、幣もある。
なんとなく注連飾りの発展型のようにも思えるが、「オンボ」さんとは一体何ぞえ、である。
オンボさんの祭り方は、今もかわらないので平成25年取材の記事を参考にしていただきたい。
オンボさんを先に拝見して表の玄関から声をかける。
屋内から聞こえてくる奥さんの声。
扉を開けたら玉手箱、ではなく私であるから驚かれたことであろう。
年賀の挨拶をさせていただいて玄関に入る。
ご主人は奥の居間で寛いでいたが、身体を壊されていた。
交通事故に遭われて手術もした。
気力も衰えていながらも炬燵から出ようとされたので、無理しやんといて、と思わず静止した。
なんとも、辛い正月の顔合わせになってしまった。
奥さんの腰痛も治ることはないという。
不自由な身になってもお家の正月飾りをしているご夫婦にただただ頭が下がる思いだ。
奥さんは昔も今もよく話してくださる。

「戌亥の井戸の若水をいただく。薬を飲むときは朝に飲め。若水に注連縄に餅とコウジミカンを供える。家の神さんにも仏さんの水にも井戸の若水。すべての椀に入れる」という。
Ⅰ家に立ち寄る際に必ずといっていいほど竃を拝見させていただく。
今でも現役であるが、そこにある大鍋の蓋にたいがいの場合にお供えをおましている。
節目、節目に竃の神さんに捧げる御供であるが、この日は当然ながらの鏡餅。
三段重ねの鏡餅は暮れの28日に家で搗く。
例年そうしているⅠ家である。

「いつもニコニコ仲睦まじく」の10個の干柿を串挿ししたクシガキにトコロイモ、ゴマメ。オンボさんと同じようにウラジロに輪〆の注連縄で奉っている。
これらを丸盆に載せている。
その隣にも丸盆。
いつの時代も湯飲みを三杯置いている三宝荒神さんのお正月である。
奥さんがいうには「三宝荒神さんはすべてが三つ。餅もトコロイモもコウジミカンもクリも皆三つ」である。
そこへもってもう一つのお供えは元日と十五日のお酒である。
イタダキの正月の膳は床の間。
療養中のご主人がおられる居間は遠慮して、ダイコクサン(大黒)とエビスサン(蛭子)のお供えを拝見する。
これは必ず見ておかないといけないカケダイ。

年末にカケダイを作って販売している宮崎商店さんのカケダイとの比較である。
宮崎さんに聞いて始めて知ったⅠ家のカケダイは商店で買ったものではない、ということだ。
それを再確認したくて撮らせてもらった。
造りはよく似ているが、なんとなく違う雰囲気をもつが、ツノムスビ(角結び)は同じ結びのようだ。
後方に吊っている注連縄はたぶんにご主人が作られたものであろう。
どことなく違うのは藁の形作りである。
カケダイの鯛はたぶんに真鯛。

横にある赤い色の幟旗に三重県の「名張八日市蛭子祭」の白抜き文字。
2月8日は「えべっさん」の祭りで大賑わいする祭りの日に買ってきたもの。
奥さん曰く「カケダイは昨年のもの。名張で売っていたものを買ってきた」というから間違いない。
ちなみにダイコクサン(大黒)とエビスサン(蛭子)のお供えはカケダイだけでなく下にもある。

コウジミカンにクシガキにトコロイモ。
餅は2枚である。
傍にはトーフとズイキの煮物も添えていた。
(H29. 1. 1 EOS40D撮影)
「うちの家の正月は何時になったら始めるんや」の声が取材地まで届きそうな気配がする。
できる限りのことだが、同行する写真家のKさんに観ていただきたい民俗事例がある。
山添村松尾のイタダキから天理市福住や室生小原のカンマツリもそうであるが、室生に来たなら下笠間と思って足を伸ばす。
下笠間にはこれまで幾度となくお家の民俗を撮らせてもらったお家がある。
その家は正月の膳はあるし、竃にもお供えをする。
エビスダイコクさんにはカケダイも吊るしている。
もう一つは県内事例で他所には見られないオンボさんの門松立てがある。
元日の朝から突然の訪問に驚かれることだろう。
お年賀も準備した表敬訪問である。
実は気になっていたのがご夫婦のお身体だ。
前年の平成28年5月21日に訪問したときの奥さんは腰痛で難儀しておられた。
その後の状態は克服されているかもしれない。
ご主人はお元気な様子だったが気になる年齢である。
今年もオンボさんの門松を立てておられたのでほっと安心した。
I家のオンボさんを拝見したのは平成25年の12月31日。
慌ただしい大晦日の日に取材させてもらった。
オンボさんの存在を初めて知ったのはその年の1月11日だった。
オン松、メン松にカシの木の三本を立てる。
注連縄を張って、カシの木には長くなった注連縄をぐるぐる巻き。
ウラジロにユズリハもあれば、幣もある。
なんとなく注連飾りの発展型のようにも思えるが、「オンボ」さんとは一体何ぞえ、である。
オンボさんの祭り方は、今もかわらないので平成25年取材の記事を参考にしていただきたい。
オンボさんを先に拝見して表の玄関から声をかける。
屋内から聞こえてくる奥さんの声。
扉を開けたら玉手箱、ではなく私であるから驚かれたことであろう。
年賀の挨拶をさせていただいて玄関に入る。
ご主人は奥の居間で寛いでいたが、身体を壊されていた。
交通事故に遭われて手術もした。
気力も衰えていながらも炬燵から出ようとされたので、無理しやんといて、と思わず静止した。
なんとも、辛い正月の顔合わせになってしまった。
奥さんの腰痛も治ることはないという。
不自由な身になってもお家の正月飾りをしているご夫婦にただただ頭が下がる思いだ。
奥さんは昔も今もよく話してくださる。

「戌亥の井戸の若水をいただく。薬を飲むときは朝に飲め。若水に注連縄に餅とコウジミカンを供える。家の神さんにも仏さんの水にも井戸の若水。すべての椀に入れる」という。
Ⅰ家に立ち寄る際に必ずといっていいほど竃を拝見させていただく。
今でも現役であるが、そこにある大鍋の蓋にたいがいの場合にお供えをおましている。
節目、節目に竃の神さんに捧げる御供であるが、この日は当然ながらの鏡餅。
三段重ねの鏡餅は暮れの28日に家で搗く。
例年そうしているⅠ家である。

「いつもニコニコ仲睦まじく」の10個の干柿を串挿ししたクシガキにトコロイモ、ゴマメ。オンボさんと同じようにウラジロに輪〆の注連縄で奉っている。
これらを丸盆に載せている。
その隣にも丸盆。
いつの時代も湯飲みを三杯置いている三宝荒神さんのお正月である。
奥さんがいうには「三宝荒神さんはすべてが三つ。餅もトコロイモもコウジミカンもクリも皆三つ」である。
そこへもってもう一つのお供えは元日と十五日のお酒である。
イタダキの正月の膳は床の間。
療養中のご主人がおられる居間は遠慮して、ダイコクサン(大黒)とエビスサン(蛭子)のお供えを拝見する。
これは必ず見ておかないといけないカケダイ。

年末にカケダイを作って販売している宮崎商店さんのカケダイとの比較である。
宮崎さんに聞いて始めて知ったⅠ家のカケダイは商店で買ったものではない、ということだ。
それを再確認したくて撮らせてもらった。
造りはよく似ているが、なんとなく違う雰囲気をもつが、ツノムスビ(角結び)は同じ結びのようだ。
後方に吊っている注連縄はたぶんにご主人が作られたものであろう。
どことなく違うのは藁の形作りである。
カケダイの鯛はたぶんに真鯛。

横にある赤い色の幟旗に三重県の「名張八日市蛭子祭」の白抜き文字。
2月8日は「えべっさん」の祭りで大賑わいする祭りの日に買ってきたもの。
奥さん曰く「カケダイは昨年のもの。名張で売っていたものを買ってきた」というから間違いない。
ちなみにダイコクサン(大黒)とエビスサン(蛭子)のお供えはカケダイだけでなく下にもある。

コウジミカンにクシガキにトコロイモ。
餅は2枚である。
傍にはトーフとズイキの煮物も添えていた。
(H29. 1. 1 EOS40D撮影)