1916年~1968年の生涯に、五百とも六百とも言われる短編、六十九もの長編など数多く発表し、ローレンス・ストリート編「ミステリーの書き方」や、ディーン・R・クーンツ「ベストセラー小説の書き方」の中で、この人を例に挙げたり本人がコメントしたりしているほど、物語るという点では誰にもひけをとらないと言われている。
この作品は、人気作家となるきっかけになったトラビス・マッギー・シリーズの一編で、1968年(昭和43年)の作品。
舞台は、アメリカのペニスといわれるフロリダ半島で、小さなクルーザーがマッギーの住まい。アウトドア好みの男には、ログハウスやクルーザーで生活することはロマンティックな見果てぬ夢で憧れの対象だ。
ログハウスは動くことが出来ないが、ボートは移動が簡単で利便性に優れている。それに女の子を引っ掛けるには都合がいい。ログハウスで水着は雰囲気に合わないが、ボートはぴったりだ。マッギーもやはりプレイボーイの片鱗を見せる。
かつてアメフト仲間で親友のマリーナ経営者タッシュ・バノンに会うためボートを走らせる。道中若干の文明批評が織り込まれながら気分のいい出だしになっている。
“FMラジオは、電波の届きにくいアメリカの広大な地域にサービスを提供するという意味では偉大な存在だ。しかし、あまりにも商業化されてしまって、音楽を冒涜するもの、安っぽい騒音を撒き散らすものに成り下がってしまった。
それがこの結果。くだらないバカ話や古臭いロック、エレベーターやバスのり場やハワード・ジョンソンズ(アメリカのレストラン・モーターロッジ・チェーン。今でもあるのだろうか?)なんかで流れている甘ったるい音楽を避けようとすれば、ダイヤルを合わせるのに一苦労することになる。
あきらめかけていたとき、誰かがレコードを置き違えたのか、デヴィッド・ブルーベック(ジャズ・ピアニスト)がコール・ポーター(1893年~1964年、作曲家)の曲を弾いている。チョット変わった、感じのいい音が聞こえてきた。ちょうど、『ラヴ・フォー・セール』がやさしく心地よい音色で始まったところで、それはやがて滑らかに、ジョー・モレロのドラムと小気味のいい掛け合いを披露するポール・デズモンドのサックスへと変っていった”
その友人タッシュ・バノンがある日自殺したと知らされる。そこには友人が持つ土地に絡む強欲な男の影が浮かぶ。疑いを持ったマッギーは調べ始め、株式にめっぽう詳しい友人マイヤーともども大規模な信用詐欺を展開する。
目的は残された未亡人と子供たちのこれからの生活資金、それに強欲な男から詐欺的に搾り取ることだった。
この本のいいところは、ボートの中で犯人の襲撃にあい未亡人のジャニンともども手錠で拘束されてしまう。マッギーはなんとか拘束から逃れ犯人と格闘の最中、ジャニンが消火器で犯人を滅多打ちにして殺してしまう。
正当防衛を主張して警察に届けるどころか、フロリダ沖に沈めてしまうというところだ。正義感をちらつかせないところがいい。
それに、マッギーと半年同棲した赤毛の大女パス・キリアンの人物造形が魅力的だ。そのパスが不治の病に侵されていると判明するエンディングは、余情を残しこの作家の別の本にも手が伸びることになる。
著者は、ペンシルヴェニア生まれでペンシルヴェニア大学、シラキューズ大学を卒業後、ハーヴァード大学で経営学修士号を得る。第二次世界大戦中は、CIAの前身であるOSS(戦略情報局)に所属し、アジアを転戦。その頃から執筆活動を開始し、1950年、『真鍮のカップケーキ』で長編でのデビューを飾った。代表作には、映画化された『ケープ・フィアー』のほか『夜の終わり』、『コンドミニアム』などがある。