小説でいえば一人称の作品といえる。田舎からパリに出てきた27歳のマヴィ(ロリータ・シャマー)に起こる風変わりな男ジョルジュ(ジャン・ソレル)との清純な恋の体験。
故郷の女友達フェリシア(ヴィルジニー・ルドワイヤン)と同居している。フェリシアと男友達が行うセックスの音が耳触りに感じるマヴィ。英国の作家ヴァージニア・ウルフの「自分ひとりの部屋」のページを眺めながら思案に耽る。「女性は小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない」これが頭の中で渦巻く。
マヴィはしょっちゅう手帳を出して何かを書いている。カルチェ・ラタンのいつも行くカフェで見た求人広告の古書店に就職する。店主のジョルジュは、ぶっきら棒で愛想もない。たまたま入って来た客を追い出したりして、「あのバカが」と見下す。時々行き先を告げずに外出したりするジョルジュ。
午後の3時ごろ、思いついたようにマヴィを誘ってドライヴに出る。運転するジョルジュは無言。その時間と空間を快く感じるマヴィ。丘(ここはカルチェ・ラタンから近いリュクサンブール公園だろうか?)からパリの町を眺めながらも無言。時にカフェで食事を共にするがマヴィは食べていて、ジョルジュは無言で時折マヴィに目をやる。
女友達のフェリシアに「70歳ぐらい。謎めいているわ」と言う。ようやくジョルジュが持つ自分ひとりの部屋を確保したマヴィ。頭痛で休むと電話した後、ジョルジュが見舞いに来た。
マヴィ「一人なのに孤独を感じないのは生まれて初めて。どうしてかしら、何かが変わったみたい」
ジョルジュ「そうさ、明確になったんだ」
マヴィ「昔の話をして」
ジョルジュ「道を誤ったんだ。理由は言えん」
マヴィ「秘密なの?」
ジョルジュ「そうだ」
マヴィ「以前は何をしていたの」
ジョルジュ「編集者だ。よそで。人生なんて最低だ」
マヴィ「でも出会えてよかった」
ジョルジュ「ああ、時に人生は人より空想力が豊かだ。君を信じている」
マヴィの頭の中ではジョルジュのことを“怒りっぽくて扱いにくい、気まぐれで掴みどころがない。飽きっぽく人間嫌いでいるのかいないのかよく分からない。
「昨日、君と愛し合う夢を見た」とジョルジュが言うかもしれない。「私もときどき見る」とマヴィ。
一方ジョルジュも「愛してる」とマヴィが言うかもしれないと想像する。「私もだ。ものすごく」と返す。
「離れていてもいい」マヴィ
「そうだな、君の存在だけでいい」ジョルジュ
「私もよ」マヴィ
マヴィが店番をしていたある日、人相の悪い二人の男が訪ねてきた。「ジョルジュはいない。外国に行った。どこか知らない」と答えて追い返した。
ジョルジュは外国どころかこの近くのアパートに住んでいる。二人の男の訪問を知らせにジョルジュを訪ねる。マヴィはジョルジュの秘密を知っているが、本人には言わない。古い新聞の切り抜きで知るジョルジュは、「“赤い旅団”の編集者いまだ逃走中」だ。
ジョルジュは「29年間身を隠している。本名は、ジョルジオ・パオロ・サリーナ」と打ち明ける。ジョルジュのアパートに泊まり、何事もなかった翌朝、キッチンのテーブルに置いてある手紙を読む。
「旅立つよ。許しておくれ。書店と君の部屋の使い道は任せる。手紙をくれ。でも私を待つな。愛してる。ジョルジュ」
心を通わせただけで十分、これからの彼女の人生に立ち入らないほうがいい。それが人生経験豊富なジョルジュの決断。珠玉のような映画の余韻が残る。
ジョルジュを演じたジャン・ソレルの実年齢は、1934年生まれだから84歳。とてもそんな年齢には見えない。素敵に老けている。
マヴィを演じたロリータ・シャマーは、母親がベテラン女優のイザベル・ユペール。母親の血を引いたのか、異色の人物を何事もなく演じる度胸も見応えがあった。観ていて、こんなフランス娘と親しくなったらいいなあと思ったくらいだ。
もし、私にも40歳年下の親しい女性が現れたとしよう。当然抱きしめたいと思うだろう。そして悩むだろう。さらにジョルジュのような決断が出来るかどうかは今のところ定かでない。素敵なラブ・ストーリーが年代を超えてあるのが「希望」と言えるのは確かだ。
監督
エリーズ・ジラール(女性)1974年フランス生まれ。
キャスト
ロリータ・シャマー1983年10月パリ生まれ。
ジャン・ソレル1934年9月フランス、マルセイユ生まれ。
ヴィルジニー・ルドワイヤン1976年11月イル・ド・フランス、オーべルヴィリエ生まれ。