猫とマンガとゴルフの日々

好きな物を題名に↑ 最近はゴルフとグルメお出かけ主体に。以前は1960年~70代マンガを紹介していました。ネタバレ有り。

女流の開拓者 矢代 まさこ氏

2007年05月09日 13時01分12秒 | マンガ家名 やらわ行
 写真は貸本時代の代表シリーズ ようこシリーズ の中から 「おしゃれなヨーキ」

 私が 矢代 まさこ氏 の作品を最初に見たのはいつ頃のことだったか。COMに初めて掲載された女性まんが家は 水野英子氏 で、次が矢代氏だったが、もっと前から知っている人だった。別冊マーガレットの昭和41年(1966)12月号に載った 「ミミー、みっつ」 はまねてスケッチブックに画いた覚えがあるので、それ以前からの 別マ で時々見ていたのでしょう。けっこう好きな絵柄の人で、見つけると喜んで見ていた。模写もしていたように思う。

 矢代 まさこ氏 はデビューが昭和37年(1962) 金園社刊 貸本雑誌の (すみれ24号) 掲載 「ちいさな秘密」 (わたしは未見) で、その後も貸本の世界で人気を得て、28巻も出た 「ようこシリーズ」 という個人集まである。1話づつ違うようこちゃんが出て来るシリーズ。
 この 「ようこシリーズ」 は、私も貸本屋で何冊か見ている。完結の 「おしゃれなヨーキ」 を浦和の貸本屋で見つけ、売ってるものと勘違いして店主の老夫婦とちぐはぐな問答をしたことがある。進学塾の帰りだったから多分私が中学3年の頃のことで、すでにその頃昔ながらの貸本屋というのは絶滅寸前だった。それからしばらくここは私の桃源郷と化していたっけ。


                  


                  貸本 よっこヒヨッコ逃亡記 表紙



 今思えば、老夫婦に渡りを付けておいて、廃業するとき矢代作品はすべて引き取らせてもらえばよかった。他にもその小さな店には、少女向けでは 高橋 真琴・巴 里夫・白土 三平 (少女まんがも描いてたんですよ!)・赤塚 不二夫・池田 理代子・貸本時代の最後を飾った 山田 美根子(ミネコ) 等も有ったはずだ。少年、青年向きでは覚えているだけでも さいとう たかを・佐藤 まさあき・辰巳 ヨシヒロ・つげ 義春などが有ったはず。
 あーっ、もったいなかったって・・・中学生ではそんなこと思いも出来もしなかったか。

 矢代氏のファンの方がとてもくわしいHPを開設していらっしゃいます。 ↓

       矢代 まさこ漫画館

 この中の作品リストを眺めていると、 別マ の作品にはなんとなく憶えのある題名が多い。「ミセス・モンローのお嬢さん」 昭和42年(1967)とか  「キキの新しい歌」 昭和43年(1968)1月号  「トムピリビに会った?」 デラマ 昭和45年(1970)春の号などなど。
 「キキの新しい歌」 は、昭和45年(1970)7月号のCOMに 「ノミの歌」 として再掲されている。COMには再掲の断り書きがしてあったが、個人的にどこかで見たなーと思ったのは 別マ で、でしたか。

 COMの姉妹誌 「ファニー」 も読んでいたはずなのに、「ファニー」 掲載の題名を見ても何かピンと来ない。昭和44年(1969)~昭和48年(1973)頃ではもう少女マンガに関心が薄れてきた頃か。

 矢代氏は女流としてはほとんど始めて男性誌にもいろいろ描いている人で、昭和40年代の少年週刊誌の 少年マガジン、少年サンデー、少年キング、少年ジャンプ、少年チャンピオンにとすべて描いてますね。漫画アクションやビックコミックオリジナル、コミックアゲインにも描いてます。
 ありゃりゃ June (いわゆるひとつのBL誌の老舗) にも描いてるわ~。昭和54年(1979)5月号 「瑠璃をみる」。そういう匂いの全然ない方なので、どんなん描いてるか興味深々、どなたか見たことある方居たら教えてください。

 リストを眺めているだけで、楽しくて一記事分になってしまいました。矢代氏は奥が深い・・・深すぎる。。。いつになったらCOMの矢代作品にたどり着けるのか不明・・・。
コメント (14)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする