フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

4月4日(土) 晴れ

2020-04-05 15:36:42 | Weblog

8時、起床。

トースト、目玉焼き、牛乳、紅茶の朝食。

今期の朝ドラから土曜日は一週間分の総集編的放送になった。働き方改革の一環らしい。朝ドラは一週間単位でストーリーが一段落するが、それが6日間から5日間に短縮されたわけである。起承転結のプロセスがスピーディーになるといってもいいだろう。感覚的には、起ー承ー承ー転ー転ー結だったのが、起ー承ー転ー転ー結になる感じだろうか。『あさイチ』でのいわゆる「朝ドラ受け」(司会の華丸大吉がその日の朝ドラについての感想を語ること)を楽しみにしている人は多いと思うが、土曜日は「あさイチ」がないので、そこだけ「朝ドラ受け」ができなかったが、これからは「受けこぼし」がなくなるというわけだ。「総集編」ではあっても、「朝ドラ的気分」にはひたれるから、なにもないよりはずっといい。

ナツの墓には仏花のお古を回すことが多かったが、今回は、私がゼミの卒業生からいただいた花束の一部をお裾分け。華やいだ雰囲気になった。

昼食はホットケーキ。

ウィンナーソーセージと一緒に。

4時半頃、妻と散歩に出る。玄関を出る前にマスクを付ける。マスクも半分ほど消費してしまったが、相変わらず店頭に出て来ない。

アメリカ人はマスクをする習慣がないそうだが(大統領もしていない)、最近はメディアもその習慣を見直した方がよいと警鐘を鳴らしている。手洗いやうがいや握手やハグなんかもそうだし、通勤時間や通勤における電車やバスの利用率や混雑度など、その国の生活習慣と感染病(新型コロナウィルスに限らない)とは密接に関係しているに違いない。

近所のスーパーの前を通る。いつも何かしらの「大売り出し」をやっているようである。

新玉ネギにはかなり惹かれる。一袋99円。

「西蒲田一丁目児童公園」の前を通る。父親(だろう)と二人の男の子がいた。

この公園には枝ぶりのいい桜の木が2本ある。町中の桜も今週末が最後だろう。

「女塚児童公園」の前を通る。「女塚」は「西蒲田」の旧い町名である。大きな桜の木が一本ある。その下で母親(だろう)と女の子が一人遊んでいた。

呑川の日蓮橋の近くの桜並木。

日蓮橋の上から上流(池上方面)を望む。

下流(蒲田方面)を望む。

「西蒲田一丁目さくら児童公園」に行く。

見事な咲きっぷりである。

そして美しい散り際でもある。

「女塚なかよし」公園の前を通る。母親(だろう)と女の子が遊んでいる。この公園ではボール投げも、ボール蹴りもOKである。いけないのは「ケンカをすること」である。

この公園の隅には大きな桜の木がある。久しぶりに木に登っている子どもの姿を見た気がする。

桜が散った後は、新緑が主役になるだろう。風光る季節から風薫る季節へ。

「HITONAMI」に寄って行く。

入口の左側が和室。

奥が洋室になっている。客はわれわれだけ。オガサワラさんの言うには、以前のようみランチタイムに客が集中ということはなくなって、適当に分散して来ているようである。店内は広く、風通しもよい。

梅ソーダで喉を潤す。

夕食用にオーガニック弁当をテイクアウトする。

弁当が出来たので失礼する。玄関先でオガサワラさんが指差す先にあるのは・・・

柿の木の若葉である。天ぷらにすると美味しいそうである。私が子どもだったころ、わが家の庭には柿の木があったが、柿の葉の天ぷらは一度も食べたことがなかったな。

暮れ方の街を帰る。

帰宅して、三階のベランダから西の空を見る。何の変哲もない見なれた風景のはずだが、非日常が日常化しながら、さらなる非日常化が同時進行している日々である。

いつもより早い夕食。

そしてカロリー控えめの夕食だ。主菜はブリの味噌漬け焼きだが、店内で定食として食べるときの半分の大きさである。

案の定、深夜にお腹が減って、冷蔵庫の筍ごはんをチンして食べた。

春学期の授業はすべて初回からインターネットを使って行うことになった。とはいっても、ゼミ、学部の演習、大学院の演習、大教室での講義とではインターネットの使い方は一律というわけにはいかない。それぞれどんなやり方が有効が(こちらの投下できる時間とエネルギーとスキルも考慮しながら)作戦を立てねばならない。

2時半、就寝。