9時、起床。カレー、トースト、オレンジジュースの朝食。
千鳥町の島忠ホームセンターへ息子と二人、自転車で出かける。玄関先に飾る花を買うためである。3月の母の誕生日に購入したシクラメンがとても長生きでいまでも花をつけているのだが、さすがにもう季節外れなので、新しい花と入れ替えることにした。ダリアと百日草を購入。
午後、散歩に出る。チネチッタ川崎で上映中のアキ・カウリスマキ監督の新作『ル・アーヴルの靴みがき』を観に行く。
先に座席の予約をすませてから、昼食をとりに出る。「大新別館」という中華料理店に入る。客が一人もいなかったので(奥の席に一組いたのだが入口からは見えなかったのだ)、店選びを失敗したかと思ったが、店のおばあさんと目があってしまったので、ラーメンと半炒飯のセット(750円)を注文した。けれんみのない味である。ラーメンというものはこういうもので、炒飯というのはこういうものだ、という私が子供の頃に形成した味覚のストライクゾーンにスポッと入る味であった。ラーメン、炒飯、餃子の旨い中華料理店は何を注文しても旨いというのが私の経験知である。焼き餃子(400円)を追加で注文。やはり餃子とはこういうものだというイメージ通りの味であった。中華検定合格である。今度来たときは今日食べた中華三大基本料理以外のものを注文してみよう。
食後のコーヒーは「ルノアール」で、高橋源一郎『さよなら クリストファー・ロビン』の中の「星降る夜に」を読みながら。
長いこと女に食わせてもらってきた作家志望の男が、女から三行半をつきつけられそうになり、ハローワークに通って職探しを始める。しかし、このご時勢、「大学卒。四十歳。賞罰なし。資格なし。職歴なし。特技、小説執筆」と求職申込書に書いて、「なに、あんた、これ、冷やかし? マジメにやんなよ」と窓口の係員に言われてしまうような男に簡単に職など見つかるはずもない。三ヶ月が経過して、窓口の男も彼が冷やかしでないことは理解した。そして「小説の人」―窓口の男は彼のことをそう呼ぶようになった―にある仕事を紹介する。それは海のそばにある子供の専門病院で患者に本を朗読してやる仕事だった。・・・・
本筋とは関係ないが、私は大学院のオーバードクターの頃の自分を思い出した。もし大学に職を得られなかったら、自分は何になっていただろう。
上映時刻が近づいたのでチネチッタに戻る。
『ル・アーブルの靴みがき』は、フランスの港町(ル・アーヴル)を舞台にした人情劇。妻と愛犬と暮らす靴みがきの男が主人公。生活は楽ではないが、男は自分の人生に満足していた。ある日、妻が病気で入院する。重い病気だが、妻はそのことを夫に隠す。そんなとき、密入国の黒人の少年が警察の手を逃れて彼の前に現われる。男は少年をかくまい、ロンドンで働いているという少年の母親に会わせてやろうと仲間と相談して資金作りのためのコンサートを開催する。・・・悪人というほどの悪人は登場しない。美男美女も登場しない。とくに主人公の妻は、とても女優さんとは思えない。一般人の水準から見ても不美人の部類に入ると思う。しかし、そんな登場人物たちの関係はうらやましいほどに気持ちが通い合っている。こんな街の住人に自分もなりたいと誰もが思うだろう。
映画が終って、崎陽軒の焼売と、ドーナツ(ミスタードーナツ)と花を買って帰宅した。焼売は夕食のおかず(一品追加)、ドーナツは食後の甘味、そして花は妻へのプレゼント。妻が「何の日の?」と聞いた。「とくに何の日でもない。何でもない一日だけど、君への感謝の気持ち」と答える。無論、妻は喜んでくれた。『ル・アーヴルの靴みがき』はそんなことをしてみたくなる映画なのである。