2011年7月18日にオープンした「日光市湯西川『水の郷』観光センター」に立ち寄ってみました。この施設は湯西川ダム水源地域整備事業、要するにダム建設に伴い水没する地域の集団移転と補償を主目的とした事業の一環として整備されたもので、木造平屋建ての大きな施設内部には温泉浴場、物産コーナー、食堂、パン工房、そば打ち体験室、多目的ホールが設置され、さらに施設周辺には縄文式土器や古民具を展示する文化資料展示施設「湯西川くらし館」の他、足湯・野外広場などが整備されています。
合掌造りのようなきつい勾配の大きな屋根と、その下でゆっくり回転する大きな水車が印象的な建物は、正面向かって左側が物販ゾートや食堂、右側が温泉浴場となっています。
ちょうど昼飯時でおなかが空いていたので、食堂に入り「水の郷セット(1000円)」を注文してみました。これは施設内のそば打ち工房で手打ちされたそばと湯西川の郷土料理「汁ばんだい餅」がセットになったもので、おそばは手打ちらしい不揃いの田舎蕎麦で歯ごたえや喉越しがまぁまぁ良い感じ。一方、汁ばんだい餅はサバの水煮と豆腐を炒って大根おろしを加えた味噌仕立てのお汁にうるち米を搗いた丸餅を2つを入れたもので、粗野な盛り付けと食感がいかにも田舎料理らしいのですが、出汁がよく効いたおつゆに丸餅が非常にマッチしており、とてもおいしくいただきました。
さて腹を満たした後は温泉へ。新しい建物だけあってフローリングの館内は建材の匂いが残っており、受付は広く明るくて清潔感が横溢していました。そんな雰囲気に合わせてか、係員の方も明るく朗らかに対応してくれました。券売機で料金を支払って中へと進みます。
廊下の右側には休憩用の広いお座敷があり、左は浴室が並んでいます。天井が非常に高いため、浴室は館内の中に更に小屋が設けられたような感じでした。
二つの浴室は「滝倉の湯」と「藤花の湯」とそれぞれ命名されており、男女の暖簾が掛け替えられるようになっているので、もしかしたら男女が日替わりになっているのかもしれません(男女が固定だったらごめんなさい)。この日の男湯は「藤花の湯」でした。
脱衣所も広く明るくとっても綺麗。ロッカーは丁度良い高さに設定されており、室内空間を狭くさせることなく使い勝手の良さも生み出しています。洗面台もたくさん設置されており、綺麗さや使い勝手の良さなど、施設のレベルの高さはちょっとした旅館のようでもあります。
湯上りに一杯飲むためのウォーターサーバも用意されていました。小さな配慮が嬉しいです。
内湯は天井が非常に高く大きなガラス窓に面しているため、とても明るく開放的。側壁妻面の上部は木材、下部は煉瓦色のタイルを用いており、全体的に温もりが漂わせる暖色系でまとめられていますが、その中で浴槽だけが鮮やかなコバルトブルーとなっているため、強い印象を入浴客に与えてくれます。
洗い場にはシャワー付き混合栓が8基一列に並んでいます。
内湯の中で面白いのが、コマを刳りぬいたようなユニークな形状をした上がり湯でして、これは場所柄、木地師の工芸品をイメージしているのでしょうか(この上がり湯自体は石材造り)。浴槽への湯口はこの上がり湯の下に設けられており、湯船を満たしたお湯は窓下の排水溝へと溢れ出てゆきます。平時はこの排水溝だけで十分に排湯できているのですが、人が二人以上入ると排水が追い付かなくなり、その分は洗い場へとオーバーフローしてゆきました。
お湯は無色透明無味無臭で、湯中には薄い褐色の細かい膜のような湯の華がたくさん浮遊しています。フッ素イオンが22.1mgも含まれている点は、いかにも湯西川らしいところ。ツルツルスベスベ爽快な浴感で、肌への当たりが優しいお湯です。湯船の湯加減はややぬるめ(40℃ほど)だったので、じっくり長湯することができました。驚くべきはこちらの湯使いでして、この手の施設(しかも新設)ですと大抵は循環消毒されており、良くても消毒は免れませんが、こちらは加温加水どころか循環消毒も行われていない完全掛け流しを実現しているのです。もっともお湯のコンディションによっては温度調整くらいは行うでしょうけど、それでも完全掛け流しだとは驚くばかりです。個人的にはどのようにして保健所からの指導(塩素投入の指示)を回避したのか知りたいところですが・・・。
露天風呂は岩風呂で、少々深めに造られており、腰をしっかり底へ沈めると、口のあたりまでもぐってしまいました。また、頭上は頑丈な屋根の下にすっかり覆われており、太いピラーも視界の邪魔をしているため、開放的な環境や眺望を期待しているとちょっと裏切られてしまうかもしれません。尤も、冬の雪を考慮すると、屋根の設置は致し方ないのかもしれませんね。周囲は鬱蒼とした木々が生い茂るばかりですので、眺望の面でもあまり期待できる点はありませんが、静かな環境で清らかな山の空気に包まれながらの入浴はとっても爽快でした。
露天には内湯に負けないほど大量のお湯が注がれており、湯口とは反対側(下流側)の縁からは見惚れてしまうほどふんだんにお湯がオーバーフローして捨てられていました。お湯の投入量は多いのですが、岩風呂の表面積が大きくて外気の影響を受けやすく、冬のこの日は川下側ではかなりぬるくなっていました。でも、このことは、浴槽内に変な小細工をしていない証左でもあります(一般的に大きな露天風呂では、温度を均一にさせるため、湯口以外でも客にはわからない箇所から加熱したお湯を投入しているものですが、このお風呂ではそういった細工をしていないわけです)。
まるで杵のような上品な外観の壺湯。この日の露天風呂は湯口周り以外はぬるめでしたが、この壺湯だけはむしろやや熱めだったので、今回は岩風呂とこの壺湯を行ったり来たりして、じっくり湯あみを楽しみました。この露天エリアにクールダウン用の腰掛があればありがたいのですが・・・。
露天風呂にはまだまだ改善の余地がありそうですが、脱衣所や内湯は明るくきれいで使い勝手は良好、しかもツルスベで優しい当たりの良質なお湯は完全掛け流しという、新設された第三セクター運営の温泉浴場とは思えない湯使いであり、公営(または第三セクター)のお風呂は期待できない、という私の固定概念を見事に覆してくれました。
以前この地区には「下浴場」という共同浴場がありましたが(とっくに消滅しました)、当浴場で使われている源泉はその名も「下地区源泉」というものなので、「水の郷」のお風呂は廃止された「下浴場」の代替施設という側面もあるのかもしれません。
屋外(駐車場前)には足湯があり、無料で利用可能です。
湯西川ダム水源地域整備事業では上述のような「水の郷」に付帯して、このような観光目的の吊り橋も架けられました。
吊り橋は中央部分がグレーチングとなっており、足元から川面が見下ろせてしまうため、高所恐怖症の人にはスリル感があるかもしれません。なおこの橋はどこかにアクセスするためというより、水の郷一帯を周回するトレイルの一部として位置づけられているようであり、しかも訪問日にはまだ遊歩道が完成しておらず、橋を渡ったらその先は行き止まりで、単に対岸を往復することしかできませんでした。
「水の郷」周辺には、湯西川ダムの建設により水没する集落を集団移転したさせた新しい居住地区が軒を連ねていました。当然ながらどの民家も新しいのですが、あまりに画一的な外観がずらりと並んでいるため、(お住まいの方には失礼ですが)思わず共産国家を連想してしまいました。
東京新聞の特集記事(※)によれば「水の郷」整備に関する総事業費16億2千万円のうち2億8千万円は国のまちづくり交付金が充当され、残額の全てを川下(つまりダムの受益者となる)の千葉、茨城、栃木三県と宇都宮市が負っているんだそうですが、維持管理のための運営費については、財政難を理由にこれら下流県は拠出しないことになっているため、早くも運営に関して暗雲が垂れ込めているみたいです。ひもつき補助金でつくられた全国のハコモノは、どこも赤字体質である上に維持費が捻出できなくて困っているんですよね・・・。しかも「水の郷」の場合は、手前に同じようなコンセプトで温泉浴場もある道の駅が競合しています。千葉・茨城・栃木の各県民の方は、ご自身の税金が使われているのですから、もし運営が頓挫してしまったら下流県から拠出されたせっかくのお金が無駄になっちゃいますので、ぜひ足を運んで運営維持に協力してあげなきゃ損ですね。
当ブログ「湯西川温泉 公衆浴場」の記事では、湯西川へのアクセス道路がダム建設に伴う付け替えによって以前と比べて遥かに改善されたことを述べましたが、東京新聞の記事を抜粋すると「雪で閉ざされがちな温泉街に、ダム受け入れに伴う道路整備は魅力だった。国と県は九六年、ダムの両岸に温泉街まで通じる道路を造る協定を結び、温泉街は大喜びした。ところがその八年後、国の公共事業費抑制策に沿う形で、温泉街に通じる道路は右岸一本に削られた」とのこと。ええ! あんな立派な道を2本も造る予定だったの!? 道路を2本造ることにより、自然災害など万が一の時でも完全な孤立を避けようと画策したのでしょう。東京新聞では国や自治体から約束を反故にされた地元民に同情的ですが、今回供用された付け替え道路は雪害を受けにくいトンネル区間が多く、しかもカーブも少なくて非常に線形が良いので、新しい1本をしっかり維持管理すれば降雪期でも生活や観光に支障をきたすことはないのではないでしょうか。むしろ道路を両岸2本造ったとしても、道路の維持管理をどうしてゆくのか、地域の短期的発展に関心が向けられるばかりに、そのあたりの中長期的なビジョンが忘れられている(あるいは見て見ぬふりをしている)ような気がしてなりません。そしてマスコミが余計な感情を煽って、問題を感情化させている節も見逃せません。
その一方で、公共事業に伴い犠牲となる住民に対して、行政側が夢物語のような補償を提示して納得していただくのが通例ですが、結局は絵に描いた餅に終わり、事業も補償も中途半端に終わってしまうことが、戦後の日本では各地で繰り返されてきたわけで、対象地域の鼻先にニンジンをぶら下げてきた行政側の無責任な体質に問題があるのは最早周知のことです。
もう財政は真っ赤っかで、山村の過疎と高齢化はとどまるところを知らないわけですから、もういい加減に感情論を捨て、合理的な判断に基づいて、損切りすべきところはスパっと切って諦め、効率的な手法を積極的に採用していかなければならないのだろうと思うのですが…。
今回「水の郷」を利用して、ふとそんな戯言をつぶやいてみたくなりました。
(※)2009年12月9日「公共事業を問う 第一部 翻弄される人々(5) ダムありき 『自腹なら造らない』」
湯西川下地区源泉
アルカリ性単純温泉 55.5℃ pH9.5 521L/min(動力揚湯) 溶存物質0.245g/kg 成分総計0.245g/kg
Na+:64.7mg(88.64mval%), Ca++:6.7mg(10.41mval%),
F-:22.1mg(31.56mval%), Cl-:11.3mg(15.65mval%), HCO3-:36.6mg(15.92mval%), CO3--:30.0mg(26.53mval%),
H2SiO3:54.5mg,
栃木県日光市湯西川473-1
0288-98-0260
10:00~19:00
500円
ロッカー(100円リターン式)・シャンプー類・ドライヤーあり
私の好み:★★★