温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

平山温泉(御殿乳母の湯) 龍泉荘

2013年05月28日 | 静岡県
 
たまには拙ブログで鉱泉宿を取り上げるのも良いかと考え、4月下旬の某日、ネット上での評価が高い静岡市の平山温泉(御殿乳母の湯)「龍泉荘」へ立ち寄ってまいりました。施設へアプローチする路地入口に置かれている岩には施設名とともに「昭和33年開館」と記されていますが、御殿乳母の湯という名前からも察せられるように鉱泉自体は非常に古く、今川義元の乳母が当地のお湯に入ったことがその名称の由来なんだそうです。


 
駐車場に車を止めて、生垣の路地を歩いてゆくと、やがて川の方へ下りてゆく階段に。
階段の左側に写っている赤い一筋の金属物体は、手摺りではなく・・・


 
荷物運搬用のモノレールなのでした。急な傾斜地でお茶や柑橘類を栽培する農家が多いこの界隈では、あちこちでこの手のモノレールが活躍しています。階段を下りきると民家らしき古ぼけた建物の軒先へ辿り着きました。かなり雑然とした場所なのですが、ここが本当に平山温泉なんでしょうか? 農家に迷い込んでしまったか? 



古色蒼然とした建物。色褪せたトタン壁が哀愁たっぷりの雰囲気を漂わせています。ここだけ時計の針が数十年も止まったままのようです。


 
まわりを見回したら、右手の建物に「龍泉荘」と書かれた扁額が玄関にかかっていました。やっぱりここで間違いないのか。でもちっとも商売っ気がありませんね。営業しているのかな? 玄関前には親柱に「然界橋」と彫られた銘が埋まっている飾りの橋があるのですが、もしかしたらこの小さな橋を渡った向こう側は現世界から隔てられた異次元空間なのかもしれません…。


 
玄関の中では木の大きな瘤を使って作られた犬か狸の置物が「営業中」の札を首にかけながらお出迎え。ここに至ってようやく営業中の施設であることがわかります。「ごめんください」と声をかけると二人の年配の女性が、物憂げな面持ちをこちらに向けながら、「お風呂ですか、はいどうぞ」とか細い声で私が差し出す500円玉を受け取りました。建物のみならず、館内の造作やそこにいる人々など、ありとあらゆるものに重たい影が差しているかのようであり、平成の世になって25年が経っているにもかかわらず、いまだにつげ義春の世界を彷彿とさせるお宿が現実社会に存在していることに、軽い興奮をおぼえました。



帳場の上には食事メニューが書かれた札がたくさん並んでいます。てことはお食事の注文も可能なんですね。上の階からはカラオケを歌う爺様の大絶叫が聞こえてきます。


 
帳場の左斜め前に浴室がありました。脱衣室は棚があるだけの至ってシンプルなもので、東北の鄙びた湯治宿を連想させてくれる風情です。ここで着替えていると便所の臭いがどこからともなく漂ってくるのですが、それもそのはず、すぐ隣がトイレなのでした。その臭いから推測するに汲み取り式ではないかしら。なお浴室へと戸は2つありますが、どちらを開けても同じ浴室です。


 
浴室に入った途端、ふんわりとタマゴ的な硫黄臭が香ってきました。その香りだけで早くもお湯に期待しちゃいます。2方向がガラス窓の浴室は、館内の薄暗い雰囲気とは対照的な明るさが保たれており、そんな空間の中央に真っ青なタイル貼りの浴槽がひとつ据えられています。お風呂が建てられてからかなりの年月が経っているらしく、天井に張られているアクリル波板には長年にわたって少しずつ付着してきた黒ずみがこびりついており、また壁の化成材やタイル目地などにも同様の劣化が見て取れます。鄙びた浴場が好きな(私のような)一部の温泉ファンにはたまらない佇まいです。


 
お風呂へ入る前に、ちょっと窓の外を眺めていましょう。この温泉は川の谷底に建てられており、目の前を川が流れているのですが、その川岸ではちょうど藤の花が満開を迎えていました。また対岸の傾斜地には八十八夜の茶摘みを目前に控えた茶畑が広がり、その上空を新東名の高架橋が左右に横切っています。新しい高速道路と古く鄙びた鉱泉宿という対比がひとつの窓枠の中に納まっている面白い構図です。


 
そんな景色が眺められる窓枠は老朽化のためにガッタガタ。補修用建材ではなく、なんと養生テープで固定されていました。



青々としたタイル貼りの浴槽は角が大きく面取りされたように丸みを帯びており、その内部は3区画に仕切られています。均等に分割されているのではなく、湯口のお湯が注がれている脱衣室側が最も大きくて2~3人サイズ、他の2つは1~2人サイズとなっていました。また、お湯は大きな浴槽から左右の小さな槽へお湯が流れてゆく仕組みになっており、大きな槽はやや熱く、2つの小さな槽はそれよりいくらかぬるい湯加減となっていました。


 
浴槽の真ん中に置かれた溶岩の湯口からは加温されたお湯が絶え間なく注がれており、その流路は硫黄の湯の花が付着して真っ白くなっています。溶岩の上にはコップが置かれ、入浴客はそれがここの流儀であるかのように、みなさん例外なくコップでお湯を飲んでいらっしゃいました。また持ち込んだPETボトルでお湯を持ち帰る方もいらっしゃいました。湯船のお湯はうっすらと白く霞んでおり、湯中では白や黒の糸くずのような湯の花が浮遊しています。画像をご覧いただいても薄く濁っていることがおわかりいただけるかと思いますが、常連のおじさん曰くこの日はお湯がきれいに保たれているんだそうでして、週末などの混雑時にはもっと濁ってしまうとのことです。常連さんに倣って私もコップで飲泉してみるとはっきりとした(強い)硫黄的タマゴ味の他、石灰的な味や重曹味が感じられました。また湯面からはゆで卵の卵黄臭(茹ですぎた卵黄に焦げたような臭いがミックス)が香っていました。このような硫黄的な知覚の強さは、決して全国の名だたる硫黄泉にも引けを取らないほどです。お湯を動かすとトロミが伝わり、湯中で肌をさするとツルスベとひっかかりが拮抗しつつもツルスベがやや勝っているような浴感が感じられました。源泉温度が低いためしっかり加温されていますが、加水循環消毒は行われておらず、放流式の湯使いが実践されています。加温しているのに放流式とは恐れ入ります。



硫黄を含む湯気が室内に漂っているためか、蛇口は硫化して黒く変色していました。なおこの水栓を開けて出てくるのは単なる水道水です。お湯は湯船から直接桶で汲みましょう。



壁にはこのお湯の入浴上注意が箇条書きされているのですが、その内容が興味深く、たとえば「慢性神経痛や古い打身あとは数日入ると非常に痛みが出ますがそれが治るしるしです」「皮膚類は数日入ると一度吹き出てそれから治ります」など、症状別の回復過程が具体的に説明されているのです。各適応症とも一旦症状が重くなるもののその後は一転して回復へ向かうわけですね。真実の程はよくわかりませんが、こうした文章によって、平山温泉のお湯が昔から湯治目的で利用されてきたことがわかります。私は1時間ほどこのお湯に浸かったのですが、その後は2時間以上経過しても火照りが取れず、しかも体が重だるくて発熱したみたいな体調になってしまいました。この時の私は特に何かの病気に罹っていたわけではありませんが、それでも一旦症状が重たくなるという説明を何となく体感できたようでした。とても渋く鄙びた鉱泉宿ですが、そこで入れるお湯は実に個性的でかつ摩訶不思議なものでした。


単純硫黄泉 湧出温度・pHなど不明

しずてつジャストライン(路線バス)の・竜爪山線で「御殿乳母温泉」バス停より徒歩2分
(日帰り入浴が可能な日中にはデマンドバス「りゅうそう号」しか運行されません。デマンドバスの利用に際しては所定の時間までに電話連絡が必要です。詳しくはしずてつジャストラインの公式サイトでご確認ください)
静岡県静岡市葵区平山136-6
054-266-2461

9:00~16:30 毎月29・30日定休
500円/1時間
備品類なし

私の好み:★★★
コメント
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