温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

箱根湯本温泉 平賀敬美術館

2013年05月10日 | 神奈川県
※残念ながら2018年8月に閉館しました。

 
長らく台湾の温泉を取り上げてまいりましたが、今日から日本の温泉に戻ります。久しく遠方の温泉ばかりフューチャーしておりましたので、たまには我が家から気軽に行ける箱根で湯浴みするのも良かろうと考え、自宅の最寄り駅から小田急のロマンスカーに乗って、箱根湯本の温泉をハシゴすることにしました。1軒目は湯本の温泉街の外縁部に位置しており、温泉ファンからの評価が非常に高い「平賀敬美術館」です。こちらは老舗旅館「萬翠楼福住」の別館として明治後期に建れられた平屋の木造家屋でして、かつては井上馨・山形有朋・犬養毅・近衛文麿など日本近代史の名だたる面々が逗留しており、近年は洋画家の平賀敬(1936-2000)が晩年に邸宅とし、氏の没後は氏の作品を収蔵展示する美術館として今に至っています。なお2003年に国の登録有形文化財に指定されております。


 
コの字形の建物の奥まったところに玄関があり、上がり框に置かれていたベルを軽く鳴らすと、お手伝いさんの女性が出てきてくださいました。玄関の右手の廊下には所狭しと平賀敬の作品が展示されており、廊下の奥でつながっている蔵もギャラリーとして公開されています。



一方、その反対側である左側には浴室や居住スペースなどが配されており、廊下に面して浴室が複数設けられています。後ほど平賀敬の奥様である幸さんとお話させていただきましたが、幸さん曰く、一番大きな「第二号浴室」は「殿様風呂、武官用」、その手前の小さな「第一号浴室」は「女中風呂」となんだそうです。今回は運がよいことに先客も予約も無かったために、「第二号浴室」つまり「殿様風呂」を利用させていただくことになりました。


 
浴室入口の立枠には「100%天然温泉かけ流し」と書かれた札が提げられています。鴨居に貼り付けてあった「第弐號浴室」の札は昔からのものなのでしょうか。とても良い雰囲気ですね。


 
室内は脱衣室と浴室が一体となっている造りで、浴槽も、床も、側壁下部も、水回りは大理石に覆われており、殿様がひっそりと入るにふさわしい高貴で落ち着いた佇まいです。歴史に名を連ねている錚々たる面々がここで汗を流して寛いだのかと、いにしえの光景を想像すると感慨もひとしおです。殿様とは正反対の私如き下賤の草民が、このような高尚な施設を利用できる機会に与れるのですから、有難い世の中になったものですね。


 
壁には椿が活けられ、また壁飾りもさりげなく提げられています。


 
窓の外側では鉄格子が浴室を守っていました。この格子は不審者の侵入を防ぐためのものなんだとか。
昔の建物らしく室内の明るさは控えめでして、目の前に聳える山の斜面から擦りガラスを通して柔らかい外光が入ってくるほかは、窓上に取り付けられている丸い白熱灯が優しく淡い暖色系の灯りを照らしているばかりです。



天井を見上げると、湯気抜きの模様も実に繊細。


 
浴槽は象牙色の総大理石で2人サイズです。槽に体を沈めて肌が大理石に触れた時の優しく柔らかい感触がなんとも言えません。その浴槽には清らかに澄んだ横穴湧泉のお湯が塩ビのパイプからトポトポと落とされていました。以前は槽内の穴から供給されていたそうですが、幸さんによれば、長年の使用により配管内にスケールが詰まってしまったため、現状のように新たに配管を設置しなおしたそうです。お湯は完全掛け流しで加温加水循環消毒一切無く、浴槽の縁から常時静かにオーバーフローしています。源泉投入量は多くありませんが、槽の大きさには見合っており、私が入ることによってお湯が溢れ出た湯船は一旦は嵩が減ったものの、ものの数分で回復しました。

数日続いた雨の影響でこの日の湧出温度は普段よりちょっと下がっていたそうですが、それでも41~2℃はあり、一滴も加水すること無く源泉そのまんまで入浴することができました。お湯は無色澄明、はっきりとした芒硝味のほか石膏味も少々含まれており、アルカリ性単純泉によく見られる微収斂も感じられました。また芒硝や石膏の香りがふんわりと漂い、ミシン油のような芳香も微かにあったような気がします。
お湯に体を沈めると全身が綿のクッションに包まれているかのようなフワっとした軽やかな感覚に覆われ、また肌の表面を滑るツルスベ感もとても強く、硫酸塩泉的な弱い引っかかりも混在しているものの、ツルスベ感がそれを圧倒していました。しかも、そのようなお湯からの浴感に大理石ならではの感触も加味されるので、湯船に浸かっている時に感じられる上品さは他では決して味わえません。私の貧相なボキャブラリーでは感触の素晴らしさが微塵も伝えられないのが悔しいところです。


 
浴槽の手前には広く取られたスペースも大理石敷きでして、不規則に割られた石を敷き、その目地に桃色の砂利を埋めこんで、見事なまでに美しい模様を作り出しているのです。この床を見るだけでもうっとり見惚れるのですが、幸さん曰く、夏になればこの床の上にすっぽんぽんで寝転び、オーバーフローするお湯を背中で受けながら、磁器の枕に頭を載せて所謂トドを楽しむと最高に気持ち良いんだそうです。この染付磁器の枕も美術館に収蔵されていてもおかしくなさそうな美しい物ですが、貴重だからといってショーケースに展示したら死に体と化してしまいますから、現役で使用し続けることにこそ意義があるんですね。


 
いつまでも入り続けていたかったのですが、一人でいつまでも占領するわけにはいきませんので、1時間ほどでお風呂から上がり、その後はお座敷に移動して休憩させていただきました。訪問した日はちょうど箱根界隈で桜が咲きはじめた頃だったのですが、広縁越しに望む庭園では今が盛りと新緑が萌えていました。



お座敷にも作品がたくさん展示されており、氏の作品に囲まれながら卓の前に座って、DVDを観ながら厚手のガラス瓶に入った山の清冽な清水とおまんじゅうをいただきます。そのDVDは元NHKの山根基世アナウンサーが平賀敬氏をインタビューしている30分ほどの番組でして、氏の経歴や世界観を短時間で理解するにはもってこいの内容でした。
京言葉まじりの幸さんから伺った話によると、こちらに引いている源泉「横穴湧泉」は他の源泉と違ってボーリングやポンプアップすることなく、横穴から自然湧出しているんだそうでして、直接飲むことができ、わざわざ車で汲みに来る人もいるんだそうです。

歴史ある箱根湯本の風情や趣きを身近に体感できるこちらの美術館は、作品をじっくり鑑賞しながらゆっくりと過ごして心を潤すのがまっとうな利用方法なのかもしれず、温泉入浴を目当てで唐突に訪れる私のような客は無粋の骨頂なのかもしれませんが、そんな私如き人間すらも歓迎してくださる幸さんのおもてなしがとても嬉しく、浴場や源泉が素晴らしさも相俟って、こちらに滞在している僅かな時間は現世の憂さをすっかり忘却することができました。湯本を訪れたら足を運ぶことをおすすめします。


福住湧泉(湯本第3号)
アルカリ性単純温泉 42.4℃ pH8.9 蒸発残留物0.543g/kg 成分総計0.545g/kg
Na+:145mg, Ca++:28.2mg,
Cl-:135mg, SO4--:142mg, HCO3-:29.9mg,
H2SiO3:45.3mg,

箱根登山鉄道・箱根湯本駅より徒歩10分
神奈川県箱根町湯本613  地図
0460-85-8327
ホームページ

※残念ながら2018年8月に閉館しました。
10:00~17:00 水曜・木曜定休
入館料600円+入浴料1100円=入浴に必要な料金1700円

私の好み:★★★
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする