相模原市南区下溝に四季の花で彩られる市民のオアシスと的存在の「県立相模原公園」はある。約24haの広さの園内には「噴水広場」と「メタセコイア並木」、花菖蒲の「水無月園」、大温室の「グリーンハウス」と花と緑豊かな総合公園である。クスノキゲート前の駐車場に20本ほどの「オカメザクラ」がまだ膨らみかけた蕾ばかりであるが個体(木)全体がピンク味を帯びて開花へのスタンバイ中である。そんな中で暖かさにフライングしたのか一輪、二輪と咲き始めている。今年は幾分早いような気がする。イギリスの桜研究家イングラムの名に由来する「オカメザクラ」はバラ科サクラ属の落葉小低木で「カンヒザクラ」と「マメザクラ」の交配によるサクラである。早咲きで2月下旬から3月上旬頃が開花期の「オカメザクラ」がお目見えしたことは春はもうそこまで来ている証である。来週明けには気温上昇の予報、一気に開花~満開となるかも知れない。(2002)
町田市原町田に町田市民憩いの場「芹ヶ谷公園」に隣接して鎮座する「母智丘神社」はある。日向国北諸県郡庄内町地内(現都城市)石峰山頂に鎮座する「母智丘大神」の御分霊を勧請し大正8年(1919)創建。当社はもと「石峰稲荷明神」といい丘の頂きに大きな神石があり巌の下には洞穴もあって白狐が住むといわれ、牛馬の加護はもとより、万能の神様として霊験あらたかな社であった。徳川時代の中頃まで稲荷石と洞穴が知られておりその後神社ができたもの。当社は町田七福神の「弁財天」(芸術財福の福神様)を祀る。芹が谷公園の境界柵と民家の間にあり、小さな「鳥居」を抜けると正面に神明造りの「社殿」がある。かつての社殿は老朽化により昭和60年(1985)造営。総檜、銅葺屋根で伊勢神宮外宮に準えた唯一「神明造り」の建物で本殿と拝殿は幄舎で継ぎ、周囲は瑞垣と称し「透かし塀」で囲われている。(2002)
小田原市曽我谷津の小丘に浄土宗増上寺末で曽我兄弟の菩提寺「稲荷山城前寺」はある。建久4年(1193)創建。本尊は阿弥陀如来(=孝行阿弥陀仏)。当寺は富士裾野で兄弟が父親の仇工藤祐経を討を果たした後、叔父「宇佐美禅師」が兄弟の菩提を弔うためにこの地に庵を結んだのが始まりである。曽我兄弟は祐経によって父祐通(祐泰)が殺されると母の再婚相手曽我祐信のもとに預けられたことで「曽我」を名乗ったとされる。寺名も「曽我城」の大手門が前にあったことから「城前寺」とした。寺門より石段を上ると左手に地蔵、「山門」がありその前に「阿弥陀像」、正面に「本堂」がある。「本堂」北側に曽我十郎・五郎、養父曽我祐信・実母満江御前の4基の「五輪塔」、その他に坪内逍遥筆の「曽我兄弟遺跡碑」、「高浜虚子句碑」、兄の十郎が恋人である虎御前を偲び腰を掛け笛を鳴らしたといわれる「「忍石」などがある。相模の武将「曽我兄弟の寺」、「曽我の傘焼きの寺」(暗夜ため傘を燃やして松明とした)として古くから有名である。(2002)