相模原市南区麻溝に広がる「相模原麻溝公園」には春を告げる花「クリスマスローズ」が管理事務所前、横とあじさい順路の奥、ふれあい動物広場の3か所に約6,000株が植えられている。白、紫、ピンク色の可愛らしい花をつける「クリスマスローズ」は花の少ない冬の季節を彩る数少ない庭花で花丈は20~30㎝、花姿は小首をかしげ何か耳を澄ましているように、やがて来る春の足音を待つように冬の寒さに耐え咲く花である。訪れた日はまだ全体的に葉っぱだけであったが所々に蕾を膨らませて、あるエリアにでは白色の花2輪咲いていた。「クリスマスローズ」には「シングルフラワー」、「セミダブル」、「ダブル」の3タイプの咲き方に分かれる。クリスマスローズは「追憶」とか「私を忘れないで」、「私の不安を取り除いてください」、「慰め」、「スキャンダル」の花言葉を持っている。これらの花言葉から感じられるのは花の秘歴や心の奥底の苦悩を訴えるかのように俯いて花弁を密やかに開く様子を現している。この時季庭を彩る希少な花である。(2101)
一昨日は曇り、昨日は雨、雪で本来なら「満月」であったのだか撮影機会が失われた。今日は一転快晴、午後7時前に夜空を見上げると澄み切っているのだろうか38万キロ先に「月齢15.9」のほぼまん丸の美しく輝く「準満月」をはっきりと拝むことができた。一日遅れのトライである。月の満ち欠けは旧暦では新月(朔)の日を1日として、29日間もしくは30日間で1ヶ月。8日頃には月の右側が輝く「上弦の月」、15日頃には満月となり、23日頃には月の左側が輝く「下弦の月」となる。また月齢は新月の瞬間を0として、そこからの経過日数をあらわした数である。新月の時に0、満月の時に15になり、新月になる日の前日に29となります。約29.5日で元の新月に戻るのである。月初の新月、繊月(二日月)、三日月、上弦の月、十日夜の月、十三夜月、小望月、「満月」、十六夜、立待月、居待月、寝待月、更待、下弦の月、有明月、三十日月といろいろ呼び名がある。38万kmという途方もない彼方に浮かぶ月、はっきりと「クレーター」や「海」が見える。月はやっぱりロマンに満ち溢れている。(2101)
相模原市南区麻溝に四季の花が絶えない市民の憩いの場となっている総合公園の「相模原麻溝公園」はある。管理事務所から展望塔に向かう一角に本数は少ないがなんともかわいらしい黄色の花の「福寿草」(フクジュソウ)が咲き始めている。属名の学名「Adonis」(アドニス)はギリシア神話で猪に殺された美少年「アドニス」の名前に由来する。福寿草は幸福と長寿を意味し、新春を祝う花として名づけられた。別名には「元日草」、「朔日草」とも呼ばれる。開花期は早春のウメの花がほころぶ頃、草丈20~30cmの上部から蕾を持ち上げ、後を追うように黄色の大輪花を広げて咲く。花茎を伸ばしながら、細く切れ込んだニンジンのような葉を広げ晩春の頃に落葉する。「幸せを招く」、「永久の幸福」、「福を招く」というおめでたい花名と花言葉からこの時期縁起の良い花としてもてはやされている。(2101)
相模原市南区新戸に建長寺末寺の曹洞宗寺院「萬年山長松禅寺」はある。足利氏満が開基となり室町時代に創建、本尊は薬師如来である。当寺には足利氏満が書いた「寄進状」(市最古重文財指定)が保存されている。「山門」を抜けると正面に宝方造りの屋根を持つ「本堂」、左手「鐘楼」、その一角にはいろんな表情の羅漢像が幾体も置かれている。山門前に「おびんずるさん」と「六地蔵」が祀られている。江戸時代に当寺は「寺子屋」を開くなど教育の場であった。参道や「山門」前、境内の「庫裡」の周辺には多くの樹木が植栽されており、今、百花に先駆けて咲く「梅」が紅白とも開花へ向けて蕾を大きく膨らませている。快晴の日が続く予報、来週には可愛らしい花を見られるかもしれない。(2101)
相模原市南区新戸のJR相模線「相武台下駅」の近くに新戸村時代の鎮守であった「白山姫神社」は鎮座している。かつて「白山大権現」と呼ばれていた当社の創建年代は不詳であるが、享保8年(1723)の棟札が残されており、新戸村の鎮守として勧請されたと考えられ、当地にあった関東総奉行内藤清成の「陣屋」に祀られたか或いは陣屋廃絶後に祀られたかのどちらかと推定される。その証として「陣屋稲荷」という小さな稲荷社が境内にある。祭神は伊佐那岐命、伊佐那美命、菊理比売命である。石段を上ると「鳥居」があり、正面に「拝殿」がある。境内には御神木の大きな「ケヤキ」と「トチ」の木が聳え立っている。当社の向かい側の「万年山長松寺」がある。そしてここには新戸・磯部・当麻・大島などの各村々を支配するために設けた「屋敷」があったとされる。(2101)