伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

ハピネス

2006-09-12 21:54:07 | 小説
 心臓病のためあと1週間の命と告知された高3の少女が、好きなロリータファッションブランドの購入と、恋人とのセックスと、好きなカレー三昧の生活を決意し、そうする1週間を恋人の高3少年の立場から書いた小説。
 少女の両親は金持ちで理解があって短い命ならと少女の希望をすべて受け入れて何をやっても文句を言わないし、少年の両親は子ども1人残してオーストラリア住まいと、2人の行動には全く障害がない、とても都合のいい設定。実際、2人にとって困ったことは、少女の病気が進行し、1日1~2回発作が起きること以外には(タクシーが渋滞に巻き込まれるくらいしか)起こりません。ひたすらブランドショップで買い物をし、カレーを食べセックスし続ける日々が、時々発作が入り死を間近にしていることで正当化されながら書かれていきます。そして1週間が過ぎて予定通り少女が死に、少女も少年も、自分はこんなに愛する人と巡り会えてこんなに愛することができてウルトラ・ラッキーだったと評価します。

 短い命と告知されたとき、人はその後どういう生き方を選択するか。数多くの文学・ノンフィクションで取り扱われてきたテーマですが、多くの場合、結局はこれまで通りの人生を地道に続けるというものが多かったと思います。これほどストレートにやりたい放題を選択するものは珍しいでしょう(やりたい放題といってもロリータファッションやカレーというのがかわいいというか小粒ですが)。作者もちょっと引っかかったのか少年の夢の中で世界の終わりが知らされても日常通り生活を続ける人々を出しています(118~119頁)が、1シーン出しただけでそれについて深められたり追求されることはありません。
 人間は死ぬ前の1週間幸せならそれで幸せなのか。そして、この小説は死ぬ少女ではなく少年の立場から書かれていて、その立場で読むと、あんまり都合よすぎないか。文体への違和感も含め、旧世代としては最後まで違和感を感じてしまいました。


嶽本野ばら 小学館 2006年8月10日発行

産経新聞が9月18日に書評を掲載しました。「お涙ちょうだいものでは決してない。それでも、2人のけなげさにはつい涙してしまう。」だそうです。うーん、私もこんな純真な読み方ができるといいんですが。
コメント
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