伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

真夏の方程式

2013-08-15 19:29:09 | 小説
 海底熱水鉱床開発計画に揺れる田舎町に説明会のアドバイザーとして訪れた帝都大学物理学科准教授湯川学が、宿泊していた宿の客の元警視庁捜査1課刑事が海岸で死体となって発見された事件について推理するミステリー小説。
 ミステリー部分は、一酸化中毒死の遺体について、一見して明らかとは限りませんが一般的に皮膚が全体にピンクないし赤くなるという特徴があり、この件では素人が見ても「血色だけは異様によかった」(303ページ)というのに、鑑識がそれに気づかず、解剖でも死因がわからず(97ページ)、片っ端から血液検査をやってようやく一酸化炭素中毒とわかった(114ページ)というのはあまりにお粗末ですし、16年前の殺人の動機もあまり説得力を感じないというところを除けば、わりと丁寧に布石は回収されていると思います。
 子どもが苦手な湯川が、この作品では冒頭から小学5年生の恭平に積極的に絡み、終始好意的・積極的に声をかけ関わっていき、紙鍋に加熱する卓上コンロの固形燃料が置かれた台を濡らしたコースターで蓋をするなどして積極的に恭平に事実を教えていったり、恭平にマスターキーを「こっそり盗み出してくるんだ」(153ページ)というあたり、他の言動とそぐわずやや違和感があります。最後の点なんて、自分だって、子どもを悪事に巻き込んでるじゃないの…
 この作品でもう一つテーマになっている科学・開発と環境保護。湯川は環境保護運動家の川畑成実に対して「君の台詞には全く説得力がない。学問に対する謙虚さが感じられない。」「両立させたいというなら、双方について同等の知識と経験を有している必要がある。一方を重視するだけで充分だというのは傲慢な態度だ。相手の仕事や考え方をリスペクトしてこそ、両立の道も拓けてくる。」「相手のことを理解しようとする気持ちがあるなら、是非とも見ておくべきだ。」(177~178ページ)と述べています。一見すると理念的には正しいように思えます。しかし、これを言うのなら、まずは、湯川は開発事業者海底金属鉱物資源機構DESMEC側にも同じことを言っているのでしょうか。開発事業者側こそ美しい環境や生物についてきちんと評価したりましてや環境保護運動家の仕事や考え方をリスペクトする態度をとることはほとんど考えられないと思いますが。また双方に同じことを言ったとして、経済力も政治力も圧倒的な格差がある者に相手を理解しろといっても力の違いで押し切られるだけというのが実情ですし、「双方について同等の知識と経験を有している」者などいるはずもない(湯川だってそうなることは無理でしょう)し、それでは謙虚な者は何も発言できなくなるだけです。そして現実には、事業者側から資金の提供を受けて事業者に都合のいい調査結果や知識を提供する御用学者たちが多数います。現実の世界を前提にすれば、湯川の発言は、ただ開発事業者・役所側を利するだけだと思います。そして、この作品の中で環境保護運動の代表となる沢村元也も川畑成実も悪い奴だということになります。まぁデスメック側もお役所仕事で要領が悪くミスも多いとされているし、湯川がデスメックと距離を置こうとする様子が随所に描かれていますが、それでも全体の印象は明らかに環境保護運動側が悪者になっています。
 連載は2010年中に終了していますが、単行本化は2011年6月です。微妙な時期なので加筆修正の程度について作者の心も揺れたかもしれませんが、福島原発事故後に出版する作品で、事業者側に都合のいいデータと知識ばかりを提供する原子力ムラの村人をはじめとする御用学者たちの存在に触れず、開発事業者側に理解を示せ、その仕事をリスペクトしろと言い募り、環境保護運動側が悪者だというイメージを振りまくのは、センスを疑います。


東野圭吾 文藝春秋 2011年6月6日発行
「週刊文春」2010年1月14日号~11月25日号連載

映画についての感想はこちら→映画「真夏の方程式
コメント
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